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論語に於ける 道と天についてできるだけ詳しく解説しているサイトなどはありませんでしょうか?また直接教えていただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

禅を学ぶ中でも分るはずです。

『平常心是道』と云う場合の『道』も天と道と同じ意味があります。この事が分る事は『自分自身を知る』と云う意味でも在ります。

簡単に理窟の世界だけで説明してみます。本当の道に至る事は『自身の心の闇を覗く事』も意味していますので、師匠に付いた方が良いと思いますが?

この事を説明する場合には、人間の脳の働きから始めた方が説明しやすくなります。人間の脳には二つの人格が存在しています。一つは『顕在意識=自我意識』です、言葉で考える機能を持った脳です。従って左脳に存在する意識という事になります。そうしてその機能とは言葉の世界で思考することを意味しています。

言葉と云う意味は、物事を分析して論理で組み立てる世界を意味しています。そうして割切れるもののみを理解できる脳と云う意味です。言葉で分る事や、言葉で考えるものは『有限の世界』を意味しています。従って割切れる世界しか理解出来ない事は『無限や永遠』をもともと理解する機能はそのソフトには入っていないと云う意味になります。

一方人間の脳には、蜘蛛が学校に行かなくとも蜘蛛の巣を完璧に作るように、或は色々な動物達や生物達が、その固有の働きを生れ落ちるや否やに、その固有の独特の働きをしていますが、それと同じものを人間としての脳には刷り込まれています。その働きを『無』と言います。その理由は『自我意識には分らないからです』

如何して分らないかを示す例を挙げてみます。眠る場合ですが『自我意識』は眠る事は在りません。眠る場合には『意識が無くなっていって、無意識の自分が身体と心を支配しています』そうして無意識の自分が深い眠りに入っています。従って『不眠症』と云う場合には、自我意識単独で眠れるものと云う勘違いをしている事に当たります。

その場合には『意識地獄』の様相を呈しています。顕在意識に分らない者からの圧迫が加えられてる事を意味します。無意識からの交替要請を『振り切っている事から』無意識の自分が自我意識に圧迫を加えている事を意味しています。

心を病む場合の『心に掛かってくる違和感や、罪悪感やその他もろもろもの感情』を意味しています。精神科医達が処方する薬とは『脳梁を通して送られてくる情報を』感じ難くする薬です。効能が切れた時に又その情報が送られている事を意味しています。

もう一つの意識とは『右脳に存在する意識です』教えてもらわなくとも、生命活動を知っていて、行っている者です。思春期頃、脳の機能分化が完成に近くなる頃から、『無意識の意識として』顕在意識の前から姿を隠してしまいます。この事が今の医学では分からない事から、心を病む事に付いては『寛解』を打ち出しています。寛解とは、完治したこととは違います。如何して『心を病むのかが分かっていないことから』完治とはならない事を意味しています。

もう一つの意識とは『一切衆生悉有仏性』とお釈迦様が言った仏性です。右脳の無い人がいないと云う意味です。この意識とは生まれる時に脳或は植物では細胞に刻まれている記憶です。命そのものを働かせている『働き』と云う意味になります。従って『心を病む』と云う場合は『心の矛盾』を自我意識が感じている事を意味しています。言い方を替えるなら『自我意識が、自身を働かせている、もう一つの意識と仲違いをしている』と云う意味です。禅問答の一つに『父母未生以前本来の面目』と云うものがあります。簡単に言うなら『母親のお腹にいたときの気持ちは如何いうものだ』くらいの意味です。この事が分かる時、自分自身が分った事を意味しています。人間は『意識の根底で』無意識の出番か顕在意識の出番かを相談して決めています。無意識には言葉がありません、そういう事で『禅問答』が分り難くなっています。左脳の分別脳だけではわからないようになっているからです。

意識が無くなった事を、顕在意識は知りません。眠る話を例に挙げましたが、自我意識がなくなる時を『自我意識は意識出来ません。』同じ理由から、自我意識が『無意識の自分に切り替わる事を意識できないようになっています』

メンタル面が弱いと云う場合『自我意識が出やすくて、無意識の自分と切り替えが出来難い』という言い方が判り易いかも知れません。反対にメンタル面が強いと云う場合『自我意識が出難くなっていて、無意識の自分が出易くなっている』という言い方が当たっています。

優勝が掛かった、一打や、演技などの場合、プレッシャーが掛かっている場合などの事ですが、その場合『自我意識が引っ込めなくなった方が』負けになります。自我意識が出ないように出来た方が勝ちになると云う意味です。その場合に自我意識としては、心は『無』になっています。計らいがなくなっているからです。意識の根底での二つの意識の出会いが悟りです。
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天=道 です。


お天道(てんと)様とか、天道に恥じぬ生き方、など道教民族と言われた、日本人(昔の?)好みの、日本人の代表的思想とも言えるでしょうし。
道(とう)は元は老子の道(とう、タオ)であり。論語の道(どう、道)は少し、だいぶ、かけ離れています。論語に「明日に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」とありますが。つまりは、孔子には道(とう)は全く理解出来ていない。孔子だけでなく、老子の道はかって理解出来た者が一人もいないと言われる難解な哲学、とも言われています。
老子の道とは、世界の根元的、本質的な在り方、起こり方、の法則、そしてそれと一致する考え方
(これを老子は一般の知恵とは区別して明(みん)と呼びます。
それはどういう考え方は
道は道にして常の道にあらず、名は名にして常の名にあらず。
無を天地の祖に名付け、有を大地の母に名付く。
もって無はその檄を現さんと欲し、有はその嬌を誇示せんとす。
道は有であり、常でない道は無である。という事です。
人間、を例にとると。人間には肉体と精神がある。肉体は有であり、精神は無である。
そして、肉体と精神は一体である
つまり、肉体+精神=人間 という在り方ではない。肉体を離れた、精神や霊魂は存在しない。
肉体×精神=人間 という在り方になる、肉体と精神は一体のもの、として人間という1(いっ)なる
存在単位となっている。あらゆるものはそういう在り方になっている。という事です。
道は道にして常の道にあらず。とは
道=道 である。しかしそれでは、有るという事にはならない、道-道=0 にしかならない。
常でない道が一体でなければ、すなはち、道×(1/道)=1 という形態でなければ、1(いっ)なる
存在単位とはならない。ということなのです。

名は名にして常の名にあらず。は「老子」の第2章がその説明になっています。

人々は善は善であると考え、善が悪であることをしらない、美は美であると考え、美が醜であることをしらない・・
善=善  では認識単位にならない。善×(1/善)=1(いっ)としての 認識単位であり。
(1/善)が悪と名付けられる事になり。
善がなければ悪はない、悪がなければ善はない。善=悪 善×悪=1 という在り方になる。
愛憎や美醜も同じ在り方、起こり方である。と考えているのです。

大乗仏教の、誰でも知っており、誰も解っていない。と言えそうな、般若心経の、一節に
舎利子
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是。
色(形あるもの=有)は空(実体のないもの=無)とことならない
色と空は一体のものて゜ある。色=空 であり 色×空=諸相の単位であり。人間の受想行識もまた同様の在り方である。
これは、釈迦の縁起の理法の解釈であるとともに、老子の 有=無 有×無=1 
と全く同じ考え方、表現になっているのです。そしてこの一節だけが、別品、別格、と言える内容になっているのです。これは、漢訳した玄奘三蔵が老子を知っており、当てはめた。仏教に老子を取り込んだ。考えられるのです。
ご質問の、論語、の道や天については。儒教の道学者か、、、道、、、道、の大家、先生にでも聞いて下さい。
物理学が、反物質とか、ダークマターとかいっていますが。何を今頃、であり。老子や釈迦の考え方なら
万物の根元は何かの答えは決まっているのです。
根元単位としての、1なる単位があり、それには、根元単位の無(実体としては存在しない方向性)が付随していた。根元単位×根元的方向性=1 が万物の根元単位なのです。
無数と言えるような根元単位があり、それに付随する方向性は、近づこうとする、方向性しかないのです。それらが、構造体を造りながら集合し、三次元的体積が融合される事によって、拡散した。
ビッグ・バン が起こった。ということになるのです。
宇宙は有限(集合した以上に拡散する事はない)であり。諸行無常、世界は常に、今、ある。今という単位が、変化し転化して行くものであり、0、はあり得ないし、マイナス、時間=変化、が逆向きになることもないのです。 
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こんにちは。



老荘思想ですね…私も好きです。

『道(タオ)』と『天』は道義で使われている物をよく見かけます。

しかし老荘思想では一般的に『道(タオ)』を最上唯一としているようです。

強いて分けるなら、『道(タオ)は森羅万象の根源、そして摂理、天はそのフィールド』、

となるのではないでしょうか。


タオの入門書としては『早島 妙瑞 著 ”タオのひけつ”―無為自然の心と身体が人生をひらく 』

お勧めですが、唯一つ”難点”は『氣』に偏っている部分が有ると感じました。


サイトに関しては一長一短ありますが、

http://www.cocorila.jp/article/articles.html?mod …

を(1)から、拾い読みする程度で『輪郭程度』は掴めると思いますよ。

それでは。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
私も頑張って理解しようとしましたが、なかなか前へ進めませんw
ご教授いただいたサイトを基にもっと頑張ります!

お礼日時:2011/01/22 09:40

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