佐藤春夫の詩 少年の日で2番の ”なやましき眞晝の丘べ さしぐまる、赤き花にも。”と
”あたたかき真昼の丘べ  花を敷き、あはれ若き日。 ” と2通りのことがネットで掲載されています。
どちらが実際でしょうか。なぜ2通りになってるのでしょうか。本屋さんに詩集がなかったのでもうし
わけありませんがどなたか教えていただけますでしょうか。

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A 回答 (2件)

#1です。



>出版社の間違いでしょうか
1922年(大正10年)初出の「殉情詩集」では、ご紹介の通りです。
1926年(大正15年)の「佐藤春夫詩集」では、ご記憶の通りです。

春夏秋冬の四季に分けたものは1~4章となり、「花を藉き」は「敷き」や「蔭おほき」が「影おほき」になど、幾つかの表現が変わっています。
http://wa.tea-nifty.com/lie_luck/2010/05/16-2a5b …

ご指摘の、とりわけ「夏⇒2」の後半2行の表現では第1章第2行のリフレーン調にしたことによって、春夏秋冬分けの独立性が緩んだため1~4の数字での章別編成になったものでしょうか。

個人的には「なやましき真昼」「さしぐまる」など、まさに「殉情」(感情にすべてをまかせるさま…「国語大辞典」小学館)度合いの高い初出の方が沁みる思いがしますが、そこはまあ人それぞれ、ピンポイントでの出会いのタイミング如何なのでしょう。
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この回答へのお礼

お忙しい中本当にありがとうございました。
また出典までお教えくださり感謝いたします。
”ピンポイントの出会いのタイミング”といえば20歳の時 大峰山奥駆け修行のあと
行者衆と別れ新宮から夕暮の南紀を大阪へ向う汽車の中で 海辺の歌 を暗誦してい
たこと今でも鮮明に甦ります。
ありがとうございました。

(ベストアンサーなどとおこがましい評価をする立場にありませんがそれがこのサイトの
きまりなんですかね すみません)

お礼日時:2011/03/03 21:03

「少年の日」は春夏秋冬の四季に分けた、「瞳」の言葉が通底する四行詩です。



「なやましき眞晝の丘べ
さしぐまる、赤き花にも。”」
これは「夏の」3&4行目です。

「真昼の丘べ花を籍(し)き」は「春」の2行目になります。
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この回答へのお礼

早速のご教示ありがとうございました。40数年前19歳のころに出会ったこの詩が好きで
今でも暗唱できたつもりでいたのですが、2番の3.4行は 
あたたかき真昼の丘べ
花を敷き、あはれ若き日。
とばかり思っていました。もしやとおもい家内の本箱さがしたら私の記憶のもとになった本が
さきほどでてきました。 
昭和43年初版 44年再版 角川書店 日本の詩集 7 佐藤春夫詩集 監修河上徹太郎 吉田精一
串田孫一
1
野ゆき山ゆき海辺ゆき
真昼の丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆゑに
うれひは青し空よりも
2
影おほき林をたどり
夢ふかきみ瞳を恋ひ
あたたかき真昼の丘べ
花を敷き、あはれ若き日。

3.4省略

40数年の記憶はただしかったのですが、出版社の間違いでしょうか
少年時代の私には さしぐまる赤き花にも より 花を敷きあわれ若き日 のほうで良かったです。

お手数おかけしました ありがとうございました。

お礼日時:2011/03/03 00:07

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Qハーフィズのお勧め詩集(イスラム)

ハーフィズのお勧め詩集(イスラム)

ゲーテが敬愛したというイスラム詩人、ハーフィズのお勧めの和訳詩集を教えてください。

できるだけ、読みやすい訳本がいいです。

また、イスラム世界で一番著名な詩人はハーフィズなのでしょうか。
もっと高名な詩人はいるのでしょうか。

Aベストアンサー

現在手に入るものは平凡社の東洋文庫に入っている「ハーフィズ詩集」しか知りません。これは抒情詩の全訳で訳も読みやすいのでおすすめです。文庫、といってもケース入りのハードカバーで3000円(税別)します。大きな書店に行けば文庫自体は見つかるでしょうし、注文すれば手に入るはずです。
 このほかでは抄訳で、たしか筑摩世界文学大系の中に入っていたはずで、ここでは他にもいろいろな詩人が紹介されています。
 ペルシャ文学は詳しくないですが、ハーフィズも含めて7大詩人と言われる存在がいるそうです。日本などでハーフィズ以上に有名なのが「ルバイヤート」の著者として有名なオマル(ウマル)・ハイヤームがいます。現在でも翻訳が複数あり、岩波文庫は古くから出ています。
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Q佐藤春夫「西班牙犬の家」と内田百間「冥途」について

「西班牙犬の家」・・・この話に出てくる「雑木林」と「スペイン犬」をコンテクストとして読み解く。
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私は時代性はよくわかりませんが「異郷感を掻き立てるもの」と解釈したのですが・・・この筋で行けば「スペイン犬」も異郷感を掻き立てる、示唆するために「スペイン」犬でなければならなかったのかな、と
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なぜ老婆は身投げ救助で得たお金を銀行貯金などではなく「郵便貯金」したのか。
このふたつは自分にはどうも分かりません・・・。

自分なりに考えても調べても答えがでないので
どなたかどれか一問でもいいので教えてくだされば幸いです。

Aベストアンサー

文学に素人の私見ですが・・・

当時は大正の中期で世界大戦中の経済好況で東京の郊外、つまり武蔵野の雑木林は切り開らかれて住宅地になり文化人やサラリーマンが移住しました

今の世田谷、渋谷、中央線沿線などです、東京がそれまでの神田や牛込から移動し始めたのです

慶応で学んだハイカラで異国趣味の佐藤春夫は新しい東京の空気をスペイン犬と雑木林で現わしたかったと思います

老婆の身投げ救助を書いたのは内田百閒ではありません、菊池寛の短編です

Q「願はくは花の下にて春死なむ・・・」の「花」は何の花?

願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

という歌にとても心惹かれるものがあります。
たしか西行法師の作であったと記憶しております。

この歌に出てくる「花」とは何の花なのでしょうか?
今まで何となく桜だと思っていましたが、桜が日本人にとって最も代表的な花となったのは、もっと後の時代ではないでしょうか。西行法師の時代は「花」と言えば梅だったのではないかと思います。

そこで、月齢と旧暦の日付を調べてみたところ、今年は旧暦の2月の満月の日は新暦4月7日(旧暦2月17日、月齢15.36)でした。
となると、「花」はやはり桜なのでしょうか?

もう一つ、質問です。
「花は桜木、人は武士」という言葉が示すように、潔く散る桜を人の死と結びつける思想は、江戸時代の出てきたものと思っていました。しかし、この歌の「花」が桜であるとすれば、西行法師の時代に、すでに、桜を人の死と結びつける思想の源流があったと考えてよいでしょうか?

Aベストアンサー

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふたたび主流になっていったようです。
そうして947年には宮中の庭の正面に植えられていた「右近の橘左近の梅」の梅が桜に植え替えられたことなどにもあきらかなように、平安後期以降は、花といえば桜をさすようになります。

ご質問の西行の歌は、1190年のものですから、時期的にも桜であることに間違いはありません。

桜は古来から日本の民間信仰と深く結びついていました。
古事記や日本書紀にも登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、この神は春の女神で豊穣をもたらすとされたのですが、桜の木はこの神の依り代とされました。

桜の開花に農作業が始まる時期を知り、その年の開花に作柄を占った。
こうして桜は農作業と深く結びつきつつ、信仰の対象でもあったのです。
桜の大木の下は一種の聖域となり、豊穣を祈るためのさまざまな儀礼や宴が、年中行事となっていき、今日に至るまで続いています。

一方で、桜に対する見方も時代によって少しずつ変わります。
平安末期には無常観とも結びついていき、さらに時代が下れば、能や歌舞伎での異世界や狂気にも通じていく。
質問者さんが上げられている、仮名手本忠臣蔵の詞は確かに江戸時代のものですが、桜はそれよりはるかに古来から、人々の生活に結びついており、それゆえに、さまざまに解釈されてきた歴史があります。

ここらへんの見方の推移は『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 ―』(大貫美恵子 岩波書店)に詳しいので、もし興味がおありでしたら、ご一読ください。

ただ、西行のこの歌は、やはり西行個人の信仰と無関係にとらえることはできないでしょう。

>その如月の望月のころ

とは、釈尊が涅槃に入った(亡くなられた)とされる二月十五日のことです。

「これは死に臨んでの作ではない。死を目前にして西行がこう歌ったのではない。…しかしおそらく六十歳代の半ばごろ、死もいつかはやって来る、もうそれほど遠くはないかもしれぬと思うにいたった老西行が、おのれの死をこういう言葉で表現し、こういう情景の中に見つめ、希求していたことは間違いなく読みとりうるのである」(『西行』高橋英夫 岩波新書)

この本は、西行の生涯だけでなく、さまざまな西行伝説や、西行と芭蕉の関わりなどにもふれられていて、大変おもしろかったです。

以上、なんらかの参考になれば幸いです。

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

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Qジョイスの「若き日の芸術家の肖像」

ジェイムズ・ジョイスの「若き日の芸術家の肖像」という作品について
1200字程度で感想文を書かなければならないのですが、
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なのでやむなく質問させていただこうと思うのですが、
この作品のあらすじや、
何に注目して感想を書けばよいかなど
何でもいいので感想や情報をお持ちの方がいましたら教えてください!
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんばんは。

その本は日本語のものでしょうか?

だとするならこのサイト(参考URL)の感想文の書き方講座が有効かもしれません。


内容がざっと知りたいと言うのであれば、
http://www.google.co.jp/search?q=A+Portrait+of+the+Artist+as+a+Young+Man%81@review&ie=Shift_JIS&hl=ja&lr=
英語レビューサイトであらすじを見つけて、翻訳マシンに掛けると言う手もあります。
http://www.excite.co.jp/world/text/
レビュー部分を流用してはなりません。
では頑張ってください。

参考URL:http://www.ne.jp/asahi/ymgs/hon/index03_kansou.htm

Q「○眞が出る」 ←ウかんむりにレンガ

いつもお世話になっています。

とある男性(80代のお年寄り)が書いた文章を急いでパソコンで清書しなければいけないのですが、旧字体やつなげ字が多すぎて苦労しています。

中でも、次の文章の中の文字はさっぱりわかりませんのでご協力をお願いします。

前後の関係から「写真」ではないか・・・と思うのですが、いかがでしょうか?旧字体ではこういうふうになりますか??

または、「これじゃないかな?」というのがありましたら教えてください。

問題の文章
「新聞に○眞が出ました。」

○部分
漢字1文字
ウかんむり
まん中には「旧」のような字がみられる
下側にれんがのような部首がみられる

Aベストアンサー

「寫」でしょうか。
これでしたら「写真」の旧字体であってます。


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