昔関東大震災が起こって東京の街が壊滅しましたが、何故もう一度同じ場所に都市を築いたのですか?
普通なら避けないですか?
田舎や小さい街ならまだしも、日本一重要な都市をまた同じ場所に築いた理由がわかりません。
当時の人は特に何も考えて無かったのですか?
壊滅していい機会なのに何故同じ場所に築いたのですか、教えて下さい。

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A 回答 (7件)

一度力を解放したバネはまた力を溜めるのに時間を費やします。

 
仕組みによってはもう2度と力を溜める事はないかもしれません。 
それに加え、バネの力がどの程度なのかは、開放直後以外は知る事が出来ません。

昔の人はそういう考えだったのかも知れない。
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知識の無い人が多いですが、




まず、関東大震災は「東京で起きた地震」ではない。

震源地は神奈川県西。


そしてあの大被害は地震によって起きたものではない。
ほとんどは「火事」によるもの。

当時は防火設計がされていなかったためとてつもない勢いで東京中に火が広がった。


よって、まったく同じ規模の震災が東京で起きても同じ被害は出ない。


そして、東京以外でも「大地震が起きない場所」というのは日本に存在しない。
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 平地が限られているし、道があるのでそこを起点にまた作られるのです。


 まったく何も無い状態でもありません。そこに土地はある。無事なところもある。

 ただ大昔なら移転していたけどね。都がいろいろと移っていったけど。関東大震災では移ることも無理な状態です。すでにそこに人々が居ます。追い出せません。

 また壊滅したからこそ、都市計画を作り直せるのです。がれきを撤去して安全のために道路の拡張とか可能ですから。


 それと生きている物の本能でしょう。たとえ災害があっても、植物はそこにまた根付き、生き物もまたそこに戻ってくる。
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え? みなさん、まじめに考えてるのかな。

関東大震災でしょ? 関東大震災でも、東京大空襲でも、阪神淡路大震災でも、中心部ですら、残っていた建物はたくさんあったんですよ? それに土地は消えないし、見慣れた山々や川や港は同じ位置にあるし、生き残った人たちのコミュニティがそこで解散するわけじゃないんですよ?

「壊滅」とは言うけれどSFじゃないんだから。私の祖父は震源地でピンピンしてたし、祖母は自宅でおにぎり配ってましたよ。父も阪神の震源地で通勤してましたよ。

例えば、今、あなたの家のトイレとキッチンがペシャンコになったとします。「もうここに住むのは怖いでしょうし、トイレを作り直すのにかかるお金よりも新築のほうが安いので、残っている寝室と居間は放棄して、中国に永住してください。仕事と学校については、保障はできませんが、そのうち考えましょう。ご近所は韓国へ、お友達はニュージーランドへ、ご家族はロシアへ送りますから、どうぞ心配しないでください」と言われたら、そのとおりにしますか?
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ほかに安全な場所がないからです。

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関東大震災の被害は


建物の倒壊と火災ですが
どこに移せば安全なんでしょうね?

建て替えの際に考慮すればよいと思いますけど
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日本にいる限り、震災と無縁の地域はありません。


首都機能を持つためにはそれなりに広い土地も必要です。
江戸時代の大名屋敷などの武家地は明治政府に接収されて、政府は広大な土地を有していました。

また、当時は外交・交易のために海外と行き来する交通手段は船舶です。
大型船が入ることのできる港が必要です。

あとこれは私見ですが、江戸時代250年余りの間に50回足らずの「大火」が起こってそのたびに江戸の町のかなりの範囲が灰燼となりましたが、そのたびに江戸の町は復興しました。
江戸っ子は災害慣れしていたんじゃないかと思います。
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