「海辺のカフカ」のなかで、

【世界はメタフアーだ】

という言葉がどういうことなのか、教えて欲しい。

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A 回答 (2件)

難しいですね。



メタファーとは、対象物を他の何かに例えて表現したりすることを言いますよね。
また、何かを把握しようとするとき、それを自分の経験や知識などに照らし合わせて理解することもメタファーの一種だと思われます。

それを考えると、「世界はメタファーだ」と言う言葉は、世界というものは何かしらの相互関係から成り立つもので独自性はなく、メタファーを用いてしか理解できないものである、と言っているようにも思えます。
もっと分かりやすく言うと、例えば「音楽は奏でるものだ」と言った場合、では「奏でるものは何か?」と言われたら「それは音楽だ」という答えになる、ということです。
つまり、ここで人は二つの事柄をイコールであると示しているだけで、根本的に「音楽とは何か」「奏でるとは何か」を説明できているわけではないということです。

彼が「世界はメタファーだ」と言ったのは、世界というものはそんな風にメタファーでしか表現できない曖昧なものであり、またそのようにメタファーとして相互関係を持ってしかその存在を示せないもの、と言いたいのではないかなと。。。分かりますでしょうか?^^;

あとひとつ、「世界はメタファーだ」と言う言葉には彼のイタズラ心が働いているようにも思います。
「世界はメタファーだ」という表現自体が、メタファーだという事実です。
世界がメタファーである場合、それをメタファーで表現できるのかという、これはパラドックスのひとつですね。


まあ、どちらにせよ本当の意味は彼しか分からないでしょう。
学校でも教わったでしょう。国語のテストの正解はひとつだけじゃないって。
どんな意味にせよ、ご質問者様がその言葉から得たそのものが、ご質問者様にとっての答えで良いと思いますよ。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

なるほど、奥が深いですね。

村上独特の表現なのでしょう。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/04/28 09:38

 「メタファ」というのは比喩表現の1つです。


比喩には「~の様な」という表現と「別の言葉で言い換える」表現の2つがあって、前者を「直喩」後者を「間喩」または「暗喩」と呼び、この後者が「メタファ」に該当する言葉です。
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Qメタファーとは

メタファーとはなんでしょうか?まったく意味がわかりません。
何かわかりやすく説明しているいいサイトなどありましたら合わせてよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
メタフォア(メタファーとも言います。metaphor)は、比喩の一種で、シミル(simile)と並んで、代表的な比喩の修辞技法です。

メタフォアは、「暗喩・隠喩」と呼ばれ、シミルは「直喩・明喩」と呼ばれます。形の上からは、「……のような」「……に似た」というような言葉が入っているのがシミルで、入っていないのがメタフォアだという区別がありますが、内容的にはかなり難しいです。

易しい例を挙げると、一般的に、次のように対比させます:

「彼は、キツネのようにずるい」……「ように」がありシミル。
「彼は執念深いこと、蛇のようだ」……「ようだ」がありシミル。

メタフォアはこれに対し、

「彼はまさに希代のキツネだ」
「彼は蛇だ」

前者のシミル(直喩)では、「ように」などがあるのとは別に、「何を喩えているのか」が、明示されています。彼がキツネなのは、「ずるさ」が比喩されています。彼が蛇なのは、「執念深さ」で比喩されています。

しかし、後のメタフォア(暗喩)では、どこがキツネで、どこが蛇なのか、明示されていません。「ように」とか「似て」は、「キツネのように狡猾だ」「蛇に似て執念深い」などで使うので、何を比喩しているのか明示する言葉が来るのです。

彼はキツネだ。彼はイヌだ。彼は蛇だ。……などは、よく使う比喩なので、メタフォアの形をしていても、前後の関係から、何がキツネで、何がイヌか分かります。「キツネだ」というと、狡賢いになりますし、「イヌだ」というと、誰かの忠実な手先だという意味です。

シミルの形をしていても、どこが比喩なのか分からないシミルもあります。例えば、「青い湖水を静かに泳いで行く白鳥のように彼は穏やかに微笑した」というのは、「穏やかさ」を比喩するシミルですが、「青い湖水を静かに泳いで行く白鳥」が、どういう関係で、「微笑の穏やかさ」になるのか、よく分かりません。

こういうのは、形の上では、シミルですが、実質はメタフォアになっています。

メタフォアというのは、「詩」で多く使われますし、効果的に使うと、非常に印象的になります。

「兵士は、獲物を探す鷹の目で、遙か眼下の平野を見下ろした」というのは、おそらく、「鋭い視線・注意深い視線・鷹のように獰猛な意志」などの比喩なのでしょうが、読む人によって色々なものが、想像され、了解されます。

「西欧中世の古風な宮廷舞踊会の毎日のように、時が傍らを過ぎ去って行った」というのは、「ように」がありますが、これはシミルではありません。時間が経過したというのは、分かるのですが、どういう風に経過したのか、その部分がメタフォアになっています。

華麗に過ぎ去ったのか、繰り返しのように過ぎ去ったのか、静かに過ぎ去ったのか、典雅に過ぎ去ったのか、退屈に過ぎ去ったのか……読む人により、前後の文章により、色々なイメージや意味になります。

つまり、何か「比喩」なのですが、意味が明白でない代わり、イメージや雰囲気があり、「暗示的な比喩」であるのです。

メタフォアが多い文章というのは、イメージや雰囲気は豊かなのですが、それで何なのかが分かりにくいような文章です。メタフォアのイメージや雰囲気を味わうことが意味あることになります。

「新月の夜の緑の沼の眸で、スレートの笑いを彼は頬に浮かべた」では、何のことかよく分かりません。「暗い緑の眸で、スレートのように硬い笑いを彼は頬に浮かべた」なら分かります。「スレートの笑い」は、シミルで言えば、「スレートのように硬い」になるのです。

しかし、そう言ってしまうと、イメージや雰囲気の余韻が出てこなくなるので、メタフォアという、何をどう比喩しているのか、イメージなどは分かるが、それが何を意味するのか、自分で味わって了解しなければならない修辞の形式を使うのです。

メタフォアというのは、文章修辞の典型で、詩の本質は、このメタフォアのできぐあいに係っているという見解もあります。

また、以上は、文章修辞のメタフォアですが、メタフォアは、人間の概念思考に常に付随するもので、あらゆる芸術や日常生活にも、メタフォアが関係するというのが、一般的な考えです。三番目のURLは、かなり難しい文章ですが、メタフォア論になっています。

>日本語の修辞法―レトリック
>http://www.sanseido.net/Main/hyakka2/Rheto/rheto_rhe.html#two

>特別企画 第六回 比喩
>http://plaza5.mbn.or.jp/~gendaibun/kikaku/kikaku0601.html

>メタファーと認知
>http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~mogami/metapher94.html
 

参考URL:http://www.sanseido.net/Main/hyakka2/Rheto/rheto_rhe.html#two,http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~mogami/metapher94.html

 
メタフォア(メタファーとも言います。metaphor)は、比喩の一種で、シミル(simile)と並んで、代表的な比喩の修辞技法です。

メタフォアは、「暗喩・隠喩」と呼ばれ、シミルは「直喩・明喩」と呼ばれます。形の上からは、「……のような」「……に似た」というような言葉が入っているのがシミルで、入っていないのがメタフォアだという区別がありますが、内容的にはかなり難しいです。

易しい例を挙げると、一般的に、次のように対比させます:

「彼は、キツネのようにずるい」……「ように」がありシミ...続きを読む

Qメタファー

メタファーという言葉はいったいどういう意味なんですか?

Aベストアンサー

メタファーとは日本語でいう「隠喩」、比喩の一種ですが、「~のようだ」とつかないものを指します。

佐藤信夫は『レトリック感覚』(講談社学術文庫)のなかで簡潔にこう言っています。

「あるものごとの名称をそれと似ている別のものごとをあらわすために流用する表現法が、《隠喩》――メタフォール(メタファー)である」

そうして『ロミオとジュリエット』から、こんな例を出しています。

「行こうではないか、そしてとらわれぬ目で、
 くらべて見るがいい、彼女の顔を、俺がおしえてやる別の娘(こ)の顔とな、
 思い知らせてやろう、君の白鳥がただの烏(からす)だったと。」

ここでのメタファーは「君の白鳥がただの烏だったと」という部分です。ロミオはロザラインという娘に片思いしている。それに対して友だちがいうせりふです。君はロザラインのことを優美な「白鳥のようだ」と考えているかもしれないが、それは女を知らないからで、女のなかでは白鳥どころか「烏みたい」なものだ、と言う。だからもっと広い世間を見ろ、キャピュレット家の宴会に行こうぜ、と誘っている。事実、そこで彼はジュリエットに会うんですが。

そんなふうに、「白鳥のようだ」「烏みたいだ」というのが直喩であるのに対し、隠喩は「白鳥」「烏」と「~のようだ」「~みたいだ」抜きに表現したものです。

さらに、それだけではありません。
・ロザリンドは、カラスのように色は黒いし、さえない女の子だよ。
と、直喩の場合には、直接にカラスそのものの姿が浮かんでくるわけではない。「鳥の種類で言えばカラスみたいなもんさ」という対比関係として利用されているにすぎません。

ところが、
・ロザリンドはカラスだよ。
というと、カラスのイメージが浮かんでくる。黒い、不格好な鳥。
直前に「白鳥」が出ています。いっそう、黒々と、下品なその姿。

つまり、隠喩というのは「XがYである」ということによって、聞き手の頭に「Y」という言葉の持つイメージを喚起させる。そうすることによって、聞き手はXそのものを、よりくっきりとした豊かなイメージで思い描くことができるようになる。あるいはそれまで気がつかないでいた類似性に気がついたりもするのです。

そういう働きを持つのが「メタファー」(の説明のほんの一部分)です。

メタファーとは日本語でいう「隠喩」、比喩の一種ですが、「~のようだ」とつかないものを指します。

佐藤信夫は『レトリック感覚』(講談社学術文庫)のなかで簡潔にこう言っています。

「あるものごとの名称をそれと似ている別のものごとをあらわすために流用する表現法が、《隠喩》――メタフォール(メタファー)である」

そうして『ロミオとジュリエット』から、こんな例を出しています。

「行こうではないか、そしてとらわれぬ目で、
 くらべて見るがいい、彼女の顔を、俺がおしえてやる別の娘...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qカフカという意味について

最近よく本や文章で登場するカフカという言葉の意味を教えてください!人物なのでしょうか?

Aベストアンサー

 
「カフカ」というのは、もっとも普通には、チェコスロヴァキアのユダヤ系作家で、人間の存在の不条理なあり方などを象徴的に描いた、フランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883-1922。代表作:短編「変身」、長編「城」など)のことですが、必ずしも、カフカと言って、この作家のカフカとは限りません。

(例えば、「ナツメ」と言えば、「夏目漱石」の夏目かどうか、植物にも「棗(なつめ)」があり、いちがいに、どうだとは言えないのです)。

しかし、村上春樹の作品に出てくる「カフカ」は、この作家のカフカのようです。「海辺のカフカ」は読んでおりませんが、参考URLで見ると、この作品には、色々な文学・思想上の有名人物の名が出てきており、カフカも文学者のカフカであるとされています。

>http://plaza.rakuten.co.jp/kishimi/050000
>村上春樹『海辺のカフカ』(新潮社) 人名(グループ)索引
 

参考URL:http://plaza.rakuten.co.jp/kishimi/050000

Q村上春樹さんの三部作って??

村上春樹さんの三部作と言ったら

風の歌を聴け
羊をめぐる冒険
ダンスダンスダンス

の事でしょうか?それとも

風の歌を聴け
1973年のピンボール
羊の冒険

この三作のことでしょうか?教えてください。

Aベストアンサー

初期三部作(鼠三部作・青春三部作)は下記の3つです。

 風の歌を聴け
 1973年のピンボール
 羊をめぐる冒険

ダンスダンスダンスは続編っぽいですね。

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Q「海辺のカフカ」 読むべきか読まざるべきか??

こんばんは。

村上春樹さんの新作「海辺のカフカ」について
読むべきか、読まざるべきか迷ってます。

基本的には村上春樹さんの本は好きで、ほぼ全部読んでいます。
しかし、今回の「海辺~」の書評は、やけに辛口のものが目につきます。
ハードカーバーで上下本につき、購入する前に皆さんの意見を
伺おうと思って質問します。

ちなみに、私が一番好きな村上さんの本は「ダンス・ダンス・ダンス」
をはじめとする鼠シリーズ、「ねじまき鳥クロニクル」。
反対にしっくりこなかった本は、ここ2~3年の本。

どうも、昔の村上さんの本の方が好きな傾向があるだけに
今回の「海辺~」、皆さんのご意見をお聞かせください。

Aベストアンサー

「海辺のカフカ」、今読んでいます。
村上春樹は結構読んでいるのですが、「ダンス・ダンス・ダンス」は読んだことが無くて、「ねじまき鳥クロニクル」は面白かったですが(???)という印象でした。読んでいる時は止まらなかったけれど、読み返そうという気にはあまりならない…。そんな訳で、Hana55さんとは好みはだいぶ違うかもしれませんね。私の一番お気に入りは「国境の南、太陽の西」です。「ノルウェイの森」も結構好きなので村上春樹の中では恋愛小説っぽいのが好きなのだと思います。

そのあたりを念頭において聞いていただけると幸いです。

さてそんな私ですが、「海辺のカフカ」はかなり気に入っています。
村上春樹の常に変わらないテーマは人間が生きていれば避けて通れない孤独についてではないか、と思っています。
そのテーマはノルウェイの森や国境の南・・・ではかなりロマンタサイズされた形で書かれ、ねじまき鳥などでは浮世離れした形で暗示的に書かれていたように思います。
それが、海辺のカフカでは村上春樹は俗世に戻ってきて、しかもかなり建設的な意思を持っていて、そのテーマに対して何らかの前向きな姿勢で挑んでいる、という印象です。物語自体もいつもながらに複雑で飽きさせないながらも、以前よりもひとつの方向性がすっきりと整理されているように思います。
ちなみにノルウェイの森や国境の南・・・のように男女の恋愛が軸では無いと思います。
今までとはだいぶ違うスタンスのようにも思えますが、少なくとも村上春樹が新しい局面に向かっているというのは感じられる作品です。まだ結末まで読んでいないので最終的にはどうなるか分かりませんが、半分くらい読んだ今の時点では私はとても好きな作品のひとつだと思っています。
よしもとばななもオフィシャルホームページで気に入っているというように書いていました。9月13日の日記にあります。

単行本を買うのが躊躇されるようでしたら、文庫本になるまで待つか、地域の図書館などでリクエスト(或いはもう入荷されているかもしれませんが。)して読んで見られたらいかがでしょうか?

参考URL:http://www.yoshimotobanana.com/cgi-bin/diary/diary.cgi?page=4&yy=2002&mm=09

「海辺のカフカ」、今読んでいます。
村上春樹は結構読んでいるのですが、「ダンス・ダンス・ダンス」は読んだことが無くて、「ねじまき鳥クロニクル」は面白かったですが(???)という印象でした。読んでいる時は止まらなかったけれど、読み返そうという気にはあまりならない…。そんな訳で、Hana55さんとは好みはだいぶ違うかもしれませんね。私の一番お気に入りは「国境の南、太陽の西」です。「ノルウェイの森」も結構好きなので村上春樹の中では恋愛小説っぽいのが好きなのだと思います。

そのあたりを...続きを読む

Q四次元というのはどんな世界ですか?

そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?
三次元の世界とは縦横高さのある空間の世界だと思います。
これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?
我々の世界にも時間があるので、四次元といってもいいのでしょうか?
それとも四次元とは時間とは無関係の世界なのでしょうか?
あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタインでした。
 彼は、リーマンという数学者が作った、
曲がった空間の幾何学(現在リーマン
幾何学と呼ばれています)を使い、4次元の
空間が歪むという状態と、重力や光の運動を
あわせて説明したんです。これが相対性理論。

>これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?

 物理学的にはそうです。

 相対性理論の話に関連付けて説明するとこんな感じです。
例えば、下敷きの板のような平面的なもの(数学的には
これを2次元空間と言ったりします)を曲げると
いう動作を考えてみて下さい。下敷きに絵が書いて
あったとして、曲げながらそれを真上から見て
いると、絵は歪んで見えます。平面的に見て
いても下敷きという2次元空間が歪んでいる
ことが感じ取れます。
 2次元的(縦と横しかない)な存在である下敷きが
歪むには、それ以外の方向(この場合だと高さ方向
ですが)が必要です。

 19世紀に、電気や磁気の研究をしていた学者たちが、
今は小学校でもやる砂鉄の実験(紙の上に砂鉄をばら撒いて
下から磁石をあてると、砂鉄が模様を描くというやつです)
を電磁石でやっていたときに、これは空間の歪みが
原因ではないかと直感したんです。
 電磁石の強さを変えると、砂鉄の模様が変化します。
これを砂鉄が動いたと考えず、砂鉄が存在して
いる空間の歪みが変化したのでは?と考えたんです。

 3次元の空間がもう1つ別な方向に曲がる。
その方向とは時間という方向だということを
証明したのが、相対性理論だったんです。


>あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

 4つ目の方向である時間は、存在していても
その方向に、人間が自由には移動する方法は
現在ありません。時間方向を自由に動ける機械と
いうのは、タイムマシーンのことなんですが。

 日常生活を考えてみたとき、縦、横といった
方向は割りと自由に動けます。1時間ちょっと
歩けば4kmくらい楽に移動できますが、
道路の真中で、ここから高さ方向に
4km移動しろと言われたら、人力だけでは
まず無理でしょう。
 飛行機やロケットといった道具が必要と
なります。
 時間方向というのは、このように存在していても
現在のところ自由に移動できない方向なんです。

 例えば、人間がエレベーターの床のような
平面的な世界に生きているとしましょう。

 この場合、高さ方向を時間と考えて下さい。

 エレベーターは勝手に下降しているんです。
この状態が、人間の運動と関係なく、時間が
経過していく仕組みです。

 人間もほんの少し、ジャンプして高さ
方向の移動に変化をつけることができます。

 同様に時間もほんの少しなら変化をつける
ことができます。

 エレベーターの中で、ジャンプすると
ほんの少し下降を遅らせることができる
ように、時間もほんの少し遅らせることは
できるんです。




 

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタイン...続きを読む

Qノルウェーの森 ~緑の父の言葉~

ノルウェーの森を読みました.何点か気になりますが,特に緑の父が病床で死の5日前にワタナベに発した「切符・緑・頼む・上野駅」という言葉が気になります.この父が,かなりの弱りきった状態で片腕を懸命に上げてまで伝えたかったことは一体何なのでしょうか?きっと重要なことなのではないかと考えてしまいます.私がワタナベならば,ずっと考えるでしょう.

この他,突撃隊が急遽行方不明になったり,ハツミが数年後に自殺することや,最後にレイコとSEXをすることなど,不可解なことがあり過ぎます.正直に言えば,直子が自殺したことさえも理解ができません.自殺する間際に「一緒に住みましょう」とか言うでしょうか?どういった心境なのでしょうか.他のもいろいろ不可解,解決されていない点があり,それが村上春樹文学なのだと庇護する人が多分にいますが,これらのことについて,「解決してなくてもいいじゃない」という安直逃避的なコメント以外のことで,何か教えていただける方よろしくお願いします.私は,決してこの作品を非難しているわけではなく,純粋に理解,できれば共感したいのです.

Aベストアンサー

『ノルウェイの森』は分からないところがたくさんありますね。ぼくにも分からないところがたくさんあります。例えばラストシーンはどうしてあのように終わるのか? どうしてでしょうか?

文学には、村上春樹だけに限らず、分からないところがたくさんあります。その分からないところは、実は作者にさえ分からない場合があります。だからこそ、文学は常に読者によって何度も読み返されます。そして自分なりの答えを見つけ出します。そうでなければ、いまから100年前以上の作家、例えばバルザックの小説なんかがいまだに読まれるわけがないのです。

突撃隊の話は、実話らしいです。たぶん、本当に帰ってこなかったのでしょうね。だからこそ、その謎を読者と共有するために、あのように書いた、あるいは真実そのものとして書いたのかもしれません。それは、作者にさえ分からないことかもしれません。

参考URLに突撃隊にかんする専門家の意見がありますが、これは「解釈の一つ」に過ぎません。このように、一人ひとりが物語を解釈します。そしてそれは読者の数だけあってしかるべき、と常に村上春樹は言っています。そのとおりだと思います。

しかし、分からないから聞きたいというのは誰もが同じです。ということで「僕の解釈」を書きます。これは僕の解釈であり、常にそれに疑いを持ってご自身の解釈を出されることを期待します。

>伝えたかったことは一体何なのでしょうか?
そのままでしょう。緑が回想シーンで家出したときの話を出しています。おそらく脳の病気で意識が混濁していたのでしょう。それらの言葉は、断片的な記憶に浮かんでくるイメージの集合体ではないのでしょうか。誰かと間違っているようだ、とワタナベ君は言いますが、たぶん恋人と間違えたのでしょう。だから緑のことを、そそっかしい奴だから頼む、と。この場合の「頼む」は時代設定から考えて「結婚」を意味しているでしょう。

>ハツミが数年後に自殺すること
ワタナベ君が数年後にその理由を知ります。彼女は、少年や少女のように純粋な心を持ち合わせた人でした。永沢さんのことを本当に、心の底から愛していて、それでも彼は彼女を置いて外国に行きます。そして不本意に別の人と結婚してしまいます。彼女はその状況にどうしても耐えられる人ではありませんでした。彼女は本当に愛せる人は永沢さん一人だったのでしょう。ワタナベ君はそのことを十分に知っていたはずの永沢さんからハツミさんの死に関して「哀しいことだ」という趣旨の手紙を受け取って、激怒します。

>最後にレイコとSEXをする
これは実はものすごく難しい問題です。簡略に書きますが、直子の死によって、二人の心が結び付けられたのでしょう。しかしそれは恋人の関係などではなく、愛情とも少し違う、かなり複雑な感情です。二人ともなぜかは分からないけども、「この人と体を結びたい」と「同時に」思っている点に注目してください。人の心は数学のように割り切れるものではありませんよね? この場合が特にこれに当てはまります。おそらく人によって答えの数が変わってくるほどここの部分の解釈は変わるはずです。セックスに真面目さ、神聖さを求める人には理解しがたく、そうでない人には何の疑問もなく、あるいは説明が難しいけども、二人のそのときの気持ちが痛く分かったり、とさまざまなはずです。作者もその理由は分からないのでは? 人は説明しがたい感情を抱えたりしませんか? もしそうだとしたら、作者はただ単に事実をそのまま提出し、説明を拒むことによって、読者に読解を任せてしまいます。この読解が嫌いな人もいて、そうすると村上春樹の書く文章は「浅くて何も書いていない」となるわけです。この傾向は彼が崇拝するフィッツ・ジェラルドの作品にもあります。

>自殺する間際に「一緒に住みましょう」とか言うでしょうか?
これは誤読でしょう。言ったのは(正確には手紙に書いた)ワタナベ君のほうです。確かめてください。吉祥寺に引越した三日後に直子に宛てて書いた手紙です。
それはそうと、このワタナベ君の書く手紙はとても素敵ですよね。村上春樹の奥さんの陽子さんが結婚するきっかけの一つが、彼がとても手紙を書くのが素敵だった、と述べていますが、なるほど、と思います。

>直子が自殺したこと
心に病を背負い込んでいる人は耐え難い不安と恐怖と共に生きなければなりません。小説の中で直子がいつも幻聴や幻覚におびえ、レイコさんに泣いていたことを思い出してください。直子は病状が悪化するに連れて、もう耐え切れなくなってしまったのでしょう。
彼女が本当に愛していたのはキズキ君ただ一人であるのに、セックスができませんでした。それができたのは「愛してさえもいない」ワタナベ君とでした。その理由がおそらく純粋な心を持つ直子には理解しがいたいものであったはずです。「どうして私と寝たりしたの?」とワタナベ君に詰め寄ります。この彼とのセックスの持つ意味がとても重要だったことは、直子が自殺する前夜に、レイコさんに詳細に語ることによってある程度明らかになります。だって、死のうとする前に語るのが、彼とのセックスの話ですよ? よほどのことだったのでしょう。

『ノルウェイの森』にでてくるセックスは、それぞれにさまざまな意味を持っており、一つ一つを注意深く読む必要があるのでは、と思っています。しかしそれすらも僕の解釈であり、人によっては無意味なラブシーンくらいにしか思えない場合もあるでしょう。

長くなりましたが、以上が僕の解釈です。反論その他もろもろあるでしょうが、それすら含めて文学とはさまざまな可能性を含んでいます。文学の面白さとはこういうところにもあるのだと実感します。

参考URL:http://be.asahi.com/20050702/W21/0001.html

『ノルウェイの森』は分からないところがたくさんありますね。ぼくにも分からないところがたくさんあります。例えばラストシーンはどうしてあのように終わるのか? どうしてでしょうか?

文学には、村上春樹だけに限らず、分からないところがたくさんあります。その分からないところは、実は作者にさえ分からない場合があります。だからこそ、文学は常に読者によって何度も読み返されます。そして自分なりの答えを見つけ出します。そうでなければ、いまから100年前以上の作家、例えばバルザックの小説なんかが...続きを読む

Q暑さに強く、生命力のある草花

去年、家を購入したことをきっかけに、プランターにいろいろ植えましたが、
夏バテをして、水やりをあまりしなかったせいで、ほとんど死んでしまいました。
もともと、体調を崩しやすく、きっと来年もそんな状態になると思います。
そのため、あまり水やりしなくても大丈夫な草花を探しています。
できれば、毎年花を咲かせてくれるものがいいです。
あとハーブや葉っぱものでもかまいません。

今、ちゃんと咲いているのはサザンクロスと、かろうじて生きているニオイザクラ。あとウインターコスモスです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 こんにちは。趣味で園芸を楽しんでいますので良かったら参考にして下さい。
 質問者様の場合は暑さと乾燥に強い花という事ですよね。加えて多年草、または宿根草を御希望という事ですのでなかなか条件は厳しくなると思います。ハーブ類は暑さは実はそんなに強くありません。乾燥には強いですが多湿に弱いので、夏の暑さは弱いです。元々地中海原産のものが多いので、カラッとした季候を好みます。多くのものが多湿による蒸れで痛んだりする事が多いです。まあ北海道などの梅雨のない所にお住まいの方でしたら適していると思います。
 それから暑さが強いという事は関東かそれ以西にお住まいの方でしょうか?宿根や多年草の場合越冬できるかが鍵になりますので、寒さの厳しい所でしたら条件にあてはまらない場合がありますので、予め御了承下さい。
【宿根草、多年草】
●ベゴニアセンパフローレンス
 道路の植栽に植えられるぐらい丈夫で乾燥にも強いです。安価で100円ぐらいで売られています。ただし冬は室内に取り込むか軒先などに置いてください。霜に当たるとグッタリして一度に駄目になります。
http://yasashi.info/he_00002.htm
●カランコエ
 今頃から花屋さんに並び始めます。多肉(サボテンの仲間)ですので、乾燥には強いです。ただしベゴニアセンパと同じで霜には当てられません。
http://yasashi.info/ka_00005.htm
●ゼラニウム
 花が綺麗な昔からのゼラニウムと、匂いが特徴的なセンテッドゼラニウムがあります。こちらも冬は室内に取り込んでください。暖地なら戸外越冬可能です。
http://yasashi.info/se_00002.htm
http://yasashi.info/se_00008.htm
●ローズマリー
 寒さに強く乾燥にも強い丈夫な花です。ただし成長が早いので、プランターに植えても2年に一度ぐらいは植え替えの必要があります。乾燥には強いですがハーブですので、蒸れに弱いです。蒸れないように若干風通しを良くしてあげて下さい。
http://yasashi.info/ro_00002.htm
●ミント
 ミント類は丈夫で手間いらずで、ティーやバスにも使え重宝します。冬は地上部が枯れますが、春には芽吹いてきます。ただし相当成長力がありますので、1つのプランターには1種類しか植えてはいけません。他の植物を侵食します。また1つのプランターに2種類のミントを植えると雑種化しますので、必ず同じ種類のものを植えて下さい。成長が著しいので1~2年に一度は植え替えの必要があります。蒸れには弱いので(蒸れたからといって枯れませんが、見栄えが悪くなります)、梅雨入り前にバッサリ刈り取ってやると良いです。刈り取った物はティーやバスに使えます。
http://yasashi.info/mi_00003.htm
●メキシコマンネングサ
 相当強い植物ですが、プランターにコレだけ植えるというのは何となく華がないです。ただし多肉ですので乾燥には強く手間はかかりません。
http://www.yonemura.co.jp/zukan/zukan-k/naiyou/mannengusa0.htm
●マツバギク
 暖地なら越冬します。こちらも多肉ですので暑さと乾燥には強いです。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/Matubagiku.html
●アイビー
 割と強いですが、地味です。2年に1度は植え替えが必要です。
http://yasashi.info/he_00008.htm←こちら以外も色々な種類があります。
●オリズルラン
 暖地なら越冬できますが関東や西日本でも山間部なら難しいかもしれません。
http://yasashi.info/o_00009.htm
●アロエ
 乾燥には相当強いです。また花も咲きます。我が家では地植えですが、越冬基準はオリズルランと同じです。
http://yasashi.info/a_00020.htm

 多年草、宿根草でも丈夫なものは大抵成長も早くどのみち植え替えは必要です。そうしたら暑くなる前の6月頃に夏の乾燥に強く丈夫な花を植えて12月頃まで楽しむというのもテだと思います。
【1年草】
●ポーチュラカ
 カラフルで安価な夏の花です。乾燥には相当強いです。
http://www.yasashi.info/ha_00021.htm
●マツバボタン
 代表的な夏の花です。
http://yasashi.info/ma_00002.htm
●リビングストンデージー
 上の3つと同じ多肉系で丈夫で乾燥に強く、華やかです。
http://yasashi.info/ri_00006.htm
●ガザニア
 我が家では西日が当たる所に植わっていますが、元気に花を咲かせます。暖地なら越冬します。
http://yasashi.info/ka_00012.htm
●メランポジウム
 小さなヒマワリといった感じで単植でも見栄えがします。
http://www.yasashi.info/me_00001.htm

 これらの花達は今は終りですので、売られていません。またこの時期は夏の花と冬~春の花の境目の時期ですので、花屋さんに行ってもあまりないです。中旬から下旬ぐらいに行くとパンジー、デージー、アリッサム、ノースボール、ムルチコーレなどの丈夫で花期の長い花達が店頭に並び始めます。それまでにプランターを洗って太陽光線に当てて乾かし、土と鉢底石を買って準備をしておけば、苗を一気に買って一日で準備が終わります。
 また夏にある程度楽をしたいなら
(1)西日には当てない
(2)下がコンクリやアスファルトならレンガなどで下からの熱を防ぐ
などの対策が必要です。特に夏の西日は相当強烈ですので、これにも負けずに尚且つ多年草、宿根草というのはハーブではまずありませんし、乾燥に強いものでも越冬が難しかったりすると思います。

 ご参考までにm(__)m。

 こんにちは。趣味で園芸を楽しんでいますので良かったら参考にして下さい。
 質問者様の場合は暑さと乾燥に強い花という事ですよね。加えて多年草、または宿根草を御希望という事ですのでなかなか条件は厳しくなると思います。ハーブ類は暑さは実はそんなに強くありません。乾燥には強いですが多湿に弱いので、夏の暑さは弱いです。元々地中海原産のものが多いので、カラッとした季候を好みます。多くのものが多湿による蒸れで痛んだりする事が多いです。まあ北海道などの梅雨のない所にお住まいの方でしたら...続きを読む


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