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下記文法の問題って、疑問を表す【か】と【のか】はどうやって区別しますか。宜しくお願い致します。
上司:「君、困る___!資料にミスがあったぞ。君のせいで大恥をかいたよ。」
部下:「すみません。うっかりしておりまして……」

1 じゃないか        2 のではないか
3 じゃないのか      4 のではないのか

どの選択肢は正しいですか、原因を説明してくれていいでしょうか

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A 回答 (4件)

コメントにお答えします。



>>>
>「じゃないのか」 is used only in question or enantiosis sentences.
>「の」 emphasizes 「か」
よろしければ、例を挙げてもれっていいでしょうか。

Question「犯人は君じゃないか?」⇒強調「犯人は君じゃないのか?」
Enantiosis「犯人は君じゃなかったか。安心した。」⇒強調「犯人は君じゃなかったのか。安心した。」
Affirmative「僕のせいではない。君のせいだ。」⇒強調「僕のせいではない。君のせいなのだ。」

>>>
迅速な回答ありがとう、しかしながら、 「原因」 と「理由」は同じ意味(reason)じゃないでしょうか

意味は似ていますが、日本人は「原因」という言葉と「理由」という言葉をはっきり区別します。

<原因>
OK「事故の原因はブレーキの故障だった。」
NG「事故の理由はブレーキの故障だった。」

OK「落雷が原因で、パソコンとテレビが壊れた。」
NG「落雷が理由で、パソコンとテレビが壊れた。」


<理由>
NG「会議に欠席します。原因は体調不良です。」
OK「会議に欠席します。理由は体調不良です。」

NG「この大学を選んだ原因は研究レベルが高いことです。」
OK「この大学を選んだ理由は研究レベルが高いことです。」

NG「have ではなくhas になっている原因は、主語が he になっていることです。」
OK「have ではなくhas になっている理由は、主語が he になっていることです。」


<どちらでもOK>
OK「イチローが試合を欠場した。原因は、練習のし過ぎによる肉離れである。」
OK「イチローが試合を欠場した。理由は、練習のし過ぎによる肉離れである。」


以上のことからわかるとおり、「原因」という言葉は「理由」と意味は似ていますが、
「原因」は、「今起こったことより前に起こったこと」というニュアンスが含まれています。
「理由」は、「今も続いているもの」というニュアンスが含まれています。
ですから、
「原因を説明してください」
という質問にしてしまうと、それに答える人は、たとえば
「**年に**という人が、テレビの**という番組に出演して、日本に**という言葉を広めてしまったから。」
というような答えをするしかなくなってしまいます。
しかし、それはtempbasicさんが求めている答えではないですよね。

この回答への補足

なるほど、さすがsanoriさんは先生として上手ですよね。ありがとうございました。

補足日時:2011/06/30 23:24
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1,です。

「君、こまるじゃないか」困っているのは上司です。
「きみ資料にミスがあったぞ困るじゃないか。」と云いかえる事が出来ます。

2,3,4、はすべて相手が困る言い方で、「きみが困るのではないか」

「困るのは君じゃないのか」「君が困るのではないのか」
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Sorry I haven't answered the question 「疑問を表す【か】と【のか】はどうやって区別しますか」.



「じゃないのか」 is used only in question or enantiosis sentences.
「の」 emphasizes 「か」.

この回答への補足

>「じゃないのか」 is used only in question or enantiosis sentences.
>「の」 emphasizes 「か」
よろしければ、例を挙げてもれっていいでしょうか。

補足日時:2011/06/30 20:17
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Kon-nichiwa again!



Both 「ではないか」(formal) and 「じゃないか」(informal) are correct.
But, in this question, there's not 「ではないか」.
So, only 「じゃないか」 is the correct answer.

The word 「じゃないか」 means not queston, but it emphasize the word 「困る」.

P.S.
「原因を説明してくれていいでしょうか」 is not correct Japanese.
You must replace 「原因」 with 「理由(reason)」.

この回答への補足

迅速な回答ありがとう、しかしながら、 「原因」 と「理由」は同じ意味(reason)じゃないでしょうか

補足日時:2011/06/30 20:12
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Qか、のか

以下の二つの文章について、お願いします。

1) このミステリー列車が、どこへ向かうのか、乗客は誰も知らなかった。
2) このミステリー列車が、どこへ向かうか、乗客は誰も知らなかった。

1)の「どこへ向かうのか」末尾の「のか」、2)の「どこへ向かうか」末尾の「か」は、
それぞれ、文法的にどのように説明すれば、宜しいでしょうか。
御教示下されば、幸いです。
宜しく、お願いします。

Aベストアンサー

「か」はいずれも副助詞です。
確実でないことをあらわす副助詞で、疑問の意味の語が
上につきます。

1)は
「どこへいくの?」というときに使うような疑問の助詞「の」について
行き先が確実でない様子を表しています。

2)は単独で確実でない様子を表しています。
動詞などの用言の場合、終止形の後につきます。

文法上では上記の通りです。
意味上ではどちらも同じですね。

Q「~上で」と「~あとで」の文法的説明は?

外国人に日本語を教えるバイトをしているのですが、説明に困ってしまい、どなたか教えていただけませんでしょうか?

「~上で、上の、上では、上でも、上での」という「上」と「~あとで」「~のちに」の違いを文法的にどのように説明すればいいのでしょうか?
例文としては、

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とテキストに書いてあります。
確かに「よく考えたあとで」とはいわないのですが、それを外国人にどう説明すればいいのかわかりません。

Aベストアンサー

「~上で」の意味は
…したのち(あとで)
だけではなく

…の結果として
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Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
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Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む

Q「じゃない」と「んじゃない」の違いについて

こんにちは。 日本語に関する質問です。日本語の学習者に

Q「じゃない」と「んじゃない」の違いは?

と聞かれたら、どのように説明しますか。 ご回答・ご意見、お待ちしております。

Aベストアンサー

「じゃない」は助詞「では」の転化で、「ではない」そうじゃない=そうではない
いいじゃない=いいではない

「んじゃない」の 「ん」は「の」の転化

いいんじゃない=いいのではない するんじゃない≒するのではない

となります。

動詞には「んじゃない」で接続する方が多いとおもいますが

Aあのみちをまっすぐ行くじゃない。
Bあの道をまっすぐ行くんじゃない

では意味がちがいます。
Aはあのみちをまっすぐいくと
意志 推定の要素が強い

Bはあの道をまっすぐ行くのではないかしら
仮定 推量の要素がつよい。

兎に角例文を沢山作って類推する様にされたらいかがでしょうか。




例えば 笑うじゃない 笑うんじゃない

どちらも推量の意味のだとおもいますっが、んじゃないの方が柔らかい言い回しだと思います。

Q助詞の『と』と『に』の使い方について

この種の質問は多いのでしょうが、『と』も『に』も質問文章中に、多用されているせいか、数が多すぎて求める検索結果が得られません。

ところで、質問ですがビジネス文書(この質問で言えば、稟議書)で使用する場合、次の表現ではどう違うのでしょうか?
「○○すること『と』していました」
「○○すること『に』していました」
どなたかご教授ください。

Aベストアンサー

格助詞「に」置き換えられる格助詞「と」は結果を示すときに使うものですね。
ネットの辞書には次のような用例がありました。
・夜半から雨は雪となった
・彼は3年後りっぱな選手となった
・彼はついに大科学者となった
・そうしているうちに冬となった
しかし、「に」との置き換えについては言及されていません。手元の新明解も同様でしたが、岩波国語に少し解説がありました。
その岩国から引用してみます。
「一般に「に」でも表せるが、「に」がその帰結に対して自然だととらえる表現なのに対して、「と」は多少とも意外またはあえて言うという気持ちを伴う」
この説明はネット辞書の4例文すべてにちゃんと当てはまるようです。
したがって質問者さんの例文の場合は、次のように適用できるかと思われます。

「○○すること」の意思・意識・認識がより明確であった場合、もしくはより明確だったと区別したい場合、「と」
単に習慣であったり不明確であったり、また自然な流れであったりしたならば「に」

しかし、これだけで区別すべきではないような気がします。稟議書であれば、この後の文には逆説が続きそうですね。むしろこの逆説文の内容に従うのではないでしょうか。
その逆説の度合いにより、たとえば今後の○○の明確化や厳密適用などであれば「に」、明確な○○を明確な理由をもって△△にしたいというような文であれば「と」というようなことになるのだと思います。

格助詞「に」置き換えられる格助詞「と」は結果を示すときに使うものですね。
ネットの辞書には次のような用例がありました。
・夜半から雨は雪となった
・彼は3年後りっぱな選手となった
・彼はついに大科学者となった
・そうしているうちに冬となった
しかし、「に」との置き換えについては言及されていません。手元の新明解も同様でしたが、岩波国語に少し解説がありました。
その岩国から引用してみます。
「一般に「に」でも表せるが、「に」がその帰結に対して自然だととらえる表現なのに対して、「...続きを読む

Q「~になる」と「~となる」の使い分け

複数の人で手分けして報告書を作成しており、現在校正中です。
今悩んでいるのは、ある人は「~になりました。」と書き、別の人は「~となりました。」と書いているところがあり、報告書全体としては「に」と「が」が混在している状態なので、この表記の揺れをなくすために、どちらかに統一すべきかどうか、ということです。
「に」でも「と」でも全体の文意は同じのような気がするのですが、ニュアンスや文法的な違い、あるいは使い分け方法があれば教えていただきたいと思います。
よろしくご教示のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

格助詞「に」と「と」の違いですね。この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。
「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。
「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」
「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。
「すったもんだの末、結局彼が村長となった。」
「すんなりと彼が村長になった」
あなたの会社の報告であれば:
「計算の結果予算は○○円になりました。」
「いろいろ審議を重ねて検討した結果○○円となりました。
また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。

参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Qいくら・・・ても、どんなに・・・でも、たとえ・・・

 
違いを考えています。
例文を作って考えてみましたが、すっきりしません。

1.いくら・・・ても : いくら寒くても、行きます。
2.どんなに・・・でも:どんなに寒くても、行きます。
3.たとえ・・・でも : たとえ寒くても、行きます。

1と2は、まったく同じと考えたくなるのですが、どうでしょう。違いはありますでしょうか。
12 と 3 の違いは、
12が regardless of ...と、程度の大きさに言及しているのに対し、
3は、 even if ... と、 事象の有無に言及しているように考えました。

それでもまだ、とくに1と2の違いについて、釈然としませんので、アドバイスをお願い致します。

Aベストアンサー

辞書を引くと「いくら」(副)=「どんな」とありますから、大雑把には同じと言って良いと思います。
が、私はほんの少し違うように感じます。

1.「いくら」寒くても行きます。の方は、ある程度推量のたつ寒さのように思います。

2.「どんなに」寒くても行きます。
「どんなに」は「どんなだ」の連用形ですが、「どんな」の意味として強いのが「不測の事態」のニュアンスだと思います。

つまり、経験則上の程度問題として自信を持った(裏を返すと自分にとって限界値がないかのように対象をやや過小評価し、それを客観性として信じている)上で述べるのが「いくら」で、経験則上予測がつかないこと(例で云う寒さの種類・付随事象事故等)も含めて何をも凌駕し強調(覚悟)した上で述べる時に「どんな」を使うと思います。

3.「たとえ」の方は事象の有無(強い仮定法)と捉えて良いと思います。(URL参照)


もう少し長いセンテンスの方が差が出やすいのではないでしょうか。

1’.今から貴方がいくら努力しても、オリンピック選手に勝つのは無理だ。
2’.今から貴方がどんなに努力しても、オリンピック選手に勝つのは無理だ。
3’.今から貴方がたとえ努力しても、オリンピック選手に勝つのは無理だ。

1’はシンプルな度合いや程度に言及している(経験則上の客観的事実)のに対し、2’はやや努力の幅も否定する少々感情的な強調が見えると思います。(感情の種類は不明)

よって、少なくとも1及び1’の発言者はある程度意見を出す上で発言の対象(寒さ・オリンピックスポーツ)について博識であると自負しているように思えます。
1と1’の発言者は自負の有無について不明ですが行う忍耐・努力の種類に自分の想像を上回るどのようなものがあったにしても兎にも角にも自分の気持ちを伝えたいように思えます。

なので、私は「いくら寒くても行きます」という例文を見て違和感を覚えました。
ローカルな場所を目指している(北海道がいくら寒くても行きます)か、寒さ事態の範囲を想定出来る状態(血糖値が下がってますがその為にいくら寒くなっても行きます)か、身内との発言であれば普通に使いますが、パブリックな場所(Webや書籍)では発言者が絶対的客観性を持てる創造主である小説や詩を除いて、寒暖差の経験に自信を持つ人物は少ないからです。

ところが一文ではなく二文、もしくは登場事象の背景がわかっている状態で構成する場合は「いくら」を使った方がしっくりくる場合もあるように感じます。

(1)「いくら寒くてもその場へたどり着く覚悟を持っていた。しかし、鼻の中も睫毛も凍り、息をするにも針を飲むような痛みを感じ始めた頃、その覚悟は吹雪の宙に散った。」

→客観的(と過信した経験上の推測に基づく)覚悟が無様に砕け散った。
:主人公はある程度大人に見える。

(2)「どんなに寒くてもその場へたどり着く覚悟を持っていた。しかし、鼻の中も睫毛も凍り、息をするにも針を飲むような痛みを感じ始めた頃、その覚悟は吹雪の宙に散った。」

→元々の見通しが感情(情熱)に基づくものだった。
:主人公は少々幼稚、もしくは純心・激情家に見える。

(1)の方が読み物としてはすっと入ってくると思います。読み手よりも恐らく寒さの見識において信頼出来る主人公なのでしょう。共感は出来ないかもしれませんが、「寒さの度合い」と「挫折」についてフォーカスが当たっています。読み手は「(こういう人の覚悟を折る程とは)どれほどの寒さだったのだろう…」と想像します。

(2)は「どんなに」って「そもそもどれだけの覚悟と情熱だったの?」「(強調するほどの)たどり着かないとならない事情があったの?」「普段どれくらい我慢強いの?」「極寒について経験はあったの?」という表現が前後に説明として(1)よりも欲しくなりませんか?

以上です。

参考URL:http://home.alc.co.jp/db/owa/jpn_npa?sn=143

辞書を引くと「いくら」(副)=「どんな」とありますから、大雑把には同じと言って良いと思います。
が、私はほんの少し違うように感じます。

1.「いくら」寒くても行きます。の方は、ある程度推量のたつ寒さのように思います。

2.「どんなに」寒くても行きます。
「どんなに」は「どんなだ」の連用形ですが、「どんな」の意味として強いのが「不測の事態」のニュアンスだと思います。

つまり、経験則上の程度問題として自信を持った(裏を返すと自分にとって限界値がないかのように対象をやや過小評価し...続きを読む

Q「通して」「通じて」の使い方

ネットユーザーにOKWebをよりよく知っていただくため、年間を通して広報活動を行います!

ネットユーザーにOKWebをよりよく知っていただくため、年間を通じて広報活動を行います!


どちらが正しいですか?

同じのような気がするのですが、どういう違いがありますでしょうか・・・

Aベストアンサー

「通す」は、下記辞書の、
4(イ)全期間、また、全体にわたってする。「夜を―・して話す」「書類に目を―・す」
という用法に該当すると思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/157292/m1u/%E9%80%9A%E3%81%99/

「通ずる(通じる)」は、下記辞書の、
6 (「…を通じて」の形で)
(ア)全体に及ぼす。包括する。「一年を―・じて暖かい」「全国を―・じて流行する」
という用法に該当するでしょう。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/146333/m1u/%E9%80%9A%E3%81%9A%E3%82%8B/

両者を比較すると、
「年間を通して広報活動を行います」→これからの1年間全体にわたって、順次、継続的に広報活動を行っていきます、というニュアンス。1年間、継続する主体は発言者である、という意図が強い文。
「年間を通じて広報活動を行います」→「広報活動を行います」という他動詞表現でありながら、行為者の主体性が希薄な文になっており、広報活動というものが年間を通じて存在している、というニュアンスの強い文。「通じる」が自他兼用動詞であることも関係しているのかもしれません。
端的には、
「通して」→行為者に重点を置いた表現。
「通じて」→広報活動に重点を置いた表現。
このように捉えることができるでしょう。
よって、意気込みを示す意味では、「年間を通して広報活動を行います!」のほうが自然だと、わたしは感じます。
「通じて」は、「年間を通じて広報活動が行われる予定です!」のような表現の中で使われるほうが適していそうです。
  

「通す」は、下記辞書の、
4(イ)全期間、また、全体にわたってする。「夜を―・して話す」「書類に目を―・す」
という用法に該当すると思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/157292/m1u/%E9%80%9A%E3%81%99/

「通ずる(通じる)」は、下記辞書の、
6 (「…を通じて」の形で)
(ア)全体に及ぼす。包括する。「一年を―・じて暖かい」「全国を―・じて流行する」
という用法に該当するでしょう。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/146333/m1u/%E9%80%9A%E3%81%9A%E3%82%8B/

両者を比較すると、
「...続きを読む

Q「~でも~」文法について

よく、○○でも○○できた。(例:猿でもわかる○○術。初心者でも○○できる方法)という文を見かけます。
この「でも」の使い方は日本の文法的に何という種類になるのでしょうか。

Aベストアンサー

お尋ねの「でも」の意味は、下記URL(デジタル大辞泉)2(係助詞)の1、「類推」です。
ただし辞書によっては(たとえば日本国語大辞典)副助詞とするものもあります。現代語には「係り結び」がありませんから、私は係助詞ではなく副助詞のほうが妥当だろうと思っています。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/152508/m0u/%E3%81%A7%E3%82%82/


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