都道府県穴埋めゲーム

お侍は、少しでも自分に責任があれば、他に転嫁せず、部下の失策かぶって切腹したそうです。

具体例をおしえてください!(o^∇^o)!





明瞭とは言えない日本語質問文ですが、わかりますよね?よろしくお願いします

A 回答 (5件)

分かりません。

補足をお願いします。
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この回答へのお礼

同感です。でもがんばってください (o^∇^o)

お礼日時:2011/07/14 00:52

念のため。


「引責だけではない」ということ。
平田靫負についても、元々「困難な工事を押し付けられた」もので、一応は完成させていますので「単なる引責」とは思えません。
この工事に関して、51名が切腹しています。これほど多くの武士(責任者ではない)が「引責」による切腹をする理由はないと思われます。資料によると、幕府側の迫害(幕府の指示により一汁一菜、地元民への蓑・草鞋などの廉価販売禁止など)・侮辱にさらされて切腹したものとされています。勿論、疫病などで病死したものも33名に及んだということです。平田靭負自身は「引責」の意味合いもあったでしょうが、「幕府への義憤(表向き抗議もできない)」だったろうと思います。また、監視役の幕府の者も、島津家への同情による抗議の意味で2名が切腹しているそうです。
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この回答へのお礼

引責一語では割り切れないんですね (^○^) 

お礼日時:2011/07/18 01:06

というわけであれば、木曽三川の宝暦治水における平田靫負(ゆきえ)のケースはいかがですか。


薩摩藩は宝暦三年1753に幕府から木曽川、揖斐川、長良川の三川の治水工事の「お手伝い普請」を命じられました。
これは外様藩の勢力をそぐ意味もある命令で、薩摩側は合戦も考えたくらいの難題でしたが、結局家老の平田靫負を責任者として工事を行うことになりました。
1年3か月に渡る難工事で、当初10万両程度と見込んでいた工費も40万両にまでふくらみ、薩摩藩は豪商に借金するなど大変なことになってしまいましたが、さすがに薩摩武士です。なんとか堤防を完成させます。
しかし工費がかさんだ事と工事において多数の人的被害が出た事の責任を取って平田靫負は切腹して果ててしまいました。
この堤防は今も現役で洪水の防止に役立っているそうです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます o(*^▽^*)o~♪

お礼日時:2011/07/18 01:06

切腹は責任を取る場合とは限りません。


というか、責任を取るために切腹をするのではなく「武士として恥ずかしい」からです。
過失にしても故意にしても「責めを受けるようなことになってしまった」ということが問題なのです。
現代の日本人には理解がむずかしい。はずかしと思わなくなっているからでしょう。
陸奥二本松の記録では「蝉」を取られた14歳の子供が、取った相手の家の門前で切腹しました。
この子にとっては「どうにもできない(弱い)自分が武士としてはずかしい」ことだったのだと思います。
切腹よりも武士道を学んだ方が理解し易いかも知れません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます o(*^▽^*)o~♪

お礼日時:2011/07/14 00:54

つまり、不徳のいたすところ、です。


武家には、よくあること。
城主に、責任が行ってしまったら終わりなので小さな不始末は、責任ある者がとると言うことで、切腹が多い。
ちなみに、打ち首より、切腹の方が良いでしょうかね。

この回答への補足

西暦~年に~藩の誰々がコレコレの事件経緯で切腹した、っていう具体例ですよ (^○^) 

補足日時:2011/07/14 00:53
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