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こんにちは。
私は日本語を勉強している外国人ですけど、
日本語の助詞についていつも困っています。

坂村真民の詩に”雑魚は雑魚なりに、大海を泳ぐ”という文章がありまして、
”海を泳ぐ”は普段にあまり使わない言葉みたいですが、
調べてみれば”海を泳ぐ”、”海に泳ぐ”、”海で泳ぐ”この3つは、
文法的には全部正しい。
しかし、意味や使い方はどう違うかは全く分からないです。

というわけで、この3つの言葉の区別を教えてください!
有難うございます。

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A 回答 (5件)

こんにちは。



「海に泳ぐ」
これは、現代では通常使われない言い方です。
「海に泳ぎに行く」という言い方は普通ですが。

「海を泳ぐ」
これは普通の言い方で、「魚が海を泳ぐ」「対岸を目指して海を泳ぐ」という形で使われます。
同様の例に、「飛行機が空を飛ぶ」「草原を歩く」「グラウンドを走る」「川は平野を流れる」などがあります。
この場合の「泳ぐ」「飛ぶ」「歩く」「走る」「流れる」は直前に「を」がついているので、他動詞と勘違いする人が多いですが、正しくは自動詞に分類されます。

「海で泳ぐ」
これは、泳ぐ場所を特定する言い方です。
「川で泳ぐのではなく、プールで泳ぐのでもなく、海で泳ぐ」という意味が暗に含まれています。

簡単にまとめると
「海に泳ぐ」・・・昔は使われたかもしれないが、現在は使われない。
「海を泳ぐ」・・・「海の中で泳いで進みます」
「海で泳ぐ」・・・「泳ぐ場所は海ですよ」
という違いです。
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この回答へのお礼

回答してくれて有難うございます。
とっでも分かり易い説明です!

お礼日時:2011/08/25 02:15

海に泳ぐ>古典的な文章に使われる。

現代文では使わない。


海を泳ぐ>「泳ぐ」は移動の自動詞として格助詞「を」が使われます。
海を泳ぐクジラの群れ 道を渡る 歩道を歩く 草原を走る
故郷を離れる

海で泳ぐ>の「で」は格助詞で動作の行われる場所を示しています。 

家で寝る 公園で遊ぶ 社員食堂で食べる。
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この回答へのお礼

回答してくれて有難うございます!大変勉強になりました。

お礼日時:2011/08/25 02:24

「海に泳ぐ」と「海を泳ぐ」は、詩的な表現だと思います。



「海に泳ぐ魚」「海を泳ぐ魚」という使い方ができますが
「海で泳ぐ魚」とはあまり言いません。
「海で」は場所を特定していて、魚は海で泳ぐのが当たり前だから。

...なんだかうまく説明できなくてすみません。
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この回答へのお礼

回答してくれて有難うございます!
確かに、坂村真民の詩をよんて、この問題を浮かびましたね~

お礼日時:2011/08/25 02:21

「海で」ですが、これは単に場所を説明しているだけです。


「海を」は主役として主語が海を舞台として従えているイメージがあります。
「海に」は方向をいっているので「行く」「近い」などと一緒に使われます。

「この夏、海で1000メートル泳いだよ」
「海を1000メーターも泳いだの。よっぽど海に向いているんだね」

使い分けたつもりで、例文をつくってみました。


余計なことかもしれませんが「有難うございます」はこの場合単体では使いません。唐突に感じます。
この場合、「読んでいただきまして、」をつけたほうが違和感がありません。

上手な日本語を使われていらっしゃいますね。
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この回答へのお礼

回答してくれて有難うございます。とても詳しい説明です!
そして、日本語の使い方まで見てもらえるし、
本当に有難うございました!

お礼日時:2011/08/25 02:19

海を泳ぐは、


今はと言う意味です。
海に泳ぐは、
わかりませんでした(^^;;

海で泳ぐは、
海だけと言う意味です。

日本人でもむずいです。
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この回答へのお礼

即刻に答えてくれて、有難うございます!

お礼日時:2011/08/25 02:12

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Q友達と会う、友達に会う

Today I am meeting my friend

今日、私は友達に会います。

今日、私は友達と会います。

外人さんに日本語を教えてといわれました。
に、と、はどちらが正しいですか?

お願いします

Aベストアンサー

どちらも正しいのですが、表現する内容に違いがあります。

『辞書には書かれていないことばの話』(岩波書店)より。

「相手を表す名詞がニ格で現れた場合は、主体からの一方的な働きかけを表し、ト格で表示された場合は、主体と相手との双方向からの相互的な働きかけを表す。

 1 王様はアンナと恋をした。
 2 王様はアンナに恋をした。

1は、王様が相手のアンナに恋をしているだけでなく、相手のアンナもまた王様に恋している、という相思相愛の恋を表している。それに対して2は、王様が相手のアンナに一方的に恋していることを表しているだけで、相手のアンナが王様に恋しているかどうかについては何も分からない、という片思いの恋である。」とあります。

ですからご質問の
「友達に」の方は「私が(一方的に)会いに行く」
のに対して
「友達と」の方は「(約束などをして)相手も自分に合う意志がある」
となるのではないかと思います。外人さんに通じますでしょうか?

Q「~になる」と「~となる」の使い分け

複数の人で手分けして報告書を作成しており、現在校正中です。
今悩んでいるのは、ある人は「~になりました。」と書き、別の人は「~となりました。」と書いているところがあり、報告書全体としては「に」と「が」が混在している状態なので、この表記の揺れをなくすために、どちらかに統一すべきかどうか、ということです。
「に」でも「と」でも全体の文意は同じのような気がするのですが、ニュアンスや文法的な違い、あるいは使い分け方法があれば教えていただきたいと思います。
よろしくご教示のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

格助詞「に」と「と」の違いですね。この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。
「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。
「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」
「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。
「すったもんだの末、結局彼が村長となった。」
「すんなりと彼が村長になった」
あなたの会社の報告であれば:
「計算の結果予算は○○円になりました。」
「いろいろ審議を重ねて検討した結果○○円となりました。
また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。

参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Q助詞「に」と「で」の違いを教えるには?

「に」と「で」の使い分けはどう教えていらっしゃいますか?

東京で雨がふっています。(可)
東京に雨がふっています。(不可)
いま東京でいます(不可)
いま東京にいます。(可)
いま東京でテニスをしています(可)
いま東京にテニスをしています(不可)

上の文例から、「で」では行為、「に」では存在の文がくるようです。しかるに、

いま、東京には雪がふっています(可)

のような文もあったりします。

皆様の意見はどうですか?

Aベストアンサー

場所+「に」
1.存在や静的な動作・作用の場所を表す
 (1)ポケットの中にお金があります。
 (2)ここにカバンを置いてください。
2.動作・作用の帰着点を表す
 学校に行く。
3.入る場所を示す
 タクシーに乗る。

場所+「で」
1.動作・活動・行事の存在を表す
 体育館で卓球の試合があります。

※「東京に雨が降っている」も不可ではないと思います。雨がどこに降っているかといえば,「東京に」降っているという状態だ,という文です。「雨が降っている」を静的にとらえたか,作用・動作の帰着点を表すのでしょう。

※「東京では雪が降っています」も可ですね。
「には」とか「では」は強調になります。

Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝...続きを読む

Q日本語学習者です。「見られる」と「見える」、「聞ける」と「聞こえる」の違い

日本語学習者です。質問はあります。「見られる」と「見える」、「聞ける」と「聞こえる」の違いは何ですか。本は意志があるかどうか説明しています。ぜんぜんわかりません。初心者です。とても困ります。わかりやすい説明がほしいです。助けてください。よろしく。

Aベストアンサー

補足について。
1.新宿で今黒沢の映画が見られます。
⇒見る事ができますの意味。上映している場所へ出掛けて行かないと見る事はできない。
2.新幹線から富士山が見えます。
⇒黙って汽車の席に坐っていても、見る事が出来る。
3.電話で天気予報が聞けます。
⇒電話を掛けないと聞く事ができない。
4.ラジオの音が聞こえます。
⇒聞きたくなくとも、ラヂヲがなっている音が耳に入る。
と云う風に理屈をつけられます。見る人、聞く人が見たい、聞きたいとと云う気持ちがある(⇒意志があると云います)と云う事です。
但し、このやうの分類は便宜的のもので必ず例外があると思って下さい。

Q「山へ/を/に登る」と「場所に/へ行く」の使い分け

いつもお世話になっていますが、外国人に日本語を教えています。
今般はまさしく「違和感」を感じる話を聞きましたので、ご意見をお願いします。
その人の国の大学教授が、次のように教えているそうです。
*「山へ/を/に登る」の意味の違い
・「山へ登る」は、まだ山の下にいる
・「山を登る」は、山の中にいる
・「山に登る」は、もう山の頂点にいる
*「場所に/へ行く」の意味の違い
・場所に行く=到着点を示している
・場所へ行く=方向を示している
私はこれまでそのように区別して考えたことはありませんでしたが、皆様はこれらについてどうお考えでしょうか。
特に「場所に/へ行く」については手元の辞書で次のようなことを確認しましたので、これとの関連も教えていただければ幸いです。
「に」には帰着点や動作の及ぶ方向を表す用法(家にたどりつく)もある。
「へ」には動作・作用の帰着点を示す用法(山頂へたどりつく)もある。

Aベストアンサー

移動動詞に係わる格助詞は、目標となる名詞についた形で、動詞文を成しますが、これには歴史差や地域差が前提にあります。
俗に言われる「京へ筑紫に坂東さ」といった室町時代のことわざです。
一方、1980年頃に、「東の方へ(行け)」という言い方に関しての、全国907か所で65歳以上の人を対象とした「方言文法全国地図」での全国分布については、
1)京都を中心に広く「へ」、
2)九州北部・東部は「に」、
3)関東北部から東北地方では「さ」、となっています。

かれこれ600年経た期間での「移動を表す格助詞」の変化といえば、
1)江戸期での関東一円の「へ」への移行、
2)明治期での九州勢の東上での「に」の一般化、ていどとされています。

このような日本国内での地域差を前提にした上で、一般的には、
1)「に」は目標(帰着点)そのものと、その限りでの指向性を、
2)「へ」は目標(帰着点)もさりながら、そこへ向かう経路や方向性に焦点が、という違いがあるとされています。

膨大な資料ではありますが、次のURLに細かな差異や、何より用例が載っています。
日本語情報資料館
http://www6.ninjal.ac.jp/d_report/05/
そのNo.3 現代語の助詞・助動詞 ―用法と実例―〔1951〕
http://libgw.ninjal.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=89791

なお、私の手元では次のものを参考にしています。
「みんなの日本語事典 言葉の疑問・不思議に答える」明治書院
http://www.ksskbg.com/sonota/shin204.htm
「日本語使い方考え方辞典」岩波書店
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0802060/top.html
「岩波国語辞典」
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0800470/top3.html

移動動詞に係わる格助詞は、目標となる名詞についた形で、動詞文を成しますが、これには歴史差や地域差が前提にあります。
俗に言われる「京へ筑紫に坂東さ」といった室町時代のことわざです。
一方、1980年頃に、「東の方へ(行け)」という言い方に関しての、全国907か所で65歳以上の人を対象とした「方言文法全国地図」での全国分布については、
1)京都を中心に広く「へ」、
2)九州北部・東部は「に」、
3)関東北部から東北地方では「さ」、となっています。

かれこれ600年経た期間での「移動を表す格助...続きを読む

Q「なんで」と「なにで」の使い分け

先日外国人に
「なん」と「なに」の使い分けについて教えていると、

手段などを問う場合
「なんで東京へ行きますか?」
「なにで東京へ行きますか?」
の両方が使えるが、どう理解すればよいのか。

と質問されました。
説明できる方、どうか教えてください。

Aベストアンサー

 「なにで」は「なに+で」の形であって、この「で」は8種類ある助詞のうち「格助詞」に分類され、幾つかある機能のうち「手段」を表します。
 「なにで東京へ行きますか?」と質問されたなら、それはどの様な交通手段を使って東京に行くのかと尋ねていることになります。
 もう一方の「なんで」には二つの解釈の仕方があります。一つは「何を目的として」であり、もう一つは「何を理由にして」との形になります。
 また他の回答者様もご指摘の「話し言葉と書き言葉の違い」の問題ですが、明治以後の文体が基本的に言文一致体であることを考え合わせるならば、それが全く別のものであるとはいえない可能性もあります。
 仮に「なんで」を「なぜ」としたなら、「なぜ東京へ行きますか」は話し言葉でも書き言葉でも同じ表記になります。書き言葉と話し言葉で違いがあるならば、それは両者の表記に違いが表れもするはずで、それがないのはなぜかとの疑問符が付くこととなってしまいます。
 

Q家(いえ)と家(うち)の違いは何ですか。

家(いえ)と家(うち)の違いは何ですか。
出来れば、例文も教えてください。
3Q

Aベストアンサー

家とうちの違いについては既に説明がありますが、外国人が実際に使う場合は戸惑うことがあるでしょう。「うち」は内と書き外と区別します。つまり自分の家庭、家族であり、配偶者(うちの人)を指します。転じて家屋(家)を指すようになったため家(いえ)と家(うち)のように同じ漢字を当てたのでしょう。

使用例:
*隣の家は新しいがうちのは古いです・・・家
*新しい家は気持ちがいい・・・家
*うちにいる時はネクタイはしません・・・家、家庭
*今度の日曜日うちにおいで・・・家、家庭
*うちのは出かけています・・・妻(夫)
*うちの会社はケチです・・・所属する団体
*あまりうちを空けるな・・・家

Q助詞「に」「は」「には」の使い分け

外国の友人から、
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
上記3つの助詞の使い分けについて質問を受けたのですが、よく説明できなかったんです。
この3つの言い方の違いを教えてもらえませんか?

Aベストアンサー

 少し角度を変えて考えてみました。
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
4.具合の悪い時、この薬を飲んでください。
この場合、「この薬を飲め」という主題が<を>によって強められているので、前提条件における助詞はあまりその役割が求めれず、むしろ助詞なしの4番が一番収まりがつくし、これが2番と共に、「飲んで…」という用言を限定修飾しているだけに、すっきり通りやすいのではないでしょうか。

 これを別の角度から見直すため、更に、この「薬<を>飲め」という文の結びつきを弱めさせて、ついでに順序も変えてみると、
1.この薬は、具合の悪い時は飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時は飲まないでください。
2.この薬は、具合の悪い時に飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時に飲まないでください。
3.この薬は、具合の悪い時には飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時には飲まないでください。
4.この薬は、具合の悪い時飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時飲まないでください。
用言に掛かる2と4番の場合が明瞭で、それに比べて3番は「飲め」とも「飲むな」とも両者いづれも可のような選択性が、そして1番はむしろ「飲むな」という逆接が、むしろ似つかわしいぐらいではないでしょうか。
3番は「この薬」にも「飲んでください」の何れにも掛かっているし、1番の方はむしろ「この薬」を取り立てているせいでしょうか。
下にもう一度、単純な例をあげてみました。 
困った時、この金を使え。  
困った時は、この金を使え。
困った時に、この金を使え。
困った時には、この金を使え。

この金は、困った時使え。 困った時使うな。 
この金は、困った時は使え。困った時は使うな。
この金は、困った時に使え。困った時に使うな。
この金は、困った時には使え。困った時には使うな。

 少し角度を変えて考えてみました。
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
4.具合の悪い時、この薬を飲んでください。
この場合、「この薬を飲め」という主題が<を>によって強められているので、前提条件における助詞はあまりその役割が求めれず、むしろ助詞なしの4番が一番収まりがつくし、これが2番と共に、「飲んで…」という用言を限定修飾しているだけに、すっきり通りやすいのではないで...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む


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