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学生時代少し勉強ができました。

しかし実際働くと上手くいかないことも多々あります。

あの詰め込みは何だったんだ??と思う毎日です。

勉強はやった分だけ仕事で報われますか?

A 回答 (19件中1~10件)

偏差値(学校の成績や学力)と仕事力は「比例」はしません。

まったく関係がないかといえばそうでもなく、大きく言えば「多少の相関関係がある」程度だと思います。

私がそう考える理由は次の3点です。

1.学校の成績や学力は、主に「与えられた問題を解く能力」として測られるが、職場で仕事をする上では、それ以前の「業務の中の問題を見出す能力」が相当程度求められ、「問題が与えられるのを待っているだけ」の人は余り役に立たない。

2.学校の試験や評価は主としてペーパーテスト(文字)によって行われるが、職場で仕事を行う場合は社内も社外も人が相手であり、相手の意思を正しく理解し、自分の意思を正しく伝達できる能力も重要である。

3.同じように学校で学び、同じような知識を持っている人でも、仕事に生かせる人とそうでない人がおり、この「持っている知識を活用できる能力」の優劣は「持っている知識」の多寡とは余り関係がない。

この3点を解決できた場合には、学校でも職場でも優秀な人として評価されます。

1.職場で率先して課題・問題点を発見してその解決策も示すことができる。
2.文書だけでなく口頭でも自分の考えを論理的にきちんと説明できて相手の主張も正しく理解できる。
3.博識であるだけでなくその知識が仕事に活用できる「生きた知識」となっている。

もちろんこのような優秀な人材はめったにいません。

余談ですが、大学で学生に卒業論文を書かせている(「書かせていた」?)のは上記の1と2のためだと思います。学部の学生が書く論文は研究論文としてみればほとんどの場合大したものではないと思いますが、多くの学生は論文を書く過程で、何とかこれまでの研究にない「新しい何か」を見つけ出そうと苦労します。またその「新しい何かについての自分の考え」を「他人にわかるように説明する」ことでも苦しみます。しかしそうした苦労は卒業後研究職に就かない大半の学生(私を含む)にとっても、就職後に役立っていると、卒業後30年以上たってあらためて感じます。
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小沢さんが力を持っているのは、偏差値ではなく腕力です。

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私は私立文系の出 なのですが、3科目だけ深く勉強すれば良かったです。


国立大の人なんかはいろんな科目をまんべんなく勉強するのでしょうから
1、多くの分量を効率的に分けて処理する能力
2、集中力を持続させるアタマの体力
などは優れていると思います。

偏差値についていえば、自分が一旦 これが正しい!と信じた解答を
もう一回客観的に疑って 正解に近付ける能力がある人が偏差値高いと思いますので
それは仕事には必ずプラスになると思います。
案外、一旦思いこむとそれを柔軟に変えられない人とか、偏差値が関係すると思っています。

記憶力暗記力だけでは仕事には直結しない、という意見があると思いますが、
それは確かにそうですが、偏差値があるから逆にマイナス、ということにはならんと思います。
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偏差値を上げるのに、


人間関係は必要ないけれど。

仕事はやっぱ、コミュニケーション能力が
大きく物を言うというか。

世渡り上手というか、要領がいい人とか、
そういう人がやっぱ「仕事ができる人」になってく気がする。

もちろん、「好きな仕事に就けたか」
「むいてる仕事に就けたか」も重要ですけど。


私も学生時代は、偏差値70近かったですが、
偏差値が高い人って、やたら頭がガチガチで、
応用がきかないというか、機転が利かないというか。

要は、社会で生きていくには、
真面目すぎるんだと思います。
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うーん。

最近になって思うのだけど・・・・・

学校の勉強ってさ、100点取る為なら、いくら時間かけてもいいんだわ。
でも、仕事の場合「速さ」も重要なポイントなんだよ。

その「速さ」ってのは、「覚える速さ」「使えるようになる速さ」「応用できる速さ」
が欲しくなる。

ひと月かけて100点出すより、1週間で80点出す奴の方が社会一般では強いよ。
残りの20点程度、トライ&エラーでもかまわない。最終的に世に出る時に
100点になっていればいい。トライ&エラーや、人に聞きまくりなら
残りの20点部分くらいどうにでもなるでしょ?
ひとりでその20点部分を抱え込むよりも効率がいいし、何より早く終わる。

飲食店なんかそうですよね?ひと月かけてメニューを覚える人間と
2、3日でそれっぽく覚える人間。どちらが店員として使えるかなんて
分かりますよね?

詰め込んだ結果としてできましたってのは、結局「できるようになるまで頑張った」
だけで、そこに「どれだけ時間がかかってしまったか?」の視点は欠けていますからね。

質問者さんはどうです?詰め込むのにどれだけ「時間」使いましたか?
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No13です。



誤りがあったので訂正させてください。

「そもそもの間違ってると思いますよ。」
        ↓
「そもそも間違ってると思いますよ。」

・・・はずかしい!



このように間違ったことをすれば、知らず知らずの内に生きている中で<恥>をかきます。
(でも、<無知>という理由だけで人を評価するような人間は、どうかと思いますけど。)

「生きていく」中で恥をかきたくないのであれば、勉強することは大事ですね。

勉強は、この世の中で自分が生き易くするためにも大事ですが。
自分の<価値/評価>を高めるためのひとつの手段でもありますよね。

みんながみんな、そう考えるとは限りませんが・・・。

ちなみに私は、そのようには考えないです。
自分が<成長>するためのひとつの手段だと考えます。
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もちろん、学校で学ぶことも大事だとは思いますが。

それがすべてでは、無いと思います。
どんなに勉強ができても「かしこくない人だ」と、思えてしまう人は世の中、多いです。

例えば、政治家なんか一応<勉強ができる人>のはずです。
でも、みんながみんな<かしこい人・仕事ができる人>だと言えますか?

【勉強ができる人=仕事ができる人】とは、必ずしも言えないかと・・・・・。


>勉強はやった分だけ仕事で報われますか?
【勉強=仕事】という考えが、そもそもの間違ってると思いますよ。
勉強は「人として生きていく」ことに必要なのではないのでしょうか?


例えば、文字や計算が分からなかったらどうでしょうか?
歴史上の偉人やできごとを知らなかったらどうでしょうか?

<文字>が分からなければ、情報を得ることが不便になりますよね。
<計算>が分からなければ、お金の管理が難しいですよね。
<歴史上>のことを知らなければ、先人たちの知恵などが無駄になりますよね。
また、気づかない内に先人たちの過ちを何度も繰り返したりしますよね。

もちろん。これらを知らなくても、人間生きていくことは出来ます。
でも、知らずにいれば<生き難い>のではないのでしょうか。

その他にも日本人として生活していく中でのマナーなども学んだはずです。


勉強は<学生>時代で終わるわけじゃないです。
社会人だからこそ、勉強しなければいけないこともたくさんあると思います。
学生時代で勉強してきたことは、総合的なものですよ。
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メーカー勤務の者です。



人にはそれぞれ適性があり、それによって仕事の出来栄えも違います。そのことを前提として、偏差値が仕事力に比例する場合とそうでない場合についてお答えします。

【比例する場合】
勉強が出来るということは、研究関係の仕事に向いるのではないでしょうか?
研究職には、膨大な知識を通して困難な問題に挑みます。知識量・思考力が何より重要です。従って、勉強が出来るひとの適職としてあげられ、所以偏差値が高い人達の就職口として設けられてます。

【比例しない場合】
 メーカーでも研究以外の工程は、学歴重視・偏差値重視で上手くいきません。工程が下流になればなるほど、大量の労働力が必要とされ、要領よく仕事をしたり、人間関係を円滑にするめる方法なり、勉強が出来るとは違った能力が求められるのです。なにより現場に近くなればなるほど、高卒の実力者達がトップに居たりします。下手したら大学院卒の研究職よりガッポリ給料を貰っています。
 そして、大企業になればなるほど、偏差値が高い人達、つまり一流大学出身の人達には任せられない仕事があります。プライドが高すぎて、意欲的に仕事してくれないからです。仮に一流大学の人が、そういった職場に配属されたら何も出来ないでしょう。


結局のところ、「職場・職種に報われるかどうかは変わる」というのが回答になります。
ただ、勉強しすぎると頭が固くなりますから、程々にしないと社会じゃ生きていけないと思います。
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概ね比例しますよ。

仕事によりますが私の周りはそうです。
あなたの仕事は偏差値の低い人でもできる簡単な仕事ですか?
そんなことないでしょう?もし関係ないならいい大学出る必要ないです。
偏差値低い人は低い人用の仕事があります。そういう世界の話と混同してはいけませんよ。
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面白い質問ですね。




偏差値(勉強力)は、『与えられた課題をきちんとやり遂げられるか』という能力だと考えることもできますよね。詰め込み系なら、忠実さや根気強さなどの訓練、、、発想系なら、考えたり想像したりする練習、、、ですか?(変な表現ですが?)

そうなると、仕事にも関わってくるような気がします。与えられた仕事が、うまくいかなくても繰り返すことで、自分のものにしていったり、、、こうすれば、こうなると論理的に推測したり調整したり、、、勉強と似たところも、ないわけではないですよね。

ただ、仕事が勉強と決定的に違う点は、人間関係が大きく関わるという点ですよね。業種にもよりますが、周りの人の考えやスタイルとうまくバランスとっていかなければいけませんよね。

この前、ある人が言ってました。上司は自分のことを正当化してくれる部下は嫌いにはならないと。これって、ある意味とても怖いことですが、一理ありますよね。

つまり、勉強なら決められた公式(ルール)に乗っかっていればよかったのに、企業の仕事のルールは、そこにいる人たちの考えや、会社の状況によってころころ変わりますよね。お互いの利害関係もあるので、だれもが状況を自分なりに見極め対応していかなければ、うまく行かないですよね。

時には、自分の内面と外面をうまく使い分ける器用さも要求されますよね。


>勉強はやった分だけ仕事で報われますか?

もちろんですよ。そもそも勉強をやらなかったら、今の立場だって手に入れることもできなかったし、仕事もステージは違うが、自分の勉強の場だと前向きに考える人が、最終的には出世していきますからね。
(まあ、それが目的ではないのかもしれませんが、、、また、出世して部下を持つと、それなりに大変にはなりますよね。さらに、いわゆるイイ人が出世するわけでもないです)


仕事では、だれもが(偏差値が高い方も含めて)思うようにいかないことがあると思います。勉強と同じで、本来持っている能力と後天的な努力によって、たとえ失敗しても、見えてくるものってあるんじゃないでしょうか。それを、あなたの自信(プライド)につなげてください。
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