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久しぶりに百人一首を出して絵札を見ていましたら、3歌人のみ後ろ向きであることに気がつきました。
(1)清少納言
(2)道因法師
(3)寂蓮法師

横向きの歌人も6人いました。
(1)鎌倉右大臣(源実朝)
(2)前中納言匡房 (大江匡房)
(3)従二位家隆(藤原家隆)
(4)大納言経信(源経信)
(5)方性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)
(6)式子内親王

鎌倉時代に製作された佐竹本三十六歌仙絵巻の小野小町は後向きに描かれているそうですが、小野小町は正面を向いています。
小野小町があまりに美しいので筆者が正面顔を描くのを憚ったともいわれているそうですね。

横向きはともかく、なぜ3人の歌人のみ後ろ向きなのかが気になります。
清少納言は肥満体形だったのではないかという説は聞いたことはありますが、美人とは聞いたことがありませんし、
道因法師・寂蓮法師は男性で、僧侶なので、やはり美人とは関係がなさそうです。

なお、百人一首かるたは父のもので50年以上前のものですが、とくに希少価値があるようなものではありません。


質問
(1)お手持ちの百人一首かるたで後ろ向きの歌人はいますか?
(2)なぜ3歌人のみ後ろ向きなのでしょうか?

自説、とんでも説大歓迎です。

ただし、理由を添えてください。よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

古い歌留多があった筈ですが、探しても見当たらず、江戸時代の


ものがネットにあり添付 URL でお知らせします。

これでは顔の見えないのは女性の二人きりです。
他は横向きはかなりありますが、顔のわからないのはありません。
女性の二人、周防内侍は後ろ向きですが、式部内親王は御簾の
陰です。

想像するところでは、皆顔が見えるように描いていたが、それでは
曲がないので、顔を隠したものを二三枚入れようかと考えた絵描き
が、顔を隠すのは女性のならいとし、女性の歌から雰囲気の合う
ものを選んだのでしょう。

「春の夜の 夢ばかりなる …」 「…忍ぶる事の弱りもぞする」
雰囲気はあうようです。

これが絵札の最初ではありませんが、要するに時々の絵描きが
曲をつけるため、考えがあって或るいはランダムに顔の見えない
絵札を少し入れて描いたと思います。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/ …
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この回答へのお礼

貼っていただいたサイトは大変興味深い内容でした。
ありがとうございます。

百人一首かるたの成立は江戸時代なのだそうですね。
もともとの百人一首かるたがどういうものだったかを知る手掛かりになると思いました。

百人一首かるたの絵札はそれ以前よりある三十六歌仙絵巻の影響を受けていると思うんです。
百人一首の歌人と三十六歌仙の歌人はだぶっていますしね。
さらには和歌三神の影供にもちいた絵の影響もあるでしょう。

江戸時代の人は後ろ向きに描かれた小野小町像を知っていたと思うんです。
その影響をうけて何人かの歌人を後ろ向きに描いたんでしょうね。

>考えがあって或るいはランダムに顔の見えない
絵札を少し入れて描いたと思います。

ここでおっしゃっている「考え」というのを知りたいわけなんです。

お礼日時:2011/12/15 13:14

60年前、母に小遣いをもらって買ったカルタがあります。


rupapoさんと同様、清少納言、道因法師、寂蓮法師の3人が後ろ向きです。
清少納言を除くと男性女性に拘わらず、すべて顔を見せています。
式子内親王は、扇子で口元を隠すしぐさをしていますが、「口」は、はっきり見えます。
持統天皇は、御簾はありますが、顔はもちろん、全身が見えます。

後ろ向き3人で深い意味があるのは、清少納言だけです。
作者(絵師)にとって、描きたいのは清少納言だけで、他の女性は「十把一絡げ」で扱ってよいのですね。
だからこそ女性の表情は、どれも同じ、そう、「無表情」なんです。
平安女性の美の基準は「長い黒髪」です。
もうこれ以上の説明は要りませんね。
長い黒髪を強調した後姿から、作者の清少納言に寄せる思いがひしひしと伝わってきます。

ちょうどこの頃、元禄文化が栄えていた頃ですが、師宣の「見返り美人図」が評判になっていました。
カルタの絵師は、「見返り美人図」に対抗して、思い切って後姿だけで女性美を表現しようと、意欲的に取り組んだのです。
なぜ、紫式部ではダメなのか。
彼女は、不倫小説の作家にすぎません。

ところが、一人だけ後ろ向きでは、不自然です。
何か、特別な思いを清少納言に持っているのではないか、一説には、カミサンが気付いたという話です。
だれか2、3人、後ろ向きにしておきたい。
描き易いのは「坊主」ですね。
一筆書きでいけます。
そんな訳で、道因法師・寂蓮法師は、後ろ向きで描かれているのですね。

「想像学」をきわめたい私としては、こんな面白い質問をスルーしては、いけません。
以上「想像学」の見解です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
同じ百人一首かもしれませんね~♪

たしかに、女性はほとんど同じ無表情な顔をしていますね。
でも私のは、式子内親王だけはちょっと表情があるような感じがします。

なるほど、黒い髪を描きたかったと。
見返り美人・・・たしかに影響を受けているかもしれません。

京都の永観堂に見返り観音様がおられまして、あの観音様も、いつ拝んでも不思議です。
なぜ、横を向いておられるのだろうと。

見返り美人って、見返り観音の影響を受けていませんかね。有名だし。

カゴメカゴメのわらべ歌も気になります。
後ろの正面だーれ?ってどういう意味でしょう。

わらべ歌になるってことは、「後ろの正面」には意味があって、昔は誰もが暗黙の了解でわかっていたんじゃないかなー、と思ったりします。

大変参考になりました。

お礼日時:2011/12/19 18:35

    僕が十年以上前に買った精文館の物を調べました。



1。扇子で顔を隠している:
   在原業平朝臣、凡河内躬恒、小野小町

2。袖で顔を隠している:
   順徳院

3。後ろ向き:
   周防内侍、源宗干朝臣、鎌倉右大臣、権中納言定家、後京極摂政前太政大臣

4。少し後ろ向き:
   大納言経信、文屋朝康

5。横向き:
   西行法師、中納言兼輔、蝉丸、中納言朝忠、紫式部、三條院、中納言行平

6。顔の下半分を隠す:
   入道前太政大臣、和泉式部、元良親王、式子内親王(しかも横向き)、

7。 簾の向こうに烏帽子の一部だけ:
   崇徳院

    まあざっと言っても7種、目が両方見える物はこちらを見ていることにしました。
  でご質問ですが
(1)お手持ちの百人一首かるたで後ろ向きの歌人はいますか?

    はいいます。上記3の5人、それに4の2人を入れると計七名です。

(2)なぜ3歌人のみ後ろ向きなのでしょうか?

    あと三人というところで「あなたご飯ですよ」と呼ばれたので、向こうを向けて仕上げ飯にした、と固く信じています。
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この回答へのお礼

わあ、お手数おかけしちゃってすいません。
私の百人一首とはだいぶちがいますね。
1.扇子で顔を隠している
2。袖で顔を隠している
は、私のものにもあります。
あと、片手をあげている、というのもあります。
膝をかかえる(定家)というのも。

それから左右どちら向きもあるんですが、おおざっぱに前向きとしました。

崇徳院・・・簾の向こうに烏帽子の一部だけというのが面白い!
崇徳院は讃岐に流罪となり、怨霊になったことで有名な方ですから、そういうことと関係あるのかなと思ったり。

あと興味を持ったのは、在原業平です。
業平って業平格子の着物を着て弓を背負う姿が有名で・・・
陽成天皇をおまもりする姿だと不退寺(業平寺)で聞いたんですが
扇子で顔をかくす姿で描かれているんですね。

式子内親王が横向きというのは同じですね。
御簾が置いてあって、やはり袖で顔を隠す、というか口元を覆っています。

ちょっと調べたところ、清少納言は後ろ向きに描かれることが多いらしく、容姿が醜いので後ろ向きだなどという説があるそうです。

でも、後ろ向きの僧侶は容姿には関係なさそうですね。

どうもありがとうございました。  
   

お礼日時:2011/12/13 17:31

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