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26歳女です。
来年結婚することが決まっていますが、式や披露宴をどうするかはまだ未定です。


今現在の正直な気持ちは、結婚式も披露宴もしたくありません。
それ自体(場・衣装・演出などなど)に魅力を感じないし、何より意味を見いだせないので。


そもそも、結婚式というのは神様に結婚を誓う式で、披露宴というのは親族や友人に伴侶を紹介する場だと思います。

しかし、神事が身近であった昔ならともかく、普段は神様なんて思い出しもしないくせに結婚式の時だけ誓うのはどうなのかなぁと思います。
現代における「誓い」というのは婚姻届を市役所に出して同じ籍に入ることなのではないのかな、と。
なので、婚姻届の証人欄に双方の親にサインしてもらえば十分「誓い」なのではないかと。

披露宴についても、伴侶を紹介するのは大切だけれど、披露宴とという場を設ける必要性がよくわかりません。
両家の顔合わせで十分なのではないかと思ってしまいます。
親戚については、とりあえず書面で報告して、正月やお盆などの親族が集まる機会に改めて紹介すればいいのではないかと思います。
直接紹介したいほど深い付き合いの友人にはすでに紹介済みですし、ほとんど連絡もとっていないような友人にはメールでの報告で十分な気がします。


なので、結婚の段取りとして、
(1)二人で双方の家に挨拶に行く
(2)両家(両親同士)の顔合わせをする
のは必要だと思うのですが、式と披露宴は要らないししたくないと思っています。


また、よく「親がやってくれと言う」という話を聞きますが、自分たちはやりたくないのに親に言われたから仕方なく、親のためにやる、というのも、逆に不誠実な気がしてなりません。
そのように義務感で挙式して、結局離婚した、というカップルを知っているので余計にそう思うのかもしれませんが・・・。


友人が楽しそうにやっているのを見る分には素晴らしいと思いますし、心から祝福しているのですが、自分には当てはまりません。
なんというか、「友人がすごく似合う綺麗な服を着ているのを見たら心から賞賛するけど、じゃあその服を自分で着たいかと言われると違う」みたいな気持ちです。



結婚を目前にして、自分なりに結婚式・披露宴という儀式について真剣に考えてみた結果が以上のようなもので、今のところやらないつもりです。

しかし、一生のことですし、世の中の人のいろいろな考え方も聞いてみたいと思って、書きこませていただきました。


みなさんの結婚式・披露宴についての考えを教えていただけませんか?
「世間一般的にそういうものだから」というだけでなくて、「どうして」「どんな」意味があるのか、具体的な考えを教えてください。
よろしくお願い致します。

A 回答 (12件中1~10件)

結婚式や披露宴をやるやらならないは自由ですが、そもそもが、やって初めて勉強になることが多々あるのが結婚式と披露宴です。



例えば、まず、結婚式は「神様に結婚を誓う式」とは全く限りません。人前式とか仏前式はごく当たり前です。もしもそれをご存知なかったのだとしたら、結婚式を意識したことで、ひとつ勉強になったのではないかと思います。

それから、披露宴についてですが、親族や友人に伴侶を紹介するのが「大切」だとお考えとのこと。だったら、みんなを集めてまとめて紹介したほうがラクチンですし、出席者にしてみれば、自分が知っている新婦ないし新郎の背後では、こんな親族やあんな友人が支えていたと知って、親しみがわいたり世界が広がったりします。

そして、もちろん、式にしても披露宴にしても、ジーンズにTシャツでやるのも自由。それを自分たちらしく手配して、その手配内容を周囲に理解してもらえるよう説得力を持たせることに意義があります。

こうしたことは、それなりに面倒な行為ですが、この面倒なプロセスを踏む過程で、今後何年も続く結婚生活という究極の面倒に向き合う覚悟が生まれたりしますし、何年も赤の他人同士として別々のところで育ってきた新郎と新婦が、互いに違いや共通点を見いだして、夫婦という形に近づいていったりします。

また、結婚式・披露宴は、それまで世話になった人たちに喜んでもらうためのものでもあります。特にご親族の中には、かわいい親戚の晴れ姿を見るのを何年も楽しみにしてきた人もいるでしょう。そして、それがかえって負担にならないよう、参加者に合わせた内容に調整していく過程で、参加者ひとりひとりに思いを馳せる機会も生まれます。

ただ、ご指摘のように、やるならやるで、やってほしい周囲とやりたくない自分とのあいだで折り合いを付けて、しっかりと納得のいくものをなさるようおすすめします。というのも、私などは、自分が興味がないから他者に合わせようという気持ちでやってしまったクチなのですが、もっと勉強して、自分で納得のいくようにやっておけば、山あり谷ありの結婚生活の中で、振り返って支えとすることができたのではないかとも感じます。

まあ、わかりやすく言うと・・・

>「友人がすごく似合う綺麗な服を着ているのを見たら心から賞賛するけど、じゃあその服を自分で着たいかと言われると違う」みたいな気持ちです。

じゃあ、意地でも自分に似合う服を見つけ出して披露することに意義がある、という感じです。

なんであれ、自分と配偶者がもてなし役となって大きなことをする、そこに学びの場があります。と、以上が私の経験から感じる式と披露宴の意義なのですが、最終的には質問者さんがお決めになることですよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>出席者にしてみれば、自分が知っている新婦ないし新郎の背後では、こんな親族やあんな友人が支えていたと知って、親しみがわいたり世界が広がったりします。

お互いの友人が友人になったりする機会を設ける場、ということでしょうか。
自分たちのためというよりは周りのために、と。


>この面倒なプロセスを踏む過程で、今後何年も続く結婚生活という究極の面倒に向き合う覚悟が生まれたりしますし、何年も赤の他人同士として別々のところで育ってきた新郎と新婦が、互いに違いや共通点を見いだして、夫婦という形に近づいていったりします。

本当の夫婦になる前に、お互いを再認識するということでしょうか。
結婚式の準備でモメて別れてしまった、なんて話も聞きますし、最終確認・調整の役割があるのかもしれませんね。


>やるならやるで、やってほしい周囲とやりたくない自分とのあいだで折り合いを付けて

そこが問題ですよね。
私が「やりたくないのにやるなんて不誠実」と思っていても、周囲が「嫌々でも形としてやれば我々は嬉しいんだ」とまで思っているのならば、やる価値が生じますね。


>なんであれ、自分と配偶者がもてなし役となって大きなことをする、そこに学びの場があります。

なるほど、「学び」というお考えなのですね。
確かに、他の経験では代わりにならない社会勉強ですよね。


お考え、よくわかりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/27 12:51

すいません、2回目です。




>それ自体(場・衣装・演出などなど)に魅力を感じないし、何より意味を見いだせないので

…結局のところ、なんにしろ「ぱっと頭に浮かんでくる、いわゆる式と披露宴」が多大な印象を与えてしまうのでしょうね。相談者様が魅力を感じない理由が「いわゆる世間一般で行われている会」にあると思いました。それは同感です。


儀式が必要かというなら、結婚式だけでなく、七五三や正月の初詣、入学式、卒業式、表彰式、開会式、誕生日会、クリスマス、ひな祭り、成人式、果ては葬式も同じ事ですね(余談ですが、葬式は本当に意味のないお金がかかりますね)。その中で自然と受け入れられるものもあれば、そうでないものもあるのでしょう。どれも自己満足の世界だと言ってしまえば簡単ですが、私達はいろいろな儀式で心を新たにしたり決意するきっかけをつくったり楽しんだり思い出を作ったりできるのだと思います。生きる上で、人間にゆとりは必要ですから。

なので、いわゆる結婚式だけを取り上げて儀式としてどうかと考えるより、結婚するにあたり自分達(伴侶の価値観も大切)がけじめをつけて新たな一歩を踏み出す事が出来るような儀式をお二人で考えられたらいいですね。
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私は結婚式・披露宴しなかったものです。


結婚は7年目です。まだまだ、若造でしょうか。
挙式等した方の意見が聞きたいのかなって思ったのですが、
質問者さんの考え方と他の回答者さんの考え方を読んで、
大変興味深かったので、回答したいと思いました。

私の場合は以下な感じでした。
1.お互いの両親・兄弟との食事会。(入籍日と同日)

2.共通の友人への報告。
それぞれの友人に対しては特に紹介しませんでした。
夫の友人は夫の友人であり、私の友人は私の友人であるという考え方で、
結婚した事実だけ報告しました。(基本、見世物扱いされるのが嫌なんです…)
この件についてはきちんと夫に説明して、
納得してもらったつもりでいましたが、なかなか難しいようです。

3.親戚へ結婚しましたはがき送付

また、結婚話が出る前にお互いの両親へはそれぞれ紹介してました。
今度付き合うことになったAさんですみたいな感じで。
夫の両親が希望したんですよね。私は結婚するわけでもないのになんで?とか思いましたけど、
うちの両親に、うちはいいよね?って聞いたら、紹介してくれと。
親は気にするみたいです。(付き合った人を親に紹介したのは夫が初めてです。)

>みなさんの結婚式・披露宴についての考えを教えていただけませんか?

結婚式は生涯の伴侶をこの人ただ一人と誓うものだと思います。
誰に誓うのか?という点で、キリスト教式、神式、仏式、人前式と分かれてるのかなぁと思いました。

私は、無宗教(というかそもそも深く考えてない)ですし、誓うという行為は、
夫にでもなく、自分に誓うという意識が多少なりともあった気がします。
もともと私自身に結婚願望がなかった所為もあるかもしれません。
でも、婚姻届を出して、特に必要のない受理証明書(しかも手書き)を発行してもらい、
新婚当時はそれをニマニマ眺めたりしてました。
(これでは、役所に誓ったことになっちゃいますか?笑)

また、儀式としてけじめという点で、入籍後2年くらいは、うちの母から
神社に簡単でもいいからやってもらいなさい(なにを?)って言われましたが、
のらりくらりかわしていました。
べつに主義主張があったわけではなく、正直めんどくさかったんですよね。
もう、一緒に暮らしちゃってましたし、夫ともども今さら感も強かったし、
けじめって、自分を律すればいいんじゃないかなって反発心もあったかも?
そのくせ毎年初詣で神社に行って、無事新しい一年を迎えることができ感謝してますって
お祈りしちゃったりして、お賽銭は5円程度でしたけど。
私のけじめなんて、それっぽちのものです。
親不孝と言われちゃうとそれまでなんですが、式を挙げることより仲良く暮らす方が重要かなと。
でも、とりあえず花嫁衣装の写真はとって両親にプレゼントしました。
父は黙って頷いてました。

披露宴について、経験や学び、周囲への配慮等々、なるほどなぁと思ったんですが、
姉が披露宴の準備で夫となる人と喧嘩して、やっぱり離婚しました。
まぁ、これも経験・学びなんでしょうね。

私たち夫婦はマンション購入で、お互いの価値観のすり合わせをしたような気がします。
お互い実家暮らしだったので、家を出て生活費がどれくらいかかるのかとか、
ローンのシュミレーションとか、入籍の1年くらい前から、相談しました。
1日だけの披露宴にお金をかけるより、不動産にお金をかけた方がいいという価値観は一緒でした。

披露宴を行わないことによって、周囲への配慮が欠けるという点では、そうかもしれませんね。
実際、親戚と会うのは、法事かお葬式のみです。
1回法事で挨拶した私の叔母に、別のお葬式で紹介されてないと言われ、
何いってんのぉ、祖母の法事で会ったじゃない、と答えたこともありました。

遠い親せきはホントに会わないです。
下手したら法事やお葬式に呼ばれないこともあります。

夫の母側の親戚にはまだ会ったことありません。
不義理といえば不義理でしょうねぇ。

実際、お祝いいただいて、お礼の電話して(母経由さえありました)
内祝を郵送しただけの親戚、沢山います。
もともと、そんなに濃い親戚関係じゃないんですよ。

だからそんなに披露宴に意義を見いだせなかったんでしょうねぇ。

結婚式→自分の中で一生の伴侶は夫だけと誓うので、特に挙げる必要なし。
披露宴→夫婦の価値観の統一はマンション購入で経験済み。
      たった1日の為にお金や時間がもったいない。
      親戚に不義理って、もともとそんなに親しくない。
私の場合は、ってまとめちゃうと、ヒドイ人に見えちゃうから、こんなにだらだら書いちゃったんです。
ごめんなさい。

あと、質問からそれちゃって、ただのお節介かもしれませんが、
質問者さんの夫となる人とご両親の意見は聞いた方がいいと思います。
そして、お互いの両親が反対のことを言い出したら、
自分の両親の対処は、それぞれ自分で対応するということ。
どうしても譲れないところは、絶対譲らないでくださいね。
でもどうでもいいことは、じゃんじゃん譲ってあげてください。
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この回答へのお礼

ご経験をくわしく書いてくださってありがとうございます。


>結婚式→自分の中で一生の伴侶は夫だけと誓うので、特に挙げる必要なし。
>披露宴→夫婦の価値観の統一はマンション購入で経験済み。
      たった1日の為にお金や時間がもったいない。
      親戚に不義理って、もともとそんなに親しくない。

私のもともとの考えにかなり近いです。
#11様はそれで7年も平穏に暮らしていらっしゃるんですし、それはそれでアリなんですよね。
でもやっぱり、ご両親に衣装の写真をプレゼントなどの配慮は必要だったんですね…。


>質問者さんの夫となる人とご両親の意見は聞いた方がいいと思います。
>そして、お互いの両親が反対のことを言い出したら、
>自分の両親の対処は、それぞれ自分で対応するということ。
>どうしても譲れないところは、絶対譲らないでくださいね。
>でもどうでもいいことは、じゃんじゃん譲ってあげてください。

アドバイスありがとうございます。
双方の両親とよく話し合います。

お礼日時:2011/12/30 01:01

#9です、お礼ありがとうございました。



>やはり経験と学び、周囲との人間関係、お互いの再認識、というところに集約されるのですね。
そうですねこれだけではないと思いますが、恐らく共通して言えるもの・質問者様のように疑問に感じてる方にわかりやすく伝えれるものだとこれかなと思いました。

質問者様の質問てとても深いと思います。
私の中で「なんで結婚するの??」って聞かれているのと同じ感覚です^^;

なんでって言われても、すんごくざっくばらんに言うならば「好きだから」ですよね??

でもきっと「わざわざ入籍しなくたって一緒にいればいいじゃない。」って言われても「子供ができた時に」云々と答えてもそれは本当の答えではないと思うんです。
私の場合、将来子供を授からなくても結婚しようと思って実際にしましたので。

それに似た感覚で答えておりますので、そもそも立っているフィールドが違う感じをわかっていただけると有難いかなと思いました^^;

>今後の二人の関係のために、ということでしょうか。
>「好き」や「ありがとう」などを言っておくと、言わなかった場合よりも後々の関係が円滑になる、というような?
質問者様は誰かに「ありがとう」や「ごめんなさい」を言うときってどうして言いますか??
相手との関係を円滑にするため??
礼儀だから??

それよりもまず「(どんな形であれ)相手を好きで受け入れたい、(少しでもいいから)自分を受け入れてくれたら嬉しい、相手が好きだから」じゃないでしょうか??

あまり目的というか、メリット・デメリットばかりに目を向ける必要はないかなと思います^^

>確かに、私も友人の結婚式に行くと幸せな気持ちになるし、呼んでくれるのはうれしいですね。
>自分もそういう気分にしてもらっているんだし、返すべきなのかもしれません。
>ただ、その場合、新郎新婦が義務感ではなく心から結婚式を楽しんでいないと意味がないですよね…。
質問者様はとても真面目でしっかりした考えをお持ちの方なんでしょうね^^
でもちょっとだけ考え方が「かたい」かなぁという印象を持ちました。

「べき」とかっていう考え方、人生にあまり必要ないと思います^^

貴方の人生ですから、貴方の好きなようにプロデュースして良いと思います^^
まぁそこに「世間一般は~」とかっていう「ものさし」も関わってくるから悩んだりなさるのですけどね^^;

私は純粋に仲の良い友達の幸せな姿を一緒の空間で分かち合えたら幸せですし、嬉しいです。

質問者様もごく親しい友人だけにでも「見てもらいたいな」って思う気持ちがおありでしたら、小さなパーティーのようなものを開かれてはいかがでしょうか^^??

形式などにこだわらず、純粋に楽しめるものが企画できるといいですね♪
体験してみて損はないと思いますよ^^
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こんにちは、ご結婚おめでとうございます。



今のご時世、事実婚などという言葉もあるくらいですから、入籍だってする・しないの自由もありますよね。
出産を考えたら多少入籍しようと思うかもしれませんが、以前「出産時のみ入籍していて、その後は離婚をしているご夫婦」というのがいるのを知って衝撃を受けました。
(現在もそのご夫婦は数人のお子さんと仲むつましく別姓のままで生活されています。)

このように結婚式・披露宴も夫婦ごとにする・しないの自由もありますし、スタイルも様々で良いと思います。

しないメリット・デメリットは質問者様はよくご存知だと思いますので、した場合のメリット・デメリットをあげますね。

<メリット>
・様々な経験を得られる
・自分達及び周りの人間へのけじめ(覚悟)の意思表示ができる
・お互いをよりよく知れる(向き合える機会が多い)

<デメリット>
・何かと面倒
・お金がかかる(どんなスタイルであれ、やれば多少のコストはかかります)
・肉体的・精神的に追い詰められる可能性あり

こんな感じですかね。

あとはこれはメリットと言えるかどうかわかりませんが、私は人生において一種のパフォーマンス的行為って必要だと思っています。

シンプルに言えば、相手に「好きです」って言うのもその1つです。
「何度も言わなくてもわかるだろ。」って言う男性より、「好きだよ。」ってふとした時に言ってくれる男性の方が好きですね。(むやみやたらとだと嫌ですが・・・^^;)

「ありがとう」「ごめんなさい」もありますね。
礼儀との境目がとても難しいのですが。。。

それが大きなものになると「プロポーズ」だったり「結婚式」だったりするのかなと思いました。

やる・やらない、の自由はあります。
そういう表立った行為が好き・嫌いもあると思います。

選択権は無数に存在して良いと思います、それが民主主義だと思いますから。

私は自分達の為にもなりましたし、回りの人たちの為というか、「幸せのおすそ分け」「感謝の気持ちを伝える場」としてやって良かったなと思いました。

遠慮とか謙遜の日本人が諸手を上げてハッピーな表情を出来る場ってなかなかないかなって思いますし。。。

何も今すぐ挙げずに将来お子様が生まれたて物心ついた頃にご家族だけで挙げるというのもありますよ。
お金があれば私はそれもやってみてもいいなと思いました。

参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。


<メリット>
・様々な経験を得られる
・自分達及び周りの人間へのけじめ(覚悟)の意思表示ができる
・お互いをよりよく知れる(向き合える機会が多い)

やはり経験と学び、周囲との人間関係、お互いの再認識、というところに集約されるのですね。



>私は人生において一種のパフォーマンス的行為って必要だと思っています。

今後の二人の関係のために、ということでしょうか。
「好き」や「ありがとう」などを言っておくと、言わなかった場合よりも後々の関係が円滑になる、というような?
なるほど、協力した記憶を共有することには確かに意義がありますね。


>「幸せのおすそ分け」「感謝の気持ちを伝える場」としてやって良かったなと思いました。

確かに、私も友人の結婚式に行くと幸せな気持ちになるし、呼んでくれるのはうれしいですね。
自分もそういう気分にしてもらっているんだし、返すべきなのかもしれません。
ただ、その場合、新郎新婦が義務感ではなく心から結婚式を楽しんでいないと意味がないですよね…。



お考え、よくわかりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/27 17:41

#7です。

あんなに書いておいてさらに追加です。

最後に年収の結婚式のことを書きました。
言うまでもなくお金がかかるのは、挙式ではなく披露宴の方です。
お金をかけれるのは立派ですが、あくまでも自分の身の程でいいのです。
結婚情報誌の情報に踊らされてむやみにお金をかける必要はまったくないのです。
最近の若い人の方がこの点は賢くなってきました。
ひとむかし前の方がけばけばしい演出ってのが多かったですから。

もっとも最近は二極化が進んでいるそうで、豪壮にみえるゲストハウスなどでして、映像映写などをバンバンして、コース料理も目が点になるような価格設定(普段2万いくらのコース料理なんて食べない庶民であるにもかかわらず)でも、こんなものかと積み上げていって、400万くらいの予定が600万オーバーなんて話もありますし・・・・
親からの援助がない(自分の親はあって、相手の親がお金を出さないと不満がわきおこる女性も多い)と嘆く場合もあり・・・

あくまでも身の程を・・・ということです。
でも、披露宴はした方がいいですよ!

いろんなことがわかり、そして終わってみれば感謝と感動の1日で終わるはずです。
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この回答へのお礼

>あくまでも身の程を・・・ということです。
でも、披露宴はした方がいいですよ!
いろんなことがわかり、そして終わってみれば感謝と感動の1日で終わるはずです。

感覚的・経験的にやってよかったから、規模や内容はどうあれした方がいい、ということでしょうか。
感覚や経験だと何とも言えませんね…。

お礼日時:2011/12/27 14:53

あなたは正しい・・・って立て続けに言ってもらえてよかったでしょ。


自分の考えだけが正しいって思っていられるうちは子どもってことで、結婚するにはまだ早いでしょ。

色々考えているうちに#6様が言いたいことのほとんどを言ってくれました。
神事が身近であった昔って・・・神前式の歴史ってそんなに昔からあるものじゃないし、誰もがしていたものでもないです。

ある意味、世界でいちばん宗教行事じゃない結婚式をしているのは日本人でしょう。
世界のほとんどの国は、自国の自分の信じる宗教に従って挙式をします。
そして、披露宴もします。それこそ、三日三晩とか、親族中村中集まって飲めや歌えやの大騒ぎ、そうしてお披露目をするのです。
日本も古来から、自分の親族やごく親しい友人、職場の上司を招く形の披露宴は行ってきました。
婚姻届を出す=結婚という形より古くからあります。

今まで生きてきて、親に育てもらい、友とめぐり会い、職場ではお世話をしたりされたり、日々の糧を得るために共に働く人に、自分はこの人とこれから共に歩んで行きますと報告する場・・なのです。
別にウェディングドレスを見せるための場じゃないですからね。
招待されたら皆きちんと礼装してきてくれますから、迎える側はそれ以上の礼を尽くした服装する必要があるだけです。
今の時代、肩や胸元まで露出したドレスが主流ですが、やんごとなき方々やきちんとした教会で挙式される方はもっとひかえめだたりします。(ひかえめですが、ドレスの値段そのものはそもそもモノが違う)
白いスーツや格の高い振袖でもいいのです。

さて、なぜ披露宴をするかの理由の一つに「ご祝儀」があります。
ご祝儀なんていらない!っていいますか?
それはだめですよ。とっても失礼なことをしています。(ここのサイトではよく簡単にご祝儀辞退を勧める人がいますが、その失礼さに気づいていないだけです)
なぜ、あなた方の結婚にご祝儀をくれるのか・・・親族の場合、あなた方のご両親がきちんとした付き合いをなさってきたからです。
自分たちの結婚の時に、おじやおばからご祝儀をもらった・・・それを今度は自分達のおいやめいにつないでいく、それが血のつながりなのです。
中にはそうしたものがまったく切れてしまった人がいます。
冠婚葬祭に不義理をしてきた場合です。
披露宴をして、一人ひとりのお食事を用意し(日本では立食ビュッフェは不適切)引き出物を用意する、一人当たり3万円前後のおもてなしをすれば、立派な大人として迎え入れられるのです。

披露宴をしないでいると、相手方の親戚と顔を合わすのがどなたかのお通夜ってことになります。
今更おめでとうなんて言って欲しくないのかしれませんが、困るのは先方です。

披露宴などをお披露目をしないで結婚した・・・何か後ろくらい事があるのか、不倫や略奪婚なのか?とかんぐられるのも無理はないです。

最後に、挙式や披露宴にはお金がかかります。
ざっと年収分くらいはかかるのが一般的・・・それくらい難なく出費できる男性をつかまえて結婚することが結局は女の幸せなのです。
それくらいの貯金はあるのよ(実はもっとあるけどね)と出費できる女性を妻にすることが結局は男の幸せなのです。

ここのサイトで、結婚後になって男の甲斐性のなさに嘆いたり、妻の浪費クセに悩む姿をよく見かけるでしょう?
そうしたものは、挙式や披露宴の準備をする際に、如実に浮かび上がるのですよ。

男の決断力や女の身の程を知っているかどうかを見極める最大の場なのです。
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この回答へのお礼

>自分の考えだけが正しいって思っていられるうちは
そんなことを思っていたら、みなさんのお考えを聞いたりしません。


>今まで生きてきて、親に育てもらい、友とめぐり会い、職場ではお世話をしたりされたり、日々の糧を得るために共に働く人に、自分はこの人とこれから共に歩んで行きますと報告する場・・なのです。
>披露宴をしないでいると、相手方の親戚と顔を合わすのがどなたかのお通夜ってことになります。

質問にも書きましたが、親戚への報告はまずは書面、後日お正月やお盆で顔を合わせたときに改めて、と考えているのですが…。
個別に対応するのではなく、また親戚だけでなく同僚友人などなど一堂に集めて報告するべきだ、というお考えでしょうか。
その理由を知りたかったのですが…。


>さて、なぜ披露宴をするかの理由の一つに「ご祝儀」があります。
~立派な大人として迎え入れられるのです。

#3様と同じく、人間関係の問題というお考えでしょうか。
確かに、ご祝儀とおもてなし・引き出物のやり取りで円滑になる関係もありますよね。


>男の決断力や女の身の程を知っているかどうかを見極める最大の場なのです。
結婚前に金銭の観点からお互いを再認識・確認する機会、というお考えでしょうか。
幸せ云々はともかく、夫婦の金銭感覚が一致しているかどうかよく分かっていない場合は、それを確かめてすり合わせる手段にはなりそうですね。


お考え、よくわかりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/27 14:49

貴女は一度でも結婚式や披露宴の情報を検索した事がありますか?


きっと何もしていないんでしょうね。或いは式場などの案内は見ているが、その中身までは考えていないでしょ。やりたくないだけで、その言い訳を神事に押し付けているだけです。

現在結婚式の方法には、最も安上がりなのは役所に行って手続きを済ませる。つまり保証人として署名する二人の友人だけというものがあります。これなら神様ごとでもなんでもないですよね。
私の友人はこれです。私たち夫婦が立会人になりました。

人前結婚式で、最も出席者の少ないのは両家の家族だけというものです。
レストランや料理屋の個室を借り、両家を紹介して食事をする。それだけです。
これに友人を含める事もありますが、これも別に神事とは無関係です。
私の姪がこれをしました。

私は普通に結婚式と披露宴をしましたが、勤め先の関係者はごく僅かでした。殆どが友人だけです。
結婚式はカトリックの私としては、やはり神様への報告。
だけど、披露宴は友人らと友に祝うためのものです。
外国ではごく近しい友人や家族で食卓を囲んで祝います。

だいたい、結婚式が今のように当たり前になったのは大正天皇が東京大神宮で結婚式を挙げてから。そのために東京大神宮が縁結びの神様になり、国民が真似をして結婚式を上がるようになったのです。
それ以前の結婚式は神前ではなく人前結婚式。時代劇で長屋の人や両家の人が集まって「高砂やぁ」とやるのを見たことあるでしょ。あくまでも二人の契りを周囲の人、或いは両家に披露するものだったのです。江戸時代や明治初頭では結婚式すらあげないことの方が多い。
江戸より昔、輿入れといって両家が揃っての式などありません。嫁が嫁ぎ先に入るだけです。

つまり、結婚式が神事であるのは皇室関係だけで、それは庶民レベルになったのは大正天皇からなんです。

どのような結婚式を挙げるか、あるいは何もしないかは貴女だけではなく相手の方の問題でもあります。
またお互いだけの話なのか、ご両親の念願というものは無いのか、或いは無視するのかという問題でもあります。それは皆で話し合えばいいことです。
花嫁姿を見たいという思いで育ててきた気持ちを無視してよいのかというい問題もありますね。押し付けと考えるなら逆に親不孝という見方も出てきます。
あくまでも合意で行なうべきでしょうね。
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この回答へのお礼

>貴女は一度でも結婚式や披露宴の情報を検索した事がありますか?
いろいろと調べて考えた上でここに書き込んだのですが…。
どうにも釈然としなかったもので。


>現在結婚式の方法には、最も安上がりなのは役所に行って手続きを済ませる。
それを「式」としてカウントしていませんでした。
お気に障りましたらすみません。


>人前結婚式で、最も出席者の少ないのは両家の家族だけというものです。
>レストランや料理屋の個室を借り、両家を紹介して食事をする。それだけです。
個人的には、これと両家顔合わせの違いを感じられません。
質問に書いたとおり、両家の顔合わせは必要だと思いますが、それとは別に「式」の機会を設ける必要性が感じられなくて。
人前結婚式ですと、立会人に対して誓う、という形ですが、その立会人は互いの両親で十分で、両親に婚姻届の保証人になってもらえばそれでいいのではないか、と。


>だいたい、結婚式が今のように~
すみません、「昔」というのを昭和に入ってからくらいで考えていました。
それ以前になってしまうと現代と比べるのが無理がありますので。



大変申し訳ないのですが、#6様の考える「結婚式の意味」がよくわかりませんでした。
「私がやるかやらないか」や式・披露宴の変遷等ではなく、みなさまの考える意義を知りたかったのですが…聞き方が悪かったのでしょうか。
すみませんでした。

お礼日時:2011/12/27 13:28

私も式に興味がない人でしたが、彼に「別に宗教を信仰している訳ではないけど、結婚するにあたって、しっかりと『誓います』と言いたいんだ」と言われ、その言葉がすごく嬉しくて、教会式をしました。



参列は親兄弟のみの6名で。その後は料亭での食事会を。全て自分たちで負担しました。祝儀も断りました。気を遣わせたくなかったし、その方がこちらも気を遣わなくてよかったです。

私は彼の要望に合わせて式をしましたが、準備をしていく内にだんだんと楽しくなってきました。たいした準備ではなく、ドレス選びとたった1回の打ち合わせ、1回の予行練習だけでしたが、自分の中で式の日を心待ちにし、大切にしたいと思うようになっていきました。あと、食事も美味しかったです。その日一日がとても良い日になり、やってよかったと思いました。親兄弟にも喜んでもらえました。

宗教‥といいますが、私も無宗教です。でも正月には寺に参拝します。クリスマスには礼拝には行かないけどケーキを食べて楽しみます。
日本人は生活の中にひっそりと宗教が入り込んでいると思います。
縁起もかつぎますしね。
その辺はあまり気にしないで、日本人らしく宗教行事を利用すればいいかと。

相談者様は式よりも披露宴の方に疑問を感じておられるのではないですか?
式と披露宴は全く別物のはずですが、いわゆる世間の物はそうではないようです。
披露宴は、出席者に気を遣わせる社交場と化していると、私は思います。
演出も自己満足の世界から抜け出せませんし。

誰のために式をするのか。披露宴をするのか。決して人のためではありません。自分の為です。
みんなに晴れ姿を見せ、おめでとうと言ってもらいたいと思う人はいわゆる披露宴をすればいいのです。
でも、私は彼が真剣な顔で「式を挙げたい」と言ってくれたから、しました。
二人だけでもよかったのですが、親がさずがに呼んでくれと言ったので、じゃあ、と来てもらいました。

私は彼が式をしたいと言ってくれてよかったと思っています。自分の価値観は変わるものだと思いました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。


>その辺はあまり気にしないで、日本人らしく宗教行事を利用すればいいかと。

確かにそれが日本人らしさですよね。
年中行事はさらっと流せるのですが、「結婚」となると流していいのか、と思ってしまいまして…。


>誰のために式をするのか。披露宴をするのか。決して人のためではありません。自分の為です。
>みんなに晴れ姿を見せ、おめでとうと言ってもらいたいと思う人はいわゆる披露宴をすればいいのです。

あくまでも自己満足、というお考えでしょうか。
人によって多少は違えど、それも含んではいますよね。


お考え、よくわかりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/27 13:12

こんにちは。



ご結婚おめでとうございます。
私は27歳女、今年の春に挙式披露宴しました。
私は質問者様とは逆に、小さなころから憧れがあって結婚式をしました。

主人とは式より先に入籍、一緒に住みながら準備に取り組みましたが
仕事を理由に手伝わないわりに、いろいろ口出しをする主人にイライラして(笑)
もちろん周りの親族も好き勝手言いたいことを言いたいときに言ってきて
その調整も籍はもう入れているから、とすべて私。
ストレスで、体調不良になったりもしました。
こんなことになるなら結婚式したいなんて、言うんじゃなかったとかいろいろ後悔しました。

しかし、実際終わってみて感じたことは、
やってよかった
です。

理由は、まず一番に親が喜んでくれたこと。
それと、他の方もおっしゃっているように主人と言えども、他人。
一つのことを達成するにはそれなりの労力が必要ということを学びました。
結婚式はお金がかかります。お互いの金銭感覚の違いを嫌でも見せつけられます。
でも、これから必要になる育児や、住宅購入にかかる額と比べれば取り戻せる額でもあります。
どうやってお互い納得のいくように価値観をすり合わせられるか、とか
どうしても困った時に誰に相談すればよいのか、本当に夫婦生活のこれからの道しるべを作れました。

最後に、ゲストの方に失礼にならないように冠婚葬祭のマナーを本格的に勉強したことでしょうか。


他の方もおっしゃっていますように、式も披露宴もいろいろな形があります。
人気のキリスト教式ですが、式場付属ではない、本当の教会では信者でない限り結婚式を受け付けないところもあります。
来ていただいた招待客に誓う人前式もあります。

披露宴だって、立食のパーティとかいろいろあります。

日本人にはスタンダードから外れるとおかしい、という感覚が強いですが
もし質問者様が一般的な結婚式披露宴がどうしても、というのなら
誰もが納得できる新しいタイプを作ればいいと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。


>他の方もおっしゃっているように主人と言えども、他人。
>一つのことを達成するにはそれなりの労力が必要ということを学びました。
>最後に、ゲストの方に失礼にならないように冠婚葬祭のマナーを本格的に勉強したことでしょうか。

#2様と同じく、「学び」というお考えなのですね。
人生で一度のイベントを利用して学べることは確かに多く大きいでしょうね。


>もし質問者様が一般的な結婚式披露宴がどうしても、というのなら
私は個人的には、タイプというよりも式や披露宴そのものの目的に疑問を抱いたので…。


お考え、よくわかりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/12/27 13:05

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