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大阪市は来週、一部の小学校で土曜日の授業を復活させ、ゆとり教育からの脱却を進めることを決めました。大阪の橋下市長は
「大阪の子どもたちの学力が低下していること、非行率が高いこと、これはまぎれもない事実ですから、とにかく先生たちには頑張ってもらいたい。その先生を支えるための税投入は、惜しみなくやっていきたいと思いますね」と述べました。
土曜日授業は、10年前に完全週休2日制の実施にともない、廃止されたのですが、学力向上を掲げる橋下市長が市長選挙で復活を公約に掲げていました。
土曜日授業では、通常の科目に加え、英語教育や防災教育を行ったり、保護者や地域の人を講師として招いたりすることが検討されています。
大阪市教育委員会は、来週5つの小学校で先行実施したあと、2013年度から全ての小中学校で導入する方針だという事です。

まぁ大阪だけが日本人の学力を下げさせている訳ではありませんので、これで日本人の馬鹿っぷりが改善されるとは思えません。これを足がかりに、どのようなプロセスを踏めば、日本人の学力は回復するのでしょうか。

A 回答 (9件)

ゆとり教育という概念から質問者は思慮するべきだろう



まず、ゆとり教育は大枠では三段階が存在する

(1)義務教育課程における週休二日制の導入

(2)指導要領における指導内容の大幅削減

(3)教諭の自由裁量の生活科の創設

この三つが時期を違えて導入されて「ゆとり教育」とされている
そのうち、週休二日がもっとも早く導入されている


では、”ゆとり教育の開始時期は?”という話では明確な回答は存在しない
質問者のように、週休二日制導入を原初とする意見もあるが、(2)(3)を問題にする主張もあり、個人差がある
もっとも学術論文などでは、全てが導入された2003年あたりを”「ゆとり教育」世代”の原初とする言質が多い

仔細なことだが、ゆとり教育云々の話は、おそらく質問者の指摘するような(1)だけの要素を取り出して論じている人も多いし、各要素を個別に論説することが多いとは言える
しかし、ゆとり教育は、(1)(2)(3)全てがゆとり教育の主眼なのであって、セットにして顧慮するのが適切であろう

では、本論に

>大阪市は来週、一部の小学校で土曜日の授業を復活させ、ゆとり教育からの脱却を進めることを決めました。大阪の橋下市長は
「大阪の子どもたちの学力が低下していること、非行率が高いこと、これはまぎれもない事実ですから、とにかく先生たちには頑張ってもらいたい。その先生を支えるための税投入は、惜しみなくやっていきたいと思いますね」と述べました。
土曜日授業は、10年前に完全週休2日制の実施にともない、廃止されたのですが、学力向上を掲げる橋下市長が市長選挙で復活を公約に掲げていました。
土曜日授業では、通常の科目に加え、英語教育や防災教育を行ったり、保護者や地域の人を講師として招いたりすることが検討されています。
大阪市教育委員会は、来週5つの小学校で先行実施したあと、2013年度から全ての小中学校で導入する方針だという事です。
まぁ大阪だけが日本人の学力を下げさせている訳ではありませんので、これで日本人の馬鹿っぷりが改善されるとは思えません。これを足がかりに、どのようなプロセスを踏めば、日本人の学力は回復するのでしょうか。

残念ながら、大阪は日本の”学力”水準を押し下げる要素としては大きい、とは言える
その理由は、
A:人口の多さ
B:都道府県別での学力水準がワーストであること

つまり、サンプル総量が多い上に、学力水準が全体レベルとしても、かなり悪い
したがって、日本全体の学力水準を押し下げている要素としては大きいとは言えるだろう
同じように水準が低い沖縄・高知に問題だが、サンプル総量にして大きくないのだから、大阪が果たす日本全体の学力低減要素は大きい

ちなみに、教職員関係の人ならば知っていることだが、土曜日に授業を復活させることによって学力水準が向上した、という明確な証拠はない。
統計的にはその傾向が見られるが、それが土曜日授業の復活によって為された、というメカニズム的かつ論理的証拠がない。

次に重要なのが、そもそも「学力とは何か?」である
有名なPISAの学力査定は、そもそも、日本語での理解・回答が難しい出題である
これは、しっかりとした学術研究もあり、実際に、査定対象年齢外の世代でテストしても日本人は相対的に低い点数である
簡単に言えば、出題が日本人の思考回路に適した出題ではない上に、邦訳に問題がある
おおよその素人は、出題文章を見ずに、数字だけで評価しているわけだが、そのような出題文章の傾向・特性などを検討すれば一概に日本人の学力水準が落ちたという評論は不適切と言える部分もある
同時に、学力という言葉を多様するが、数値的に出力できる「学力」だけが、学力として査定されるべきだろうか?という問題がある
例えば、ディスカッションが出来る・意思を表明できるなどの対人形成能力という「生きる上での能力」要素を学ぶことも学校教育では要請される
では、PISA査定ではそのような能力は査定できるだろうか?

はっきり言えば、ゆとり教育論でも学力論に関しては、その定義における問題が指摘できる
ゆとり世代を相対的に劣る世代だと評論する素人は多いが
意に反して、ゆとり世代が多数を締めるロンドンオリンピックでは、柔道・レスリングなどの日本の得意種目が落ち込む一方ながらも、『日本としては史上最多のメダル数』である

ゆとり教育・ゆとり世代の話は、実は「今の若いものは・・・」という人類が永続的に繰り返した客観性のない主観であると断言できる要素も多い
それを客観的に気づけないような為政者も多いが、根底には、「今の若いのは・・」という類の民意に安易に迎合しているだけの話だろう

ちなみに、橋下氏の改悪素案は、和田中・杉並区の先例を踏襲しているものだろうが
実際には、これらの実例は現在では好意的評価はされていない
早い話が、学力水準の二極化が拡大するだけの話であるし、なにせ、OB・OGに顕著な数値的評価が可能な指標が存在しないのである
同時に、市民参画は結構なことだがこれを実施するための資源が圧倒的に足りていない。もちろん予算増額で対応するのだろうが、その”増額分の教育効果を得られるのは、選ばれた生徒だけ”(効果が最大化できそうな生徒)という合理的差別に至るからである

学力水準を向上させることは間違いとは言えない。
しかし、学力水準の分布まで思慮せずに、平均値で査定する傾向には疑問があるし、二極化によって学校・社会荒廃の危険性が指摘できる
実際に、二極化が顕著な大阪などの都市部では児童歩道が相対的高い確率で指摘できる

そこまで思慮した上での、学力向上のための行政サービスではないだろうから、正直評価できない
現実に、和田中・杉並区の教育行政に追随する教育行政が存在しないのは、教職員側の怠慢ではなく教育行政のあり方を総合的に勘案するに、不適切だと判断するからだろう

まぁ、この部類の話は、民意の教育評論の「デタラメ」「認識の齟齬」「評価の視野狭窄」が根底にあるわけだが、
専門的に考察する教育者に”教育を任せられない”という意思は尊重するべきだろうが、
「あんたらはどれだけ検討した上で異論を述べているんだね?」とは言いたくなる

なにせ、”躾の部類の教育を学校教育に担わせている教育制度”は、日本だけである
その日本だけという特異性は、逆に言えば、家庭教育の負担の少なさでもあるのだが・・・
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この回答へのお礼

>「生きる上での能力」要素を学ぶことも学校教育では要請される・・・マジッすか。
>市民参画は結構なことだがこれを実施するための資源が圧倒的に足りていない・・・マジッすか。

それに比べて私は幸せ者です。分からないことは、皆が只で教えてくれますから、ボランティアのおかげで、どんどん物知りになってます。

ところで、大阪の位置づけがおかしくないですか?そこいらへんが多くなっているのは、ひとえに弱きを助ける風土(アキンドのココロ)が有ったからです。フトコロが深い都市なのだ、ぐらいに考えておいてください。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 02:02

橋下ってバカだよね 笑



頭の良いこと=それがすべてだ みたいな事言ってるけど
東大入っても心が腐ってるやつは大勢いる
逆に高卒でも心が豊かな子はたくさんいる

どっちが日本のためになる人間か橋下はわかってない
ゆとり教育の何が悪いんですかね

勉強ばっかりさせて世間が分からなくなるのって悲しいと思う
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この回答へのお礼

子供も大人も、人間は勉強で生きるもの、大人との違いは、教科が違うだけです。また、義務教育においては、基礎学力向上以外の事は関知しない方が良いように思います。病気うつされても困りますからね。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 02:15

あまり知られていないようですが、


そもそもゆとり教育は、米国が日本に
押しつけたモノです。
(岩永雅也 (放送大学教授)
これに左派の教育関係者が乗って
導入されました。

ゆとり教育と学力低下の間に因果関係が
あるかはよく判っていません。
しかし、こういうものの立証は非常に
困難で、立証されてからでは遅いのも
確かです。
学力低下とゆとり教育の間には、時期的
一致性がありますので、一応これが犯人だ
ということにして、対処するのが現実的
だと思います。

それにゆとり教育をやれば、勉強する子の
勉強時間が増え、遊ぶ子の遊ぶ時間が増える
という二極化が生じます。
私は、ゆとり教育廃止には賛成です。


”どのようなプロセスを踏めば、日本人の学力は回復するのでしょうか”
     ↑
私は、言葉遣いとか挨拶とかの躾けが大切だと思います。
言葉遣いや、挨拶というのは人格を形成するのです。
ある学校では「君」「さん」をつけて呼ぶ様に指導したところ
それだけでイジメが大幅に減った、という報告があります。
まず、品性を身につけることから始めたら、と思います。
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この回答へのお礼

言葉は大事ですね。日本語には言葉自体にゼスチャーが含まれてますから、脳にも良いと思います。よって日本人は高度な知能を持てる環境に生まれているわけです、って言ったら、誰かに怒られますよね。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 02:28

教育戦略の根幹から見直すしかありません。


今のカリキュラムを組む者は現場を知りません。だから歪になるのです。
今の教科書を見る限り、たかが土曜日を復活させたところでどうにもなりません。
正直、焼け石に水です。勉強って時間だけが問題ではないだろう。それは
勉強できない者の言い訳に過ぎない。

英語教育なんて馬鹿馬鹿しいですな。日本人が日本語すら危うくなっている昨今
外国語の習得なんてできませんから。学力低下と健全化が、土曜日復活だけでは
どうにもならない。

質問者も、こんな下らない事で投稿しなくても、世の中の人間は皆分かっていますよ。
大丈夫ですよ、皆、弁えていますから。
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この回答へのお礼

クダラナイと思われる事が、逆に重要だったりいたします。1って何だろう・・・と問いかけたソクラテスの弟子の世界像ですよ。Q&Aの本来の姿は、弁証法的な関係だと思います。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 02:39

「ゆとり」の意味の履き違えが原因です。



義務教育に必要な教育量は、時代の進歩や変化につれ、増加することはあっても、減少することはありません。
簡単に言ってしまえば、たとえば歴史の教育は、年を追う毎に、確実に歴史が増えるワケですから。

それにも関わらず、「学習量を減らす」と言う方向性が問題となった「ゆとり教育」は、「バカを増やす」と揶揄されて当然です。

違う言い方をしますと、ゆとり教育の狙いは、「詰め込み」ではない、ゆとりを持って「学ばせる」ことなどでは無かたんですよ。
結局の狙いは、「学力格差の是正」だったんですよね。
それも学力下位者を上に引っ張り上げるのでは無く、学力上位者を押さえつける形で。

しかし実際には、出来る子供は塾や私学に行きますから、塾に行かない子供などとの学力格差は拡大し、学力水準も二極化したと言われていますね。
一流大卒のみが賢く、二~三流の私大卒以下などはバカになり、大卒者にも関わらず、四則計算が出来ないと言うレベルです。

従い、現在の就職難は、景気のみでは無く、教育制度のミスも大だと思いますよ。
アジアの周辺国は、この10~20年間、日本に追いつけ・追い越せとばかり、教育にも力を注いできましたので、企業も安価で賢い外国人学生を採用する様になってきていますので。

本来は、所定のレベルに到達しない生徒には、正課以外の時間を使っても良いから、じっくり時間をかけて、所定のレベルまで引き上げると言うのが「ゆとり」であって、正課内のレベルは、国際水準なども考慮しつつ、徐々に引き上げられていくべきです。

出来る子供はどんどん引き上げて、海外の様な飛び級制度も採り入れたら良いです。
出来ない子供や、塾に通えない子供には、土曜日だけじゃなく、平日の放課後や日曜日も学校を解放し、教師をあてがえば良いです。
あるいはインターネットを利用すれば、学校と家庭が連携・連動して教育を施すことも可能です。

いつでもどこでも、好きな時に好きなだけ、自分のペースで学べる場を提供することこそが「ゆとり」です。
「土・日曜日は教育現場は機能しない」なんてコトが、教育に対し有効・有益であるハズが無いことだけは確かです。
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この回答へのお礼

学力を下に合わせる事と教育者の時給が意気投合して、(ゆとり)が正当化されたのでしょう。それにつけても小学生にリアルな性教育をほどこして、コドモゴコロをおちょくるのは、やめてもらえないですかねぇ・・・教師は楽しめても親は困ります。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 02:52

ゆとり教育は勉強のできない生徒に基準を合わせるため、できる生徒が能力を伸ばさないようにカットした制度です。

『マラソンは全員には無理だから廃止して、100走だけにしましょう』のような教育制度です。初めて話が持ち上がってから数年後に土曜日が月一回休みになりましたが、その時点で学力の低下は予想されていました。やがてそのうちに教科書が薄くなり、カラーの挿絵が満載になりました。教科書がインターネットのようになったのです。文章を読み取る力がなくても、挿絵を見るだけで分かったような気分になります。英語の教科書の英文の上下に日本語であらすじのような文が載るようになりました。

このような教科書を古い時代の白黒写真または、手書きのイラスト程度しかない「不親切な」教科書に戻すと、想像を交えながら文章を読み取る力が復活すると思います。現代の大学生以下は20文字以内の携帯メールを読み取るのが限界です。それを補うために画像(動画)を見ながらでないと文字の理解ができなくなってしまっています。土曜日を復活させるよりも、こちらの方が圧倒的に学力向上に寄与するでしょう。
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この回答へのお礼

児童の頭を良くするためには、学校を休みにして塾に通ってもらう・・・それで教師に給料を払う、というのも納得できないですね。ボランティアの人に任せたほうが、ましなように思います。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 20:01

橋本の言う事には、内容はその取り掛り方はどーあれ、賛同できるものがあります。



まずは、大阪が先陣を切ってと言う意気込みは我が市でも見習ってもらいたい。
いろんな事を公約にして当選したのだから、市民はそれに期待しているんでしょう。
結果がよければ追従してくる自治体はでてくるはずです。

土曜日は、4時間授業でいいでしょう。私の時代は土曜日授業は当たり前。
なんで変えちゃったんだろうね。週休二日はうらやましいぐらいでちょうどいい。
教員のための週休二日制はいらない。

小中学生の子供を持つ40代の親として、現在の教師の考え方には危機感を持っています。
私が小中学生の頃とは大違いで、学校も異次元的に思えるようです。
教師の良し悪しが日教組か否かではなくて、現在は生徒とまともに向き合えるか否かに
なっちゃっているようです。指導要綱がどーこうでは無い何かがあるようにも思えます。

>これを足ががりに・・・
まずは、教える側をなんとかしないといけない。そっちの能力が低いと今のままで限界です。
授業で、理科の実験をやらないで学習塾がその変わりをやっているんじゃ、お先真っ暗です。
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この回答へのお礼

学校があるのに、何で塾が必要なんでしょうか。つまるところ、塾は教師の仕事を奪っていると言えるでしょうね。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 20:10

ゆとり教育の問題は、ゆとり教育そのものよりもゆとり教育に対する国民の受け止めがあります。



つまり、ゆとり教育の導入前から学力を軽視する傾向というものがあって、その中で「学力が高い=人間力が低い」という図式が長い時間をかけて醸成されていきました。テレビドラマなどでは学力の高い人間はおしなべて悪者でしたし。
その結果、極端な言い方をすると「学力を下げれば人間力が高まる」ような風潮が高まり、その集大成として「ゆとり教育」が取り入れられた側面があります。

ですが、導入してみた結果、学力が落ちても人間力は一向に高まらないんですね。当たり前ですが。それで、やっぱり学力は大事なんだ、という気運が、最近は盛り上がっています。

で、橋下市長の施策がこれに照らして叶っているかと言うことになりますが...私が報道を見る限りではそうも思えません。

たとえば、問題は「学校5日制」ではなく、上記のような学力軽視の考えなので、土曜日に学校に通わせることだけでは解決できないと言うことです。教師を出勤させられないという事情があるのでしょうが、「英語教育や防災教育を行ったり、保護者や地域の人を講師として招いたり」では、かえって学力軽視を助長しかねません。
それよりは、土曜日は補習時間として希望する子供だけに勉強を教えるなどの方が有効かもしれません。

ま、間違いに気づいたらあとはアイデアの出し方次第です。橋下氏にはあまり期待しませんが、いろいろな施策で、特に中間層の学力向上を図ることができれば、日本の復活も近くなるのでは。
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この回答へのお礼

学力軽視の方法論として週5日制があるわけで、中間層以下から、週休2日の生活リズムが消えている昨今、子供だけがブラブラして、おまけに頭も悪くなってでは、暗い未来しか見えないです。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 20:25

アニオタさんが挙げている


(1)義務教育課程における週休二日制の導入

(2)指導要領における指導内容の大幅削減

(3)教諭の自由裁量の生活科の創設


(1)を日曜のみ休み
(2)昔のような制度に復活
(3)廃止
及び、全国的に大阪の取り組みを普及させる

そうすれば、少しはマシになるでしょう

最終的には、教育制度を昭和の時代のように戻してほしいものです
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この回答へのお礼

はい。できればついでに夏休みも、盆休み程度に短縮していただきたいですし、冬休みも一般人の休み感覚程度にしていただきたいし、春休み秋休みは無くなれば良いと思います。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/11/15 20:31

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