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止揚の意味がよくわりません。初歩的な質問ですが、回答よろしくお願いします。

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A 回答 (5件)

止揚という言葉は、単に議論して妥協点を見つけると


いう広義の内容から、いわゆる哲学的にアウフヘーベン
と呼ばれる場合のような、相反する内容の超克により、
新たな次元の回答が得られる場合まであります。

卑近な例では、会社員が「もっと給料が欲しい」という
意見と、「もっと休みが欲しい」という意見があれば、
休むほどに利益が上がらず『もっと給料を』という方向性
とは相容れない要求だと言えます。
しかし、その詳細な議論において、「もっと給料」派の
真の目的は、仕事がつまらないからお金をつかって遊び
たいというものであり、「もっと休み」派も、仕事がつまら
ないから休みたいというものであって、根底で通じるもの
があり、たとえばもっと働き甲斐を感じられる勤務内容
にすれば両方の満足を得られる、かも知れません。

つまり、両立しない「給料」と「休み」の、どちらの増加にも
答えずにその要望を満たす事ができる、といった形で、
それぞれの考えの潜在的前提条件やパラダイムの転換
により、相容れない2つの課題を解消するケースが該当します。
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この回答へのお礼

なるほど。ありがとうございます。

お礼日時:2013/02/03 05:16

「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。

よどみに浮かぶ泡沫は、かつ消え、かつ結びて久しく留まりたる試しなし。世の中にある人と住みかもまたかくの如し」という方丈記の冒頭句がありますが。
諸行無常、すべては、変化する過程として、今、あるのみ。という仏教思想の解釈としては。優れたもの、といえるでしょう。
変化、そして、転化する、とはどういう事か。
行く川の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず。
変化するのは、水、であり。それは変化しても、保持されている。
しかも、元の水にあらず、変化した水は、元の水の否定となっている。
よどみに浮かぶ泡沫は、水の膜で空気が包まれた、構造体であり、水とは別のものに転化しているのです。
ヘ-ゲルの、止揚、(アウフファ-ベン)の4っの意味と言われるのは。
保持する、否定する、別のものになる、より高次ものになる。
ですが。
4.っ目の、より高次のものになる。には、問題、疑問が起こります、変化、転化、に高次も低次もない。
液体の水が、気体に転化するのが、高次になる事であり、固体、氷に転化するのが、低次への転化である。と言えるのか、エントロピ-量が多いから高次、というなら、水蒸気にさらにエントロピ-を加え続けると
、水素と酸素に分解、する。のは更に高次の転化なのか、元に戻っただけではないのか。転化に低いも高いもない、とは。「名は名にして常の名にあらず」の老子の弁証法思考になります。

質問の範囲を超えますが、弁証法の重要な部分(知的後進国とならない為に)として、
変化を無視した、形而上学、論理学は
肉体+精神=人間 と考える、並存思考となるのに比べて、弁証法は、肉体×精神=人間 と考える
一体(×)思考になる。
変化するもの、と変化させるもの、が一体(×)となって、変化、転化が起こる。
テ-ゼ×アンチ・テ-ゼ=ジン・テ-ゼ(×止揚)と捉えるべきものであり。
変化を起こすもの、には実体がなく、実体のないものに並存(+)はない。
物理事象は、 力×距離=一定 電圧×電流=電力 という形態になるのです。
そう捉えたから、アインシュタインの相対性理論が生まれ、
カントの形而上学の、批判、見直し、から。へ-ゲルの、形而上学に対する反定立としての弁証法思考の普及
によって。ドイツ人は頭がいい、明らかに、思考能力が高まっている。と評される結果になっている。
と言うことは考えるべき事ではないでしょうか。
そしてまた、弁証方思考は、2500前の、釈迦や老子の考え方であり。
。何年か前、国連の科学委員、とかのインド人らしき人物が、
地球は、人類のかっどうによって、温暖化、している。対策には知恵が、とりわけ、東洋の知恵が求められる。と発表していましたが。
西洋思想では、対応は無理であり。温暖化が、人類の活動によるものなら。活動を抑える。
人口の増加を抑え、欲望の増幅、需要の創出や、消費の拡大、を抑える。知恵が見いだすしかないであろう。と言っているのです。出来なければ、
物理学の成果を企業活動に利用する事を止めなければ、人類は自滅する。というアインシュタインの予言?
が的中するような事になりかねないのでは。
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この回答へのお礼

なんとなくわかりました。ありがとうございます。

お礼日時:2013/02/03 05:12

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『新アポロン独和辞典』 同学社

aufheben

(1)上へ上げる;拾い(取り)上げる;助け起こす.
(2)保管する,とっておく.
(3)(集会などを)解散する.
(4)廃止する.破棄する,とり消す.
(5)相殺する,帳消しにする.
(6)((哲))止揚する.
(7)((数))約分する.

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

辞書で調べてみました。

(2)保管する、とっておく。
と、
(4)廃止する、破棄する、取り消す。
そして、(1)上へ上げる;拾い(取り)上げる;助け起こす.

アウフヘーベンという言葉の中に、
相反する意味と、上へあげる、という意味があるのが
ポイントなのではないでしょうか。

正直、弁証法は意味がわかりません。

なにやら、ヘラクレイトスまで遡るとか。

私は、以前、キルケゴールの著作を読んでいたのですが、
あまりに弁証法という言葉が出てくるので、なんだろうと思って
調べていたことがありました。
どうやら弁証法といえばヘーゲルなので、仕方ないので、ヘーゲルを読み始めるのですが
ヘーゲルは意味不明だし、それに弁証法を説明している本を読むと、
ほとんどマルクスが出てくるので、なんか、私の知りたいことと違うなあ
わけわからんなあ、と思いました。

弁証法に興味を持つ人は、大体、ヘーゲルそしてマルクス路線だと思うので、
私は、キルケゴールの名前を出しておきます。
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この回答へのお礼

ちょっとわかりません。

お礼日時:2013/02/03 05:14

犬が好きという人と、猫が好きという人は、一見、相反するわけです。



しかし、動物が好きというレベルに抽象化(犬は具象で、動物は抽象と考える)することによって、「二人とも動物が好き」と言う別の見方ができるようになります。

この抽象化し、同じくくりにする知的作業を止揚と言います。

論理的に言うと、二つの集合(=犬、猫)を含む全体集合(=動物)を発見(あるいは定義)することになります。
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この回答へのお礼

簡単に考えればそうですね。

お礼日時:2013/02/03 05:17

ごく簡単に言えば、「対立する2つのもの(例えば意見)から、それぞれのいいところを吸収して、よりよい、新しいものをつくること」と考えてよいと思います。



「ヘーゲルの用いた用語で、弁証法の根本要素。事物が発展する場合、低い段階のすべてが捨て去られて高い段階が突然現れるのではなく、前者の外形は捨てられるが、その外形に含まれていた内容は高い段階に引き上げられる。そしてこの内容は古いままではなく、新しい連関と秩序の中に組み込まれ、新しい形式をとり、新しい事態に同化された材料として保存される。それが止揚である。」(哲学事典による)
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この回答へのお礼

具体的にわかりません。

お礼日時:2013/02/03 05:18

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Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q形而上学とは

現在、国語の授業で
「広告の形而上学」という形而上学をテーマにした論文を扱っています。
文章の雰囲気は分かるのですが形而上学
というテーマそのものがよく分からないので
どうも、しっくりこないでいます。

「形而上学」というものをくだいて説明して
頂きたいのですが。。。

中学3年の私にも分かるくらいのレベルで説明して頂けたら嬉しいです。(教科書は高校1年生のものですが)

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

すごい教材を使用されていますね。大学受験レベルなんじゃ。。。
もしかしてその文章の出典は『ヴェニスの商人の資本論』(岩井克人)でしょうか?

No,1の方の説明が正しいと思うのですが、もっともっと噛み砕いてみると。。。

まず「形而下学」は形あるもの、目に見えるものと解釈してください。それに対する「形而上学」は形のないもの、目には見えないものということになりますね。人間の視点や物理的なもの(形而下学)に対する神の視点や精神的なものが「形而上学」と考えることができると思います。



あと、ソシュールの言語論も把握すると、理解が深まると思います。

人間の頭の中で考えることって、区切りがつけられず【無限】に広がっていきますよね。世界や宇宙だって、区切りがつけられず【無限】に広がっていく存在です。人間は他人に対して、そういうものを表現して、考えをわかってもらい、指し示しているものを共有しようとします。

その「表現」の際に使われるのが「ことば」ですよね。ことばで考えを説明し、ことばで指し示しているものが何かをわかってもらおうとします。

けれども、ことばは【有限】の音の組み合わせですよね。「椅子」ということばがあれば、「い」という発音と「す」という発音の組み合わせです(厳密には違いますが)。発音できるものは【有限】というのは、五十音表を見てもわかると思います。

ここで矛盾にお気づきでしょう。我々は、無限の世界を有限の言葉でしか説明できないのです。

そうすると、ことばはある一つの意味を指すのでは使い切れません。ことばに複数の意味や広がりのある意味をもたせないと、無限の世界を表現できなくなってしまうのです。ことばに対してモノが一対一の対応関係をもつことはないのです。

たとえば「犬」ということばを聞いて、あなたと僕とが思い浮かべる「イヌ」は別のものでしょう。それは、「犬」という言葉が意味するものが広い範囲のものをカバーしているからです。

じゃあその範囲ってどこまでって考えると、それはあいまいなイメージでしかないのです。範囲を確定しようとすると、「狼」でもなく「豚」でもなく「猫」でもなく「馬」でもなく…と、延々と「犬ではないもの」を消去していくことしかできません。

ことば一つ一つの意味にはこういう広がりがあるわけです。すると、ことば一つ一つには意味はなく、他のことばとの違い、つまり、【差異】によってしか意味をなさないということがわかると思います。これを裏返せば、「差異が意味をつくる」ということになります。



ソシュールの話が長くなりましたが、重要なのは最後の段落です。「差異が意味をつくる」という結論が出ていますが、「広告の形而上学」でも同じようなことが言われてないでしょうか。

広告は「形がない」ものです。「形のない」商品、つまり形而上的な商品です。それが商品として成り立つのはなぜなんだろうと考えると、他の広告があって、その広告と違いがあるから商品として成り立つわけですね。広告同士の差異が広告の価値を決めて、商品として売れるわけです。たくさんのあふれる広告の中では「差異が意味(価値)をつくっている」わけですね。



おわかりいただけたでしょうか。長くなりすみません。。。

すごい教材を使用されていますね。大学受験レベルなんじゃ。。。
もしかしてその文章の出典は『ヴェニスの商人の資本論』(岩井克人)でしょうか?

No,1の方の説明が正しいと思うのですが、もっともっと噛み砕いてみると。。。

まず「形而下学」は形あるもの、目に見えるものと解釈してください。それに対する「形而上学」は形のないもの、目には見えないものということになりますね。人間の視点や物理的なもの(形而下学)に対する神の視点や精神的なものが「形而上学」と考えることができると思います。
...続きを読む

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q『ラディカル』という言葉の使い方について

『ラディカル』という言葉の解釈に迷っています。
辞書などでは「根本的な」「基礎的な」また、「過激な」や「急進的な」などと載っていて、意味そのものはよく理解できるのです。
しかし、社会、歴史、美術、建築などでは、それぞれの分野で意味や解釈のニュアンスが違っているような気がしてなりません。
考えすぎなのでしょうか?
『ラディカル』という言葉の意味や解釈の基礎知識や良い本などありましたら教えてください。

Aベストアンサー

「ラディカル」と聞いて私がイメージするのは、物事を根本的に、
底の底から変えてしまうような、鮮烈で強力な力です。何よりも、
「我々の既成概念を根本から変えてしまうこと」を含意している
ことが、重要だと思います。胸躍る言葉でもありながら、危険と
隣り合わせのニュアンスも感じます。
政治であれ美術や建築であれ、ラディカリズムを標榜する思想は、
急激で落差の大きい変化を求めるでしょう。既成概念を覆すこと
が目的ですから、より戦闘的であり、挑戦的でもあります。

先進資本主義国では、社会が安定化し、規制のシステムが固定化
する中で、「ラディカルであること」は徐々に力を失っているの
だと思います。それは、政治的であれ哲学・文学・美術・建築、
その他あらゆる分野で。
現在、おそらく「ラディカルな」という形容詞をつけた場合に、
程度の問題として変化の度合いが大きいことを指し示している
だけで、本当に根本的な意味での変革を指していることは稀で
しょう。それ以外では、単に政治的な意味での「過激派」を指
している場合のみに使われているのでしょう。後者の場合は、
もはやイスラム過激派のような、全く我々には理解不可能な「他
者」を指す言葉でしかなくなっているのかもしれませんね。

(このような答えで質問者様の要望にあっているか疑問なのですが、
 もし「意味や解釈のニュアンス」が違っているような例を教えて
 いただければ、もう少しまともな答えができるかもしれません。)
 

「ラディカル」と聞いて私がイメージするのは、物事を根本的に、
底の底から変えてしまうような、鮮烈で強力な力です。何よりも、
「我々の既成概念を根本から変えてしまうこと」を含意している
ことが、重要だと思います。胸躍る言葉でもありながら、危険と
隣り合わせのニュアンスも感じます。
政治であれ美術や建築であれ、ラディカリズムを標榜する思想は、
急激で落差の大きい変化を求めるでしょう。既成概念を覆すこと
が目的ですから、より戦闘的であり、挑戦的でもあります。

先進資本主義国で...続きを読む

Q人間の3大欲とはなに?

この質問は このジャンルでふさわしいのかどうかちょっと迷ったのですが・・・。

人間の 3大欲といわれるものがありましたよね。
あれは 食欲と 後はなんでしたでしょう?

また その「人間の3大欲」という言葉は
誰が 言い出したのでしょうか?

Aベストアンサー

人間の三大欲望は
食欲 睡眠欲 性欲 です。
食欲は,物を食べ,エネルギーにする事。
睡眠欲は,睡眠をとり,脳を休ませること。
性欲は,トイレで用をたしたり,エッチをしたり,する事
この3つはある程度は我慢が出来ますが,人間が生きていくためには必ず必要なことです。欲望というより,必要不可欠なことです。
でも、このことを言った人はわかりません。昔からの言い伝えではないでしょうか?

似たような語で,「衣・食・住」これは、生活の上のことです。

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.

Q加重平均と平均の違い

加重平均と平均の違いってなんですか?
値が同じになることが多いような気がするんですけど・・・
わかりやす~い例で教えてください。

Aベストアンサー

例えば,テストをやって,A組の平均点80点,B組70点,C組60点だったとします.
全体の平均は70点!・・・これが単純な平均ですね.
クラスごとの人数が全く同じなら問題ないし,
わずかに違う程度なら誤差も少ないです.

ところが,A組100人,B組50人,C組10人だったら?
これで「平均70点」と言われたら,A組の生徒は文句を言いますよね.
そこで,クラスごとに重みをつけ,
(80×100+70×50+60×10)÷(100+50+10)=75.6
とやって求めるのが「加重平均」です.

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Qメタファーとは

メタファーとはなんでしょうか?まったく意味がわかりません。
何かわかりやすく説明しているいいサイトなどありましたら合わせてよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
メタフォア(メタファーとも言います。metaphor)は、比喩の一種で、シミル(simile)と並んで、代表的な比喩の修辞技法です。

メタフォアは、「暗喩・隠喩」と呼ばれ、シミルは「直喩・明喩」と呼ばれます。形の上からは、「……のような」「……に似た」というような言葉が入っているのがシミルで、入っていないのがメタフォアだという区別がありますが、内容的にはかなり難しいです。

易しい例を挙げると、一般的に、次のように対比させます:

「彼は、キツネのようにずるい」……「ように」がありシミル。
「彼は執念深いこと、蛇のようだ」……「ようだ」がありシミル。

メタフォアはこれに対し、

「彼はまさに希代のキツネだ」
「彼は蛇だ」

前者のシミル(直喩)では、「ように」などがあるのとは別に、「何を喩えているのか」が、明示されています。彼がキツネなのは、「ずるさ」が比喩されています。彼が蛇なのは、「執念深さ」で比喩されています。

しかし、後のメタフォア(暗喩)では、どこがキツネで、どこが蛇なのか、明示されていません。「ように」とか「似て」は、「キツネのように狡猾だ」「蛇に似て執念深い」などで使うので、何を比喩しているのか明示する言葉が来るのです。

彼はキツネだ。彼はイヌだ。彼は蛇だ。……などは、よく使う比喩なので、メタフォアの形をしていても、前後の関係から、何がキツネで、何がイヌか分かります。「キツネだ」というと、狡賢いになりますし、「イヌだ」というと、誰かの忠実な手先だという意味です。

シミルの形をしていても、どこが比喩なのか分からないシミルもあります。例えば、「青い湖水を静かに泳いで行く白鳥のように彼は穏やかに微笑した」というのは、「穏やかさ」を比喩するシミルですが、「青い湖水を静かに泳いで行く白鳥」が、どういう関係で、「微笑の穏やかさ」になるのか、よく分かりません。

こういうのは、形の上では、シミルですが、実質はメタフォアになっています。

メタフォアというのは、「詩」で多く使われますし、効果的に使うと、非常に印象的になります。

「兵士は、獲物を探す鷹の目で、遙か眼下の平野を見下ろした」というのは、おそらく、「鋭い視線・注意深い視線・鷹のように獰猛な意志」などの比喩なのでしょうが、読む人によって色々なものが、想像され、了解されます。

「西欧中世の古風な宮廷舞踊会の毎日のように、時が傍らを過ぎ去って行った」というのは、「ように」がありますが、これはシミルではありません。時間が経過したというのは、分かるのですが、どういう風に経過したのか、その部分がメタフォアになっています。

華麗に過ぎ去ったのか、繰り返しのように過ぎ去ったのか、静かに過ぎ去ったのか、典雅に過ぎ去ったのか、退屈に過ぎ去ったのか……読む人により、前後の文章により、色々なイメージや意味になります。

つまり、何か「比喩」なのですが、意味が明白でない代わり、イメージや雰囲気があり、「暗示的な比喩」であるのです。

メタフォアが多い文章というのは、イメージや雰囲気は豊かなのですが、それで何なのかが分かりにくいような文章です。メタフォアのイメージや雰囲気を味わうことが意味あることになります。

「新月の夜の緑の沼の眸で、スレートの笑いを彼は頬に浮かべた」では、何のことかよく分かりません。「暗い緑の眸で、スレートのように硬い笑いを彼は頬に浮かべた」なら分かります。「スレートの笑い」は、シミルで言えば、「スレートのように硬い」になるのです。

しかし、そう言ってしまうと、イメージや雰囲気の余韻が出てこなくなるので、メタフォアという、何をどう比喩しているのか、イメージなどは分かるが、それが何を意味するのか、自分で味わって了解しなければならない修辞の形式を使うのです。

メタフォアというのは、文章修辞の典型で、詩の本質は、このメタフォアのできぐあいに係っているという見解もあります。

また、以上は、文章修辞のメタフォアですが、メタフォアは、人間の概念思考に常に付随するもので、あらゆる芸術や日常生活にも、メタフォアが関係するというのが、一般的な考えです。三番目のURLは、かなり難しい文章ですが、メタフォア論になっています。

>日本語の修辞法―レトリック
>http://www.sanseido.net/Main/hyakka2/Rheto/rheto_rhe.html#two

>特別企画 第六回 比喩
>http://plaza5.mbn.or.jp/~gendaibun/kikaku/kikaku0601.html

>メタファーと認知
>http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~mogami/metapher94.html
 

参考URL:http://www.sanseido.net/Main/hyakka2/Rheto/rheto_rhe.html#two,http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~mogami/metapher94.html

 
メタフォア(メタファーとも言います。metaphor)は、比喩の一種で、シミル(simile)と並んで、代表的な比喩の修辞技法です。

メタフォアは、「暗喩・隠喩」と呼ばれ、シミルは「直喩・明喩」と呼ばれます。形の上からは、「……のような」「……に似た」というような言葉が入っているのがシミルで、入っていないのがメタフォアだという区別がありますが、内容的にはかなり難しいです。

易しい例を挙げると、一般的に、次のように対比させます:

「彼は、キツネのようにずるい」……「ように」がありシミ...続きを読む


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