ショボ短歌会

全聾の作曲家佐村河内守というイメージは、ヒマラヤで最終解脱を果たした麻原彰晃の”全盲の作曲家”から三枝成彰がヒントを得て、彼にサジェスチョンを与え、出来上がったもの・・・・
という説が有力視されていますが、どう思われますか?

1995年に三枝氏はオウムの曲をテレビの取材で分析し、その見事さにある種の興奮を覚えた。


こういう説が、流れています。

「大ブームの裏側には、必ず仕掛人がいる。三枝成彰が「全盲の作曲家」麻原の作詞作曲とされるオウムソングを分析して見せたのが1995年で19年前。佐村河内守はそのころ、1995年から1996年まで道路清掃のアルバイトで生計を立てていたとされる。1996年頃、33歳で映画『秋桜(cosmos)』の音楽を手がける。2002年、身体障害者手帳(感音性難聴による両耳全聾、身体障害者等級第1種2級、両耳鼓膜欠落)の交付を受けている。2003年秋、『交響曲第1番 HIROSHIMA』を完成。三枝は佐村河内の第1交響曲を絶賛、彼の提灯持ちを務めている。三枝成彰がオウムソングを分析して見せたのが1995年で19年前。佐村河内がゴーストを使い詐欺を始めたのが18年前。見事に時期が一致する。「全聾の作曲家」はもしかして「全盲の作曲家」からヒントを得た三枝が仕掛け人となり演出したと考えるのはごく自然だろう。」

事実、麻原彰晃作曲とされる交響曲は大交響曲『キリスト』(交響曲第1番)をはじめ5曲存在し、麻原自身が曲の説明をしたり、オーケストラを結成し、自ら指揮したりした。

実際は、鎌田伸一郎というゴースとライターを使っていた点でも、麻原彰晃と同じ。
身体障害を装う点でも、全く同じ・・・
何から何まで、手法が同じなんですね。

これはどう見ても、稀代の詐欺師の手法をまねたとしか言いようがないような。

http://www.youtube.com/watch?v=cCLMPk7AFGM


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A6 …

オウム真理教は、教祖・麻原彰晃自身が音楽が好きであったことや石井紳一郎等の音楽教育を受けた幹部が居たこともあり幅広い音楽活動を行っており、非常に多数の宗教曲を製作していた。また、この一環としてロシアにオーケストラ「キーレーン」を所有しており、演奏会も開催され、麻原自身もタクトを取った。

製作された曲は、テープなどに録音し信者や一般人に配布や販売が行われ、主に教義のために使用された。教団の内部でしか使われない曲も多い。そのほとんどが、麻原の作詞作曲とされた。

信者によって構成されたロックバンド「完全解脱」が存在していた。

純音楽(クラシック音楽)[編集]

これらの曲目はロシアの教団オーケストラ、キーレーンによって演奏され、毎年のように来日公演が全国で催された。

交響曲[編集]
大交響曲『キリスト』(交響曲第1番)
交響曲第2番『御国の福音』
交響曲第3番『慈愛』
交響曲第4番『哀れみの救済』
交響曲第5番『勝利の歌』

管弦楽曲[編集]
交響組曲『創世期』

協奏曲[編集]
ピアノ協奏曲『道』

「全聾の作曲家佐村河内守というイメージ」の質問画像

A 回答 (1件)

佐村河内は、あるテレビ局の番組の取材で、高校時代はいわゆるヤンキーで、俳優志望であり、悪役などのチョイ役で実際に出演したらしい。

自己顕示欲が強く、当時より自作自演ぽい演技をすることを好んだ。

当然、麻原彰晃の詐欺師ぶりを目の当たりにし、参考にしたはずである。

1995年に三枝氏はオウムの曲をテレビの取材で分析し、その見事さにある種の興奮を覚えた。


 翌1996に、佐村河内は初めて新垣隆に依頼し作品を発表する。
 三枝成彰と佐村河内の出会いなどはまだはっきりしないが、2003年秋、『交響曲第1番 HIROSHIMA』の発表の暁には、大絶賛していることから、以前から彼とつながりがあり、「仕掛け人」になっていたことは十分に想像できる。無名の人間が世に出るためにはまずはは有名人の推薦が必要である。しかも、この作品は現代音楽とは異なり内容はマーラーの時代に逆行しており、亜流であるとの専門家の指摘も多く、良識ある音楽家は無視していたキワモノであった。これを大絶賛したのであるから、三枝と関係があったことはもはや疑うべくもない。新垣―三枝成彰間には当然交流があり、麻原の作品を分析した三枝の入れ知恵と根回しで世に出たのである。三枝は、プロであるから、当然佐村河内の胡散臭さは見抜いていたはず。これらは、着々と計画通りに行われた。

 こうして現代のベートーヴェンという虚像は、ヒマラヤで最終解脱した麻原彰晃と同じく、作られたのだった。身体障害を逆手に取るのは、麻原彰晃と全く同じ手口。マスメディアを使い世間が見事にだまされたのも、全く同じ。歴史は繰り返すのである。


誰もが、こうした神話を欲しがっている。背景にあるのは、この大衆心理。身障者が血と汗で苦悶しながら、名曲を作り上げる・・・。

 感動したい大衆は、簡単にこの手の話にだまされ、絶賛を送る。

ベートーヴェンの曲が偉大なのは、彼がつんぼだったからではない。曲の出来がよかったからだ。「hiroshima」をもめそやしていたのは普段クラシックなどほとんど聞かない素人がほとんどであった。

参考URL:http://blogs.yahoo.co.jp/autumn_snake_1995/63086 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2014/02/11 09:51

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