街中で見かけて「グッときた人」の思い出

仕事で、じぶんより優れていたり、仕事が出来る人が現れると、
凄い、尊敬する、見習いたい
と思う反面、僻む自分が前に出てしまい
そういう自分が嫌でたまりません。
どうしたら、僻まない自分になれるか、
悩んでいます。

例えば、
仕事に応援に来てくれた方が自分より接客が優れ、周りからも慕われ
ています。
その上性格も優しいので周りの評価も高く慕われています。
それを目の当たりにすると、
自分が惨めになり、
その応援に来てくれた方を僻んでしまい、
その後は落ち込んでしまいます。

アドバイス頂けたら幸いです。
よろしくお願いします!

A 回答 (3件)

僻む、これは正常な人間なら誰にでもあることです。


“自分が惨めになり”とありますが、これは改善の兆しありです。
あの有名な歌手 北島三郎氏の格言
  「影の努力 なんぼの差」があります。
落ち込まないで、影の努力をして下さい。
性格もやさしく評価の高い人も、おそらく影の努力をしています。
周りから認められるようになれば、おのずと性格も優しくなるんです。
あなたなら出来ます、頑張りましょう。
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それはですね、自分のレベルを向上するしか術はないのですよ。



福山雅治さんは売れない時期があったのですが、その売れなかった時期についてテレビの取材クルーに「売れないと、どうなるかご存知ですか?」って問いかけていました。福山さんの答えは、「売れないとね、売れない奴らが集まって、売れてる人の悪口をいうんです」でした。

私はそれがすごくよく分かりました。かつて私も「もう人生終わったな」と思った時期がありました。それで、その後幸運もあってもう一度頑張ろうという気持ちになれたのですが、そういう時期にそのかつての仲間から飲み会に来ないかって誘われたのです。
それで、その集まりに行ったらね、彼らは相変わらず現状への不満や上司への悪口などを口々に述べていたのですが、自分たちが改善に向けてこうしていこうみたいな建設的な話は何ひとつなかったのですよ。ただ他人を貶めて悪口をいうだけでね。
それを横で聞きながら、「ああ、俺はもうこの人たちと一緒にいてはいけない」って思ったのです。以来彼らとはごくまれに連絡をとる程度でほぼ疎遠な関係となりました。

たぶんなんですが、プロ野球のダルビッシュ選手や田中マー君なんかの超一流選手は、他の超一流選手を見て「負けたら悔しい」「勝ちたい」と思うことはあっても「アイツの足を引っ張ってやろう」とは思わないと思うのですよ。
万能細胞の論文で、ねつ造やらなにやら話題になっていますが、どうも話のきっかけはその研究において日本の第一人者となり大きな予算も使えるようになった山中伸弥教授への妬みと足を引っ張ってやろうというところだったようです。もうね、そういうことをやっているってのが三流研究者の証拠じゃないですか。で、得てしてそういうのは馬脚を露してしまうものです。

だからもう自分を叱咤激励して、自分自身を高めるしかないのですよ。
ただ山中教授もそうですが、何かをやり遂げると、賞賛する人も出る一方、足を引っ張る輩も少なからず出てくるんですね。これはビジネスでもなんでも何かに成功した人は必ず経験するものです。つまり、そのくらい自分自身を高めるのは難しいってことでもあります。

私の好きな言葉に、「一流を目指して、ようやく二流になれる」というのがあります。そのくらい目標を高く設定しないと到達できないのです。だからその人曰く、「二流でいいやという奴は、三流にしかなれない」のだそうです。ごもっともだと思います。
ちなみにじゃあ一流の人はどうなのだろうと思うと、「一流の人は、超一流を目指している。超一流の人は、誰もたどり着いたところがない高みへ向かっている」そうです。いやはや、そうありたいものですね。
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友がみな我より偉く見える日よ、


は啄木でしたっけ。
友から見れば、啄木の文才の方がよほど偉く見えたはずなのに。

一つでいいなら、自分が周囲の誰よりも優れた点を見つけることですね。
そうすれば、他の点で優れた人がいても、人は人、自分は自分という考え方で嫉妬心はおきないはずです。
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