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こんにちは。

童謡に「お江戸日本橋」があります。
元々は俗謡でしょうがこの質問には関係ありません。
御存知でしょうが一応紹介します。

お江戸日本橋七ッ立ち 初のぼり
行列そろえて あれわいさのさ
コチャ高輪 夜明けて 提灯消す
(コチャエ~ コチャエ~)

先日、wikiを眺めておりましたら以下の解釈です。

お江戸日本橋を朝4時に出発、初めての旅行
行列そろえて さあ!出かけましょう
そろそろ高輪、夜明けになったから提灯を消そう
(こちらへ こちらへ)

この方の解釈を模範にしたのでしょうか?
他の方もこの解釈をお手本にしているようです。
私はこのそろそろ高輪がチト腑に落ちません・・・

どうも暇人のやくたいもない疑問です。
皆さんはどう解釈されましょう?

gooドクター

A 回答 (5件)

その元歌「こちや江節」/「こちやゑ節」を読むと、次のようになっています。


後藤露渓 著「銀笛独案内」(明31.10)27頁
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854834/17
後藤露渓 (新吉) 著「明笛独習」(明31.10)23-4頁
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856139/19

また「東海道こちやゑぶし」なども。
三田村鳶魚 著「瓦版のはやり唄」(大正15)287-8頁
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018836/160

「コチヤ高輪」…此方(こち)は高輪
コチヤ構やせぬ…当方(こち)は構いませぬ(気にしない/こだわらない)
エ、コチヤエ(ゑ、こちやゑ)…此方(こちら)へ&当方(こちら)なら


参照:「国語大辞典」小学館
「こちゃ (こち(此方)に助詞「は」の付いた「こちは」の変化)こちらは。私は。自分は。」
「江(え) (中のえ) 現代仮名遣いでは助詞のえは「へ」と書くのを本則とする 」
「恵(ゑ) (奥のゑ) 故(ゆえ)の略。 (間投詞)感動・詠歎の意を表す。…よ。…なあ」

この回答への補足

おはようございます。

沢山の回答をいただきました。
お一人にBAを選ぶことが出来ません。
このまま締め切らせていただこうと思います。

つまらない質問にお付き合いいただき、
本当にありがとうございました・

補足日時:2014/04/11 04:48
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この回答へのお礼

おはようございます。
どうもお礼が遅れまして申し訳ありません。

色々URLを貼っていただきました。
ありがとうございます。
私は三田村鳶魚翁がこのようなものを著しているのに、
まず驚きました。
こうして拝見させていただいていますと、
やはり、この場合ここははや高輪・・・
この表現で良いような気もします。
そろそろ高輪は少し違うのかなと・・・

いずれにしても今回、回答いただいた皆様は
私とどうやら同じ解釈のようです。

詳しい回答本当にありがとうございました。
申し訳ありませんBAを選ばず締め切らせていただきます。
補足欄をお借りいたします。

お礼日時:2014/04/11 04:45

お鮨の質問には間に合いませんでした。

。。有楽町に通勤していたおりの、築地と銀座の鮨やの思い出でしたが、質問が締め切られた後でした。。。。

夫、主人、旦那。。。いろいろな呼び方がありますが、私の一番好きだったのが、”こちの人”というものです。残念ながら、夫には使ったことがないのですが、上品で色気に満ちている気がします。

”こちらの、近くの、手前の”人、という意味なのでしょう。その、”こち”でしょうか。
こちらへ、こちらへ。。。お侍さんなら、”ちこう寄れ”というところなのでしょう。

この歌を聴いて、広重の”東海道五十三次”を思い出すのは私だけでしょうか。

功なり名とげた晩年の葛飾北斎が、”東海道五十三次”の空前の大ヒットに、いたく自尊心を傷つけられた、と、何かの本で読んだことがあります。歌と浮世絵が組み合わさって、日本人の旅情に火をつけ、それが今でも続いているのを見ると、浮かれた掛け声の影響の大きさに目を瞠る思いです。

軽やかで、ほいほいと、どこにでも出かけてゆきたい気分になります。
”ヤ-レン、ソーラン”も名作ですが。あれも、深い意味があるのでしょうか。
何かで洒落っぽい地口になっている可能性もありますが、思い当たらないのは残念です。

どうして高輪か?というのは、やはり、私も考えたことで、落語の”品川心中”にもあるように、品川には大きな遊郭があったのにどうして?と。でも、先のご回答の二番の歌詞に品川が出てくるので、一泊目は高輪、御殿山の辺りで海を眺め、二日めにゆっくりと発って、品川で一泊、という、旅行プランだったらしいことに思い至ります。。。高輪には、江戸を出る大木戸があったらしく、ここまでは親戚や近所の人たちのお見送りがあったらしいです。

華々しく送り出されて、京まで上る、弾んだ心に、コチャエの囃子言葉がふさわしいですね。
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この回答へのお礼

こんにちはciaopolpoさん。
お久しぶりですがお元気でしたか?

コチャの解釈については前のお三方とお話しましたし、
お三方には申し訳ないのですが、
少し雑談をお許しいただきましょう。

ciaopolpoさんのお鮨の思い出、
これは私、お聞きしたいですねぇ。
話がとびとびになり申し訳ないのですが、
先日、半年前の回答にお礼が届きました、はて?今頃?
忘れておりましたが「私の好きな町」、
こんなことを言ったかと懐かしく眺めておりましたが、
私の下の回答がciaopolpoさん。
眺めておりましてね、
一年の限定なら「吉祥寺」もいいかなと・・・・。

このカテですから覗かれる方もあまりおりませんでしょうし
私は武蔵関に住んでおりました。
ですから、吉祥寺は良く行った町なのです。
井の頭公園の近くの老舗の焼き鳥やなどとても懐かしい。

ciaopolpoさんの回答を眺めていて、思ったことですが
別に詮索するつもりは毛頭ありませんが、
学校はI・C・Uでしょうか?
随分お話しておりますが、もしそうならなるほどと・・・

広重の「東海道五十三次」、いいえ私もです。
随分前ですが葛飾北斎の話も先送りにしております。
ゆっくりいずれお話したいものです。
「ソーラン節」の話もこれまたしたいのです。
最後にお話したいこともありますのでとばしましょう。

「品川心中」には少し触れましょうか?
何故高輪で?と言うのは尤もな疑問でしょう。
これはまあ支配違いと言うことがありましょうね。
品川は代官の支配でしょうから、
見送りも高輪までと言うことなのでしょう。

「品川心中」、これはもう志ん生さんが素晴らしい。
宿場女郎のおそめのかみそりに、
「あッあぶねえじゃねぇかお前ェ、死ッ死んでしまう!」
「何を言ッてるんだお前は、心中してくれるんだろう!」
円生、三代三木助なども演りましたが、
私はやはり志ん生さんですね。

先日、御存知のMさんに勧められまして、
「深川骨董市」と「深川不動」、この話もと思いましたが
さすがに長過ぎでしょうし・・・
杮落とし以来の歌舞伎座は初めてでした。
日曜日のこともあったのでしょうか?
長蛇の列でしたね。
お目当ては昼の部最後の坂田藤十郎の「曽根崎心中」
これのようでしたが・・・

私は少し「伊東屋」さんに用もあり銀座に出ましたが、
アクリルのことも少し教えてほしいのです・・・
メーカーも沢山あるようですし。
とりあえずここいらで、ありがとうございました。

お礼日時:2014/04/10 07:34

「ここらは(この辺は)」、の意味と見ました。



其方は:そちは→そちゃ:そちらは
此方は:こちは→こちゃ:こちらは
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この回答へのお礼

こんばんは。
どうもお礼が遅くなりました。

これは私もOCTさんに同感なのです。
よく時代劇など観ていますと、「そちゃ何者?」(笑)
であれば、
>「ここらは(この辺は)」
建物なり場所なのかな?
なら、そろそろは少し違うだろうか・・・
そう思い質問させていただきました。

申し訳ありません。
COTさんにもNO1のsavanyaさんへのお礼文、
これを読んでいただければと・・・

回答いただき本当にありがとうございました。

お礼日時:2014/04/09 19:05

東海道漫遊の歌ですよね。


http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/oedo …

自分的には「ドリフ」の「いい湯だな」
と同じように

「ここは〇〇 なんちゃらの湯」
というのと同じ意味で捉えていました。

でも1~17番を見渡してみると、
それじゃ意味が通らないですね。
どちらかといえばやはり「そろそろ」のほうが
通りがいいし

特に意味のない「合いの手」のような気もします。
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この回答へのお礼

こんばんは。
お礼が遅くなりました。

URLを貼っていただきました。
ありがとうございます。
実は私全部の歌詞を読んでいないのです。
歌詞に初のぼりとあります。
全部と言うことでしたら終点は京都なのでしょう・・・
ただ「大山詣り」「伊勢詣り」も含まれたでしょうね。
後ほどURL拝見させていただきます。

コチャエについてはNO1の回答者の方とお話しました。
読んでいただければと思います。

回答いただき本当にありがとうございました。
どうぞまた見かけることでもありましたら、
お付き合いください。

お礼日時:2014/04/09 18:53

コチャ=ここは


コチャエ=ここは心地よい
ですが、囃子詞にはあまり意味がない。
天保期の当時流行っていた俗謡『はねだ節』が、
やがて「コチャエ、コチャエ」の囃子詞を伴った『コチャエ節』となり、
さらに東海道五十三次の替え歌が作られ、『お江戸日本橋』が誕生した。
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この回答へのお礼

こんばんは。
お礼が遅くなりました。

>コチャ=ここは
>コチャエ=ここは心地よい

仰るとうりかと思います。
ただ、私は質問文にも書きましたが、
「コチャエ~コチャエ~」、
これが「こちらえ、こちらえ」でも正しいのだと思います。
当時は宿場女郎なり、旅籠には飯もり女・・・
今風に砕けた言いかたをすれば、
彼女らの「寄ってらっしゃいよ~」くらいの囃言葉、
あるいは掛け声でしょうか・・・。
いずれにしてもこの言葉が掛かるのはその場所?

であれば、コチャ高輪がそろそろ高輪は少し違うのかな?と
私の理解で言わせていただけば、
「はやもう高輪か、提灯の灯も消しましょう」

それにしても色々良く御存知です。
回答いただき本当にありがとうございました。
どうぞまた、見かけることでもありましたら・・・。

お礼日時:2014/04/09 18:40

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