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かつて北朝鮮を評して、「税金もなく平等な社会で、泥棒がいないので鍵をかける必要もない。地上の楽園である」と称賛した者が日本にもいた、という文章を目にすることがあります。
この「北朝鮮=地上の楽園」説は、誰(またはどのメディア)がいつ頃、どこに書いていたのか、できるだけ具体的に教えて下さい。
○○が言った、△△に書いていた、というのはよく見かけますが、もっと具体的に知りたいので。

A 回答 (3件)

「北朝鮮は地上の楽園で、衣食住の心配もない」と宣伝したのは朝鮮総連ですが、その尻馬に乗って北朝鮮を礼賛したのは、以下の人達です。



1.寺尾五郎 : 日本共産党本部の専従活動家。 1958年に北朝鮮建国10周年記念式典に訪朝使節団として訪問し、著書『38度線の北』にて北朝鮮の発展を礼賛し、帰国希望者に大きな影響を及ぼす。 寺尾はのちに中国の文化大革命も熱烈に支持した。 

2.槙枝元文 : 1971(昭和46)年に日教組執行委員長になった槙枝は、73年に北朝鮮を訪朝し、金日成についてこう語った。
「金日成主席は大衆の心を大切にした偉大なる人だ。この国は共産主義経済理論を徹底的に教育し、自覚的に労働意欲を高めている。生活必需品はべらぼうに安い。従って生活の不安は全くないから、この国には泥棒もいないし警察官もいない」と賛美した。
教職員はもとより、北朝鮮のことをよく知らない国民は、この言葉を信じて、子供たちに北朝鮮の教育をした。 これほど罪深いことが許される訳がないが、槙枝は一度も謝罪しなかった。

それ以外にも、朝日新聞は大手新聞の中で、最初に北朝鮮を「朝鮮民主主義人民共和国」と呼び、北朝鮮帰還運動に加担しました。
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この回答へのお礼

槇枝元文と朝日新聞が北朝鮮を礼賛していたとの記事はときどき目にしますが、「地上の楽園」と最初に言ったのは朝鮮総連だったのですね。寺尾五郎についても調べてみます。有難うございました。

お礼日時:2016/03/10 22:03

Wikiの記述なのですが帰還事業は、与党では、小泉純也、鳩山一郎、岸信介等も支持したようですね。


産経や読売・朝日も良い論評だったようですから、当時の雰囲気は今の私は想像もできません。

帰還事業で朝鮮に帰った人とそれに付いって行った家族も多数いて、
後に生活が苦しいからなんでも良いから薬を送って欲しい…と日本に残された親戚に悲痛な手紙がきたという話を聞いたことがあります。
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この回答へのお礼

有難うございました。北朝鮮シンパは「地上の楽園」だからという理由で、また与党は別の理由で、それぞれ帰還事業を推進した、というのが真相だったのでしょうか。帰還した人々を待ち受ける運命については、どちらの陣営もきちんと調べようとしなかったようですね。

お礼日時:2016/03/11 22:36

1959年頃に帰還事業が始まっているのでその頃からだと思います。


地上の楽園と言ったかどうかは判りませんが、新聞各社は向こうでの生活を良いと評して帰還事業を促進したようですね。
与野党の政治家も超党派で推進しているので自然発生的な部分のあると思います。
「在日朝鮮人の帰還事業」でネット検索で調べてみても、もっと多くの事が判ると思います。
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この回答へのお礼

与野党の政治家、ということは、一部の限られた人の意見ではなく、むしろ当時の支配的な空気だったのでしょうか‥。もう少し調べてみます。有難うございました。

お礼日時:2016/03/10 22:03

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