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インターネットを見ていたら、

傘立てが混んでいる状態はもちろんのこと、空いている状態でも、みんなが気持ちよく使えるように 配慮することが大切です。

という文章がありました。
私は日本語ネイティブなので「空く」は「あく」と読むのが感覚的に正しいと思いますが、外国人に「なぜ”すく”ではだめなのか」と質問されたら、どのように答えれば良いのでしょうか。

A 回答 (7件)

空く(あく)の意味:占有されていなものがなくなり、からっぽの状態に変化すること


空く(すく)の意味:混み合った状態から 、まばらな状態に変化すること

上記に基づき、傘立てに使うときは、「あく」ではなく、「すく」と読むのが正しいです。
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あく・あいている、はそこが現在空で利用可能である意味です。

席があく=利用可能になる。従って能動的に「あける」ことも出来ます。
すく・すいている、はそこに何もない意味です。利用を前提とする意味ではなく客観的事実を述べるだけです。スキがあると相手に攻められますが、意図せず生まれるのがスキです。能動的にスキを作る意味の単語はありますか? さっきから考えますが思いつきません。
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空く、は100%の余裕がある、というのが本来の意味です。


すく、は100%の余裕はないけれど・・・無理すれば・・・。
ただし、電車等で「すいている」は車両の容積100%に対してすいている、のため、乗車する人(一人または数人)に必要な100%の余裕がある場合も使用されます。
>みんなが気持ちよく使えるように 
具体的に何を言いたいのか、不明なようでも・・・・。
傘立てに限りませんね、「みんなが気持ちよく使えるようには当たり前と言えば当たりまえ、公衆トイレ、公共施設のトイレ等で張り紙よく見かけますね。
傘一本〃をロックするタイプなら、空いている(入れるべき傘1本に重点、100%の余裕即確認可能)。
一本〃区別されることなく、単に突っ込むだけのタイプなら、すいている(傘立ての収容容量に重点、100%の余裕、目視では確認できません)。
※どんなタイプの傘立てなのか、気持ちよく使える状態!どんな状態を想定しているのか(例 突っ込むだけでなく丸めて紐で止められるものは止めて突っ込む・・・とか)。
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この場合(傘立て)の「空く」は「あく」と読むのが普通だとは思いますが、「すく」もおかしいとは感じません。



「なぜ”すく”ではだめなのか」と質問されたら、「"すく"でもかまわないが、普通は"あく"と読む」と答えると思います。

また、傘立ての場合に、「混んでいる」(込という漢字もあります。)という表現が間違えだとは思いません。ただ、「いっぱいだ」などの表現をすることが多いとは思います。

「すいている」は「物や人が、あるが少ない」ということです。
「あいている」は「物や人が、無い(居ない)」または「ほとんど無い(居ない)」ということです。

同じ状態であっても、それを「ある」と捕らえるのか、「無い」と捕らえるのか、という問題です。

「空き缶」とは、中身が無い缶のことです。

傘立ては、隙間があれば傘を入れることができるので、「混んでいる」「すいている」という状態を話題にすることはあまりありません。
「電車が混んでいる・すいている」の場合は、そこに居る人の感覚(周囲との人との距離感など)に直結します。

従って、傘立ての場合は、「あいている」という言い方をすることが多いです。
「すいている」がおかしいとは言えません。
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「あく」と「すく」とは意味が違います。

しかし、意味がひとつあるのではなく、いくつかの意味があります。日本語は皆そうです。その意味に合わせるため、当てる漢字を変えたりしますが、漢字の意味を考えるとかえって分かりにくくなりますから、あまり気にしないことです。
 「傘立て」について言えば、「混む」は妥当な言い方ではありません。その反対は「空く(すく)」でしょう。この言い方は電車などに、相当します。
 「傘立て」は「いっぱいである・つまっている」(劇場なら満席)その反対は「空(あ)いている」。(劇場なら空席がある)

以下、[日本国語大辞典]からの引用です。

 あ・く 【明・開・空】
【一】〔自カ五(四)〕

(1)隔てや覆いなどが、とり除かれる。閉じていたものが開く。
(2)そこを占めていたものがなくなる。
 (イ)詰まっているものが除かれたり間が広がったりして、空間ができる。
 (ロ)中にはいっているものがなくなる。からになる。
 (ハ)官職、地位などに欠員ができる。
 (ニ)収入より支出が多くなる。欠損になる。
(3)差し止められていたことが、してよいことになる。解禁になる。→方(かた)あく。
(4)ある一定の期間が終わりになる。
(5)(時間、場所、品物などについて用いる)使われない状態になる。
 (イ)仕事をしないでいられる時間ができる。
 (ロ)使われていない状態になる。必要でなくなる。
(6)(入り口が開く意から)人が出入りできるようになる。多く、商店などが営業を始める、また、営業していることにいう。→口があく。
(7)壁や建物などにさえぎられないで、外が見える。また、見通しのいい状態になる。
(8)(「らちがあく」の意)物事がうまくいく。かたがつく。→あかぬ・あかん。

【二】〔他カ五(四)〕

(1)ふさいでいるものや閉じているものなどを開く。
(2)白状することをいう、盗人仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕

【三】〔自カ下二〕
あける(明)【一】。

【四】〔他カ下二〕
あける(明)【二】。

【語誌】
この語は、下二段自動詞「あく(明)(→下一段「あける」)」と同源と考えられているので一項で扱ったが、「明く」は明るくなる、「開(空)く」は閉じているものが開いてすきまができる、が原義であること、また、前者は四段他動詞「あかす」と対になるのに対し、後者は下二段他動詞「あく(→下一段「あける」)」と対になる点などによってこれを疑問視するむきもある。確かに「あく(明)」は「くる(暮)」と対義語であり、これは「あか(赤)」と「くろ(黒)」との対に対応しており、さらに明度にかかわる「あかる」「あかるし」「あきらか」「あきらけし」「あきらむ」などと関係する点でも、「開(空)く」とは差があるようである。

す・く 【透・空】
〔自カ五(四)〕

〔一〕空間的、または時間的に、すきが生じる。
(1)すきまができる。空間的な余裕ができる。
(2)そなわっていたり、つまっていたりしたものが欠けてまばらになる。希少になる。
(3)肉がおちる。頬がたるむ。
(4)時間のあきができる。ひまになる。
(5)手抜かりがある。油断をする。
(6)つかえていたものがとれる。さっぱりする。
(7)空腹になる。

〔二〕(透)物のすきまからとおる。
(1)物をとおして見える。すける。
(2)物の間をとおる。
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傘立ての場合は「すく」じゃないですか?


「混む」の対義語は「空く(すく)」だと思いますが。

す‐く
【透く・空く】
《五自》
1.物の間があく。
中のものが、まばらに(少なく)なる。[空] 「電車が―」
ひまになる
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微妙に意味合いがちがいますからね

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Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む


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