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聖徳太子が目につけた和の精神は、ブッタの教えの中では何にあたるのですか?

A 回答 (5件)

諸法無我=普遍的な拠り所はわがままな主観にはない


と解釈して
わがままのぶつかり合いで部族間の抗争が絶えず
安心して暮らすことができなかった当時の現実を
改善しようとしたんだと思います。

諸法無我を起点に不毛な争いをなくして和へと。
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聖徳太子はかつて日本にいた原人(倭人)の象徴ですから、架空の人物です。

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この「和の精神」は、中国の仏教と儒教の融合から生まれた思想ですが、


もともとは「礼の用は和を貴しと為す」という論語の一節が原点です。
ブッダの教えの中に直接的にはないと思います。
ブッダの教えは他者への執着を切り個人的な解脱を目的としてます。
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和は中国由来なので、言わば中印合作です。

インド本来の意味は妥協の妥です。
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初期仏教の経典の中には「和」そのものはでてこないのですが、類似の文はあります。



彼は私を罵(ののし)った。彼は私にこんなことを言った。彼は私に勝った。彼は人を使って私を負かした。こういう思いを抱いている人に、怨みはついにやむことがない。まことに、この世において、怨みに報いるのに怨みをもってすれば、ついに怨みのやむことはない。堪え忍ぶことによって怨みはやむ。これは永遠の真理である。(「ウダーナヴァルガ」)

我らはここにあって皆死すべきものである、と覚悟しよう。この理を人々は知っていない。しかし、この理を知る人々があれば、争いは鎮まる。(「ダンマパダ」)

難しい漢文の経典よりはるかにわかりやすいですね。
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