平家物語の那須与一で最後に「あ、射たり。」と「情けなし。」とはどういう意味なんですか?

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A 回答 (3件)

「あ、射たり。

」は、「(遠い敵を)よくぞ射止めた。」と言う褒め言葉。
「情けなし。」は、「(舞っている人間を射るとは)非情すぎる。」と言う批難の言葉。

おそらく、前者は源氏側、後者は平家側の人が発した言葉でしょう。

もう少し付け加えると、「情けなし。」と言う言葉は、矢を放った那須与一を非難していると言う説と、命令した源義経を非難していると言う説の二つがあります。

いずれにせよ、与一が見事に扇を射落として、その場に居合わせた人々全員が一緒に盛り上がった直後に、人の死によって敵方と味方が一瞬にして峻別される劇的な場面です。このあたりが平家物語の構成の巧みさですね。
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私はこの回答に賛同します。



http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …
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扇の真ん中ではなく要のところだったから


要=扇の手元の部分
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この回答へのお礼

お礼日時:2017/02/18 19:53

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平家物語の那須与一で最後に情けなしとありますが、射当てたのになぜですか?

Aベストアンサー

これ見よがしに船をこぎだしたのだから、それに向けて矢を射るには非情ではありません。
扇を射落とす→ならば射たり。
ひの丸扇の中心を射抜く→射抜いてはいない、必ずしも満足ではない=情けない。
後部の羽、または鏑矢で射抜くが可能かどうか?。
源氏側では、射たり、的中して射落とした。
平家側にすれば、中心を外している。
もしも、射抜いたなら、狙いはもちろん、威力も十分、見事なり。

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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

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これでよろしでしょうか?

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まず、概説なら下記サイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%89%A9%E8%AA%9E
 現代語訳なら、次のサイト
http://kazeoto.com/heike-yaku001.html
 現代語訳読むだけでも大変ですよ。
勿論、本気で読むなら「古典文学大系・平家物語」、「岩波文庫 平家物語」でどうぞ。

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と文書で説得し、それを読んだ僧兵が納得して引き上げていくくだりがあります。

...なぜこんな話でエキサイトした僧兵が納得するのか?脚注を見てもさっぱり要領を得ません。
この時忠の説得内容の意味と、僧兵が納得した理由について教えてください。
(あのドラマは見ていないのですが..ひょっとしたら理解の助けになっていたかもしれないですね)

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参考URLの第一章 第四十四話「一門栄華(二十二)」の一番下辺りの場面ですね。

これの少し前に「大衆申す所御ばからひ有るべし」と後白河法皇が山門の大衆達の話を受け入れるところがあり、平時忠がその使者として比叡山に赴きます。
いきり立って興奮している僧兵達の中に一人で乗り込んでいってるわけですから(格好いい!)、時忠の度胸もなかなかだし、しかも僧兵達は一度撃退されている上に、神輿まで置いて逃げてますよね。
この辺りの状況も考えて、法皇が妥協しようとしているのならば、暴れる必要もないと冷静に判断できる僧兵の指揮官もいたのでしょう。

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こういうところからも僧兵達の考え方の一端がわかると思います。

それに、何といっても「やあやあ、我こそは・・・」の物語ですから、ここでは時忠を引き立たせるために、これぐらいのことは起こって当たり前でしょう。

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平家物語は普通に読むだけでも充分ですが、至る所で教養を試される上に(掛詞などの言葉遊びや歌など)、戦いあり、謀略や駆け引きあり、恋ありと楽しみが満載ですね。

また読み直してみたくなりました。

参考URL:http://members.at.infoseek.co.jp/masa_n/heike/heike.htm

参考URLの第一章 第四十四話「一門栄華(二十二)」の一番下辺りの場面ですね。

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Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問:
<「おごれる」というのを、文法的に説明するとどうなるのでしょうか?>

1.文法的には
おごれ:ラ行四段活用「おごる」の已然形
る:存続の助動詞「り」の連体形
となります。

2.おごる「奢る」は、「勢いにまかせてわがままな振る舞いをする」ことを意味します。

3.この「り」は存続の用法で、「奢る」という行為が継続して続いていたことを示します。英語で言う「現在完了」の用法で、過去から今までずっと続いてきた、という過去から現在までの時間幅に言及する用法です。

4.連体形になっているのは、その後にある「人」という体言を修飾しているからです。

以上ご参考までに。


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