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昔は川船は、重要な運搬手段だったようですが、下りきってから上流側に戻るときはどうしていたのですか?
現代なら、エンジン付きだったり、トラック運搬で上流側に戻しますが、昔はそんなのありません。
九州の球磨川のような急流でも、かなり上流部から船便が出ていたそうですね。

A 回答 (3件)

どの川,舟でも同じかどうかは分かりませんが,一般的には


下流の川幅が広い場所では
・海からの上げ潮を使う
・同じく帆(海から吹いてくる風),櫂などを使う
実際には,これらを組み合わせて遡上したようです。下流の場合,流れがそれほど急ではありませんから,これでもいけたようです。
上流の場合
・両側の岸から綱で引っ張る
これが一般的な方法でした。

実際に江戸から川越まで行く舟がありました。大川(隅田川)上流の千住辺りまでは帆走で,新河岸川に入ると「曳き子」と呼ばれる人足が両岸から引っ張ったようです。

これは全国的にも同じような記録が残っています。
「高瀬舟の就航はほぼ通年行われ、下りは竿で船を操り、先の小倉から須賀までは1日の行程だった。上りは、南風が吹く春から夏にかけては帆を張って風をうけて上っていったが、北風が多くなる秋から冬は帆を使えず、船首の穴に背張り棒を通して一人が押し、さらに1~2人でロープで船を引きながら上っていった。帆を張って上れば小倉までは半日から1日であったが、背張り棒とロープで引き上げるのでは3~4日かかったといわれている。」(相模川辞典 1994 平塚博物館  P209)
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この回答へのお礼

やはり人力で曳いて戻していたのですね。
急流の部分はさぞかし大変だったでしょう。
帆が使えれば半日から1日のところが、人力だと3~4日ですか。昔の人の苦労が偲ばれます。
しかし、富士川などは河口付近になっても流れは速く、しかも川幅は広いところでは数百mもあります。それを両岸から曳いていたのですか?曳き子は何十人も必要だったでしょうね。
ということは、川船の運賃はさぞかし高かったのでしょうね。

お礼日時:2009/02/05 14:14

 同じ質問がありますよ。


 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4376477.html
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こんにちは!


私もこの質問を見て疑問に思い調べてみましたが、じ、人力!?
「曳舟」というようです。
下のURLの14番目に書いてあるのですが…。
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E4%BF%9D …
まさか人力、とは思いもしませんでした…。

http://blogs.yahoo.co.jp/masatake_ko/folder/1035 …
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この回答へのお礼

帆や櫂の使えないときは人力だったのですね。リフトの無いスキー場のようなものでしょうか。下りは良い良い上りは辛いですね。
行けるところまででいいから、いっそ川岸の道路を整備して、船を車に乗せて人力で曳いたほうが水の流れの抵抗を受けるよりも楽な気がしますが・・・。(上流部は川岸も複雑な地形をしているから無理でしょうが)

お礼日時:2009/02/05 14:22

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