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自分の小さい頃のことについて「幼少の時は」という言い方をする人が多いように思います

私は「幼少」という言葉を使うのは、まず自分の事ではない
目上或いは高い地位に居る人の幼い頃の事を話したり聞いたり書いたりする場合に使うのではないかと思っていました

ですから自分の小さい頃の事を「幼少」と表現するのは違和感を覚えます

これは間違っているのでしょうか

それとも言葉というものは変遷していくものですから変わったのでしょうか

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A 回答 (9件)

No.7でコメントした者です。



 当方の書き方が言葉足らずでしたね。申し訳ない。
 まず、〈メクジラを立てる〉は質問者とは無関係です。
 近年、まともな根拠もあげずに「誤用だ」と騒ぎたてる人が多くて閉口しています。それがもっともらしい意見だと、ウノミにした人が何も考えずに書き散らし、濡れ衣を着せられて使いにくくなった言葉がいくつもあります。
 時節ネタで言うなら「新年あけましておめでとう」も誤用扱いされているようです。まあ、厳密に考えれば重言っぽい気はします、自分では使いませんが……。
 詳しくは下記あたりをご参照ください。
【濡れ衣御三家〈2〉 新御三家登場(笑)】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12210196959.html

>『大辞林』の〈〔自分のことについては用いず、偉人・貴人について用いる〕〉が間違っています
 も言葉が過ぎるかもしれません。これだって専門家が検討した末の記述でしょうから。「ちょっと疑問です」くらいにするべきでした。

 自分のことで「幼少」という言葉を使うことに関しては、当方も異和感があります。自分では使いませんが、ヒトサマが使うのをトヤカク言う気はない、くらいでしょうか。この異和感にはいろいろなレベルがあるので、一概には言えないのですが。

 それとは別に、当方の異和感は2段階ある気がしてきました。
 まずちょっと堅苦しい(「古風」「書き言葉的」「丁寧」「偉そう」「由緒正しい」とも言えるかも)印象がある「幼少」という言葉に対する異和感。
 もう1段階は「幼少の頃」(たぶん「幼少の時」も同様です)という言葉に対する異和感。
「〜の頃」はやわらかない印象があるような。
 そのため、「幼少の頃」はチグハグな感じがあって、異和感が強くなるような。「幼少期」「幼少時」だと異和感が薄れるのはそのせいでしょう。

 たとえば、有名人の親御さんにインタビューをする場面を想起します。
「幼少期の○○さんは、どんなお子さんでしたか」
 くらいなら、フツーの気がします。別に
「子供の頃の○○さんは、どんなお子さんでしたか」
 でもよいのですが、インタビュアーが礼儀正しい人なら、むしろ「幼少時の○○さん」のほうが自然な気さえします。
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この回答へのお礼

再度の回答をありがとうございます
いえいえ、回答者さまの意図は分かっています。
質問しているうちにありがたい事にたくさん回答を頂いて
私がその言葉に目くじらを立てているように見えたのではないかと思ったのでした
本当はどうでもいいのですが、ほんの少しの違和感なのです

そもそも最近の人は(最近の若いもんは、、と言いかけた(^_^;)
話をする時に固い表現の言葉を柔らかい表現に変える努力をしていないのではないか
・・・なんて、ちょっと思いました
ああ、私も年取った
そろそろ締切りましょう

お礼日時:2016/12/28 22:24

追加の情報[日本国語大辞典]


よう‐しょう[エウセウ] 【幼少】 解説・用例  〔名〕(形動)

(1)年齢が少ないこと。おさないこと。また、そのさまやその人。
*明衡往来〔11C中か〕上末「件男幼少之上、本性愚頑、無守一芸」
*平家物語〔13C前〕七・経正都落「皇后宮の亮経正、幼少にては仁和寺の御室の御所に、童形にて候はれしかば」
*日葡辞書〔1603〜04〕「Yoxo (ヨウショウ)。イトケナク ヲサナシ」
*集義和書〔1676頃〕一一「今の世の幼少の子は、大方才知芸能あるがごとし」
*福翁自伝〔1899〕〈福沢諭吉〉幼少の時「私は勿論幼少(エウセウ)だから手習どころの話でないが」
*彼の歩んだ道〔1965〕〈末川博〉一「弁護士に絶大な敬意を払うている様子と、それを反映している会場の空気は、幼少な彼にも感得できた」
*礼記‐月令「安萌芽、養幼少、存諸孤」

(2)江戸時代の武家の制度で、一〇歳までの称。また、その人。
*類典(古事類苑・法律三一)「一、十歳迄を幼少といふ。依之十歳迄御用之節、名代差出候様奉書参る。右之趣享和二年奥御右筆田中吉蔵より承る」

 特に、(2)にあるように「武家の制度で使われたということから、文章用語(いわゆる文語、書き言葉)として使われることが多かったのでしょう。
 また、「少」は「年齢が少ない」という説明ですが、「わかい」と読むことができる漢字であり、その点では「幼稚」と重なる意味があります。(ただし「稚拙」という語があるように、「少」と「稚」は全く同じようにに使われるものではありません。)
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この回答へのお礼

再度の回答をありがとうございます
「幼少」という言葉についての辞典が出来そうなくらいですね
私は国語の素養はあまり無いですし詳しく言われたらクラクラしそうなのですが
従来は書き言葉として使われることの方が多かったのだろうと思いました

お礼日時:2016/12/27 16:28

結論だけを書くなら、『大辞林』の〈〔自分のことについては用いず、偉人・貴人について用いる〕〉が間違っています。


『大辞泉』にはそんな記述はありません。
 先行コメントにあるように、文豪が自分のことに「幼少」と使っている例は多数あります。
 ただし、現代では日常会話ではあまり使わず、「改まり語」に近い気がします。日常会話では「きょう」ですが、改まった席では、「本日」などと言うのと同様です。
 当方は、改まった席でも、自分のことに「幼少」を使うのは少し異和感があります。ほかにいくらでも言いかえができますから。
 詳しくは下記をご参照ください。
【「幼少」の使い方 教えて! goo 辞書】
http://ameblo.jp/kuroracco/entry-12231924758.html

 以下は一部の抜粋(重言)。
 何より驚いたのは『大辞林』の記述。『大辞泉』と比べても異様さがわかる。 
===========引用開始 
大辞林 第三版の解説 
ようしょう【幼少】 

おさないこと。子供であること。 「まだ-の頃」 〔自分のことについては用いず、偉人・貴人について用いる〕 


デジタル大辞泉の解説 
よう‐しょう〔エウセウ〕【幼少】 

[名・形動]おさないこと。また、そのさま。「―な(の)時分の思い出」「―のみぎり」 
===========引用終了 

 青空文庫なんかでひくと文豪が自分の「幼少」の頃のことを書いている例がぞろぞろ出てくる。 
https://www.google.co.jp/search?client=safari&rl … 

 多くの文豪が使っている。でも『大辞泉』は〈自分のことについては用いず〉と書いている。 
 さてどう判断したらよいのだろう。 

 いくつか考え方があると思う。 

●文豪にだって間違いはある 
 考えられなくはない。でもそんなことになると、多くの辞書の信頼性が揺らぐかも。 
 これは前から書いているけど、当代の著名作家が使っているからOK、という考え方は危険。でも昔の文豪のレベルになると、けっこう信頼されているみたい。 
 これがたった1例とか2例とかだと、判断に苦しむ。使用例がすんごく少なくて、辞書も認めてないなら、Xの可能性が高い。 
「幼少」の場合は昔の物書きがけっこう使っているらしい。こうなると何がなんだか。 
 以下は、たぶんに憶測が入る。 

●「幼少」は尊敬語なのか 
 基本的に↑の『大辞林』の記述は信じないほうがいい。 
 ただ、現代の話し言葉で自分のことに「幼少(の頃)」はあまり使われない気がする。これが「幼少期」「幼少時」だと、異和感がかなり薄れる。理由はわかりません。 
〈偉人・貴人について用いる〉ってことは「尊敬語」になる。やはり勘違いだと思う。菊地康人氏が言う「改まり(語)」の類いだろう。 
【読書感想文/『敬語』(菊地康人/講談社学術文庫/1997年2月10日第1刷発行)──予想していたことではあるが……。】 
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2415. … 
===========引用開始 
【引用部】 
 《改まり》の例としては、ほかに「今日(きょう)」に対する「本日」、「さっき」に対する「先程」などもあげられる。概(がい)して、和語よりも漢語のほうが改まった趣が出る傾向があり、本書冒頭の例で「開けたら」より「開封後は」のほうが改まった感じがするのもその一例である。(P.38) 
 これが一般的な解釈だろう。和語のほうが敬度が高いとか、忌み言葉や女房言葉のほうが敬度が高いなんてことはない。ただ、まともな学者は「漢語のほうが敬度が高いからMAX敬語」なんてバカなことは断言しない(黒笑)。  
===========引用終了 

 改まった席なら、「父が幼少の頃、……」と言うと思う。それだけのことだろう。 
 自分に関してだと、「私が幼少の頃、……」はかなり微妙。「幼少期の私は、人見知りが激しかったらしく……」だとほとんど異和感がない。理由は……やはりわからない。 

●「幼少」は書き言葉なのか 
 現代の書き言葉なら、自分のことに「幼少」を使うか否か。 
 使う人は使うだろうな、としか言いようがない。当方は基本的に書き言葉的な言葉は極力使わないから、別の書き方をする。「子供の頃」「小さい頃」「歳の頃」「幼稚園に通っていた頃」etc.……「幼少」にかわる言葉はいくらでもある。 
 他者が書き言葉で「私が幼少の頃」と書いていても、とくに異和感はない。話し言葉で「私が幼少の頃」と言う人がいたら……別にいいんじゃないの。そんなことにメクジラを立てるほうがヘンだよ。 
 でもいるんだろうね。なんせ辞書が堂々と書いているんだから(笑)。
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この回答へのお礼

詳しい解説をありがとうございます
家にある広辞林には大辞林のような表現はありませんでした

>ただ、現代の話し言葉で自分のことに「幼少(の頃)」はあまり使われない気がする。

最近テレビのインタビューなどで「自分の幼少の頃は・・・」と言っている人が多くて違和感を抱きました
特に若い人がよく使っているような
「幼少」は話すには固い言葉なので一瞬、ぴくっと思うのかしら
就活などで「幼少期の思い出を書きなさい」であるとかはそんなに気にしません
目くじらを立てているつもりはないのですが(笑)

お礼日時:2016/12/26 18:28

「青空文庫」には計314件の「幼少」が見つかります。


その中には「幼少(わか)い」と読ませる例(島崎藤村他)もある程度あります。

 使用例の内、尊敬語として使われたものは、次に引用したものです。
「御幼少の時」、「御幼少なころ」「御幼少の方」「御幼少時代」「御幼少のも」「御幼少時代」「お幼少時分」「御幼少でいらっしゃいます」「御幼少の時から」「御幼少から抜群」

 太宰治の場合は、敬語として使ったものも次の3例があります。(同一作品)

「御幼少の頃」 太宰治「右大臣実朝」
「御幼少の頃より和歌に親しみ、」 太宰治「右大臣実朝」
「御幼少の頃からのあの卑しく含羞むやうな、めめしい笑顔は」 太宰治「右大臣実朝」

 結局、青空文庫収録作品の使用例の大部分は、平常の表現として使っています。
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この回答へのお礼

「青空文庫」には古い小説が多いので「幼少」の使い方も古くからそうだったのだ、ということですね
言葉が変わったのではなくて、もともとそういう使い方だったのですか
たくさん調べて頂いてありがとうございます

お礼日時:2016/12/26 18:13

敬意の表現はころころ変わります。

「貴様」「君きみ」なんかは端的な例ではないでしょうか?

私も「幼少」は「ご幼少のみぎり」という決まった言い方しか記憶がありません。
辞書でも、主に高貴と見なされる人物の、幼いころを意味する語、とあります。

ただ、現実に普通に(敬語としてではなく)使い始めそれが普及すれば辞書にもそのまま載る、ということですから特に驚きもしません。

気になるとすれば、「おさない」という和語が消え、「幼少」という漢語が使われる傾向になっている点で、幼い、いとけない、あどけない、が消えるとすれば残念です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます
「貴様」は相手をののしったり下の人に向かっていう言葉になっていますね
これも言葉が変わって行ったのでしょうか
私と言葉の感覚が似ている人が居らっしゃってちょっと嬉しいです

お礼日時:2016/12/26 18:10

じゃあ、ついでにもうひとつ。


太宰も使ってます。

・太宰治 東京だより (青空文庫)
平然と私を黙殺しています。女の子から黙殺されるのは、私も幼少の頃から 馴 ( な ) れていますので、かくべつ驚きもしませんが、でもこの黙殺の仕方は、少しも高慢の影は無く、ひと...
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この回答へのお礼

ありがとうございます
なんと詳しい人でしょう!
太宰さんも使ってらっしゃるのですね
では私の感覚がおかしいのですね

お礼日時:2016/12/24 22:24

>大辞林の解説が自分にはしっくりくるのですが、そういう使い方はしな


 くなったのかしらと思います

例えば漱石も自分のことで「幼少」を使ってますよ。

・夏目漱石 明治座の所感を虚子君に問れて (青空文庫)
虚子もそこが聞きたいので、わざわざ誘ったのである。もっとも幼少の頃は沢村田之助とか 訥升 ( とっしょう ) とかいう名をしばしば耳にした事を覚えている。それから 猿若町 ( さるわかちょう ) に
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この回答へのお礼

そうなんですね
でも漱石って、、言いそう。文語体ですし
回答をありがとうございました

お礼日時:2016/12/24 21:47

あ、ごめんなさい。


辞書によっては以下のような解説もあるようです。

大辞林 第三版の解説
ようしょう【幼少】
おさないこと。子供であること。 「まだ-の頃」 〔自分のことについては用いず、偉人・貴人について用いる〕
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この回答へのお礼

大辞林の解説が自分にはしっくりくるのですが、そういう使い方はしなくなったのかしらと思います

お礼日時:2016/12/24 21:16

「幼少」だけでは尊敬語としての意味は持たないので、


自分に使ってもまったく問題はありません。

おそらく「ご幼少のみぎり」とか、尊敬・丁寧の意味を込めた
使い方をよく目にされてたので、そんな違和感を持たれるのではないかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2016/12/24 21:15

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Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む


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