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友達がいないと不幸ですか。
いろんな意見、聞かせて下さい。

質問者からの補足コメント

  • 皆さん、回答ありがとうございました。いろんな意見があるんだなぁと、改めて感じました。これから先の人生で、家族以外に心を許せる人に出会えたら皆さんに報告したいです。そうなったらいいなぁ

      補足日時:2018/11/01 21:46
  • ベストアンサーは、とても選べません。
    ごめんなさい。

      補足日時:2018/11/01 21:56

A 回答 (227件中91~100件)

本の中に登場する人物とお話をして生きてきたので、現実の人間とも問題なくお付き合いができています。

会話をする相手を「姓名」「あだな」で読んで会話をすれば「友達」と呼ばなくてもいいのではないでしょうか。
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友達=幸せとは言えないと思います。

その友達が自分にとって大切かどうかだと。
時には喧嘩をし、時には涙し、喜びを分かち合う。それが友達だと思います。
上辺だけの友達ならそれはそれで大変結構ですが、自分のいろんな意味で負担になる友達は距離をおきます。
でも、友達が欲しいなら自分から本音を言わないと信頼して付き合ってもらえませんよ。
友達がいないと不幸と考える前に自分が充実していればいなくても不幸だとは思いません。
私は自分が死んだ時に一人でも泣いてくれる人がいれば本望だと思っています。
長くなってすいません。
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幸せか不幸か?


それを決めるのはその人がどう感じるかなので答えはないかと思います。
1人でも楽しめる人は幸せだし、誰かいないと不安になる人は不幸だと思うだろうし。


人生の中で出会う人々とどう関わり繋がるかだと思いますが、関わりが少ない・薄いからといって不幸だと私は思いません。
自分の人生を楽しめない方が私は不幸だと思います。

人は1人では生きていけないけれど、産まれてくるのも死ぬのも1人。
孤独な生き物かと思います。
孤独=不幸
そう感じる人が多いのかもしれませんね。
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不幸とは大袈裟な気がします。


寂しいって感覚じゃないですか?
私は一人が好きなので滅多に友人とは会いません。誘われて断る理由考えるのが億劫でしたが
そのうち、皆はなれていき
気持ちが楽になりました。
なにせ、私かわりものみたいで、友人と共感できないんです。気持ちを合わせるのが苦痛なので…交流できる人々に羨ましさ覚える事はたまにありますね。
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女の場合、1人でいたくないだけでグループを作りたがる。


本当に友達かどうか、わからない。
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私の場合友達という人はいませんが、別にまったく不幸ではありません。

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不幸かどうかがわからないことが不幸です。


誰も信じる者がいない人生は幸せですか?
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人は自分一人では生き抜けないようなことを言いますが、必ずしもそうではありません。

私の人生経験では【すでに80歳】人が支えになる場合よりも人生の障害になることも多くありました、それより一番重要なことは自分がどのようなときも生き抜く強い心が最も重要と思います。友なくも不幸でなく所詮この世界の壮大な時間と比較すれば人の一生は取るに足らないものです、強く生き抜くことは自分の心にとって他人に負担をかけない正道を歩み続けることです。伴侶は大切ですが友は必要なくだからと言って嘆き悲しむことはありません、但し強い心は必要ですね。所詮人は自分自身が生きている限り主であり、他人を感じることは間接的な空しいものです。頑張って強くなりましょう。 翁
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不幸ではありませんが、いないよりいた方が良いと思います。

人間一人では生きていけないですからね。何かの時に力になってくれる時もありますからね。
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本人次第でしょう。


ただ若いうちは、気の合う人・合わない人いろんな人含めて、交友関係をなるべく広く持つことで、
いろんな感情が湧き、その自分の感情にどう対処するかを覚えることができる、
そういう意味で重要な人間関係であることは間違いがないと思います。
 
友達がいても、その人との空気が居心地が悪い、気分が悪い発言、
そういったことも、交友関係があってこそ経験できるもの。

Yes man だけを良い友達と言うならば、それは不幸でしょう。
切磋琢磨して反発しあって、友達を通して人間関係のことを学んでいくのだと思います、

自分にある部分、ない部分を、鏡のように映し出してくれないと、自分のことが客観的に知ることができません。
そういう意味ではお尋ねの「友達がいないと不幸」に当たるかと思います。

あるいは、友達関係から退いて、「安全地帯にいる」…人とぶつかり合い学ぶことのない人生は、
本人が不幸と思わなければ決して不幸ではない。
でも、安全地帯にいなければ、もっといろんなことが学べるだろうにな、とは思います。


軽い友達、親密な友達、離れていても繋がっている友達、と、
仕事や結婚、子育てなど、自分が自分のことで忙しくなっていく中で、
最終的に、ずーっと続いてきた友達がほんの数人になっていくと思います。
残った数人だけが友達だとは私は思えない。
 
真剣に付き合って、真剣に悩んで、それはまるで恋人との関係のように、
最終的には離れ離れを選ぶことになる友情も、お互いを想いやった友情だと思います。
 
若い頃はどちらかというと数、それをこなした後に質、質を模索する中、自分というものが見えてくる。
自分だけでは思いつかない考えをもたらしてくれる、困った時には親身に助けてくれる。
そして自分もそうするように努める。

友達を「持たない」ということは、それは自分次第の自由ですが、
「友達を持つ」ことから得られるいろんな未体験のことを、「持たない」と決めてしまうことは、
自分1人の人生経験だけで、自分の人生を闘っていくことになる。

100の疑似体験と、1つの実体験との差は、簡単には語れないでしょう。
「友達がいない・いる」の幸不幸は、単純に語れないと思います、が、
1つ言えることは、
友達がいると、彼らから100の疑似体験もできるということ。同時に自分で決めて1つの実体験をも持てるということ。
友達がいるということは、人生を広い視野で見る姿勢を保つことができるし、
人生は豊かになり、人物として大きくなれる可能性があることだけは間違いがいないように思います。

稀に、友を持たず、1人だけで人生を切り抜いていく人もいるようです。人の言うことに耳を貸さない、
誰の指示も相談も仰がない。それはそれで立派なことだと思います。
幸不幸は、それぞれが思う主観的なこと。1人っきりだとしても、必ずしも不幸とは言えないでしょう。
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