親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

下記の続きですが、ちょっと方向性をかえます。
【「で」と「に」についてなのですが、どちらも《状態》を表す助詞ですよね】その2 2019/06/30
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11188591.html

 大前提として「真面目に取り組む」の「真面目に」が、形容動詞であっても、名詞であっても、大きな違いはない。ただ、この場合は形容動詞と考えるのが一般的ではないか、と思います。
 名詞と考える理由があるのでしょうか。


 以下、ブログからの抜粋なのでデアル体で失礼します。
 下記からひく。
https://www.kokugobunpou.com/%E7%94%A8%E8%A8%80/ …
===========引用開始
■ 形容動詞の活用形の主な用法
○ 未然形は、助動詞「う」に連なる。
○ 連用形「―だっ」は、助動詞「た」や助詞「たり」に連なる。
○ 連用形「―で」は、
① 「ない」「ある」(補助用言)に連なる。
② 助詞「は」「も」に連なる。
③ 中止法に用いる。
○ 連用形「―に」は、用言に連なる。 
===========引用終了

「真面目」は形容動詞だから、連用形「―で」は下記のように使う。
① 真面目でない/真面目である(「真面目だ」のほうが使用例は多い)
② 「真面目では~」「真面目でも~」の形になる
③ 真面目で、(優秀だ)~
○ 用言に連なるときは「真面目に取り組む」になる
 だから「真面目で取り組む」とは言わない、ってことでいいのでは。ただし、③の場合は、助動詞の「だ」との区別が微妙なことがある。

 形容動詞でないなら、名詞のほうで「真面目で」にならないのか、という疑問も湧く。
 どうも「真面目」は名詞として使われることは少ない気がする。これが形容動詞のイメージが強いせいか否かは不明。
 もちろん、「真面目そのもの」のような使い方もあるが、これは例外と考えるべきではって気がする。
「真面目」を名詞として使う場合には、「(かつてない)真面目さで取り組む」のように使うことが多いのでは。「真面目がとりえ」より「真面目さがとりえ」のほうが自然に感じる。
「さ」が必要になるのは、形容動詞のイメージが強い言葉なのでは。

 微妙な例をいくつか考えてみた。
●必死……必死に/必死で/必死さで
 どれもありそう。おそらく、「必死」は形容動詞の用法と名詞の用法が両方とも同程度{で/に}使われるから。
 これに関しては下記で書いた。個人的には「必死の形相」しか使わない。 「必死な形相」が「間違い」とは思わないけど。
【「必死な形相」「必死の形相」辞書への悪態】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12416522759.html

●本気……本気に/本気で/本気さで(△)
「本気で取り組む」はフツー。「変わらぬ本気さで」は、あるよなないよな。おそらく、「本気」は名詞のイメージが強いからだろう。名詞のイメージが強いから、「本気に」も形容動詞ではない、と主張する人がいるなら、否定する気はない。

●きれい……きれいに/きれいさで
 真面目と同様。「きれいで若々しい」とは言うが、「きれいで片づける」とは言いにくい。名詞の場合は「20年前とかわらないきれいさで」などと使う。「さ」は省略しにくい。形容動詞のイメージが強いのだろう。

質問者からの補足コメント

  • 現段階の考えです。

    「無意識{で/に}やる」「真面目{で/に}取り組む」 教えて!goo〈1〉
    https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12490607157.html
    ===========引用開始
     だって、ほとんどの日本人は形容動詞と知っていて、それを踏まえたうえでそれぞれの主張があり、ほかの流派に行くんでしょ。
     ごく一般の日本人には「真面目に」の品詞は「形容動詞」っていうのがフツーの態度じゃないかな。そっちを説明した上で、「ただ私は……」とほかの流派のことを教えるのがフツーでしょ。「形容動詞は非論理的な考え方で間違っている。ナ形容詞が正しい」なんて、まともな日本語教師は言わないと思うよ。  
    ===========引用終了

    〈2〉
    https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12493854013.html

      補足日時:2019/07/20 10:59

A 回答 (18件中1~10件)

こんにちは。



  「真面目に取り組む」の「真面目に」が形容動詞だとすると、「真面目で取り組む」
   と言わない理由をでっち上げるとすると……。どんなにうまくでっちあげても、
   あとづけの屁理屈って気もするけど。

形容動詞の連用形は、上に書かれているように、

   ③ 真面目で、(優秀だ)~
   ○ 用言に連なるときは「真面目に取り組む」になる

となるのが基本です。
「-で」と「-に」は役割が違い、「-で」は並列節を形作り、「-に」は連用修飾(述語を修飾)する、ということです。

つまり、

   「真面目で取り組む」と言わない理由をでっち上げる

必要はない。

逆に、「元気で働く」「健康で長生きする」のような、連用修飾の形に見える例のほうが例外的なわけで、説明が必要になるのでしょう。

「本気で」「無意識で」なども困りますね。そもそも「本気な」「無意識な」とあまりいわないのだから、形容動詞でないことにすればいいんだけど。

   ほん‐き【本気】名・形動 噓ではない、本当の気持ち。真剣に対応しようとする
     気持ち。また、そのような気持ちであるさま。「━で怒り出す」「━を出して
     勉強する」「━にする(=本当であると信じる)」
                            [明鏡国語辞典 第二版]
   む‐いしき【無意識】名  意識を失っていること。「━の状態」
     形動 気づかないままにふるまうこと。「━に立ち上がる」「━のうちに足が
       向く」「━の行動」
                          [明鏡国語辞典 第二版]
   【本気】-な-に    [新明解国語辞典第七版]
   【無意識】-な-に   [新明解国語辞典第七版]

どちらの辞書も形容動詞としています。
明鏡は「━の行動」という例をあげながら、形動とするのはどうもよくないと思います。

したがって、

  https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11208724.html
  つまり、語幹に「さ」がつくのなら形容動詞ってこと。「無意識に」「無意識で」
  とは言っても、「無意識さ」とは言わない。これは「無意識」が名詞だから。
 
というのは正しくないことになります。

それと、

  https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12490607157.html
  しかし、「無意識{で/に}やる」の場合はどちらを使っても同じようなものでは。

というところ、どうかなあと思って、いつもの用例探しを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[無意識で/無意識に]
学習を無意識に始められるひとたちは、自転車を無意識で乗るがごとく、スイスイと学習を進めていきます。
練習は意識して、試合は無意識で.
意識的に考えるのと、無意識で考えるのは、まったく違う活動です.
准教授らの研究グループは、食物に無意識で 感情を感じる脳内メカニズムを解明しました。
柳沼佐千子さんから、何となく感じの悪い人が無意識でやっているNG習慣をお聞きしました。
大嶋信頼さんから、苦手意識がある人を目の前にしたとき、無意識でやっている所作をお伺いします。
京都大学は、食物に無意識で感情を感じる脳内メカニズムを解明したと発表した。
無意識でやっていることをあえて考えてやってみることで見えてくることもある.
無意識でやれるまで身についていることを応用できたらみんな達人になれるじゃん! ということで、
今回は男子が無意識でカッコいいと勘違いしている癖について渋谷女子にインタビューをしました。
そのしぐさが全部無意識でしてくれてる事だったとしたら
(日本人はその言葉を無意識で使っています)
無意識で規則的にリズミカルに動いたり、振り子のように往復運動がおこったりします
つまり無意識でぼんやり聴いているので、覚えていないのです。
無意識で放った言葉で相手を傷つけたり、嫌な思いをさせたりする ...
生徒様の声. 無意識ですごく良い発音ができて、自分で自分にびっくりでした!
さらに「無意識で できる」という状態はまた別の話です。 この辺について詳しく解説します
あなたが無意識でやっている行動を診断します。
もちろんわざとの場合もありますが、本人も無意識で優しくしていることが多いようです。
本書で最も重視しているのは、英語学習を無意識で行うことで得られる効用の大きさです。


あなたは無意識にコップをどう持ちますか
おやつを「無意識」に食べていませんか…?
みんなが『無意識』にやってることが非常にオモシロ
無意識に好きな人にとってしまう態度やデート中の行動
無意識に男性を魅了する“魔性の女”の特徴とは?
海外の友達から日本語の質問をされたとき「日本人はその言葉を無意識に使っています」 と説明をしたかったのですが
無意識に「上から目線」になっている人の5つの特徴.
呼吸するように無意識に. 正解を探している
患者さんを無意識に傷つける「善意 ...
コミュニケーションが円滑にいくと思って、無意識に発した言葉で
実際に私たちは無意識にいろんなものをカテゴライズして見ていると思いませんか?
自分が運転する?それとも無意識に任せちゃう?
高価な買い物を無意識に正当化するワケ
なぜかモテる人が無意識にやっている恋の駆け引きとは ...
無意識に君の名前を呼んだって、そんなのに深い意味なんてないんだから。
超危険!無意識に脚を太くしている10の行動 |
自然と相手の口癖を真似していたり、口癖なども無意識に移っていたりしています。
無意識にやっているクルマの寿命を短くする運転」とは?
好きは隠せない 男が無意識にする「脈アリ行動」って?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かなり入れ替え可能なのは確かですが、微妙に違う例もあるように思います。いかがでしょうか。

saburoo
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

 ああ。「無意識」は形容動詞もあるんですね。われながら、間抜けすぎます(泣)。
「無意識な」は×で、「とても無意識」もかなりあやしく。「無意識さ」は一応アリだと思いますが、「本気さ」と同じくらい怪しくて……。それでも「形容動詞」かぁ。

 あげていただいた例文などに関しては、下記をご参照ください。
【プチ発見か? その3 形容動詞/名詞の見分け方〈3〉】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12498160722.html

お礼日時:2019/07/26 22:25

そうですか。

「無意識に/で」の違いはないという考えですか。
入れ替えができない、と言うほどではなくても、こちらのほうがピッタリする、というのはありそうに思います。

最初の例は、両方が使ってあって面白いです。これを入れ替えると、

  学習を無意識に始められるひとたちは、自転車を無意識で乗るがごとく、
  スイスイと学習を進めていきます。

  学習を無意識で始められるひとたちは、自転車を無意識に乗るがごとく、
  スイスイと学習を進めていきます。

あんまり変わりませんか。
次の、

  練習は意識して、試合は無意識で.

これを「無意識に」にすると、なんとなく違うように思うのですが。
「試合は無意識に」って、なんか言いたいことが違ってくる。

  無意識で規則的にリズミカルに動いたり

「近接回避」というのは上の例のようなものですか。それもあるかなあ。

「に」のほうの例から。

  おやつを「無意識」に食べていませんか…?

これが私には「無意識で」で言いにくいと感じる例です。無意識でおやつを食べているというのは、ほとんど痴呆です。(私はもうすぐ?そうなりそう、、、)

「無意識に」というのは、「ダイエットしようと思っているのを忘れて、つい」ぐらいの意では。

  患者さんを無意識に傷つける「善意 ...

「無意識で傷つける」と言うと、ちょっとひどい感じです。何も配慮していない。
「無意識に」だと、「そのつもりはないのに」という言い訳を感じます。

私の感覚では、「無意識で」は、まったく何も考えずに、周りのことや人を意識しないで、ぐらいの感じで、眠っている状態を「無意識」というのに近い。

それに対して「無意識に」は、「そうしようと思っているわけではないのに/そうしてはいけないと(内心)思っているはずなのに」という気持ちを読み込みたくなります。
逆に言えば、そうするのには何らかの(屈折した、意識されない)理由があるのかもしれない、と。

  高価な買い物を無意識に正当化するワケ
  無意識に君の名前を呼んだって、そんなのに深い意味なんてないんだから。
  自然と相手の口癖を真似していたり、口癖なども無意識に移っていたりしています。
  好きは隠せない 男が無意識にする「脈アリ行動」って?

「無意識で正当化する」はちょっと言いにくいかな、と。

この「無意識」は、ほとんど「意識下/潜在意識」の影響によって、というのでは?

以上、かなり「屁理屈」で「それらしい理由をでっちあげ」ているのかもしれませんが。

saburoo
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この回答へのお礼

こうして具体例を見ていくと、どちらかのほうがすんなり来るかな……というのもあります。
「練習は意識して、試合は無意識で.」
 たしかに「無意識に」しはしにくい気がします。文脈にもよるかもしれません。
 ただ、それを理由をつけて説明できなければ、「単なる主観」で終わってしまう気もします。

「近接回避」は当方が勝手に入ってるもので、「ノガ交替」あたりだと、近くにある助詞の影響が大きいような。「ヲガ」のしても「ハガ」にしても、同様の傾向がある気がします。

 これは当方の感覚がおかしくなっているせいもある気がします。
 こういう質問サイトでは、「○○と△△」はどう違う、といった質問が頻出します。そのなかには日本語学習者の質問も多いようです。日本人にはなかなか浮かばない着眼点に感心することも多々あります。
 そういう質問に対して妙な屁理屈を並べる回答者がいて、唖然することも多々あります。日本人が読んでもさっぱり理解できない屁理屈で納得させられた質問者が、その後どんな恥をかくのかと思うと同情します。そんな屁理屈はどこにも通用しないのですから。
 一例をあげておきます。あまりいい例ではありませんね。
【突然ですが問題です【日本語編226】──ニュアンスの違い【解答?編】】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12052958746.html

 この質問の元になった下記も、質問者は納得したようですが、当方には理解できません。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11171318.html

お礼日時:2019/07/29 22:28

>つまり、語幹に「さ」がつくのなら形容動詞ってこと


たしかに、そんな感じはします。
でも、それだkrで掲揚動詞・・・と判断はどうでしょう。
個人的には、名詞ではない、という判断はできるのかなとは思います。
軽量級→軽いクラス(量がつくので全く同じとは言えないのかも?)。
軽量な・・・、軽量の・・・・、形容動詞?、名詞?、熟語については大いに迷います。
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>真面目に」の品詞は


「真面目」だけでも使われますよ、このときの品詞は?、使い方が正しいかと言われれば確かに疑問もあります。
形容動詞の活用語尾と断定の助動詞「だ」の活用の形が同じですね、なぜ同じなのかと考えてみる必要もありそうです。
>20年前とかわらないきれいさで
20年前とかわらないきれいな容姿で
きれいな容姿→きれいさ、きれいな(修飾語)容姿(名詞)、これをひとまとめにした言葉が「きれいさ」。
したがって「さ」を省略できる、できない、の問題ではありません。
>形容動詞は非論理的な考え方で間違っている
これには、確かに同意しかねますね、これを言ってしまうと、個人的には動詞も否定する必要もありそうです
「姿・形」と「立ち居・振る舞い」、確か形容詞と形容動詞の違いを表す言葉だったと記憶しています。
形容詞はカメラで撮った静止画像で確認できます、実際は、硬い、やわらかい、・・視覚以外の五感で感じるものは画像では認識できませんが、五感が感じさえすれば認識できます
形容動詞の大立ち居。振る舞いは、動きを伴う表現のため、五感が単に感じるだけではなく、動きに内容鵜を含めて、どのように認識するかです。
ただ、言葉そのものは、動きに不可欠な時間そのものは表現できません、動詞でも同じです、動詞も形容動詞も動きについては概念を伝えるだけです。
概念とは何だ?、例えば「歩く」、歩くに該当する他の動きを排除するだけ?とでも、つまり殴る、ではない、つかむでもない、蹴るでもない・・・・・・。
私の住む当地方では、「美しい」と「きれい」は明確な使い訳はしていないようですが、都会へ就職して経験者が言っていました、「美しい」と「きれい」は。「ある」と「いる」の使い分けにほぼ等しい使い分けが必要と注意されたと言っていました。
一つ興白い、形容詞であれ、形容動詞であれ、漢字の熟語にしてしまうと、どういうわけか簡単に名詞として扱えるようです。
粘り強い(形容詞)→強靱(名詞?)、強靱な(形容動詞?)
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この回答へのお礼

申し訳ない。
 当方が言葉足らずでしたね。
「それよりも、「さ」をつかられるか否かが大きな問題のような気がします」
 と書いたのは、品詞の判別に使えそうな気がするからです。
 詳しくは下記をご参照ください。
【プチ発見か? その3 形容動詞/名詞の見分け方】
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12496498506.html
 以下は一部の抜粋(重言)。
===========引用開始
 一方「本気さ」「必死さ」の場合は、形容動詞。「さ」は下記のように、形容動詞の語幹などに接続するが、名詞にはつかない。

https://kotobank.jp/word/%E3%81%95-506834

 つまり、語幹に「さ」がつくのなら形容動詞ってこと。「無意識に」「無意識で」とは言っても、「無意識さ」とは言わない。これは「無意識」が名詞だから。
 まぁ、やはり〈2〉で書いたように、「本気さ」はちょっとひっかかるけど。
 それでも、「本気な」よりはずっと判定基準になるような……。  
===========引用終了

お礼日時:2019/07/22 22:09

>なぜ逆で、逆だと何がかわるのかよくわかりません。


覆水盆に戻らず、いったんこぼれた水は、逆の動きをして盆に戻りません(逆の動きをさせることもできません)
逆は必ずしも真ならずともいわれます。
万引きして見つかり、元に戻せばいいんだろう、と開き直る根性と同じと言われかねません。
>それよりも、「さ」をつかられるか否かが大きな問題のような気がします。
「歩く」、動詞ですが、連用形の「歩き」はそのままで名詞として使えます、例 速歩き、歩きがよい、この形の表現を使うときは動詞で、速歩く、歩くがよい、は使えません、名詞を使った表現だからです、なぜ名詞でなければいけないのかと言われても、名詞のための構文としか言いようがありません。
>それよりも、「さ」をつかられるか否かが大きな問題のような気がします
問題点のとらえ方が間違っているとしか・・・。
「真面目」この言葉だけで何が伝わるか?、実は具体的なものは何も伝わりません、真面目に該当しないものは、排除する、という概念だけが伝わります。
「真面目さ」この言葉では、真面目な様子、という内容が伝わります、様子、例えば○○、△△・・・・特定ができなくとも具体的な内容が想像が可能になります。
真面目が取り柄だ、真面目さが取り柄だ、綺麗さが取り柄だ、美しさが取り柄だ・・・・・・。
いずれも格助詞を伴なっています、形容動詞も、形容詞も、「さ」をつけることで名詞として扱われています
この表現形式のまま「さ」をとれば?。
綺麗が取り柄だ、美しが取り柄だ、最近の乱れた日本語使う人なら使いそうですが、「美しが取り柄だ」、は間違っても使わないでしょう「つけられるか否か」だけではありません。
最低でも、綺麗な「こと」が取り柄だ、美しい「こと」が取り柄だ、と表現の必要があります。
※「こと」準体代名詞→上の例では。「綺麗な」「美しい」を名詞化します。
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>>名詞の場合は「20年前とかわらないきれいさで」などと使う。

「さ」は省略しにくい。

この「さ」はNo.2で回答した通り、接尾語の「さ」で、「長さ」「軽さ」「良さ」「騒がしさ」「やりきれなさ」「男らしさ」「かたじけなさ」また「頑固さ」「大胆さ」「惨忍さ」「不思議さ」などとも使用します。

これは、属性の存在自体を独立の対象として扱うことが必要になり、しかも属性それ自体として把握して【質的】に扱う場合と、実体化・凝結化して把握して【量的】に扱う場合と二つが要求されていて区別して表現しなければなりません。

前の場合の<接尾語>が「み」、後の場合の<接尾語>が「さ」です。
「暖かみ」「暖かさ」「高み」「高さ30m」「重み」「重さ60Kg」「明るみ」「明るさ10ルックス」「可愛さあまって憎さが百倍」などと使用します。

このように、「み」「さ」を付ける場合は、話者による対象の捉え方が異なっています。この辺の理解なしに、形容動詞という誤った品詞理解と味噌も糞もいっしょにしては、糞味噌の議論になります。■
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>「20年前とかわらないきれいさで」などと使う。

「さ」は省略しにくい
これは勧化方が逆?。
名詞として表現したい、文章の構文がそうなっているので、形容動詞は使えないのが実情では、だから「さ」は省略しにくい、ではなくできませんが本当。
NO9さんの指摘通りと思います
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この回答へのお礼

>これは勧化方が逆?
「考え方」でしょうか。
 なぜ逆で、逆だと何がかわるのかよくわかりません。

 それよりも、「さ」をつかられるか否かが大きな問題のような気がします。

お礼日時:2019/07/19 21:27

>そんなにお気に召しませんか。


イメージはあくまでイメージでとどめれば何も問題はありません。
イメージを固定?、または優先そて話を進めると、ややこしくなるだけです。
本気、確かに私自身熟語は即名詞だという先入観を持っています、よく見れば「ほんき」訓読みですね、熟語にする必要がないとすれば本来の日本語。
であれば、「ほんきだ」という形容動詞ともいえるかもしれません。
そこで形容動詞の活用、本気だろ、本気だっ(た)、本気だ、本気で、本気に、本気な、本気なら
本気な、に違和感があります、別の形容動詞「きれいな」にあてはめると、嫌いな人(体言)
では、本気な人。本気な気落ち・・・本気の人、本気の気持ち、名詞で表現するほうがなんとなく・・・。
そこで「ほんき」本当に訓読みか?、書籍=本(ほん)、訓読みですね、本当、本気、本物として使われるときの「本」は書籍ではありませんね。
偽物に、対して、これは本ですと言われても通じませんね、となると訓読み即大和言葉?という疑問も出ます。
以上は全く個人的な見解です、とりあえずは熟語は名詞という理解を続けます。
そこで登場するのがイメージではないかとも思います、名詞ではあるが受け取る側のイメージは形容動詞もありうる。
動詞にも可能動詞(人によっては状態動詞という言葉の新設も)というものがあるようです、どちらにしても活用は動詞としての活用なので困ることありませんが、名詞、と形容動詞では、困りますね。
道具に振り回される、とか着物に着るれらている、とかの表現聞いたことありませんか、本末転倒だということですね。
辞書もしょせん道具です、広辞苑では形容動詞そのものを否定しています
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この回答へのお礼

訓読みか音読みかで何かかわるのでしょうか。
「真剣」も「真面目」で何か違いがありますか?

>広辞苑では形容動詞そのものを否定しています
 No.8への「お礼」をご確認ください。

お礼日時:2019/07/19 21:25

>>辞書が形容動詞を認めているもんで。



橋本文法に依拠する辞書の誤りに引きづられては正しい理解はできません。『広辞苑』は下記の通り、形容動詞などという品詞を認めていません。事実と取り組み、自分の頭で考えることが重要です。

ほん‐き【本気】
まじめな心。冗談や遊びでない真剣な気持。また、そのような気持で取り組むさま。「人の話を―にする」「―で働く」

https://sakura-paris.org/dict/%E5%BA%83%E8%BE%9E …
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No.8 回答者: yoreyoreサンの回答について



>>つまり、使い方次第で、名詞になったり、形容動詞になったりできるってことでしょう。

これは、論理が逆転しています。語は多義であり、話者の概念認識に適合した語を選択し使用するのであって、「使い方次第で、名詞になったり、形容動詞になったりできる」のではなく、あくまで話者が選択した結果です。

>>何を一語と区分認識するのかでさえも、《自説を立てないと、できないこと》なのではないですか。

当然、論理的、科学的に定義されなければなりませんが、現在の形式主義/機能主義的な言語論、文法論ではできないということです。

>>辞書・字引をつくる都合で、接尾、接頭、助詞に分離すると収容語数を減らせる

これは、北原保雄当たりが飛ばしているデマです。

>>[真面目で]と切って一語に考えるのはちょっと賛成しかねますが、、、

こんな、ご都合主義では論理的、科学的な言語論、文法論を構築することはできません。■
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