見られる が 見れると、(ら抜き)の表現を見掛けますね。
もちろん見られるが正しいと思いますが、どうして(ら抜き)等の表現になってしまったのでしょう?
実際に使っている人はどうしてそうなってしまったのか考えた事はありますか?
言いやすくする為でしょうか?

ここでも、困り度の2が(困ってます)と(い抜き)の表現になっています。
担当者の方にも、なぜ(い抜き)になっているのか聞いてみたいです。

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A 回答 (8件)

言葉は常に変化しますので『何が正しい』という事はいえないでしょう。


『それが正しい!』と言うのは保守的な人かつ辞書を片手に理論的に攻める人でしょうね。
何故そうなったかではなく、言葉を調べると文化や人の生き方が解る。それだけだと思っています。口には出しませんけど『あぁこの人はこう言う世界にいるのか』が解るのが言葉づかい。それだけ。

言う人がいて、言われる人がいる。それが言葉です。
『困ってます』が正しい証明をするならば
『困っている状態ですからそこまで気が回らないんです』その強調のための言葉と受け取れば何もおかしく無いでしょう。
『困っております』ので皆様方のお知恵をお借りいたしたく質問した所存であります…堅苦しいですし
『困っています』だから助けて欲しいのです
『困ってます』助けてお願い!!!
そういう雰囲気を『困っています』という言葉に込めたと感じます。

若者にビジネス敬語では届きません。
年寄りに若者語では届かない。
その人が聞いて失礼で無い言葉、気を遣い過ぎない言葉を使うのが一番だと思います。

慇懃無礼(いんぎんぶれい)じゃ駄目って事じゃ無いかなぁと思います。
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 「(ら)れる」の用法に、可能と受動が含まれているのはNo5さんが指摘された通りですが、「小学校低学年の子達には、可能の意での「食べられる」と見聞した時、受動の(例えば、虎等の餌食となって)「食べられる」を想起する傾向があるらしい?」、と雑誌等で読んだ事があります。



 子達のそういう傾向からすれば、「ら」を抜き、「食べれる」と区別化して行く傾向を間違いの大義名分の下に?「ら」を付けた(原型の)「食べられる」と強制するのも、私としては「??」なのです。
 
 文法的には、「食べられる」と「食用可能である」は同意ですが、「ら」を抜いた「食べれる」がNGだからと言って、「食用可能である」と言う間違ってはいないが、硬い(?)言い回しを受動の意での「食べられる」との区別の為の、切札的に、大人が持ち出すのもどうか?と私は捉えます。

 矢張り(「ら」抜き言葉は全面的にではないかも知れませんが)既に一部「市民権を得ている」が故に、「それも有り」と解すべきでは? 、と私には映るのですが・・

 
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「ら」をいれた表現が正しい言葉なのはもちろんの


ことですが、現代っ子の私としましては、正直言うと
「ら」が入っていると尊敬なのか可能なのか判断
しづらいことがありますね。例えば

「部長、今日のパーティ行かれますか?」

こんな時、、「行きますか」の敬語なのか、はたまた
出席できるかどうかの確認なのか、迷いどころです。

話し言葉で「ら抜き」が定着してしまっている現在、
逆に「ら抜き」で書いてくれないとわかりづらいことも
あるわけで・・。。本来は「ら」が入るということを
わかって使っているなら構わないのでは??
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『られる』には4つの用法があります。


1.自発。
2.受身。
3.可能。
4.尊敬。
これが混乱を招く原因でありました。
現代人が、「可能」と「尊敬」の使い分けを上手くこなせなくなってしまったということも、ら抜きを生む土壌を作ったと言えるかもしれません。

更に、参考サイトにあるように、『可能動詞の変形』が既に進んでいた事実も、認めなくてはなりません。
「作る」→「作られる」(消滅)→「作れる」
「しゃべる」→「しゃべられる」(消滅)→「しゃべれる」

個人的には、違和感を拭えませんが、認めざるを得ない流れなのかもしれません。

参考URL:http://www.tackns.net/word/ranuki.html
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ら抜き言葉もそうですし、言葉遣いには気をつけているつもりですが、そういう私もきっと正しくない使い方をしているのだと思います。


仕事上の「正式文書」では、一字一句気をつけますが、普段の会話やこういうパソコンに向かう入力は、ラフに考えて、使い分けしています。
会社でも、同僚と悩んでいます。キャッチコピーなどには正しい言葉遣いのほうが良いとは限らないですし。
まだ途中までしか読んでいませんが、「問題な日本語」はおもしろいですね。サブタイトルが「へんな日本語にも理由がある」です。確かに。

参考URL:http://www.taishukan.co.jp/item/mon_nichi/
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私は言語学者でもなく普通人ですが、ことばは時代と共に変化するものかもしれません?


平安時代や江戸時代の言葉を当然現在は使用していませんよね。
ただご指摘のような(ら抜き)(い抜き)言葉は良く耳にします。私自身は気をつけて使うようにはしていますが、他のことばの使い方は間違って使っているかもしれません。それだけ日本語はむずかしいですね。
最近、よく「全然・・・良い」「全然・・・すごい」とか耳にしませんか?私が昔国語の時間に習ったのは
「全然・・・ではない」というように否定するときに使っていたように思います。
また、アナウンサーの方でも、「いちだんらく」を「ひとだんらくしました」というように読まれるときがあります。
他にもきっと間違った使い方をしていることが多いのかもしれませんが、これも時代の流れでしょうか?
特に若い学生達の会話はよくわかりません。
尊敬語や丁寧語の使い方にいたってはなおさらです。
ですが、今のところ誰も警鐘を鳴らす人はいませんよね?
私の父のように年配者は耳ざわりらしいのですが、私自身は時代の流れと受け入れつつあるのが現状です。
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省略形や短縮形は言葉の変化としては自然なものだと思います。

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