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ネットで言われる「多様性を認めない事を認めよ。それが多様性」というような論に妥当性はありますか?
個人的には困難かな~と思います。
一つはLGBTを認めない制度や態度をとる(それを表出する)ことをしている人がいるから、そういう対象に対して多様性を認めろってなってるはずで・・・要するに思っているだけなら周りからは分からないのにわざわざ最初に相手の否定に走ったのは多様性を認めない人では。
というのとある権利が何かと矛盾するとある権利が常に保証されるわけではないのはこれに限った話ではないので(例えば言論の自由があるが誹謗中傷まで認められるわけではない)、多様性を求めるのは個人的にはそんなに違和感がなかったりします。

A 回答 (10件)

多様性とは価値観の違いから起きる様々な形態、現象の事だとするならば、多様性を認めない事を認めよ、と言うのは、言い換えれば


それぞれの価値観でしているその事に対して、それとは全く逆の価値観を持つ者がその様な事をするのは間違いだ!、と主張する事(言葉)を許さなければ、多様性があるとは言えない…とその言葉は言ってるのではないかと思いますが、そうですね…まぁ、自分の思ってる事と違う事をしてる人達を見ると何やかんや文句やケチを付けたくなるのではないでしょうか…そうでもしないとストレス溜まって具合悪くなりそうなので…
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2023/10/06 23:03

>ネットで言われる「多様性を認めない事を認めよ。

それが多様性」というような論に妥当性はありますか?

「多様性に反対する人がいる事も認めよ。それが多様性」とは言えます。でも、多様性を主張しつつ多様性を否定するのは妥当ではありません。

LGBTが存在することを認めない人も、LGBTを嫌う人が存在することを認めない人も、多様性を否定しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2023/10/03 18:33

「論旨のすげ替え」とか「言葉遊び」の部類ですな。



まず、多様性を、簡易的に「あらゆる個性を認めること」と定義してみましょう。
そんなに間違ってませんよね?

では、「多様性を認めない」と言う個性の善悪はさておき。
多様性は、それも尊重すべき個性と言う立場ではあります。

ただ、それは「一つの個性」に過ぎません。
すなわち、「一つの個性を認めよ。それが多様性である。」と言ってるわけです。

明らかに、冒頭の定義とは異なります。
従い、「それも一つの個性としては認め得ますが、それは多様性ではありません」ってことです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2023/09/29 16:26

命題はちょっと姑息なミスリードを含んでいるので賛同しかねます。


「わざわざ最初に相手の否定に走ったのは多様性を認めない人」とむちゃくちゃな結論ありきで語られていますが実際には「多様性を認めない人の中に相手を否定する人もいる」だけの些末な話をあたかも「多様性を認めない人の多くが相手を否定する」と印象付けようとしており、合理性を欠きます。

多様性を認めるかどうかは個人の自由ですし、あたかもそれが「悪」であるかのような風潮は個人を尊重する仮面を被った全体主義にすぎず、むしろ是正されるべき社会問題です。ポイントは非合理的な原因・理由で差別を行うことは多様性とは関係なく一切禁止しなくてはならないというだけです。

たとえば同性から告白されたら「気持ち悪い」と言っていいんです。だって相手はそういう性格なことも理解して告白しているんでしょ?ありのまま感じたままで反応してあげるのがむしろ礼儀でしょう。ではそれは差別ではないのか?と言われれば異性のブスに告白されても、気持ち悪いですし、絶世の美をもった同性に告白されえば実は「気持ち悪くない」かもしれないわけです。つまり、性別を理由に感想を言ったのではなく、単に個人対個人で好き嫌いを言葉にしただけなので、社会的にはまったく問題はありません。

漫画の展開とかでは「勇気をだして告白してくれてありがとう」的なことが多いですが、それは相手が一方的に自分に対して配慮をかいて個人的な性的志向をおしつけてきただけなのですから、きっぱり否定しないといけません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
すみません、LGBTではない人は全員差別主義者って言いたいわけではなくてあくまでも差別発言をする(多様性を認めない事を公言している)人だけに絞って記載しました。(現に私自身もLGBTではありません。)
差別を公にしなければそれに対しての「多様性を認めよ」という動き自体がないからです。

なお、思った通り「気持ち悪い」をどのような属性に対しても認めた場合は差別ではないかもしれませんが、公平に「気持ち悪い」と発信することは暴言の問題はあると思います。

お礼日時:2023/09/29 14:24

欧米がゆがんでいるのは、どのような自称でもすべての人種、性別、嗜好を全部入れろとしているわけで、個別であれば多様かもしれないけど、全体を見れば1種類しかなくなります。



男性だけ、白人だけ、2,3種類だけ混ざってるというように、構成がそれぞれ違って偏ったものも混在することで、全体を見れば多様だというのがわかるはずです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2023/09/29 14:18

私はLGBTとは付き合えない、これも多様性ですよね。


差別はいけないけど、何でもなんでも違憲だとか、嘘をつくとか、それはよくないと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2023/09/29 14:17

「美人しか採用しない、イケメンしか連絡先を交換しない」



それは一つの個性で、多様性の一つですが、
そのような人や組織を「多様性に寛容な人」とは言いません

要するに、性格が悪い奴も、性格が悪いという個性だ、と主張しているだけです
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

お礼日時:2023/09/29 14:17

再帰的な自己矛盾を孕んでいるので成立しません。



「多様性を認めない事を認めよ。それが多様性」が成立するとしたら、後半の多様性が成立した時点で、前段の多様性を認めないことと矛盾してしまい、再帰的にグルグル回ってそこから出られなくなります。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2023/09/29 14:17

多様性を認めるなら、差別をして良いか?


人権侵害を侵す多様性を認めるべきか?と言う話になるので、それは多様性の前にモラルを理解していないで、何でもかんでもごちゃ混ぜにした話になります。

日本は、多民族国家ではないので、差別の認識や解釈、理解が乏しいので、わけのわからないことを言い出します。

多様性の前にモラルを理解するべきだと思います。
モラルを持った多様性を認めていくべきかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2023/09/29 14:16

多種多様で、時と場合による。

という点では妥当性はあるかと思います。
結局個性ですし、認めても認めなくても周囲の人がどう捉えるか。に焦点をおいてみてはいかがでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2023/09/29 14:15

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