「平成」を感じるもの

「子供の領分」は、最後ケークウォークで終わるのが名曲な理由じゃないですか?

A 回答 (4件)

ハノンも一曲の最後は一応練習曲らしく締めくくっているっぽい(笑)。



なんかそこだけゆっくり弾くように言われた記憶(50年以上前)があります。
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この回答へのお礼

最後はハモりますね。

お礼日時:2024/09/08 15:09

> パルナッスムの原曲を聞きましたが確かに退屈です。



同感です。
でも、一応曲になっていると思います。
ハノン教則本も、同じく運指の練習ですけど、ハノンは致命的ですよね。
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この回答へのお礼

いや、ハノンはさすがに曲ではありません。だから退屈も何もないです。

お礼日時:2024/09/08 08:36

子供の領分は、第1曲が「グラドス・アド・パルナッスム博士」と命名され、クレメンティの有名な教本「グラドス・アド・パルナッスム」を揶揄していることから、かいぎゃく味を狙っていると分かります。



全体にそんな曲想で統一されていて楽しめるので、組曲全体として有名になったと思います。

そういえば、サティもクレメンティのソナチネを茶化していますね。
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この回答へのお礼

サティは突き抜けてますね(^o^)パルナッスムの原曲を聞きましたが確かに退屈です。

お礼日時:2024/09/07 21:40

ドビュッシーは、時代を超えて強い印象を残すようなアイコニックな曲を、曲集の頭に持ってくることをよくやっていて、100年後の今においても、その客観性と狙いは見事だと思います。

例えば「弦楽四重奏曲」の第一楽章、「夜想曲」の「雲」、「海」の第一楽章、「版画」の「塔」、「映像」の「水の反映」、晩年の3つの室内楽ソナタ…等々。

「子供の領分」もその最たる例で、「グラドゥス…」は時代を超えて残る映画音楽のようなアイコニックさで、似たものが無いものになってると思います。同曲集の「顔」と言えるのはこちらでしょう。
また第2曲から5曲まで、それぞれにキャッチーでアイコニックな存在感があると思います。特に「雪が踊っている」はメディア等の日常で耳にすることも多いと思います。
それらに比べると「ケークウォーク」は同曲集の中でも私は少々地味な印象があります。確かに旋法性も弱く大衆的で口ずさみ易いという点では日本人ウケはいいのだと思いますが…キャッチーと名曲ってのは似て非なるものだと思いますね。
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この回答へのお礼

ケークウォークはぶっ飛んでるという意味です。そういう「もう貞操観念もはばかりも関係ねぇ!派手にやろうぜ!」的なものをこの「子供」とついた作品のフィナーレに置いているところが名曲たる所以だと私は感じています。フォーレの「スペイン舞曲」も子供がぶっ飛んで踊っている感じです。ラヴェルのピアノ協奏曲にも多分影響しています。

お礼日時:2024/09/07 08:03

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