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昔から疑問に思っていたことがあります。

公共の場、特に狭い廊下・通路・歩道などを行き来する人の群れを見て思うのですが、多くの場合左側通行になっていませんか?(関西?のエスカレータなどの例外はもちろんあるとして)どうしてでしょうか?この分野では確立された理論などあるのでしょうか?


以下私の仮説なのですが、

1)ほとんどの人間が右ききなので、廊下などではどうしても弱い左手側を壁にして、より強い右手をオープンスペース側にもってくることにより、周囲からの攻撃になるべく有利に対処できるようにするという本能が働いている。

2)同じくほとんどの人間が右利きであるため、歩行時にどうしても右足によるけりが強くなり、自然と移動方向が左にずれてしまう。


実は学生の頃に行動心理学をやっていた友人に同じ質問をしたことがあるのですが、特に既存の理論や説明があるとは言っていませんでした(学部生なので多分知らないだけだろうと思いますが)。

どなたか、こんな人間の行動を説明する理論や論文、本などご存知でしたら教えてください。また皆様の仮説も聞かせてください。

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A 回答 (8件)

大学で心理を専攻しているものです。

とっていもまだ一年しかやっていませんが…。

心理の授業で「ごく自然な状態にあるとき、人は通行に関して偏った傾向を示すのか否か」について実験を行ったときは、左右で偏りはないという結果になりました。先生の話でも「偏りがない」というのが今のところの通説のようです。
ただし、道幅や曲がり角の有無などの環境や他の通行人の影響で偏りは容易に変化するので、一概には言えません。実験のときも、先頭の人が右を歩くと右側通行・左側を歩くと左側通行の人が増えていました。

また、駅などの階段、神社などの入り口や境内、映画館・博物館の入り口などは、公共の場では左側通行となっている場合が多いんですが、これはアーチアクションや対抗群集と呼ばれる現象による事故を防ぎ、人の通行をスムーズにするために意図的行われているもので、人間が左側を歩きやすいからではなく、最初に左側通行と決めてしまったからだと思います。
#4さんが仰っているように、国や文化による通行の規則によって右か左かが決まっているので、私たちが左側を歩くのは人間本来の癖ではないようですね。
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この回答へのお礼

専門家の貴重なコメントをありがとうございます。

基本的に歩行に人間本来がもっている癖・機能・生理からくるような偏りは無いと言うのが一般の見解なんですね。制約条件が左右でイコールであれば、ランダムに歩くと。
ただ初期条件によって変化するというのは面白いですよね、前の人につられてその後を追うように歩いてしまうという人間の集団心理の表れなんでしょうか。

これらの実験結果はなにか法則・理論にまとめられていたりしないのでしょうか、例えばランダムウォークの定理などのように?

しかしもしこの説が正しいのであれば私の観察したような状況を引き起こしている制約条件は何なのでしょうか?初期条件はランダムそうですし、特に制約条件になりそうなものも思い浮かばないのですが。それとも私の観察自体が偏っている?(可能性はありますね)。

もし、良かったらアーチアクションについてももう少し教えてください。

お礼日時:2006/02/18 07:29

こんばんは。



以下の文章は、No.7の回答に対する質問者さんの返答に再回答をするものですので、メインの質問とは少々違った内容になっております。


> いつもは狭い分野に関してかなり緻密な議論などを展開しなければならないため、
> たまにはこういった全く違った分野での
> ブレインストーミング的なことも面白いなと思っての質問でした。
> いろいろなご意見やアイデアが寄せられれば面白いかなと。

心理学が関係する問題に対しては「かなり緻密な議論などを展開」する必要がない、と思ってもらわれては困りますね。
むしろ、漠然とした質問に対して、なるべく正確な答えを出していかなければならないので、考えられる限りの仮説を出して、それに対して緻密に実験を行ない考察や議論を行なって実証していかなければならないわけです。扱う対象や実証に用いる道具が異なるだけで、別に理工系よりも緻密でないとは思いませんが?
息抜きに質問なさるのもけっこうですが、心理学は「面白い話・ネタを提供するだけの学問」ではないので、質問者側としましても、回答に対してじっくり考えていただかないと。


> ただ、そうすると私のこれまでの個人的な観察は、
> 単に偶然の結果なのでしょうか?
> つまり、歩行者がたまたま左側に偏って歩くという状況を
> 作り出すような現場に多く居合わせてしまった。
> 観察を繰り返せば右側を歩く様子も同程度見られるだとうと。

私の書き方や論の展開が悪かったのかもしれませんが、
No.7の回答をちゃんと理解されていますか?

 1)人間個人の生物学的特性
 2)人間集団における社会的特性
 3)道の幅や脇の店などその現場特有の傾向

おおまかに分けてこの3つ、細かく考えればさらに多くの要因があり、
さらにDeerhunterさんが観察した状況がわからないので、
Deerhunterさんの観察が偶然なのかどうかはわかりません、
と申し上げましたのです。

その現場の状況(と人の流れを)分析したり、
人間の生物的/社会的特性を調べる行動実験によって
詳細に検討してみないと、
  ・たまたま左側に偏って歩くような場面に居合わせ続けた
  ・人間は~~の特性がある
  ・その場特有の人の流れがあって左側に
のどれかはわからないのです。

この場だけで答えを求められても、
どんな天才でも正確に回答することは不可能です。


> ところでもっと狭いレベルだと
> 人の歩行にパターンなどはあるのでしょうか?
> 例えば雪原でリングワンデしてしまうとかいったこともありますよね。

「もっと狭いレベル」という言葉が漠然としすぎていて、
どんなレベルなのかが私にはさっぱりわからないので
返答のしようがありません。

Deerhunterさんの思考や意図を読み取るとか、不可能ですので。

No.7の時から申し上げているのですが、
歩行する当事者以外の条件を設定してもらわないと、
あるいは条件ごとに場合分けしないと、
こちらとしてもこの質問に対しては回答できません。

数式などで明確に表現できないぶん、
言葉の定義や、言葉を用いた説明は厳密にしないといけないはずです。

あるいは、他の方の回答に関して
 「これは人間行動の初期条件」「これらは行動の制約条件」
と勝手に判断して、その用語を返答部分で平気で使っていると、
再質問内容が回答者に理解されないまま終了します。
それが本当に「初期条件」に当てはまるのかも不明ですし。

「制約条件」とか「初期条件」とかの単語の使い方から、
その単語や文章が相手に理解されているかどうかまで含めて、
言葉の使い方にはかなり気を使わないと、
そしてその言葉に応じて思考を組み立てていかないと、
コミュニケーション一般で困ったことになりかねないですよ。
  
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この回答へのお礼

おはようございます。

いろいろとご意見ありがとうございます。何か若干こちらの意図などを誤解されてしまっているようで残念です。まあ、活字を媒体としたこういった場での(お互いの顔が見えない)コミュニケーションではこの手の誤解はさけられないのでしょうが。

私は心理学の分野だからラフな議論で良いといっているわけではまったくないのです。だいたい特に厳密な議論をしようといった意図はなく、いろいろなアイデアなど皆さんからお伺いできればと思ったしだいです。

私はさまざまな分野の話に首を突っ込むのが好きでして、これは分野を限定しません。先日もまったくの素人ながら、友人の数学者とQuantum computing の話をしたり(もちろん教えてもらうばかりで、かつほとんど理解できないのですが)しましたし。たしかに人によってはこういった素人の詮索を煙たがる人もいるようですね。私は逆に素人の方の素朴な疑問は時に非常に貴重なものだと感じています。

長年同じ分野で研究等続けているとどうしても気づかないうちに規制の枠にはまって考えの自由度が低下してしまうような気がするのです。そういった観点から専門外の方の質問は規制の制約にとらわれていないため、自由であり新しい視点など気づかせてくれることがあります。もちろんそれが現実的に研究の役に立つかどうかは別問題ですが。


そもそもタイトルを適当につけてしまった時点で誤解が生じてしまったかもしれませんね。たまたま昔行動心理学を学んでいた友人を思い出したのがきっかけなのですが、質問自体もいろいろな分野にまたがる可能性がありますから。

とにかく、結論的なことをまとめていただきありがとうございます。

きりが良いのでこのあたりで閉めたいと思います。

皆様ありがとうございました。

お礼日時:2006/02/22 04:27

こんにちは。




> 昔から疑問に思っていたことがあります。
> 公共の場、特に狭い廊下・通路・歩道などを行き来する人の
> 群れを見て思うのですが、多くの場合左側通行になっていませんか?
> (関西?のエスカレータなどの例外はもちろんあるとして)
> どうしてでしょうか?
> この分野では確立された理論などあるのでしょうか?

> 1)ほとんどの人間が右ききなので、廊下などではどうしても弱い左手側を壁にして、より強い右手をオープンスペース側にもってくることにより、周囲からの攻撃になるべく有利に対処できるようにするという本能が働いている。

> 2)同じくほとんどの人間が右利きであるため、歩行時にどうしても右足によるけりが強くなり、自然と移動方向が左にずれてしまう。


話を始める前にひとつ。

Deerhunterさんの「集団の歩行傾向」という話には

 1)人間個人の生物学的特性
 2)人間集団における社会的特性
 3)道の幅や脇の店などその現場特有の傾向

これらが混ざり合っていて、
質問とその回答者さんとのやりとりでも同様に混ざっているため、
なんか話があちこちに飛んでしまっていて話がしにくいですね。

仮説を立てたいなら、
上の3つをはっきりと区別して判断し仮説を立てる必要があります。
(上の3つ以上に分ける必要さえあるかもしれません)


私も全ての研究分野および論文をチェックできているわけではありませんが、
こういう一般的な話題で有名な特性が見つかっているなら、
私でも他の回答者の方々でも、No.6さんの講義の先生でも、
どこかで耳にしていたり、本の記述を読んだことがあると思うのです。

こうして知っている人が(現時点で)出て来ないということは、
このような行動特性と人間の生得的な性質とをつなげた理論は
特に無いのだと言ってもよいと思いますし、
実際に、私も理論は無いと思います。

(「理論がある」ことを示すには、それを知っていれば良いのですが、
 「理論がない」ことを示すには、全ての知識を網羅しないと難しいので
 「お前が知らないだけだろ」と言われれば非常に困るのです)



頭の中だけで考えるならいくらでも仮説が立ちますし、
いくらでもそれに対する反論ができて、
たとえばDeerhunterさんや他の方の仮説に対しては、

反論1)人間は利き手だけではなくて利き足や利き目というものもあり、右利きだから利き足や利き目も右と言うことは必ずしもない。それらによって、どちらをメインにして行動しているか、身体の重心をどちらにもっていくか、歩行がどちらに傾いていくか、および視覚や身体動作の情報を得てどのように行動を修正していくかも変わってくるだろう。

反論2)心臓とともに守るべき身体器官である脳は中央にあり、左半身は主に右脳で、右半身は主に左脳で制御されているため、別に右利きがどうのという問題ではない。そもそも生物学的な構造と行動の左右をつなげるのは注意が必要。

などなど、もっともらしい反論はいくらでもできます。
ただ、これらは「特性が無いことの証拠」にはなりません。


行動の特性が無いことを科学的に示すには、
No.6さんの御回答にあるように実際に実験をやってみるしかありません。

実験に参加してくれる人を数十人ぐらい集めて(被験者と呼びます)、
各個人の利き目、利き手、利き足などを調べます。

そして、壁に障害物や飾りなどが無い一面が同じ色の直線廊下を
(曲り角や脇道などが無く、照明条件なども全て一定にする)
被験者一人一人に歩いてもらい、その様子を録画します。

録画するのは後で個人個人の行動特性を確認できるようにと、
「左右どちらを歩いていたか」というのを判断する人に、
バイアスがあったか無かったかを確かめるためでもあります。

そうして被験者が廊下の左右を歩いていたかをデータにまとめ、
利き手や利き目や利き足によって傾向に差が出ていないかを
分析します。

仮に見た目で差が出たとしても、偶然な差かもしれないので、
「統計的検定」という手法を使って、
それが偶然ではほとんど起こり得ないいことを確認したら、
それが、ある程度は信頼性のある結果だと言えるかと。

このように歩行する道の条件を統制した場合に、
「人間の生物学的条件によって人間の歩行位置が決まるか?」
ということが調べられるわけです。

No.6さん達の行なった実験が、ここまで統制しているものなのか
私にはわかりませんが、
実験をしてみて「偏りは無い」という結果が得られたのなら、
それを信頼してもよいでしょう。

で、「人間には○○という特性があった!」という場合には、
論文になったり理論(仮説)が作られたりするのですが、
(こんな面白いことが、ということで世間も注目するでしょうし)
別に「特性が無い」という場合には、
結果が世間に公表されたりすることはほとんどありませんので、
私達が知ることもないのでしょう。


さて、「人間の生物学的条件によって人間の歩行位置が決まるか?」
を調べるこの実験での歩行条件は
 ・他に歩いている人がいない
 ・直線の廊下であり他に脇道や曲り角が無い
 ・歩こうとする道に障害物なども無い
という場合です。

この条件がくずれた場合には結果も当然異なってきます。

1)前に歩いている人がいれば、その後ろを歩く人の歩行位置は?
2)前に歩いている複数の人が同じ位置を歩いていればどうか?
3)雑踏の場合で左にも右にも人がいる場合はどうか?
4)右(左)に曲がる曲り角だけがあればどうなるか?
5)右(左)への曲り角を曲がるようにという指示があるとどうか?
6)道の上に障害物があるとどうなるか?
7)そこが現実の歩道で右(左)を車が走っていればどうか?
8)道幅が異なる場合はどうか?
9)「この道は左側通行です」という注意書きがあるとどうなるか?

これらのような場合には、利き手足などの生物学的な性質に加えて、

 2)人間集団における社会的特性
 3)道の幅や脇の店などその現場特有の傾向

による条件からの影響というのも考慮に入れないと
いったい何の影響で歩行位置が決まっているのかわからなくなります。

まずひとつひとつの条件について確かめて、
今度は複数の条件を足していって、という感じで調べて確認するのが
心理学的実験というものです。

まあ、ここまで丁寧に実験をやってまとめられるなら、
心理学科の卒論のひとつやふたつにはなりそうですね。


さて、御質問にあります「集団での歩行傾向」についてですが、

こうして調べるならまだしも、
Deerhunterさんの観察した結果が何に起因しているかなんて
その場にいない私たちにはわかりませんし、
その場にいたとしてもDeerhunterさんがわからないように、
「集団で歩く」という状況が複雑すぎて
どの要因が効いているのか一目で見抜くのは不可能でしょう。

人間の一般的な社会的特性として

・前を歩く複数の人に対する同調傾向
 (社会心理学では、他人の意見の同調傾向を示す実験結果はありますが
  私は詳しくないので割愛します。歩行状況に限りません)
・一人だけ別の位置を歩くと迷惑だなどの状況把握と判断

が存在することは考えられますが、
それよりも、以下のその場特有の状況が影響しているからです。

・「左側通行」などという決まりがあるか
・自分に向かって歩いてくる人や障害物など
・道路のどちら側か、脇の店がなにか


ここまで考えてみますと、
人間が道を歩く時の行動特性を簡単にまとめた理論は
確立されていないんじゃないかと思ってきませんか?

複雑すぎてまとめるのも面倒そうですし、
社会的要因が強いモデルだと他の社会では通用しないでしょうし、
(東京と大阪というレベルでも既に違うのですから)

その場所特有の要因がさらに強い場合、
法則や理論として一般化することは困難になります。
「その場所しだいです」という結論にいくほうが妥当でしょう。


【以上をふまえて回答】

人が道を歩く時の行動特性については、おそらく理論は存在しません。
さまざまな要因が考えられるとは思いますが、
実際にひとつひとつ丁寧に実験をやって確かめていかないと、
はっきりとしたことは言えないでしょう。

人間の全ての行動に法則や理論があるとは思わないで下さい。
特に「特に傾向は無い」というnegativeな場合には
理論や法則とは呼ばれることはほとんどありません。


(補足)

「行動心理学」という名称に関しては、以下の回答コメントを参照。

No.4 Diogenesisさんの回答
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1955278
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この回答へのお礼

詳細な解説とご意見をありがとうございます。

確かに私もあまりに漠然とした質問だとは思っておりました。Behaviorism さんのご指摘は確かに正論で、普段理工学分野の研究をしているものとしてちょっと耳が痛いです(^^ゞ。

まあ、いつもは狭い分野に関してかなり緻密な議論などを展開しなければならないため、たまにはこういった全く違った分野でのブレインストーミング的なことも面白いなと思っての質問でした。いろいろなご意見やアイデアが寄せられれば面白いかなと。

確かに複雑系というのは理論化しにくいのでしょうね。それにご指摘のようにこんなに身近な現象に理論が当てはめられるならもっと世間に知られていても良いはずですね。

ただ、そうすると私のこれまでの個人的な観察は、単に偶然の結果なのでしょうか?つまり、歩行者がたまたま左側に偏って歩くという状況を作り出すような現場に多く居合わせてしまった。観察を繰り返せば右側を歩く様子も同程度見られるだとうと。

ところでもっと狭いレベルだと人の歩行にパターンなどはあるのでしょうか? 例えば雪原でリングワンデしてしまうとかいったこともありますよね。

お礼日時:2006/02/19 16:27

あれっ、私も#2の方のように右を歩くような気がします。

(右利きです)
エスカレーターでは、左手で手すりにつかまり、左に乗ります。

なんとなくですが、ゆったり歩くときは左、急いで歩くとき、雑踏を歩くときには右のほうを歩くようにしているかもしれません。

ご質問の場合イメージとして、狭くて混雑している感じがしましたので、たぶん右のほうを急いで歩きそうです。
(ちなみに関東のものです)
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この回答へのお礼

面白いご意見をありがとうございます。

歩く目的によって歩く場所が変わるんですね。自分では思いつきませんでした。しかし雑踏の中を急いで歩くときは右側というのはどうしてでしょうか?私なら人をよけながらジグザグに歩行すると思います。

質問の状況設定はだいたいご理解のとおりです。

お礼日時:2006/02/18 07:12

面白そうなので参加させてください。

(もちろん非専門家です。)
「車が右」の国に行ったとき、広い廊下があったのですが(Dearhunterさんとは逆に)誰もが右側通行をしていたのであれっと思った経験があります。その後注意してみて思ったことは「制約がなければ人間は基本的にどこでも歩く」と「とっさの近道を歩く」と、さらに当たり前なんですが「ぶつからないように歩く」です。狭いところの流れは左側通行が主流でも不思議はないです。荷物を持つのは右手が多いです。ですから、右の荷物がぶつからないように左側通行が始まります。また、一人が左側通行を始めると、ぶつからないために左側通行の流れになるのではないかと思います。曲がる方向に関しては左に曲がる方が得意みたいです。無目的なら左に曲がりやすいという意味です。例えば十字路を4方向から来て皆が左折する場合を考えると、左側通行の方がぶつからないという意味で有利です。まぁ、そういう分けで、左側通行が主になる場合ができても不思議はありません。でも、本当に時と場合によると思います。実際はお店一つで流れが変わります。
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

どうも確かに状況設定によっていろいろなケースがあるようですね。もともと私の質問がかなりあいまいな条件下でのものでしたが、基本的には比較的狭い直線的通路で両側に壁があり、かなりの通行量がある場合を想定しています。

皆さん指摘されているように、やはり影響の大きな外部制約条件(近道、障害物、アトラクション)などがあるとそれに影響されるのは当然だと思いますので。

watersさんの観察ではそうすると、狭い通路ではやはり左側通行が多いということですね、それでいわゆる車が右側通行のくにでは右側だったと?つまりドライバーの習慣が歩行に現れている?

そろそろ専門家の意見をお伺いしたいですね。

お礼日時:2006/02/18 07:08

エスカレーターで左を空けるのは、イギリスでは当然のことでした。

理由は関西のものと同じで「急ぐ人はどうぞお先に」ということです。


本当にみなさん左側を歩くのですか?
そうであるとすれば、車の影響かな?とわたしは考えます。日本は車が左を走るので、大人になると左側を通る癖がつくのでしょうか?(イギリスも左ですが・・・)

子供は右を歩きませんか?
うちの子供たちも右を歩きます・・・
今尋ねたら、「左を歩くのは怖いよ、人とぶつかるもん」と言っていました。

ちなみに私は右側を歩きます。うちの職場は廊下が広いのですが、その場合、ほぼみなさん右側を歩いています・・・
ので、「左側????」と思ってしまいました・・・
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この回答へのお礼

コメントありがとうございます。

エスカレータはちょっと特別な例だと思いますね。この場合は歩いているわけではないですし、通路も非常に狭いですから。ただ、地域によって利用者の行動に差があるのは面白いですね。

私の想定していた集団の歩行傾向というのは十分な幅(例えばだいたい4m~10m)をもった直線的な通路で両側に壁があるような場合が典型です。

上記のような状況の場合は8、9割の人が左を歩くように見えます(首都圏、北海道での観察)。

被観察者はほとんど大人ですので、子供については考えていませんでした。子供の場合は右側を歩きたがるのですね。他の方の指摘のように子供はまた特別なのでしょうね、車も運転しないですし。

ところで「左側を歩くと人にぶつかる」というのはどういった状況なのでしょうか、通路のどちら側をあるいても反対側には常に人が歩いているので、ぶつかるのは同じではないか?と思ったりするのですが?

通路の込み具合によっても行動は変わるのかも知れませんね。私の観察はかなり通路が込んでいる場合で、それこそボーとしていると人にぶつかってしまうような。

お礼日時:2006/02/18 06:53

勝手に思うことを。



心臓が左にあるので、防御する本能で左側を歩く。

右利きが多いので、右で重い荷物を持つとバランス取るためには上半身が左に傾くので、左に寄りやすい。

小学校などで廊下の左側通行を教えられるので、習慣化した。

トラックを走る時は左回り(右利きは右足が強いからですよね?)なので、それに慣れた。

自転車やスキーなどで感じるのは、左コーナーの方が感覚的にやりやすい。人間は、左に沿う方が馴染むのかも?
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

防御本能は心臓を守るため。そうかもしれませんね。もしかすると右利きが多いのはこうした体内の臓器の偏りのせいですか?
トラック・スキーなどで左に曲がるほうが自然にかんじるのも右ききと関係しているのだと思います。心臓がある分左半身が重いとか?

私は小学校のときは右側通行しなさいと教わりました。地域によって違うのでしょうか?

お礼日時:2006/02/17 05:23

私は関西人ですが関西の右側に寄るエスカレータの乗り方は、右利きが多いから自然と出来たものだと思ってました。

エスカレータにじっと乗る場合、手すりに手を置きますよね。頬杖ついたり、手すりに手を置くのって無意識にやると利き手を使っているのが多いので、そういうことからエスカレータは右寄りになったのではと考えています。
実際、私はベンチ等で両側に手すりがあるとき右側を良く使っていることが多いですし。
だから日本全国でも右に寄るものだと数年前までは思っていました。まあ、現在は関西のエスカレータ自体が「エスカレータに乗るときは歩く人のために左側をあけましょう」と放送しているものもあり、その影響が強いのではないかと思いますが。

ただ、同じ関西でも京都だけは何故かエスカレータに乗るとき左に寄るのは不可解です。大阪も兵庫も右寄り、そう離れていない京都だけ左寄りになったのは何故なんだろうとずっと考えています。

左側通行については、単に自動車が左通行だからおのずと歩くのも左寄りに歩こうと左側になったものだと考えています。
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この回答へのお礼

早速ご意見ありがとうございます。
関西のエスカレータでの人の動きが特別だという記憶はあったのですが、具体的に覚えておらず、解説をありがとうございます。個人的にはエスカレーターのケースは例外的なものだと思っています。

そうですね、おっしゃるとおり、車社会の影響という考え方もできるかも知れません。つまり教育・習慣のたまものみたいな。子供は車を運転しないでしょうから、子供で実験すると面白そうですね。あとは外国じんとか。実は海外で私が観察(眺める程度ですが)するかぎり、日本ほどはっきりとした傾向が認められないような気もします。

お礼日時:2006/02/17 03:02

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Qシャクターの情動二要因理論

シャクターの情動二要因理論について、簡単な解説をお願いします。
私たちの普段の生活の中で例をあげると、どのようなものでしょうか?

Aベストアンサー

一般に情動に関する理論は三つほどあげられますが、情動二要因理論はその一つです。
シャクターによる情動二要因理論は、情動の形成というものを二つの要因、すなわち身体反応とその原因を類推する事によって説明しようとしたものです。
この理論において重要なのは、身体反応そのものにあるわけではなく、その原因を身体反応から類推する事によって情動が決定されるという点にあります。(身体反応から自動的に情動が引き出されるとするジェームス・ラング説とはここが大きく異なる点です)

この理論では、同じ若しくはほぼ同様の類似した身体反応を経験したにもかかわらず、そのとき感じた情動が異なるという事について説明が付きます。
分かりやすい例で行くと・・・
遊園地に男女ペアで行き、お化け屋敷に入ったとします。
このとき、お化け屋敷の雰囲気による恐怖感から来る緊張によって起こる身体反応(発汗量の増加、心拍数の増加)をこの男女ペアは好きな人と一緒にいる事による緊張による身体反応であると誤認しやすくなると言います。(所謂つり橋効果の一種)

ちょっと文章にまとまりがないですが…大体こんなところでしょうか。
先にも言いましたが、身体反応の原因を類推する際、置かれている環境や状況をどのように認知しているかの違いや、生理的変化に関して与えられた情報の違いから、類似した身体反応からまったく別の情動が引き起こされうる点が重要だと理解すればいいのではないかと思います。

一般に情動に関する理論は三つほどあげられますが、情動二要因理論はその一つです。
シャクターによる情動二要因理論は、情動の形成というものを二つの要因、すなわち身体反応とその原因を類推する事によって説明しようとしたものです。
この理論において重要なのは、身体反応そのものにあるわけではなく、その原因を身体反応から類推する事によって情動が決定されるという点にあります。(身体反応から自動的に情動が引き出されるとするジェームス・ラング説とはここが大きく異なる点です)

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