空気がなければ飛ぶという行為すらできなくなるのを忘れて、「空気さえなければ、空気抵抗もなくなるのでもっと早く飛べるのに」と嘆く鳥の比喩を、以前どこかの哲学の解説書で読みました。最近、まったく別のことを考えている最中に突然思い出し、その視点の面白さに気づきました。
 ヴィットゲンシュタインだったかな(まさかカント?じゃないし)、というぐらいの記憶しかないのですが、正確な出典をご存知の方はおられませんでしょうか。

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A 回答 (1件)

まさかのまさかのカントです。


以下、「純粋理性批判」第二版の序論より。
「軽快な鳩は、自由に空気中を飛び回って空気の抵抗を感じるので、真空の中ではもっとずっとうまく飛べると考えるかもしれない。しかしもし空気がなければ、うまく飛べるどころかそもそも飛ぶこと自体が不可能になるであろう」
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この回答へのお礼

 早々とご回答をありがとうございました。「純粋理性批判」のうち、序論『だけ』はずいぶん昔に読みましたので、そのときの記憶なのですね。

 実は「カントでは」と思っていたのですが、若いときに航空力学を勉強していたヴィットゲンシュタインのほうがふさわしいかなと妙な納得をしてしまっていました。ヴィットゲンシュタインが言ってもおかしくないのかどうかは知識がなくてわかりませんが…。

 カントがどういう趣旨でそういっているのかは、物置と化している書斎で本を探し出して確認します。

お礼日時:2002/02/25 23:23

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Q『鳥が籠に入ってる』イラストありますか?

『鳥が籠に入ってる』イラストありますか?
鳥と籠が別々でも、良いです。

Aベストアンサー

http://office.microsoft.com/ja-jp/clipart/results.aspx?qu=%E9%B3%A5%E3%81%8B%E3%81%94&sc=20

↑あたりはどうでしょう。

ただし、商用での使用には制限があると思います。

Qカントの認識論についてまとめなければならないのですが、頭がついていきません!汗 カントの認識論って

カントの認識論についてまとめなければならないのですが、頭がついていきません!汗

カントの認識論っていうものは、感性→悟性のこの過程のことを表すのですか?
それとも、対象が認識に従うという内容のことを表すのでしょうか?

また、「理性」から純粋理性、実践理性が生まれたと考えていいのでしょうか?

ごちゃごちゃですみません。
お力添え、お願い致します。

Aベストアンサー

認識論だけなら、「純粋理性批判」を元に展開すれば良いと思います。
純粋理性とは、純粋な理性自体を示し、実践理性とは、理性による実践を意味します。
つまり、「純粋理性批判」とは、純粋な理性の機能を批判的に分析する事を目的として書かれた本です。(理性による認識の構造を分析しています)
「実践理性批判」とは、理性を実践的に利用する事を批判的に分析する事を目的とします。(実際は、理性の倫理学もしくは、道徳的実践のありかたを分析しています)
カントは、形而上学を、理性の論理的構造が、感覚と悟性による実体の表象を認識する事と分析し、実体そのものが、認識されるのではなく、表象を実体と見なす過程が認識だと言う事を主張しています。
つまり、実体→認識では無く、認識→実体と言う発想の転換を行ったわけです。
理性の認識は、実体そのものを意味するのでは無く、理性によりカテゴライズされた表象でしかあり得ないと言う事です。
これを、対象(実体)が認識に従うと表現します。
細かい内容については、「純粋理性批判」もしくは、カントの解説書などを参照してください。

Q鳥の丸焼きのイラストと作り方探してます

ちょっとしたキャンプにて鳥の丸焼きに挑戦してみようと考えてます。
そこで、仲間の通信文にイラストを入れたいのですが、今やインターネット上ではイラストよりもデジカメ写真が主流のようで、なかなかイラストが見つかりません。作り方もいろいろアドバイスいただければ嬉しいのですが、ダッチオーブンを使うのではなく、棒に串刺してかまどにて丸焼きをしたいと思ってます。
イラストと、作り方の両方でそれぞれお願い致します。

Aベストアンサー

本当にないですねぇ・・・

丸焼きにしてもダッチオーブンが流行っているしね。
画像は検索かけたのですが、アニメで鶏とは思えないのが一つだけでした。

作り方★

http://www2s.biglobe.ne.jp/~fujikin/cooking/chiken.html

http://homepage1.nifty.com/morimori/camp/campmaruyaki.htm 
(オーブンですが・・・作り方が詳しかったので。)

http://www.iris.dti.ne.jp/~bass/cooking.html

http://members.tripod.co.jp/poohweeny/0107camp.html

画像★

http://www7.cds.ne.jp/~uka/sozai/icg_00.htm

Q女装に見る進歩的な視点と保守的な視点

以前、ここでの質問で「スカートはなぜ女性の服?&スカート男子の疑問」

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8692669.html がありました。

異性装というのは生物的性別ではなく、ジェンダー(文化的?な性別)あるいは性的役割だそうです。

私が思うのは、性的な自認がたとえば、男性である場合にずっと女性の服装をしているのは生まれてくるのは本人が「性的役割」(まとう―被服行動の心理学)を望んで女性の性的役割でいきたいということかと思います。

また、ユング心理学ではたとえば男性にはアニマ(女性の部分)があるので、明確な区別があって、純粋な男性というのも変かと思います。男性らしさというのか。

男性が女性のアイテムを使う場合、

1.ファッション上級者(女性のものを違和感なく、男性のものの中に取り込める)(体形などを違和感なく実利で使える)
2.性的自認か、もしくは性役割を女性で行きたい人
3.倒錯などの精神的な病気の人
4.ひょっとして自然?(そこまで意識していて、女性の「性的魅力」(まとう―被服行動の心理学)のある服でも性的役割を一時期女性になる人?)

「男性のほうが女性よりも優位にある」 あるいは「劣位」として、勝手に文化が価値をきめているものですね。

4番だと本当は実は自然かもしれない話です。

男性と女性はありますね。脳の機能やホルモンなど少し違います。

いずれにせよ、この議論は生物学、男性学、人類学などまたがるもので結論なんて難しい話かと思います。

その文化がある価値をもって、それより進歩的であるあるいは革新的である人に対して、変な保守的な硬い主張もおこることがあるのかと思います。

保守的な伝統があっていて理性がどこかに問題がある場合
変な硬い保守的な主張がある中で進歩的なものがあってたり間違ってたりすることがある

というのがあるように思えます。

要はある人が人って有限な情報しかもってないので進歩的な話をされてもそれがあっているかどうかわからない場合って多いと思います。やはり理性への懐疑で慎重ではあるけど、かといって進歩を否定するというのは違うと思います。当然、そこまで考えてないのであっているかどうかわからないです。それで間違って違う方向へ進歩されてもこまるので、止めないといけない場合もあると思います。

態度はどのようにあるべきでしょうか?

逆に自分では正しいことも進歩的革新的なアイデアなど存在してたりするということもあると思います。
過激な硬い否定家な理論家にどのように対処するべきなんでしょうか?

もう一つ、女装って上記の考えになるんでしょうか?「解放」などキーワードですね。売られているスカートも実用性以外に女性を想定したアイテムですね。

参考にしました。「まとう―被服行動の心理学 」中島 義明、 神山 進

以前、ここでの質問で「スカートはなぜ女性の服?&スカート男子の疑問」

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8692669.html がありました。

異性装というのは生物的性別ではなく、ジェンダー(文化的?な性別)あるいは性的役割だそうです。

私が思うのは、性的な自認がたとえば、男性である場合にずっと女性の服装をしているのは生まれてくるのは本人が「性的役割」(まとう―被服行動の心理学)を望んで女性の性的役割でいきたいということかと思います。

また、ユング心理学ではたとえば男性にはアニマ(女性の部...続きを読む

Aベストアンサー

よく判らないけど、思ったことを。

日本では昔から異性装はありますよね。
その時々で使い分けたりもしてるよう(仕事時と私生活とか)なので、仕事上や社会的役割上行ってそうです。


また、祭祀上、異性装をすることもあったようです。
(神を降ろした状態になる時とか。人と異なる者に成る為なのかな? また、降ろす神に性別があった場合、そちらに合わせるとかもありそう)

現代でも、お祭りの時に女装する方もいますよね。
(一般人で)
これは祭りの時は、いつもと違う時である種の異界となってるから(若しくはその事を表すため)なのかも。

これの発展型で、一種のお祭り的なとき(学祭や体育祭、コミケ等のコスプレが許されるとき…など)に行われてる事の理由の可能性がありますね。

この場合は、性的役割とは違う気がします。



そして…体験リポート漫画で昔読んだのですが、女装趣味の方の倶楽部みたいなのに行った時、本人が女性であったため、編集の方に代わりに体験してもらってのリポートで。
肩の力が抜けて表情が柔らかくなってた。っての印象的でした。
こんな格好して、顔を引き締めてるのはバカらしい と。
ガチガチの格好をしてれば、ガチガチの状態になるんでしょうね。ひらひらのやわらかふわふわを身に付けることによって普段の自分から解放されるってのもありそうです。
(ここでも性役割は関係が無さそう)
女装趣味と性嗜好(同性愛)は別物のようです。
もう一人の自分(別の人)になる、分かりやすい方法なのかも。(本人の脳内で別と分けやすそうで、その気に自然と成れるとか)

よく判らないけど、思ったことを。

日本では昔から異性装はありますよね。
その時々で使い分けたりもしてるよう(仕事時と私生活とか)なので、仕事上や社会的役割上行ってそうです。


また、祭祀上、異性装をすることもあったようです。
(神を降ろした状態になる時とか。人と異なる者に成る為なのかな? また、降ろす神に性別があった場合、そちらに合わせるとかもありそう)

現代でも、お祭りの時に女装する方もいますよね。
(一般人で)
これは祭りの時は、いつもと違う時である種の異界となってるから(...続きを読む

Q鳥のイラスト(うぐいすやこま鳥などの、小鳥)

年賀状の季節になってきたので、作成しようと思っていますが、鶏が多く、気にいったものもありません。

フリーのイラスト等も見てみたのですが、なかなか気にいらないので、自分で探そうと思いました。

できれば、うぐいすや、こま鳥などの、小鳥にしたいと思っています。

落ち着いた感じの年賀状にしたいのですが、
おすすめのフリーのイラストがあれば、教えて下さい。

Aベストアンサー

僕も、自分のHPに画像を使っていますが「けんぞうファクトリー」というHPがあります。
鳥の画像もたくさんあったように記憶してます。
最近、年賀状用の画像もアップしたようです。
良ければ見に行ってみてください。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/kenzoufactory/index.htm

Qカント 独断のまどろみ

カントの言う「まどろみ」とはどういう状態のことを述べているのでしょうか?

Aベストアンサー

『プロレゴーメナ』の序言のなかで、カントは「デヴィッド・ヒュームのうながしこそが……独断のまどろみを破り」と言っていますが、ここで言われている「独断のまどろみ」とは、当時のドイツで主流であり、カントも学んだライプニッツ=ヴォルフ学派の形而上学のことです。ヒュームの因果律批判を受け、従来の形而上学を捨てた上で、あらたに哲学思考の基礎を打ち立てることにした、それが『純粋理性批判』であり、その入門書としての『プロレゴーメナ』である、と言っているのです。

もう少し具体的に説明します。
形而上学、言い換えれば日常的経験を超えた、神や人間の自由、霊魂の不死やイデアについて考察する学問は、ギリシャ時代から連綿と続いていました。

近世に入り、数学や自然科学が発展していくと、デカルトやライプニッツらは、自分たちが専門とする自然学や数学が、こうした形而上学と矛盾しないことを証明しようとします。たとえばニュートンは絶対空間に「神の感覚器官」という位置づけを与えています。

このような流れを受けて、ドイツではライプニッツ=ヴォルフ学派が成立します。おおざっぱに言ってしまうと、一切のものごとは根本原理から論理的必然性によって演繹をおこなっていく合理的認識によって認識しうる、という考え方です。つまり、数学的観念と同様に、神であるとか、世界(存在するものの全体)であるとか、イデアといった観念も、理性的観念であるから、普遍性と客観的妥当性を持つことができる、と考えたのです。

カントも大学時代、このライプニッツ=ヴォルフ学派を学び、そののち大学で数学や自然学、やがて論理学と形而上学を教えるようになります。

それに対して、ヒュームに代表されるイギリスの経験主義は、経験に寄らない「理性的観念」を否定します。そうしてカントは「ヒュームのうながし」によって、「独断のまどろみ」から目覚めた。目覚めて何をしたかというと、ヴォルフ学派を批判したのです。従来の形而上学が合理的に論証し得たと思い込んでいるのは、理性の自己欺瞞にすぎない、と。

ただ、ヒュームは因果律そのものを否定しますから、そこでは自然科学も成立しません。2+3=5という数学的認識さえも、蓋然的真理にすぎないことになる。けれどもカントは自然科学は確実性を持つと考えたし、一方で敬虔なキリスト教徒でもあったために、形而上学的な要求も強くありました。その上で書かれたのが『純粋理性批判』だったのです。

『プロレゴーメナ』の序言のなかで、カントは「デヴィッド・ヒュームのうながしこそが……独断のまどろみを破り」と言っていますが、ここで言われている「独断のまどろみ」とは、当時のドイツで主流であり、カントも学んだライプニッツ=ヴォルフ学派の形而上学のことです。ヒュームの因果律批判を受け、従来の形而上学を捨てた上で、あらたに哲学思考の基礎を打ち立てることにした、それが『純粋理性批判』であり、その入門書としての『プロレゴーメナ』である、と言っているのです。

もう少し具体的に説明します...続きを読む

Q「パンティストッキング(黒)」の画像またはイラストのあるページを教えて

「パンティストッキング(黒)」の画像またはイラストのあるページを教えてください

 小説の「凶器」のイラストに使用するために、パンティストッキング(黒)の写真またはイラストをさがしています。
 必要なのは、「パンティストッキング(黒)」だけで、人間の脚や余計な部分は一切写っていないのが好ましいです。
 「パンストだけが写っており、その他は何も写っておらず、背景も単色」という画像やイラストがネットのどこかにあるでしょうか?フリー画像をちょっと探してみたのですが、見つかりませんでした。
 上記条件を満たすイラストや画像はここにある、ということを知っておられる方がいましたら教えてください。

Aベストアンサー

らんま1/2の単行本買えば?パンストはたくさん出てきます。
パンスト太郎の出てくる当たりが多いかも。

Qカントについて

岩崎武雄著のカントで実践理性批判を読んでみたのですが、わかる部分ももちろんありましたがいまいち全体を理解できなかったというのが正直なところです。

実践理性批判を一言でいうと、というのはもちろん無理だとは思いますが、簡単にまとめると何が言いたいのかということを教えてください。(もう一度読む上でも参考にしたいと思うので)

これは質問というより相談なのですが「現代におけるカント哲学」という章で近年の世界状況から見て、永遠平和論について考えていこうとおもっているのですがどうでしょうか。
もちろん近年のカントに関する国際会議についてなども入れたいのですが。

カントに関する国際会議についてあれこれ検索したところ、なかなか情報がなかったので可能な限りでよいので具体的な情報があれば助かります。HPアドレスや資料でも結構です。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

おはようございます。

>カントに関する国際会議についてあれこれ検索したところ、なかなか情報がなかった

やはりドイツ語のものしかないようです。
http://www.uni-mainz.de/~kant/kfs/
ここに国際会議の情報も掲載されています。
前回、このサイトを紹介しなかったのは、
tomatooowさんがドイツ語を読めるかどうかがわからなかったからです。

さて、どうやら、「永遠平和のために」からカントの倫理学についてのレポートを書きたかったようですね。たしかに、カントが死んでからも数多くの戦争がありましたしね。

>実践理性批判を一言でいうと、
そう無理ですね(笑)

しかし、
>簡単にまとめると何が言いたいのかということを教えてください。
『実践理性批判』には、最後に「結論」(Beschluss)があります。
結論が結論である以上、ここに少なくとも言いたかったことが書いてあるはず。
この結論の冒頭の言葉はよく引用されます。

Zwei Dinge erfuellen das Gemuet mit immer neuer und zunehmender Bewunderung und Ehrfurcht, je oefter und anhaltender sich das Nachdenken damit beschaeftigt: Der bestirnte Himmel ueber mir, und das moralische Gesetz in mir.
「くりかえし、じっと省察すればするほど常に新たに、そして高まり来る感嘆と崇敬の念をもって心を満たすものが二つある。私の上にある星の輝く空と、私の内にある道徳律とである。」

つまり、道徳律というものは、宇宙のように崇高なもので、なかなか究め難い、ということでしょうか。(でも、これでは結局何も言っていませんね。やはり無理なようです・・・間違いない)

ところで、「崇高」とカントが考えるものの一つに、戦争があります。
なので、永遠平和について考える場合は、カントが他方で戦争を認めていることも考えなければならないでしょう。(かなり有名なことですので、もうそんなことは知っているよ、という場合は、偉そうにごめんなさい)

Selbst der Krieg, wenn er mit Ordnung und Heiligachtung der bürgerlichen Rechte geführt wird, hat etwas Erhabenes an sich, und macht zugleich die Denkungsart des Volks, welches ihn auf diese Art fuehrt, nur um desto erhabener, (je mehreren ...省略): da hingegen ein langer Frieden den bloßen Handelsgeist, mit ihm aber den niedrigen Eigennutz, Feigheit und Weichlichkeit herrschend zu machen, und die Denkungsart des Volks zu erniedrigen pflegt.
「戦争でさえも規律と市民権への真正な敬意を伴って行われるならば、それ自体にある崇高なものをもち、このように戦争を遂行する国民の精神態度を、(その国民が・・・すればするほど、)一層崇高なものにする。これに反して、長い平和は単なる商人根性を、またそれとともに低劣な利己心や、臆病や軟弱さを優勢にし、国民の精神態度を低下させるのが常である。」
(『判断力批判』第28節、ドイツ語 B. 107ページ)

このように、長く平和が続くと、精神衛生上あまりよくない影響が現れるようです。日本ではバブル期にあたりますかね。いずれにせよ、克己心あるいは闘争心はそれなりに必要なのでしょう。
A.グリガが指摘するように、「永遠平和」という言葉は両義的です。

「そこには人類に対して二つの可能な解決が、すなわち、全国家の国際条約に基づく戦争の終結か、または全滅戦争後の人類の巨大な墓場の上での永遠平和か、という二つの解決が、提示されている。」

そう、ホッブスじゃありませんが、人間が生きている限り「永遠平和」は有り得ないような気がします。前者の「国際条約」を承認させるのにも、武力でねじふせる、という力業が横行しそうですしね。

このグリガの『カント』(法政大学出版局)は、『カントの人間学』にも引用されている本で、第7章の「永遠平和のために」は50頁もあります。途中からはカントの交友関係などに重点がおかれますが、グリガも言うように、「永遠平和」の問題は啓蒙時代の状況と思想を良く理解しておく必要があると思います。そこで次にお勧めの本が、カーシーラの『啓蒙主義の哲学』(紀伊国屋書店)です。第六章の「法、国家および社会」では、グロティウスやモンテスキューなどから、カント哲学の基礎としてのルソーに至る思想が自由、社会契約などの重要な概念との関連において説明されています。

すいません、これで精一杯です。

参考URL:http://www.uni-mainz.de/~kant/kfs/

おはようございます。

>カントに関する国際会議についてあれこれ検索したところ、なかなか情報がなかった

やはりドイツ語のものしかないようです。
http://www.uni-mainz.de/~kant/kfs/
ここに国際会議の情報も掲載されています。
前回、このサイトを紹介しなかったのは、
tomatooowさんがドイツ語を読めるかどうかがわからなかったからです。

さて、どうやら、「永遠平和のために」からカントの倫理学についてのレポートを書きたかったようですね。たしかに、カントが死んでからも数多くの戦争があ...続きを読む

Q飛んでいる鳥の画像が欲しいです。

飛んでいる鳥の画像が欲しいです。

学校祭で大きな垂れ幕に絵を描くのですが、
その資料に鳥の画像が欲しいのです><

・猛禽類とかサギみたいに羽の比率が大きい鳥
・正面~右くらいを向いて飛んでいる
・色はブルー系~白黒みたいな感じ

↑な感じでいい画像をお持ちの方がいたら掲載ページなどを紹介してください!!
あと、もしあったらですが、鳥の体に多少複雑な動きがあると嬉しいです!

難しい注文で申し訳ないのですが、
ぜひご協力お願いいたします!!

Aベストアンサー

http://www.google.co.jp/search?q=%E9%B3%A5%E3%81%AE%E9%A3%9B%E7%BF%94%E5%86%99%E7%9C%9F%E3%80%80%E7%8C%9B%E7%A6%BD%E9%A1%9E&hl=ja&rlz=1T4GFRC_jaJP315JP315&tbs=clir:1,clirtl:en,clirt:en+A+flight+of+birds+birds+of+prey+pictures&ei=rjX0S4vrN4-gkQWxhJm4DQ&sa=X&oi=clir_tip&ct=search_link&resnum=11&ved=0CDwQ_wEwCg

http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&rlz=1T4GFRC_jaJP315JP315&tbs=isch%3A1&sa=1&q=%E7%8C%9B%E7%A6%BD%E9%A1%9E%E3%80%80%E9%A3%9B%E7%BF%94%E5%86%99%E7%9C%9F&aq=f&aqi=&aql=f&oq=&gs_rfai=

昔、ujifuサンの用途にピッタリ?な画像を見たコトがアッタので、「検索」しまシタが…見つかりませんでシタ org。

まぁ、ご存知だと思いマスが、↑ご参考マデ……

http://www.google.co.jp/search?q=%E9%B3%A5%E3%81%AE%E9%A3%9B%E7%BF%94%E5%86%99%E7%9C%9F%E3%80%80%E7%8C%9B%E7%A6%BD%E9%A1%9E&hl=ja&rlz=1T4GFRC_jaJP315JP315&tbs=clir:1,clirtl:en,clirt:en+A+flight+of+birds+birds+of+prey+pictures&ei=rjX0S4vrN4-gkQWxhJm4DQ&sa=X&oi=clir_tip&ct=search_link&resnum=11&ved=0CDwQ_wEwCg

http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&rlz=1T4GFRC_jaJP315JP315&tbs=isch%3A1&sa=1&q=%E7%8C%9B%E7%A6%BD%E9%A1%9E%E3%80%80%E9%A3%9B%E7%BF%94%E5%86%99%E7%9C%9F&aq=f&a...続きを読む

Qヘーゲル・カントの哲学

私は現在大学でへ-ゲルとカントについて学んでいます。ですが、どうも自分なりに次のことが理解できずに悩んでいます。よろしければ分かる方がいらっしゃったら教えてください。
-ヘーゲル-
『経験』にかんすることで、経験の成立過程とそれに伴う真の主体とはなんなのかがよくわかりません。
-カント-
『現象』にかんすることで、ア・プリオリとか経験的自我とか超越論的自我の関連が難しいです。とくにその成立過程についておしえてください。

漠然とした質問で答えずらいと思いますが、よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

体調があまりよくないので、長い文章を書くのが少ししんどい状況にあります。
少しずつ書いていきますので、途中、レスポンス、ください。
回答が少し遅くなるかもしれませんが、レスポンスをくだされば必ず答えますので、よろしく。

まず、質問者さんが、いったいどのくらいの知識をお持ちの方かよくわからないので、少しお聞かせください。

まず、カントの方から片付けていきましょう。
〈ア・プリオリ〉がなんなのか、〈ア・プリオリ〉な総合判断はいかにして可能か、というあたりを聞いてらっしゃるわけではないんですね?

これは「純粋統覚」あたりのことを聞いていらっしゃると考えていいのかしら。

えとえと、わたしが教わった先生は、「経験的自我」「超越論的自我」というふうにもんだいをたてずに、「経験的統覚」「純粋統覚」として、「時間は純粋統覚という意識の自己認識であり、意識の可能性の条件そのものである」というところから、ここを読んでいます。

十年たつと、問題の立て方も変わっちゃうのかもしれませんが(笑)、そこらへんを説明したらいいのだったら、そうおっしゃってください。

むずかしいところだから、どこまでできるかわからないんだけど。
わたしも普段、全然使わない領域なので、一緒にぼちぼち読んでいきましょう。

あと、どこらへんまでわかってるか、できれば教えてくださると助かります。

体調があまりよくないので、長い文章を書くのが少ししんどい状況にあります。
少しずつ書いていきますので、途中、レスポンス、ください。
回答が少し遅くなるかもしれませんが、レスポンスをくだされば必ず答えますので、よろしく。

まず、質問者さんが、いったいどのくらいの知識をお持ちの方かよくわからないので、少しお聞かせください。

まず、カントの方から片付けていきましょう。
〈ア・プリオリ〉がなんなのか、〈ア・プリオリ〉な総合判断はいかにして可能か、というあたりを聞いてらっしゃる...続きを読む


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