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ミュージカルにおいて、海外と日本とでは、”レベル差”と申しますか、日本より海外の方が高い・低い・・そういうものはあるんでしょうか?最終的には個人の好き好きとなってしまうのかもしれませんが。。

ちなみに私は先日、大阪のオペラ座の怪人・劇団四季を拝見しましたが、とても素晴らしいと思いました。海外のミュージカルは、これを凌駕するものなのでしょうか?だとすれば、具体的にどのあたり(演技、照明、舞台、演出etc)でしょうか。国によっても違うと思いますので、その場合は国や地域の名称も同時に記載お願い致します。

A 回答 (4件)

他の回答者の方が答えておられるように、海外と言っても国によって差があります。


ブロードウェイは確かにダンス、歌、芝居のほか、上演数なども多く、最近は疲弊しているとも言われていますが高いレベルを保っていると思います。初めてNYに行った時「凄い!下手な人が誰もいない…」とびっくりしました。
ウエストエンドはそれに続く(もしくは匹敵する)クオリティだと思います。が、ライオンキングなどは役者のコンディションが整わず、キリンが一匹しか出ないことが多い…と客席で売り子をしていた人から聞いたことがありますが。ただ、同時上演演目数や、数々の名作を生み出したことからもやはり力を持っている土地だと思います。
海外の方がレベルが高いのは、身体能力と原語であることが大きいと思います。
外国の人は歌もいい声が出ますし、ダンスも大きく見えます。歌詞も翻訳していないので不自然に見えないことも大きいでしょう。
また、消防法などの関係で日本では創ることのできない舞台美術を組むこともできます。例えば、来日版エリザベートが今年上演されましたが、日本では再現できないセットなどもかなりあったと聞きました(私はウィーンでは見ましたが大阪公演は見ていません。大阪公演のセットを作った人の話です)。
また、ウィーンミュージカルは役者の歌唱力が物凄く高いと感じました。また、照明や舞台など、スタッフのレベルもかなり高かったです。幕や機構などの操作のタイミングやライティングのテクニックはかなり高かったです。が、オペラのように毎日違う演目をする舞台では、照明がソリストを追っかけ切れていなかったり、セットの上に緞帳が下りてきたり…、ということもありました。やはりロングラン公演を打っているところは、ステージスタッフもそれなりの実力を持っているのだと思います(これは劇団四季にも当てはまります)。
一方、同じドイツ語圏で同じ演目をやっていても、ドイツはミュージカルのレベルは高くありません。日本より劣るように感じました。役者の実力だけでなく、音響などのスタッフのレベルでもそう感じました。但し、ドイツはブレヒトなどのストレートプレイでは凄い実力を発揮します。お国柄なんでしょうね。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりすみません。ご回答ありがとうございます。身体能力や原語であることが大きいのですね。消防法などで出来ないセットがあることも始めて知りました。歌唱力の素晴らしいウィーンもいつか見てみたいです♪

お礼日時:2007/11/25 19:52

皆さんなかなか参考になる回答を出しておられますね。


確かに好みの問題やその時のキャスティングの問題もあろうかとは思いますが、私が海外と日本とのレベル差を感じるのはやはり歌唱力です。あと致し方ないことではありますが、役者のスタイル。しかしダンスの技術は近年それほど大差はないように感じます。

「オペラ座の怪人」ですが、私は好きな演目ではないのです。四季で三度ほど見ましたが、曲は素晴らしいのだけれども、終盤部などはかったるくなってきます。
プロとして演出している知人(複数)に聞くとウェストエンドやブロードウェイで見た人は口をそろえて良かったと絶賛していました。
だから外国で見てみないと…とは思うのですが、ついつい日本では上演されていないものを見てしまうことになってしまいます。

今夏もブロードウェイで8本ほどの作品を見ましたが、皆それなりに良くて、帰国後見た四季の作品などは問題外でした。その8本の中でも良かったのは“レ・ミゼラブル”だったことを付け加えておきます。

それと今回の質問とは関係ないのですが、カーテンコールのことですが、日本ではかなりしつこすぎて辟易することが間々あります。
「上手い、上手い、もう分かったよ!」って言いたくなります。
それも本当に良ければまだしも大した作品でもなければ怒りがこみ上げてきます。
ウェストエンドでもブロードウェイでもカーテンコールは本当にあっさりしたものです。
さっさとこれが終わると今度はオケボックスからは客出しのための演奏が流れる…。なんとも言えない気分に浸れます。
そういう意味では日本はまだまだと言う感じがしないでもありません。
四季などはテープですからね。
日本の演劇にはカーテンコールなる習慣がない(新劇は別)ので、少しでも欧米に近づきたいと思うふしがあるのでしょうかね。そういう日本人客のニーズにこたえたいのか、劇団側からの意図なのか、常々疑問に思っています。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>皆さんなかなか参考になる回答を出しておられますね。
ええ、本当に色々な観点から教えて頂き楽しいです^^

スタイルや歌唱力、カーテンコールが違うのですね。なかなかミュージカルを見に海外に行くこともできないので、違いを教えて頂き嬉しいです。私などは、「あれだけのセリフを覚えて、難しいダンスと、ハズさずに歌を歌える、滞りなく舞台が終わる、練習大変だろうに・・」と思い、それだけで十分、凄い凄い!と尊敬のまなざしです♪アメリカのオペラ座の怪人も是非見てみたいですね^^

お礼日時:2007/11/25 20:13

一口に「海外」と言ってもいろいろありますが、アメリカのブロードウェイやイギリスのウェストエンドのミュージカルについては、明らかに日本とは差があります。

これは実際に見ればすぐにわかると思います。
最も差があるのは、役者さんの歌やダンスの技量ですね。日本も上手い人が随分増えて来ましたが、ブロードウェイやウェストエンドはまだまだ層の厚さが違うという感じです。アンサンブルまで全員がすごく上手いですし、主役級の上手い人もゴロゴロいるという感じです。
劇団四季でも上演する「コーラスライン」を昨年ブロードウェイで見ましたが、全くレベルが違うと感じました。
ダンスが踊れる人がキャスティングされる作品なので、日本だと歌や演技がちょっと厳しいかな・・・という人も多いのですが、ブロードウェイでは全員踊りは素晴らしいし歌も上手いし、演技も素晴らしかったです。歌も踊りも演技もできる人がこんなにたくさんいるなんて・・・と改めてブロードウェイの層の厚さを実感しました。
ただ、アメリカでも、ブロードウェイのトップレベルでなく、国内ツアー公演のメンバーになると、多少レベルは落ちてきますね。来日公演はそういうツアーメンバーが来ることが多いのですが、今ひとつのキャストが来ることも多いようで、「これだったら日本の方がいい」と思う場合もあると思います。
ウィーンやドイツなども、全ての舞台がというわけではないですが、トップレベルになるとやはり役者さんの歌と踊りのレベルは日本とはかなり違うと思いました。日本でも上演された「ダンス・オブ・ヴァンパイア」をドイツで見ましたが、ダンスの迫力が全然違いました。
演出については、「オペラ座の怪人」や「レ・ミゼラブル」などはセットや照明も含めてオリジナルのままのはずなので、そのあたりの差はさほどないと思います。むしろ、日本の演出が評価されることも多いと思います。
古くは浅利慶太氏の「ジーザス・クライスト・スーパースター」の演出が海外で高く評価されました。
最近では「太平洋序曲」や「ファンタスティックス」を演出した宮本亜門氏が双方の作曲家から演出を絶賛されています。(私もオフブロードウェイの「ファンタスティックス」を観ましたが、亜門版の方が良かったです)
ウィーンミュージカルの「モーツァルト!」も、日本の小池修一郎氏の演出が一番良い、と作曲者のシルヴェスター・リーヴァイ氏が大変気に入っているようです。
また、演出というか演技の解釈の点で、日本の方が良いなあと思う舞台もあります。個人的には「レ・ミゼラブル」は日本の舞台の方が好きですね。
「オペラ座の怪人」は海外で見たことがないのですが、もしかしたら日本の方が良いということもあるかもしれませんね。ただ、おそらく歌唱力の点でブロードウェイ、ウェストエンドの方が上手いのではないかと思われますが。

余談ですが、日本でも来日公演が増えてきた韓国のミュージカルは、歌は日本よりも上手く、ダンスは日本より劣る、という評価が一般的のようです。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりすみません。ご回答ありがとうございます。歌やダンスなどに違いがあるのですね。その中でも、日本が評価されている場面もあるのは喜ばしいことだと思います。本場のアメリカで一度ミュージカルを見てみたいです^^

お礼日時:2007/11/25 19:48

う~~ん、個人的な意見なのですが、レベル云々というよりも、英語で作詞された歌詞を、日本語訳で歌うということそのものに無理があるのかな、とは思いますね。



ロイド=ウェーバー作のミュージカル作品など、やはり、原語で歌われてこそ、英文の語句や文のアクセント・イントネーションと、曲の流れ(高音低音の上げ下げ)と呼応して、聞き易く、響きも美しいのだと思います。
それを、無理やり日本語に訳して、根本的に違う抑揚の言語を、元の曲という枠組みにはめ込もうとすれば、字余り字足らずはもとより、言葉のアクセントや音の高低の位置がずれ、耳に心地好い「歌」にはなりにくいのは、宿命的な限界なのではないでしょうか。
だから、はじめから日本語で作詞作曲されたミュージカル、たとえば、四季なら「ユタ」とか「李香蘭」とかもそうでしょうか、そういうのだったら、違和感はなく、演技者の水準そのもので、海外の本格ミュージカルに、堂々、勝負を掛けられると思います。
その上で、日本が上か下かは、私には今のところ分かりませんが。

能や歌舞伎を、英語で演じると考えてみて下さい、曲は同じで、詞章だけが英語、なのですよ。
・・・ね?異様でしょ?うまく行くはずないと思いません?
曲そのものを英語の抑揚に合うものに変えない限り、現実的に不可能ですよね。
でも、そういう操作を施したものは、もう、能でも歌舞伎でもない、別物ですよね。

質問者様のお聞きになりたいこととずれてしまったかもしれません、ごめんなさい。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりすみません。ご回答ありがとうございます。アクセントやイントネーション、能や歌舞伎のお話、なるほど~!と思いました。とても参考になりました♪

お礼日時:2007/11/25 19:43

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