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槍術や剣術は武術として確立していますが、
同じように戦で使われてきたはずの斧はあまり「斧術」や「斧技」という風に聞きません。
ゲームのキャラクターは色々な斧を使った技を繰り広げていますが、
現実に斧を武術として追求している流派やジャンルはあるのでしょうか?

A 回答 (3件)

日本ではないと思います。

日本の場合残っている武術の多くは戦争以後、江戸時代にはいってからですから斧を使うような鎧を着ていない時代のものです。
斧は中国武術にはあります。両手であつかう大斧と小型の物を二つあつかうものです。
西洋では中世のものとバイキングのものがあります。両者とも近年復元されたもので日本のような流派ではありません。
バイキングのものは両手で持つもの大形と、片手に盾、片手に小型の斧を持つものがあり、それぞれにスローイングの技もあります。
中世のものはフランスの「ハチェット」に関してのものと、「ポールアクス」があります。このうちポールアクスは斧というよりも棒術に近くなります。我々は普通にバトルアクスを試合でつかいます。
スローイングアクスは競技にもなっています。これらはフランキスカやトマホークですが、投げ斧専用です。
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 斧に関しては柄の長いものが武器(斧鉞)として戦場で使用されました。

日本においては鎌倉期から戦国期にかけて様々な武器が使用されていますが、武術として確立されたのはだいたいにおいて武芸十八般と言われているものでそれ以外のものは廃れていきます。それでも使いかっての面で優れたものは生き延びていたりしましたが、斧鉞に関しては先端だけ重くなるので振り回しにくい、当たるところが限られているなどの理由で使用されていたとしても廃れていったのでしょう。手斧に関しては武術を確立したのが武士なので常時刀を携帯しているのにその他の武器を使うという発想は生まれにくかったものと思われます。
 斧そのものは生活の中の道具なので武術として鉈術や包丁術などが生まれなかったのと同じく武術としては確立しなかったのではと思われます。ただ、スカンジナビアで投げ斧というジャンルは盛んなようなので私が知っている限り術といえるのはそこだけです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC% …
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斧は西洋甲冑のように分厚い鎧には有効かもしれませんが、日本の古来の鎧には、むしろ刀や槍に比べて動きが鈍くなり不向きだったのでしょう。


沖縄カラテなどのように、武器の所持を禁止されていた農民などが武器として使用する際には利用されていたかもしれませんが、同じ理由で発達しなかったのだと思います。
また、武士の戦闘から発達した多くの武道では、刀と槍、薙刀や弓ですから、斧の手技はなかったと思います。
でも、探せば民間武術から発達した中に僅かにあるかもしれません。しかし、あったとしても有段者が習う武具の中にあるか、文献としてあるだけではないでしょうか。
同じ例に入れて良いか判りませんが、講道館護身術という初期の護身術の中に「対拳銃」と言うのもあります。これも現在ではほとんど出てきません。
ゲームに出てくる斧は西洋武術の斧から取り入れられたものでしょう。実際にあのような技があるかどうかは判りません。
或いは忍びの武術の中にあるかもしれませんが、詳細は不明です。
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Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q世界の弓の威力について

歴史上の戦闘でもっとも威力があって射程距離が長かった弓はどこの国の何時代の弓ですか?それと比べて日本の弓の優劣はどのようですか?またそういったことを扱ってる本とかURLをご存知の方がいらしたら教えて下さい。

Aベストアンサー

当方弓道をやっておりますので、知る範囲でお答えします。
威力と射程は矢により変化(一般的に矢重に比例する威力と、矢重に反比例する射程はトレードオフの関係)するので、弓自体の性能についてお話しします。

 一般論になりますが、弓は当然ながら”強い弓”をより引き尺をとって使えば威力・射程とも上がります。
しかし引き絞った時に強いからといって弓にパワーがあるというわけではありません。
 正確には、「引き絞っていく途中の加重の積分値」が弓のエネルギーになります。
(平たく言えば、弓の引き尺に対しての加重をプロットしたグラフの、その曲線の下の部分の面積)
 木製・合板の弓や単純な湾曲の弓ではこの引き尺と加重がほぼ比例します。(和弓もだいたい比例します)
 しかし、強靭な材料を使い、湾曲を複雑にすれば、この曲線を上に膨らますことができるので、前者の弓と引き絞ったときに同じ加重でも(つまり、同じ筋力の射手でも)、より威力のある矢を飛ばせます。
 
この後者の条件に当てはまるのが、騎馬民族系の大きく湾曲した弓で、トルコ弓などとも呼ばれます。
(ちなみにコンパウンドボウという現代の弓は非常に高効率、正確なことで知られていますが、この弓をヒントに作られました。)

 そのため形状で言えば単純湾曲弓より、上記のような特徴を持つ湾曲弓のほうが高性能でしょう。実際、トルコ弓の最大飛距離は実用の矢で400m、遠矢用で約600mだそうです。
材質は、木だけのものは、折れるのを防ぐため引き尺が取れず(ロングボウは折らずに引き尺をとるために長いのです)しなりが少ないため不利で、木竹をあわせた合板弓(和弓はこれ)や、さらにはより強靭な角・腱・革を使ったもののほうが高性能でしょう。

結論として、ご質問のものは時代はわかりませんが、騎馬遊牧民族系の弓だと思います。

和弓では、長い距離を飛ばす競技で最高400mという記録がありますが、これは専用の軽い矢を使った記録なので、征矢では最大でも200m位だと思います。
因みに和弓は、番える位置が中心より下寄りになっているため矢は先端をやや上げて飛行し、遠くに飛びやすくなっています。

有効射程となると一口で言うのは難しいですが、
~2,30m だいたい急所を狙える
~40m だいたい人を狙える
~7,80m だいたい騎馬を狙える
くらいだと思います。
威力ですが、フライパンぐらいなら結構簡単に射抜けますし、
http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/kyuba.html
かつて明珍の鉄兜を串刺しに射抜いた人もいます。

書籍ですが、確か歴史群像シリーズの『北条時宗』で蒙古弓と和弓の比較をしていたと思います。
あとは検索で見つけましたが
http://www.coatl-head.com/arc.html
の『武器の歴史(Weapons)』(マール社)が詳しそうです。
キャッシュでしか見られませんが
http://72.14.203.104/search?q=cache:gEp-EUHAqMkJ:
www.if-n.ne.jp/member2/netdh/Item/mktext.pl
%3Fcorpus%3D0%26id%3DOTAwNjU
も詳しいです。

当方弓道をやっておりますので、知る範囲でお答えします。
威力と射程は矢により変化(一般的に矢重に比例する威力と、矢重に反比例する射程はトレードオフの関係)するので、弓自体の性能についてお話しします。

 一般論になりますが、弓は当然ながら”強い弓”をより引き尺をとって使えば威力・射程とも上がります。
しかし引き絞った時に強いからといって弓にパワーがあるというわけではありません。
 正確には、「引き絞っていく途中の加重の積分値」が弓のエネルギーになります。
(平たく言えば、弓...続きを読む

QGmailアドレス変更方法

Gmailのアドレスを変更したいと考えているのですが、どのようにして変更すればよいのでしょうか?

Aベストアンサー

Gmailアドレスの変更はできません。

今使っているものと違うGmailアドレスを使いたいのならば、新規にGmailアドレスを取得してください。

そして従来のアドレスが必要ないならばそのまま放置しておけばOK。確か半年アクセスしなければそのアカウントは削除されるはずです。

なお、もし古いアドレスに配信されるメールもチェックする必要があるならば、新しいアドレスに転送設定しておきましょう。

Qなぜ日本の刀は両手であつかいますか?

なぜ日本の刀は両手であつかいますか?
日本刀は両手で持ちますが、刀剣を両手で持つ剣術はドイツ、イタリア、インド 少しばかり中国にあったくらいですが、これら外国の両手剣術の剣はすべて重くて長いです。
しかし、日本刀は片手剣ほどの重さで長さです。
同じ長さであればリーチを考えると片手半身の方が有利です。なので、外国の剣術は盾が無くても片手であつかいます。

佐々木小次郎の物干し竿は1mほどで驚異的な長さであったようで当時の一般人には扱える物では無かったと言われているようですが。


http://www.youtube.com/watch?v=ln94E9AGYTc
この動画の両手剣は長さ140cm重さ2kgほどです。(最後に使われた剣の重さと長さが出ている)
彼らは達人でもなく、剣術歴10年ほどの生徒だとおもわれますが、かなり素速く剣を扱っており(1:55 ぶつかって火花が散るほど)剣の重さに振り回されてはおりません。(普通の体力でもこの程度の刀剣は扱えるという例)
侍が非力だとは思いません。私なりに思うに軽い刀を両手で持つことでよりスピーディに扱える、
斬りつけたときは片手よりも強力という2つのメリットがあると思いますが、それとリーチは引き合うかという疑問があります。
例えば「刀は突くもの」という言葉がある程度事実を含んでいるとするならば、剣が同じ長さで同じタイミングで突きを出したら、体の幅分だけ距離が稼げる片手のほうが絶対に有利です

日本刀を両手で扱うメリットはどのようなところでしょうか?

なぜ日本の刀は両手であつかいますか?
日本刀は両手で持ちますが、刀剣を両手で持つ剣術はドイツ、イタリア、インド 少しばかり中国にあったくらいですが、これら外国の両手剣術の剣はすべて重くて長いです。
しかし、日本刀は片手剣ほどの重さで長さです。
同じ長さであればリーチを考えると片手半身の方が有利です。なので、外国の剣術は盾が無くても片手であつかいます。

佐々木小次郎の物干し竿は1mほどで驚異的な長さであったようで当時の一般人には扱える物では無かったと言われているようですが。


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Aベストアンサー

日本は山地が多く、騎馬武者が主力として弓擶を選んだことで、武士が最も勢力を伸ばした時代に、戦闘スタイルは「重装騎射兵」へと固定化して行った為に、
防具もそれに合わせて変化し、楯の代わりの大袖を具す様になったとらしいです。
だから、近世、武士の戦闘スタイルに変化が見られる頃、既に楯には実用性が失われ、刀を両手で持つことが固定化されました。

刀を両手で扱わなければ、刃筋を立てること、手の内を締めることが極端に難しく、それが出来なければ人を切ることは出来ません。

こんな文献がある。
「紀效新書」1595年 戚継光
「これは日本のサムライが明に攻めて来た時に初めてわかったことである。
彼らは舞うように跳び回り、前方への突進は光が閃くようで我ら明の兵は恐れおののくのみだった。
日本人はよく躍動し、一息で一丈(約3m)も飛び込んできて、刀の長さは五尺なので一丈五尺の間隔があっても攻撃される。
我が兵の剣では近づき難く、槍では遅すぎて、(サムライと)遭遇すれば皆両断されて殺される。
これは彼らの武器が鋭利であり、両手で振れる強力で重い刀を自在に用いているためである」

「大君の都」 Rutherford Alcock 1863年
「彼ら(サムライ)は、相当に熟達した刀の使い手である。小さい方の刀を使うときは、二度突く必要は無い。たったの一突きで相手に致命傷を与える。
大きいほうの刀を使うと、ただの一振りで相手の四肢を切り捨ててしまう」

つまり、リーチの差をモノともしない敏捷性を持っているのだから、両手で正確に四肢を斬り落とし、脇差しでとどめを刺すスタイルは理にかなっていると思う。

また質問中にもある佐々木小次郎。彼の巌流には、介者剣法の気分を多く残していて、合戦に適しているという。
介者、つまり鎧武者と戦うことを前提としているため、鎧の隙間部分の喉・脇・手首・股などを狙うのである。
また、刀の損傷を考えて突きと引き斬りが多いのも特徴。敵兵に身体を寄せ、首や手や股を斬り、戦闘能力を奪うことを目的にしている
らしい。
つまり引き斬りは両手じゃないとしにくいし、体を寄せ、半身分のリーチ差など意味をなさないのが合戦だったようだ。

でも、半身になって突きを主体とする剣術が、江戸時代以降に発展していてもおかしくはない。
殺す必要がないのだから、刃筋を立てて一刀両断にする意味もないのだし。
しかし、そうはならなかった。原因は小野次郎右衛門忠明のようにも思う。

伊藤一刀斎の高弟の一人で、小野派一刀流を継承。1593年に将軍家の剣術指南役になる。
同じく兵法指南役となる柳生宗矩の柳生新陰流と並んで繁栄し、多くの支流分派を形成する。
柳生新陰流が、“半身立ちを多用する”“足運びの際は、爪先側を浮かし、踵を付ける”という戦国期の介者剣法(鎧合戦用の剣術)のスタイルを多く残しているのに対し、
一刀流は“半身立ちを嫌う”“足運びの際は、踵を浮かし、爪先の付け根を付ける”という、それまでにはないスタイルを用いるのが特徴である。

つまりあなたが言う片手半身と正反対の両手正面の流派の使い手が将軍家の剣術指南役になり繁栄したわけだ。
いわゆる武士道や儒学の思想と相まって、片手で突きながらチマチマダメージを与えるスタイルは定着しなかったのかも。

以上、ネットを徘徊して得た知識でした。
結局は、日本刀の威力を最大限に発揮するため、両手で持つ必要があったし、
それが固定されたのは、さまざまな時代背景があったためだし、
世界的に見て特殊、っていわれても、それこそ日本国内においては意味のない話だし、
現代人から見れば、日本人が世界の感覚と違うのは、至極当然のことだしね。

参考になる部分だけ参考にして下さい。

日本は山地が多く、騎馬武者が主力として弓擶を選んだことで、武士が最も勢力を伸ばした時代に、戦闘スタイルは「重装騎射兵」へと固定化して行った為に、
防具もそれに合わせて変化し、楯の代わりの大袖を具す様になったとらしいです。
だから、近世、武士の戦闘スタイルに変化が見られる頃、既に楯には実用性が失われ、刀を両手で持つことが固定化されました。

刀を両手で扱わなければ、刃筋を立てること、手の内を締めることが極端に難しく、それが出来なければ人を切ることは出来ません。

こんな文献がある...続きを読む

Q中世ヨーロッパの税について

時間場所は特定しませんので、ざっくりと答えていただけたら嬉しいです。
日本では年貢米のイメージですが、中世期のヨーロッパでは税はどうだったのでしょうか?

納める物や、納期、徴収される対象の人は?

Aベストアンサー

ざっくりということで,ざっくり回答してみます。(笑)

税には幾つかの種類が存在しますので,主な税を纏めてみます。

・人頭税
一番有名な税かもしれません。
これは,そこに住むだけで一人ひとりに課される税です。
全ての人に同じ率の税が課されるため,世界で最も平等な税とも言われています。
しかし,所得などまったく考慮されないため低所得層の負担が大きな税制でもあります(これを税の逆進性と言い,消費税値上げ論議でよく言及されます。)


・土地税
名前の通り,土地に課される税です。
今で言う固定資産税みたいなものでしょうか。
納税は,その土地で出来た作物や一定の時期における労役などがあります。


・荘園制
領主が一定の領地を支配し,その中で人々が暮らす社会制度です。
そこに住む人々は,自由民と農奴にわかれます。(農奴も法的には自由民だが実態は奴隷のようでした)
農地も自由民に貸し与えられた農民保有と,領主自身が経営する直営地とからなっていました。
納税は,現物納税と直営地での労役が課され,領主はその収入の中から国などに収めました。
また,土地は世襲されるため,結果的に農奴の移住は殆ど認められていませんでした。

・十分の一税
住民に対して,教会に収める税金です。
その名の通り,教会が収入の十分の一を教会(貧者・病人の救済,教会運営が名目)に収めさせた税です。
領主への税負担と同時に求められたため,農民からしてみれば二重負担のようなものでした。
この場合も物納が基本でした。

これ以外にも,結婚税・死亡税・粉挽き小屋使用税,輸出入にかかる税金などなど,あらゆる機会にあらゆる税が課されました。
しかし,農業生産能力が上がり庶民が裕福になると,こうした税負担に反発して反乱を起こすようになっていきます。
それが宗教改革・社会革命に繋がり,フランス革命の遠因にもなりました。


>納める物や、納期、徴収される対象の人は?

納めるものは,農作物・工業製品・労働力・貨幣などなど。
納期は,農作物が収穫できる夏~秋頃であったり,春先であったり,何かの行為(結婚,商売など)をするタイミングだったりと色々です。
徴収されるのは殆どの人がそうですが,庶民→領主A→Aを庇護下に置く有力貴族→王侯貴族という流れでしょうか。
もちろん,王侯貴族も直営地や荘園を持っており,それに加えて庇護下におく貴族からも徴収するという感じですね。


と,ざっくりと纏めるとこんな感じです。
ではでは、参考になれば幸いです。

ざっくりということで,ざっくり回答してみます。(笑)

税には幾つかの種類が存在しますので,主な税を纏めてみます。

・人頭税
一番有名な税かもしれません。
これは,そこに住むだけで一人ひとりに課される税です。
全ての人に同じ率の税が課されるため,世界で最も平等な税とも言われています。
しかし,所得などまったく考慮されないため低所得層の負担が大きな税制でもあります(これを税の逆進性と言い,消費税値上げ論議でよく言及されます。)


・土地税
名前の通り,土地に課される税です。
今で言う...続きを読む


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