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遊牧民族は湾曲した剣(刀と言うべきですか?)を使うイメージがあるのですが、いつ頃からこういった剣を使うようになったのでしょうか。モンゴル帝国が隆盛する辺りから使われるようになったのでしょうか。どうか教えてください。

A 回答 (2件)

日本刀におけるソリというか、湾曲は、蝦夷の使っていた蕨手刀から来ているといわれています。

この湾曲は大陸から北海道経由で東北の蝦夷にもたらされたといわれています。これが6-8世紀ころですので、その前の段階で大陸では湾曲された刀剣が使われていたと思われます。
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この回答へのお礼

日本の蕨手刀からさかのぼって考えることが出来るのですね!これは盲点でした。教えてくださりありがとうございました。

お礼日時:2008/01/06 01:21

騎兵は、湾曲した刀を使うのが一般的です。


刀は、基本的に「切る」事を目的としています。
少ない力で敵にダメージを与えるように刃が薄手で比較的軽く、切れ味をよくしています。
そのため、馬上などで使用するのに適しています。
それに対し剣は、「叩き切る」事を目的としています。
切れ味よりも丈夫差を重視します。
これは、甲冑などの上からでも使用できるように考えられたものです。

刀は、重装甲の兵士にはあまり効果がありませんが、騎乗の兵士は、ほとんどの場合軽装甲ですから、騎兵どうしの戦いの場合、刀のほうが有利でした。
ただし、第一回十字軍と戦ったイスラム軍は、重装甲の騎士達に有効な打撃を与えられず敗退しています。
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この回答へのお礼

なるほど、刀は切ることに、剣は叩き切ることに向いているのですね。教えてくださりありがとうございました。

お礼日時:2008/01/06 01:17

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Q元寇

こんにちは。
日本の歴史において、他国の軍隊から2度日本列島に上陸されています。
1度目は鎌倉時代の元寇、2度目は第二次世界大戦でのアメリカ侵攻。

本日教えていただきたいのは、元寇における元軍(元・高麗連合軍)と日本軍の武器・武装のことです。
ウィキ等で調べましたが、あまり記述がありませんでした。
多少、当時の絵巻が載っていたりします。

この当時、北九州で行われた白兵戦での双方の武器はどんなものだったんでしょう。
日本軍は大体戦国時代を想像すればよいでしょうが、特に元軍の武器はなんだったんでしょうか。
ただ、資料によると、~1279年まで南宋にて銃の生産が行われていたようで、元軍は銃を携帯していたのでしょうか。(持っていたら日本軍は堪らなかったでしょうね)
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あと、水軍です。
日本の松浦水軍がかなり元軍の船にダメージを与えたようです。
この当時の水軍の武器・武装はなんだたのでしょう。
まだ大砲なんて無いでしょうから、石の投的機みたいなものとか、近ずいて火炎瓶みたいなものを投げるとか。弓、矢の先に火をつけて放つとか。

この時の戦術は別にしまして、双方の地上軍、水軍の武器を教えてください。
元軍の中には支配下の南宋の兵がかなり多くいて鋤、鍬を持っていたとも書いてありましたが。
神風の話は結構です。
よろしくお願いします。

こんにちは。
日本の歴史において、他国の軍隊から2度日本列島に上陸されています。
1度目は鎌倉時代の元寇、2度目は第二次世界大戦でのアメリカ侵攻。

本日教えていただきたいのは、元寇における元軍(元・高麗連合軍)と日本軍の武器・武装のことです。
ウィキ等で調べましたが、あまり記述がありませんでした。
多少、当時の絵巻が載っていたりします。

この当時、北九州で行われた白兵戦での双方の武器はどんなものだったんでしょう。
日本軍は大体戦国時代を想像すればよいでしょうが、特に元軍の武器は...続きを読む

Aベストアンサー

元軍の武器
短弓、弩、鎖帷子に皮鎧、鉾、盾、てつはう、諸刃の剣


元軍の軍船
大別すると千料船(大型船)、バートル軽疾舟(上陸用快速船艇)、汲水小船(補給船)の三タイプ

また、南宋型の船は概して大型船が多いが壊れやすく、高麗船は小型だが頑丈な船が多かった。
これは、海洋を想定していない南宋型の旧南宋船に対して、高麗が高麗船を外洋向きの頑丈な作りにしたため。

対して…

日本の武装
長弓、大鎧、日本刀、薙刀

軍船は小型船

双方を比較した場合、弓では日本側の長弓と元の短弓では、射程と威力ともに日本側の長弓が優位。ただし、実戦用の和弓は耐弓性にきわめてすぐれた大鎧を想定して矢じりを重くして威力を上げているため、射程がその分犠牲になっている。
刀では南朝遺臣の鄭思肖が「倭刀はきわめて鋭い」とし、日本征服が難しい理由の一つに日本刀の存在を挙げている。また、クビライに仕えた王惲も元寇を受けて「刀は長くて極めて犀なるものを製り…」と日本刀の切れ味に言及している。

てつはうは使用法が不明。『八幡愚童訓』という宗教書によると、元軍は逃げる時に使用したという。ただし、四キロから十キロもあるてつはうを持ちながら戦うのは不可能。実際のところどのようにしたか不明。

軍船は、元軍の船は渡海用に作られた船に関しては龍骨を備え底が二重底にであるなど、頑丈に作られた大型船にバートルや汲水小船を乗せて使用。
対して、日本側の舟は刳船などを使用したため元軍の舟に比べると性能は落ちたが、小型である分、小回りが利いた。これは壇ノ浦の戦いで小型船中心の源氏が大型船中心の平氏を破ったことからも、必ずしも大型船が有利とは限らない。

それと日本側の一騎打ちなどは俗説にしかすぎず、鎌倉時代の武士が一騎討ち戦法だったという一次史料は存在しない。そもそも、源平合戦自体が鎌倉時代の武士が集団戦法だったことを表す好例。これに関しては、wiki元寇が詳しいので転載。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87#.E5.92.8C.E5.BC.93.E3.81.A8.E8.92.99.E5.8F.A4.E5.BC.93

節「軍事面」の「集団戦法・一騎打ち」の節を参照

元軍の武器
短弓、弩、鎖帷子に皮鎧、鉾、盾、てつはう、諸刃の剣


元軍の軍船
大別すると千料船(大型船)、バートル軽疾舟(上陸用快速船艇)、汲水小船(補給船)の三タイプ

また、南宋型の船は概して大型船が多いが壊れやすく、高麗船は小型だが頑丈な船が多かった。
これは、海洋を想定していない南宋型の旧南宋船に対して、高麗が高麗船を外洋向きの頑丈な作りにしたため。

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QモーゼルC96のような拳銃は何故廃れたの?

 1896年にドイツで開発されたモーゼルC96(後のモデルM712も含む)はトリガーの前にマガジンを持つ独特のスタイルを持つ拳銃として有名です。この銃は100万丁以上生産され世界中で使われたヒット作であるとされています。
 しかし世界の自動拳銃を見るとグリップにマガジンを挿入するタイプのものばかりで、C96のようなタイプの拳銃は他に殆どありません。何か欠点があるのでしょうか?

Aベストアンサー

 一般に、当時は先端でもやがてそれを超える物ができて旧式となるものですが、兵器はとくにその傾向が著しい分野です。

 モーゼル軍用拳銃は、試作、改良型完成したのが1895年ということですからまさに自動拳銃(オートマチック)の先駆け的存在で、これが1950年代ぐらいまで現用拳銃として世界各地で使用されていたこと自体、小銃と並んで信頼性の高い拳銃であったといえます。(1910年代には9ミリパラベラム弾タイプもあり。グリップに9の番号が彫られている)

 1890年代というと、騎兵戦(騎兵銃や槍で戦う)とか白兵戦(銃剣で格闘)という戦闘形態であり、槍や弓矢なども使われていました。そういう時代背景で誕生したのがモーゼル軍用拳銃で、

 戦闘状況に応じて単発、連射がつまみ一つで切り替えられる。弾切れを考慮して20連発カートリッジが装着できる、ショルダーストックを装着して馬上から射撃できる、格闘のときには銃身を持ってグリップで叩くというほか、なにより長銃身と重量が安定した命中率を保証したことが当時のニーズに合っていたわけです。

 しかし、開発当時から携帯性や重量といういうのが欠点と指摘されており、ドイツ(プロシア)陸軍は、すでにリボルバー式の拳銃を採用しており、制式としたのはトルコ陸軍でした。このようにモーゼル拳銃は『軍事後進国』とでもいいましょうか例えば中華民国陸軍などを中心に汎用されたことが特徴です。

 やがて戦闘形態が変わっていくにともない、また新型拳銃が開発されると消え去る運命になることは兵器の宿命であります。

 
 銃の薀蓄(うんちく)本でもあるライアルの『深夜プラス1』(76年)の主人公は、モーゼル拳銃の愛用者ですが、仲間のガンマンとの会話を引用しておきます。

>どんな銃だと、聞きかけたので「一九三二年型のモーゼルだ」と教えた。彼にしてはひじょうな驚きの表情なのであろう。表情が凍りついた。「あのでかいやつ? レバーを切り換えると全自動になる、あれか?」「そうだよ」彼はわずかに片方の眉をあげ、片方をさげた。私の正体が読めたらしい。私自身の銃に関する信念の一端を見せてしまったようだ。とんでない信念ではある。「トレイラーに乗せてひっぱっていくのか?」~ わたしはニャッと笑った。俗に「箒の柄」といわれたその旧式のモーゼル銃、特に全自動切り替え装置をつけた一九三二年型にまずい点は多々ある。目方は三ポンドもあって全長一フィートもある。握りの部分が不安定で、全自動で発射すると怒った猫のように手の中で跳ね廻る。しかし、長所もあるのだ。認める、認めないのは当人の勝手である。

 読んでいくと、ラストにモーゼル軍用拳銃の真価が出てくるのですが、この頃は既にマニアの拳銃となっていたんですね。

 資料:高橋昇「モーゼル軍用拳銃」 『GUN』1977年6月号所収 
   
    ギャビン・ライアル『深夜プラス1』 ハヤカワ・ミステリ文庫 1982年
 
 

 一般に、当時は先端でもやがてそれを超える物ができて旧式となるものですが、兵器はとくにその傾向が著しい分野です。

 モーゼル軍用拳銃は、試作、改良型完成したのが1895年ということですからまさに自動拳銃(オートマチック)の先駆け的存在で、これが1950年代ぐらいまで現用拳銃として世界各地で使用されていたこと自体、小銃と並んで信頼性の高い拳銃であったといえます。(1910年代には9ミリパラベラム弾タイプもあり。グリップに9の番号が彫られている)

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