【あるあるbot連動企画】あるあるbotに投稿したけど採用されなかったあるある募集

秋葉原の事件は本当に凄惨で被害者の方々には本当にお悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。

さて、事件で現場で自主的に救出活動に当たった一般人の方々への感謝状が贈られるニュースを見ました。当然だと思います。善意のある人々はまだまだたくさんおられ、それが救いにもなっていると思います。

ところが…よく聞いてみると現場で犯人を逮捕した警察官に警視総監賞が贈られる???とか。

これっておかしくありませんか?

犯人を取り押さえて逮捕するのは警察官なら当然でしょう???

誤解のないように言いますが、逮捕した警察官には「ご苦労様です」とは言いたいです。でも普通に職務を行って何で表彰なんでしょう?

仮にわずかであっても、何らかのものが贈られるとしたらそれは「税金」ですよね。賞状1枚であっても0円では作れません。

納税者である市民があれだけ亡くなっているのにおかしくないですか?

「警察官は危険と隣り合わせだから」といいますが、採用時にわかっていることですよね?憲法でも職業選択の自由は保障されています。にもかかわらず自分で選んで警察官になっているわけですよね。

あのような場面が危険で怖いというのなら別の職業を選べばよくないですか?

非常に疑問です。

A 回答 (25件中1~10件)

逮捕した警官が評価されるということは理解できるが、だからといって大っぴらに「表彰」してアピールすることがあざといんじゃないか?



ということですよね?私もそう思います。
件の警官が「職務を全うしたまでです」と言って辞退してたりしたらカッコ良かったんですけどね(笑)。

警察はその業務内容から、ある程度その「業績」をアピールすることが治安の安定につながると考えているフシが昔からあって、「ひき逃げの検挙率は9割を超える」というような半ば都市伝説化した成功例もありますが(実際どうなのか具体的なデータを私は見たことがありませんが、「逃げても無駄」という抑止効果がかなりあると思われます)、今回はそれが裏目に出ているような気がしますね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。まさにその通りだと思います。

まあ、当の警察官にとっては仮に辞退したいと思ってもなかなかそうできない事情もあるのでしょう(そんなことをしたら上からにらまれる…とかもあるかもしれないですし)。

お礼日時:2008/06/21 19:45

 こんにちは。


私は警官に対して警視総監賞が送られた事に対しての良し悪しの判断は
今一つつきかねます。ただ、今回の犯人は沈着冷静でもなければナイフ等の
扱いに慣れていたとも思えないので、防弾チョッキで身を固め拳銃に警棒
を持っていたであろう警察官にしてみれば、それこそ逮捕して当り前であり
逮捕は特別難しい事ではなかったのではと推測されます。
 それなのに警官の防弾チョッキにはナイフの痕がハッキリと残っていて、
これは一歩間違えば警官が殺されていたかもしれないって事なので、これ
は結果オーライなだけで場合によっては警察官が殺され、その後更に逆上
した犯人がもっと多くの市民を殺していたかもしれないのです。
そうなっていたらここでの評価は全く反対になっていたかもね・・・
 従って私から見たら警官の不手際にしか思えず、この場合は拳銃を使用し威嚇
のうえ従わない場合は足を撃つなどして、犯人の攻撃力を奪うのが筋と
いうもので、本来ならばその場で射殺されてもおかしくはない事例だったの
ではないでしょうか。

 それにしても警察はいいところですよね。身内の数限りない不祥事が毎年
起き続けているし、犯人でっち上げの冤罪は後を絶たず国民の信用など
これっぽちも無いくせに、この程度の逮捕劇でもこれ見よがしに表彰しま
くる。今回はやはり一般人の方々と一緒の表彰はしない方がよかったのかも
しれませんね・・・

 最後に今回のような逃走の意思の無い犯人は逮捕して当り前であり、
チョッキを切り付けられるのは警官としては落第であり、その後の市民の
安全を第一に考えるのならば、別の逮捕方法を取るべきだったと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

結果として逮捕した。それで及第点だと思います。でもそれは当たり前のこと。

まあ、昔の何かの事件のように射殺していたら当の警察官は第三者からの「殺人罪」での告訴の可能性も十分あるわけで、簡単にはいかないのはわかります。

ただ、あれだけの犯行を犯し、警察官にも抵抗した犯人には「足への発砲」は必要だったと思います。

防弾チョッキを切りつけられたのはまあ恥じでしょうね。プロボクサーがド素人にいいパンチを入れられたようなものであの警察官自体が未熟なのでしょう。

あえてその恥を示して、こんなに危険な思いをした。だから表彰、といいたいのでしょうが、滑稽です。こんなことになったのは未熟だった…と釈明するならわかりますが。

ここまで言うのは「警察官はプロ」でなければいけないし、市民を守ってもらわなければならないからです。

お前にそんなことを言う資格があるのかといわれるかもしれませんが、私にはできないから警察官にはなっていないのです。

当たり前のことができない「プロ」は「プロ」ではないでしょう。

お礼日時:2008/06/22 16:30

泥棒を捕まえても表彰をうけるはずです。


犯人を検挙したらお手柄なんです。
お手柄を「よくやった!」と上司が褒める。
内輪のことでしょう。こうしたことは。
それに外から文句をつけるのは筋違いでしょう。
「大っぴらに表彰した」ことがけしからんというなら、誤解では。
お手柄だから、いつもどおりに褒めたところ、
(秋葉原署長でなく警視総監から表彰をうけたのは、事件の大きさからでしょう)
事件が事件だから、それをマスコミが報じたという経緯なんでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

非常に冷静で的を得たご意見です。マスコミの力が大きいかもしれませんね。

ただ、逮捕したことはぎりぎり合格点。内容は「???」だったと思います。私は内容に関してはわかりません。それは警察に詳しい方々しかわからないでしょう。「逮捕した」少なくともそれ以降の犯行は防げた。ならばあの警官は義務を果たしたのでしょう。ならばそれでいいのでは?

変な例ですが、信号が赤だから止まった。それは当たり前のことで、だから頭をナデナデされるレベルの話ではないと思いますが…。

お礼日時:2008/06/22 16:37

なんだか盛り上がってしまいましたね。

もう一度言わせてください。

個人的な印象ですが、今回こういった形で「表彰」することで警察はこう言いたいのでしょう。

「(結果的に多数の死傷者が出たが)警察の対応は最善だった。」

無論ここで皆さんが言っておられるように、未然に防げるような類の事件ではなかったでしょうし、「最善」の対応を警察は取ったと思います。
ですが、昨今警察批判が激しく、批判感情が盛り上がる前にいつもの

「捜査(逮捕)手順に誤りは無かった(致し方のない犠牲だった)。」という発表をしたかったのでしょうが、さすがにそれは不謹慎(被害者遺族の感情に配慮して)ということで今回のような形で暗に主張しているのではないかと思います。

そういう意図は理解できますが、もう少し時が経って事態が落ち着いてからにすべきだと私は思います。ここでの回答者の多さ、質問者さんに対する批判の多さからも「事態が落ち着いていない」ことを証明していますしね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

私も「最善」の対応を警察は取ったと思います。私は事件に対する対応自体に一切けちをつけていません。

ただ最善の対応をとるのは当たり前のことです。慈善事業じゃないのだから。当たり前のことをやって表彰というのが不思議な限りです。

「事態が落ち着いていない」
ご指摘のとおりです。非常によくわかるご回答です。

お礼日時:2008/06/22 16:15

質問者様のご意見は、つまり


(1)表彰とは本来標準値以上の活躍・実績が在った場合に贈られるものである。
(2)今回の事件に関する警察官の働きは、警察官の任務の範疇において標準値である。
(3)標準値以上の活躍(犯行を未然に防ぐ等)が認められないにもかかわらず、表彰されることに疑問がある。

と言う事でしょうか?

しかし、そういう意見は今だから言える話であり、
勝手な世論は『逮捕できて当たり前』万が一取り逃がしでもしていたら『警察の失態』などと無責任に非難をします。
警察組織としては、事件発生後速やかに犯人を逮捕し(当時の現場は大混乱であったと推察します)犯行の拡大を防ぐ事ができたことは、表彰に値する行動であったと判断したのでしょう。
なにか事ある毎に警察批判が絶えない昨今としては、表彰した警察幹部の心証も十分理解できます。

よって私は別段今回の表彰が不相応な評価とは思いません。

逆に一々こういうことにケチをつける様な、体温の感じられない世の中の風潮を憂います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

冷静なご回答ありがとうございます。

ただ、『逮捕できて当たり前』万が一取り逃がしでもしていたら『警察の失態』というのは真実でしょう。

それが警察の仕事なのですから。「合格点」or「落第」この2つに一つしかないでしょう。

それと引き換えによほどのことをしなければ終身雇用、老後の保障もされるのだから十分な報酬でしょう。

お礼日時:2008/06/22 16:12

そのとおり!警察は無駄なことをするな!






という反応を御期待でしょうか?
それは意見の開陳であって、質問ではないと思われます。ま、ここらでは珍しいことではありません(演説者と判ってなお追記する回答子も含め)が。

さて、
>(1)当然の義務を果たしたのだからそんなものは必要ない
>犯人の捕まえ方については彼らはプロなので一般の私にはわかりませんしわかる必要もないと思います。
 だったら、これが表彰に値するか否かの判断がどうして付くのでしょうか? 回答子は既にお示しの通り、義務の規を越え十分に挺身的な活動であったと思います。

 株主の例えに乗るならば、「俺は経営なんか知らないが、この株には現行の10倍の配当が付いて当然だ」というようなものです。その10倍の根拠が出せるならそれは意見の相違ですが、それがないのは只の傲慢に過ぎません。
 判る必要もない、ねぇ。なんというか、とても悪い意味で社民党的ですねぇ。

>(2)ただ、組織の士気の向上がどうたら言うのなら内部で勝手にやってくれ
>当たり前の任務を果たしたのだからそれは当然。賞を与えたければ内部でやってくれということです。
>表立っていうのがアホらしく思えるということです。
 その他の総監表彰、署長賞詞なんてものを見たことがありますか? 今回のは元が大きい(バリューがあると考えたメディアがある)+民間人と併せて だから表に出ただけです。逆に隠すことでもないし。

 これが、特進(五輪金メダルにほぼ相当)だ、褒章叙勲だ(但、無事故で勤めあげれは危険従事者叙勲は貰えるような気がする。関係ないが民間の方は紅綬出るんだろうか)、国民栄誉賞だ(これは別の意味で批判が出る)、となれば程度問題としておかしいんじゃ・・・という話にはなると思います。が、組織内部の適当な表彰が行われることにそれほど大きい嫌悪感を示す必要は感じられません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2008/06/22 16:07

> 何度もいいますが出資者で株主です。



それでは、「株主」さん。「当然のことをしただけなんだから、社長賞は経費の無駄だからやるな」と、社長にいうようなことをして、その会社や社員はまともに働きますか?それが会社のためになりますか?

馬鹿な社長を馬鹿な株主に置き換えたところで、「警視総監賞」の意味に変わるところはありません。これを止めろという愚かしさにも、なんら変わるところはありません。むしろ、株主がそんなことまで口を出すなら、そんな会社の社長など、やる馬鹿はいないでしょう。当然、まともな人はそんな会社とっとと見限ります。

株主でも出資者でも結構ですが、あなたのような理由で「社長賞なんかやるな」なんてことを言い出した人は見たことがないし、いたら嘲笑されるのがおちでしょう。それが、相手が「公務員」だと、どういうわけかこういう意見を真に受ける人が多いのは確かですが、冷静に考えればわかることです。

いずれにせよ、社長賞をやるな、なんて、会社をつぶすためのようなもの。警視総監賞もまた然り、です。

この回答への補足

皆さん多くの回答をありがとうございます。

コメントがいただける方はお手数ですがおおかたのコメントやお礼などを読んでからいただけると幸いです。

補足日時:2008/06/22 00:34
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この回答へのお礼

 

お礼日時:2008/06/22 00:30

> 社員が社長に感謝すらしない会社などが存在するでしょうか?



そりゃぁもう、いくらでもありますよ。馬鹿社長なんて、この世にはいくらでもいますから。社長だってだけで感謝されたり、尊敬されたりするとでもお思いですか?それなりの社長でなければ、尊敬も感謝もされません。むしろ、優れた社長というのは、「あなたたちのおかげでこの会社が存続しているのです」といって、日々社員に感謝するものです。それでこそ社員というのは奮い立ち、会社と社長のために職務に精励するのです。

では、馬鹿な社長をいただいた会社員はどうするか。有能な会社員なら会社を辞めますが、凡庸な社員であれば、手柄を立てなくてもへまだけはしないようにして、ひたすら定年か、社長が代わるのを待ちます。どうですか、最近、ネットなどでたたかれまくっている「だめな公務員」にそっくりだと思いません?

もちろん、そういう会社はつぶれないまでも衰退します。ただ、馬鹿社長は数年で代わることが多いのですが、憲法というものに守られた「国民」というやつは、延々と代わらないですね。

有能な社長というのは、社員をうまく誉めるものです。年がら年中雷を落とすだけの社長には、誰もついていきません。誠実の職務に励み、時には命を削ってまで職務を遂行しているのに、他でもない社長が「社長賞など経費の無駄だ」とか言う会社なら、誰もまじめに仕事なんてしません。

もちろん、国民の中で、「警視総監賞は税金の無駄遣い」「当然のことをしただけなんだから賞なんてあげなくていい」とかいうような、経営的センスがからっきし無いような「国民」というのは、決して多数ではありません。ですから、かろうじて警察官もそれなりに仕事をしているわけです。

繰り返しますが、今回のように、体を張って「当然のこと」をした人を顕彰することは、むしろ会社の常識です。こういう人に何も報いないというのは、社会人としては、十分に非常識な部類に入ります。そんな主権者の下であれば、まともな人は公務員になどなりません。
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この回答へのお礼

再度ご回答ありがとうございます。

国民が公務員に対する社長であるということ自体ナンセンスだと思います。何度もいいますが出資者で株主です。

お礼日時:2008/06/21 21:32

 経歴の中に(警察内での)賞罰歴として残すための性格が強いモノです。

警察もやはり役所組織ですから、特異な事件解決などは表彰することで内部の成績評価(ゆくゆくは査定だったり、昇進試験なりに)に繋げていく必要があります。それは民間でも同じ事ですが。

 そして、常にこの様な形で報道されているモノではありません。総監表彰ということは詰まるところ「県警本部長表彰」ですから、しばしば出るものです(1人のサツ官でも勤続中に数回取れることもある)。田舎の県警だと、たまの殺しの解決とかでも出ますし、連続盗犯の速やかな解決とかもスジが良ければ射程内。ま、この程度は予算の枠内(ま、ほかのヤマが押しだされるかも知れませんがね)。
 たまたま今回は大事件、かつ民間人と同時だったので表に出ているだけです。

 それから、持兇器犯をサシで制圧する、というのは、回答者様には御不満でしょうが、サツ官のマニュアルをやや越えた行動です。
 マニュアル的にいえば、より多数で囲んだうえで制圧するべき(条件次第ですが、その辺のモノを投げ付けるとかで時間稼ぎをして増援を待つ所でしょう)。
 サシでバンバン格闘して逮捕!というのはドラマかゲームの世界。実際には「多勢に無勢」を最大限活かすことこそが警察の組織力ってもんです。
 路地裏でサシで対峙し、拳銃使用はあったが発砲もなく(あそこなら使えるという判断も的確)、投降させて犯人を確保した、というのは沈着な行動である、と評価できます。
敢えて言えば、拳銃の格納が早すぎと思えなくもないですが(偽装投降の可能性も考慮すべき。ただし、結果的には臨場者の判断が正しかったし、疑いすぎると再度キレる可能性もある)

というわけで、
1)表彰と言っても特別な支出が発生しているわけではない
2)今回の制圧は、十分表彰に値する行動であった
という所でしょうか。

感想としては目くじら立てる話では全然ないなぁ、と感じます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

当たり前の任務を果たしたのだからそれは当然。賞を与えたければ内部でやってくれということです。

表立っていうのがアホらしく思えるということです。

犯人の捕まえ方については彼らはプロなので一般の私にはわかりませんしわかる必要もないと思います。

お礼日時:2008/06/22 00:33

「警視総監賞」というのは、民間の企業では「社長賞」にあたるでしょう。


社長賞というのは、会社内でのその人の成した業績に対して贈られます。これは、決して「突飛な」業績に対して行われるのではなく、むしろその人が職責を「まっとう」に遂行したことを評価するものです。

たとえば、社員がお客さんの注文をもらって、注文どおりに物を作り、注文どおりに納品して、注文どおりに稼動したとします。これはすべて、会社員としては当然の仕事です。ですが、これが総工費数億円にも上る、会社の売上の数%を占めてしまうような巨大プロジェクトで、それをたいした混乱も無く納めたとしたら、プロジェクトとプロジェクトリーダーは、間違いなく社長賞ものです。こういう「当然のこと」が、社長賞として表彰されるのです。

警察にとっての巨大プロジェクトとは、このような大事件に他ならないでしょう。今回の、警察官の行動も、「当然のこと」と言うことは可能です。ですが、このような大事件においても誠実に職務に精励し、当然のこととはいえそれを怠り無く実行したのであれば、それは表彰されてしかるべきことなのです。

信賞必罰は、組織の基本です。これがいいかげんな組織は、まともに機能しなくなります。社長賞などの表彰を適切に行うことは、下手に給料を上げたりするよりも社員の仕事の質を向上させるにはずっと効果のあることで、これを「無駄な金」などと思う社長は、経営のセンスというものを疑われるでしょう。
同じように、警視総監賞も、これがないとかえって人件費が増加したり、それ相応に治安は悪化したりするでしょう。それに税金を投入するのは、むしろ有効に税を使うことといえます。

目先の出費に目を奪われて、人の心が見えなくなったら社長は失格です。そして、公務員にとって、真の意味での『社長』とは、主権者である国民に他なりません。国民主権は結構なことですが、それは、国民にこの国を経営することを任すということに他なりません。この国を健全に経営するためには、国民のセンスというものが問われるのです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>公務員にとって、真の意味での『社長』とは、主権者である国民に他なりません。

???

もう一度よくお考えください。国民が社長???だいたい、社長の意見が反映されない会社など存在するでしょうか?社員が社長に感謝すらしない会社などが存在するでしょうか?

警察官がきちんと働いてくれるなら、国民は安全や平和という「配当」を受け取る出資者・株主であり、彼らがきちんとやってくれないのなら、裏切られて無理やり出資金を搾取されているいる出資者にすぎません。

仮に会社なら、株主総会で経営陣は凶弾される可能性もあるでしょうし。

お礼日時:2008/06/21 19:42

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