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子音とか母音とか二重母音とかいろいろありますが、
それぞれの音と音素はどう違うのですか??
それとも、音素と個々の音は同じなのでしょうか・・・。

英語の発音関係のサイトを見ているとよく"音素"という言葉が出てきますが、よくわかりません。
音素とは何の事でしょうか??

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A 回答 (4件)

「音素」というのは、実際の音ではなく、「心の音」です。



例えば、「あ」という文字を5回書いたら、5回とも全く同じ形にはなりません。でも、よほど字が汚くなければ日本人の目(というか頭)には5つとも「あ」と認識されます。

同じように、「あ」と5回言ったら、5回とも音声的には全く同じではありません。しかしよほど発音が不明瞭じゃないかぎり、日本人の耳(というか頭)には「あ」と認識されます。

これが「あ」という「音素」です。


簡単に言えば、日本語には50音表があり、全ての単語は50音表の音だけでできてます。逆に言えば、50音表の音だけ習得すれば、理論上は全ての単語が発音できるわけです。


同じく、英語も、
母音は
Long A,E,I,O,U
Short A,E,I,O,U
Digraph OI,OU,OO
の13種類のみ。

子音は、
濁音(難しく言えば有声阻害音)b,d,g,j,z,v,TH,zh
清音(難しく言えば無声阻害音) p,t,k,ch,s,f,th,sh,h
その他(難しく言えば共鳴音) l,m,n,r,w,y
この23個のみ。

※数え方は定義によって、また方言によって多少異なります。

全ての英単語はこれらの音だけでできています。
日本人の頭に50音表の音しかないのと同じように、英語話者の頭にはこれらの音しかありません。
これらが、英語の「音素」になります。


例えばLong AとかIとかは、「エイ」「アイ」という具合に、2つの音っぽく聞こえます。よって、これらは二重母音と言います。(音韻論では、two skeletal slotsと呼びます)

しかし英語話者は、「エイ」「アイ」等を1つの母音と認識しているので、これら二重母音は「1つの音素」ということになります。

「エ、イ」「ア、イ」という風に分けない。

一方、日本語の「愛」は、「あ、い」と分けることができるので、通常は二重母音と考えないで、単純に「2つの母音音素」と考えます。


わかりました??

もしわからなければまた質問して下さい。
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(補足説明)


>そのグループ(音素)は1個1個単独で発音するのは無理ですよね?
音素というものは、単音の集合を前に述べました基準によって分類した結果できた部分集合に付けられた名前(記号)のことです。だから集合論的手法という言葉を竹林先生は使われたのです。その各々の部分集合つまり各音素の要素として実際に発音される単音がその中に含まれています。例えば、音素/p/には、帯気破裂音のp、無気破裂音のp、閉鎖音のpが存在します。音素の要素としての単音のことを異音といっているのです。

>日本語だとぺんぎんの"ん"とみんなの"ん"が、同じ音素、で合ってるでしょうか??
そうです。どちらも音素/ん/の異音です。
(近頃、日本人は「ん」の発音が下手になったと思います。例えば、「まんぎょんぼんごう」(万景峰号)をうまく発音できない人がたくさんいますね。これは英語の「n」の発音に日本人の舌が慣らされてしまったためだと思います。戦後英語教育の60年は日本語に大きな影響を与えてきましたが、「ん」の異変もそのひとつでしょうね。)

以上、理解の一助になれば幸いに思います。
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この回答へのお礼

まんぎょんぼんごう、上手く発音できませんでした。

音素と単音・・・やっぱり難しいですね。
まだ完全に理解できていませんが、
お返事を参考にもう少し考えてみます。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2008/07/17 19:06

もう昔の話になりますが、竹林滋先生は音韻論の最初の授業でこう仰いました。

「音声学は個々の音声(単音)を研究しますが、音韻論は音素を取り扱います。音素というのはある言語において、意味を弁別できる最小単位の音をいいます。それを求めるには集合論の手法を使います、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。」
最初聞いた時は何のことかよく理解できませんでしたが、「集合」に関係があるんだなということだけ頭に残りました。(あとで気付いたことですが、集合に関係のない学問なんてありません。)
先生の話をやさしく言い直せばこういうことです。
「単音は音の出し方(調音)を基準にした場合の音声の最小単位です。ある言語に存在する単音を全部集めてきましょう。その結果ある言語における単音の集合が完成しますね。ということは、ある言語に現れる単語はすべて、その集合の要素である単音から出来ているということです。そこで、ある単音と別の単音を入れ替えてもその単語の意味が変わることはないもの同士を同類とするという基準を設けて単音の集合を分類することにしましょう。そのようにして出来た各グループのことを音素と呼びます。例えば英語の場合、pinとspinとyepという単語に現れる夫々のpという単音は音声学的には違う音(異音)ですが、同じ音素です。なぜならspinという単語をpinのpで発音しても違和感はあるものの単語の意味が変わるということはないからです。」

以上、少しでも参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

単音が最小単位というのは理解できました。
例に上げている3つのPの音の違いもなんとなく理解できるのですが、

そのグループ(音素)は1個1個単独で発音するのは無理ですよね??
Wikiの説明が少しわかったような気がします。
日本語だとぺんぎんの"ん"とみんなの"ん"が、同じ音素、で合ってるでしょうか??

お礼日時:2008/07/16 17:56

今日は。


ここで、文章で説明すると長文になり大変ですから、このサイトで
ご理解下さい。
参考サイト:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E7%B4%A0

この回答への補足

Wikiを見ましたが、難しくて理解できません。

単音と音素は何が違うのでしょう。
日本語の音素が載っていますが、英語の音素が知りたいです。

補足日時:2008/07/14 18:56
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Q日本語の音素の数

英語の音素は44あるそうです。日本語はいくつありますか? 「か」は k と a に分けて考えるとしてください。

Aベストアンサー

母音

/a/ /i/ /u/ /e/ /o/


子音

/k/ /s/ /t/ /c/ /n/ /h/ /m/ /r/ /g/ /z/ /d/ /b/ /p/


半母音

/j/ /w/


特殊モーラ

/n/ /q/ /h/


全部で23個です。単純に母音、子音だけ足すものではありません。

Q音節と音素はどう違うのでしょうか?

音節(syllable)と音素(phoneme)はどう違うのでしょうか?

英語学研究に知識のある方にうかがえれば理想です。

Aベストアンサー

簡単に言うと、音節とは、「発話」の最小単位の事です。音素とは、「音」の最小単位の事です。

わかりやすく説明すると、

"philosophy" という単語を音節と音素で分けるとします。(本来なら発音記号で表記すべきですが、わかりやすくするために、通常の綴りで説明します。)

音節で分けた場合、

phi-lo-so-phy となりますが、

これを音素にわけるすると、

/ph/ /i/ /l/ /o/ /s/ /o/ /ph/ /i(y)/

となるのです。

つまり、"philosophy"は4音節と、8つの音素で成り立っていると言えます。

一つの音節には通常、一つの母音が入っていることが規則です(例外もあり)。音節のピークである母音に、子音が前後に重なって音節を作ります。しかし、音節とは母音一つでも成り立つものなので、前後に子音がくるかこないかは、特定の言語の音節構造によります。ピークの母音は、nucleus(核音)、前に来る子音は、Onset (頭子音)、後に来る子音は、Coda(尾子音)と呼ばれています。

つまり、philosophyの第一音節の例を用いると、

phi という音節はOnset(ph) と、nucleus(i)の二つの部分で成り立っているということになります。

各言語によって、音節構造の仕組みには特徴があります。例えば、日本語では、Coda(尾子音)は通常ないものとされています。一方、英語では、日本語よりももっと複雑な音節構造をもっているので、いろいろなパターンがあります。

音素とは、音の最小単位と考えれば、あまり難しいものではないでしょう。子音も一つの音素ですし、母音も一つの音素となります。

簡単に言うと、音節とは、「発話」の最小単位の事です。音素とは、「音」の最小単位の事です。

わかりやすく説明すると、

"philosophy" という単語を音節と音素で分けるとします。(本来なら発音記号で表記すべきですが、わかりやすくするために、通常の綴りで説明します。)

音節で分けた場合、

phi-lo-so-phy となりますが、

これを音素にわけるすると、

/ph/ /i/ /l/ /o/ /s/ /o/ /ph/ /i(y)/

となるのです。

つまり、"philosophy"は4音節と、8つの音素で成り立っていると言え...続きを読む

Qワードで発音記号を表すにはどうやるのですか?

辞書に載ってるような、アルファベットではない発音記号をワードで書きたいのですが、どうやったらよろしいのでしょうか?

Aベストアンサー

Wordのバージョン2002以降では、以下の手順で発音記号の入力ができます。

1.ツールバーから「挿入」→「記号と特殊文字」を選択してクリックします。
2.記号と特殊文字ウィンドウが表示されます。ウィンドウ上部にある「フォント」のところで『日本語用フォント』を、「種類」のところで『IPA拡張』を選択すると、発音記号の一覧が表示されるようになります。
3.挿入したい発音記号の文字をクリックした後、右下の挿入ボタンを押せばOKです。

Q英語の句構造標識についてです。

英語の句構造標識についてです。
Beth will turn in her thesis to Prof. Goto.
この文章を句構造標識(樹形図)で表せという問題が出たのですが、いまいちよく分りません。willの品詞は何になるのでしょうか?また、turn inはどう扱えばよいのでしょうか? どなたか分る方がいらっしゃいましたら教えて下さいm(μμ)m

Aベストアンサー

 うひゃ、生成文法ですか?! どなたか生成文法に詳しい方が書き込まれるまでのつなぎで、表面をなぞっただけの私で分かる範囲だけを書いてみます。

 文の構成を生成文法では主部と述部に分けますよね。この文では
主部:Beth
述部:will turn in her thesis to Prof. Goto
になります。主部がこのように1語からなっていても「名詞句」と呼ばれ、述部は全部ひっくるめて「動詞句」とされます。この二つが「直接構成素」で、文章をこのふたつに分けることが、句構造標識のまず地下1階です。

 以下、私たちが慣れ親しんだ文法用語で言えば、名詞句は場合によっては冠詞、形容詞、名詞の3つに別れますし、動詞句はこの文では助動詞will、述部動詞が句動詞なのでturn in、さらにこれに名詞句her thesisや前置詞句to Prof. Gotoなどに分けられます。この段階が地下2階です。

 動詞は動詞turnと副詞in、そして名詞句は更に冠詞herと名詞thesis、句前置詞句は前置詞toと名詞Prof. Gotoに。=地下3階

...と単語一つになるまで下へ下へと樹形図が作られることに。(Billは一語で名詞句なので地下はありません)
     ^
   ^   ^
  ^ ^ ^ ^ 

…というのが私の理解です。ただ、turn inの扱いは私ならエイヤーッと上記のように分析するだろうという程度の信頼度です。結果については一切の責任を負いかねます、ということで勘弁してくださいね。

 willは動詞句を形成する構成素としての助動詞ということでいいのではないでしょうか。

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主部:Beth
述部:will turn in her thesis to Prof. Goto
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Q相補分布による音素の決定について

いま、音素の決定について学んでいるのですが、相補分布での決定の流れがわからなく、自分なりにまとめてみました。

まずは(1)最少対の原則 例 [ka]と[ga] /k/と/g/で最少対完成。→音素[k]と[g]
しかしこの法則だけでは決められないものもある!!?

例 : 撥音 <ん>

(1)最少対で確認
撥音[m] [n] [N]… などが別の音素となってしまう可能性

(2)相補分布で確認(同一音素の異音ではないか?)→相補分布していれば同一音素の異音の可能性が高い。しかしまだわからない。そこで、同一音素が環境によって異なる音声になったのであれば、類似する共通特徴を持っている、つまり似ているのではないか。

(3)環境同化で確認
鼻音という共通特徴を発見、調音点は後続音という環境が決定してる。

<ん>は[m] [n] [N]などの異音からなる音素と決定できる。

このような考えでよろしいのでしょうか?

目的としては、音素を増やさないためなのでしょうか?

Aベストアンサー

撥音については、相補分布をなす以上、最小対(「少」ではありません)はありません。
したがって、
(1)最小対では確認できない
というべきでしょう。

また、(2)「相補分布で確認」されれば、それはもうその段階で異音ということになります。


なお、「類似する共通特徴」というのは当てになりません。
[a] と [e] が同一音素の異音ということもあります。
また、(私は認めませんが)促音や長音を音素とするならば、/Q/ や /H/ に何らかの音声特徴があることになります。

でもそんなものはありません。
「先行する母音と同じ」、とか、「後続する子音と同じ」なんて、音声特徴ではありません。

確かに /h/ と /ŋ/ で必要になるように見えますが、実際には完全に相補分布しているわけではないので。


>目的としては、音素を増やさないためなのでしょうか?

音素とは何か、という根幹に関わるご質問ですね。
分離的な音声には一つとして同じものはない。
同一人物でさえ同じ音が出せないのに、ましてや成人男性と女児とで同じ音声が出せるわけがない。
しかし、我々は「あ」なら「あ」を一つの同じ音として認識する。
それはなぜか?

一つの音として認識される限り、多様な実現が可能であるし、
一定のルールに従う限り、多様な実現は捨象される。
ではその一定のルールとは何か?

いろいろあるだろうがその一つが相補分布、というわけです。
数の問題ではありません。

撥音については、相補分布をなす以上、最小対(「少」ではありません)はありません。
したがって、
(1)最小対では確認できない
というべきでしょう。

また、(2)「相補分布で確認」されれば、それはもうその段階で異音ということになります。


なお、「類似する共通特徴」というのは当てになりません。
[a] と [e] が同一音素の異音ということもあります。
また、(私は認めませんが)促音や長音を音素とするならば、/Q/ や /H/ に何らかの音声特徴があることになります。

でもそんなものはありません。
「先行...続きを読む

Q接頭語 unが付く単語とinが付く単語の覚え方

自分でネットで調べた限りでは、inがつくかunがつくかはっきりとした法則はないようなのですが
覚えた方はどのように覚えましたか?

Aベストアンサー

>覚えた方はどのように覚えましたか?

接頭辞のin がつくとか unがつくとかで、基幹部分から派生して覚えず、出てきた単語そのものを覚えるようにしました。必ずしも、不とか非とかではないように思います。もし、inやunをつけて、基幹部分の反対語のように覚えたら、逆に混乱してしまいます。

機械的な単語の増やし方をせずに、私は、単語のもつ語感や例文を重視し、単語の組成や語源などは、ほとんど考えないようにしています。知っている単語が教養のあるネイティブレベルに至らない段階では、そのようなことはしないほうが良いと思っています。

例:indifferent
People have become indifferent to the suffering of others. (Cobuildより)


アルクのSVL(7-12)から、いくつか抜き出してみました。
以下の単語の中では、insolventやundueは、派生で覚えようとすると間違えてしまいます。

incessant     unanimous
inactive      unofficial
incorporate    unskilled
intolerable    uneven
invaluable     unequal
inseparable    unethical
inefficiency    unfriendly
inexplicable    unleash
invincible     unidentified
invariable     undone
infamous      unorthodox
inertia      unspoken
inflate      unearth
infinity      unravel
influx       undue
instill
insolvent
ineligible
infirm

>覚えた方はどのように覚えましたか?

接頭辞のin がつくとか unがつくとかで、基幹部分から派生して覚えず、出てきた単語そのものを覚えるようにしました。必ずしも、不とか非とかではないように思います。もし、inやunをつけて、基幹部分の反対語のように覚えたら、逆に混乱してしまいます。

機械的な単語の増やし方をせずに、私は、単語のもつ語感や例文を重視し、単語の組成や語源などは、ほとんど考えないようにしています。知っている単語が教養のあるネイティブレベルに至らない段階では、そのようなこと...続きを読む

Q英語ってどういう言語ですか?

こんな日本語があるとします。

・いったよ。

・みてもらったよ。

・うえのほう?

・あしたかな。

・まぁ、そう。

・ことしいやなよかんあたるきする するする いや~!


適当に半端な日本語を書きましたが、全部意味が分かりますよね?
一方、英語だと、何年も前から思ってたことですが、
文脈が無いと意味が取れない、と言う事態に遭遇しますよね?
してもらったのか、させたのか、も、ひょっとしたら分からないし、
成功したのか、それを作ったのかも、分かりませんよね。
英語って、文脈が無いとネイティブでも、何が言いたいか分からない言語なんですか?
よくこんな言語で会話できるなぁと思うことがありました。

母に宿題を手伝ってもらった、が、
母に宿題を手伝わせた、とも取れるんですよね?

英語って、そういう言語なんですか?
それとも、ネイティブは、ちゃんと明確に区別できるのですか?
前後がなくても。

Aベストアンサー

わたしはネイティブと結婚してい、普段は英語ではなしているので、その観点から書くと、日本語は日本語独特の文化があります。 日本語でないといえないことはたくさんあります。

逆に、日本語よりも英語のほうが便利な場合もかなりあります。

たとえば、現在完了などを習ったはずですが、英語は時制に厳密な言葉です。 日本語にはない文法なので、難しく退屈だったかもしれませんが、現在完了形を使うと、自分が行っている行為が、過去から現在まで継続していたことなどが簡単に表現できますが、日本語では不可能です。 そういう表現がないというより、言葉の仕組みでできないからです。

単数複数の違いも英語はたいへん厳密なので、言葉の障りをきいているだけで、そういう単数複数がわかるし、ものをとってもらうにも、「特定の鉛筆」を取るようにいっているのか「鉛筆ならなんでもよい」か、簡単な文章でわかりますが、日本語ではなかなかそれがわかりません。 英語はかならず主語で始まることもあり、誰を主体にして話しているかも簡単にわかりますが、日本語では、それがなかなかわかりません。

英語は最初に結論がくるので、言いたいことは簡単に言えますが、日本語は、だらだらしゃべる人だと何を言いたいのかわからないです。 ただ、英語も、意味もなしにだらだらしゃべることは可能です。 丁寧な英語になるとそういう表現ができます。 ひとことでいうと「お前はきらいだあっちへいけ」という意味のことでも、あいまいな丁寧英語でやると、日本語に近いような「あいまいないいかた」もできます。

日本語は感情表現にとてもとんだ言葉です。これは、英語とはおおちがいです。

日本語の特色に、男女の区別もあります。 話し手の性別は、日本語だと書籍でも簡単にわかりますが、英語だとかなり読んでていても、互いの上下関係、年齢関係、職業柄などは、なかなか日本語のようにはわかりません。まったくわからないこともないのです。それは、英語にも上流階級しか使わない言葉遣いや、職人しか使わないような言葉遣いもあるからです。 ただ、わたしは日本語ほどそういう関係を表現できないと思います。

文学など、こころの様などを細かく訴えるのは、日本語は最適な言葉だと思います。 俳句など、あれだけ短い文章に、そうとう複雑な意味や思いをこめられます。 わたしは英語話者ではないので、細かくはわからないですが、たぶん、英語ではそういう技は不可能です。

これはわたしの感覚なのですが、日本語は発音があまりに単純なために、英語と同等の内容をいおうとすると、そうとう長くなります。 それで、自然に省略して通じる言葉になったのではないかと思います。英語は、なんか長々しく書いているように思えるかもしれませんが、現実は、同じ速度で話した場合は、日本語の数倍の密度で話せます。 たとえば「i love you so much」と、同じことを言おうとしても、「とても、あ」と日本語で言っていたときにはすでに、i love you so muchとは言い終わっています。 だから日本語は「愛してる」としか、同じ時間には言えないし、そもそも、日本語には愛を語る習慣がありません。

それに比較して英語では、常に「愛している」と互いに言わないと、いけない文化なのです。

わたしはネイティブと結婚してい、普段は英語ではなしているので、その観点から書くと、日本語は日本語独特の文化があります。 日本語でないといえないことはたくさんあります。

逆に、日本語よりも英語のほうが便利な場合もかなりあります。

たとえば、現在完了などを習ったはずですが、英語は時制に厳密な言葉です。 日本語にはない文法なので、難しく退屈だったかもしれませんが、現在完了形を使うと、自分が行っている行為が、過去から現在まで継続していたことなどが簡単に表現できますが、日本語では不...続きを読む

Q母音の数

外国語の中には母音が3つぐらいしかない国や10個以上ある国があると聞いたのですがそれはどこですか?

Aベストアンサー

以下、私の知っている範囲です。

私の資料で、母音が3つの言語は、アラビア語、アメリカ・インデアン語、
エスキモー語の方言で /a/, /i/, /u/ とあります。アラビア語は少しかじっ
たことがありますが、標準語以外の多くの口語方言では、これ以外の母音も
使われてます。アメリカ・インデアン語はどれをさしているかわかりません。
エスキモー語(最近はイヌイット語という)は、3母音・4母音があるようです。
このほか、オーストラリア原住民のワロコ語も3母音です。
この3母音がほとんどどの言語にもある基本母音のようです。
多くの母音を持つ言語は、ほぼ これらの中間音とみることができます。
/a/と/i/の中間音/e/、/a/と/u/の中間音/o/など。さらに細かく分けたり。

母音が10を越える言語ですが二重母音・長母音・鼻母音を除いた基本母音で
発音記号ベースで数えると、英語・フランス語・ドイツ語などが 12~14個
です。ただ、子音も含めた組み合わせでは多くても実質8か9の区別で問題
ないかもしれません。
また、中国語やタイ語などに見られる声調は別々に数えない場合です。
さらに、カンボジア語では基本9母音のほか、5つの弛喉母音があります。
ついでにいうと、フランス語・ポーランド語・ポルトガル語には3~4の鼻母音
があります。

文字ベースではロシア語やハングルがありますが、ヤ行(y)やワ行(w)の半母音
も含めた数え方で発音記号ベースでは多くて8か9です。
タイ文字は母音文字 32 ( 子音文字 44, 声調記号 4 ) ですが、基本母音は9で
す。また、アラビア語は母音文字は使われず、子音の上下に補助記号をつけて
示せますが、新聞等でも母音補助記号は省略されてます。

以下、私の知っている範囲です。

私の資料で、母音が3つの言語は、アラビア語、アメリカ・インデアン語、
エスキモー語の方言で /a/, /i/, /u/ とあります。アラビア語は少しかじっ
たことがありますが、標準語以外の多くの口語方言では、これ以外の母音も
使われてます。アメリカ・インデアン語はどれをさしているかわかりません。
エスキモー語(最近はイヌイット語という)は、3母音・4母音があるようです。
このほか、オーストラリア原住民のワロコ語も3母音です。
この3母音がほとんどどの言語に...続きを読む

Qアンチョビとは何ですか?

イタリアン料理で
よくアンチョンビを使われますが
これは何でしょうか?
どんな味がするのですか?
スーパーで売っているのですか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ちなみにこんな感じです。

http://www.kenko.com/product/item/itm_6511879072.html

参考URL:http://www.kenko.com/product/item/itm_6511879072.html

Qウィリアム フォークナーの「エミリーに薔薇を」について

英語の授業でやったんだけど、小説の中の時間がバラバラに進んでいくのでチンプンカンプン・・・。
エミリーのお父さんがエミリーに及ぼした影響や、ラストになぜエミリーはバロンの死体を抱いて寝ていたのか、その前になぜバロンを殺さなくてはいけなかったのか・・・。気になります・・・。
誰か時間の流れが分るように教えて下さい!

Aベストアンサー

幸い、ファイルの中に以前書いたレポートが残っていましたので、それを見ながら書いていきます。
といっても、フォークナーの専門家ではありませんので、解釈をそのまま鵜呑みにしないでくださいね。

まず、ミス・エミリーが死んだ時から物語はスタートするのですが、その時期(物語時間の現在)はしばらく経つまであきらかにされていません。
具体的に数字が出るのは1894年、父親が死んだ年です。
このことから、この1894年がこの物語の中心、起点であると考えてよいと思います。
ここから以下年譜を作ってみます。

1894年:父親死去、エミリーは三十過ぎ
サートリス大佐はエミリーに免税措置。
1895年:ホーマー・バロン来る。
1896年:エミリーはヒ素を買う。
エミリーは男性用洗面用品を買う。
エミリーの家に従姉妹が来る。
従姉妹が帰ってから10日後バロン来訪。
異臭騒ぎ。
1904~1910/11:エミリーは陶器の下絵描きを教授。
1926年:税金の通知を持って、人々が屋敷来訪。
1936?年:エミリーは74歳で死亡。

物語ではバラバラに語られるこうしたできごとを時間の経過に沿って整理するとこうなるかと思います。

まずエミリーに対する父親の影響ですが、その前に“we(わたしたち)”と語られる語り手のことを考えてみます。
この“we”は街の人々ではあるけれど、具体的に語り手を特定するものではありません。
ここから読みとれるのは、グリアソン家は常に「わたしたち」という街の住民の注視の対象であった、ということです。

街の中にグリアソン家に釣り合う家はなかった。
エミリーの大叔母ワイアット夫人は精神病だった。
このようなことから、エミリーは結婚相手を見つけるのがなかなかむずかしかったことがわかります。
格下の相手でも良ければなんとか見つかったのでしょうが、父親はそれを潔しとしなかった。そのことに対する街全体の反感も描かれています。

こうして父親の庇護の下(あるいは監視の下)に留め置かれていたエミリーが、衆人環視のなか、父の死後、初めて自分の人生を歩み始めるのです。
 
北部からやってきたホーマー・バロンがなぜエミリーと関わりを持ち、彼女を捨てたのか、さまざまな解釈がありますが、大きく分けて、この三つになるかと思います。

・南部の名家の女性に興味はあったが、いざつきあってみると、年増の彼女に、あるいは名家の格式に、あるいは格式が高い割に財産がないことに嫌気がさした、という説。
・彼はゲイだった、という説。四章で、ホーマー自ら、自分は男性が好きだ(男友達と飲み騒ぐのが好き、とも解釈できるのですが)と言っています。
・彼は『サンクチュアリ』のポパイ同様、性的不能者であったという説。

何にしても、ホーマーは北部人の象徴であり、南北戦争の深い敗北感を引きずる南部人の中に現れたよそ者です。いつかは(工事が終われば)北部へ帰っていく人間です(そうした北部的時間軸の中に生きている)。

しかも、バロン(Barron)は容易にBaron=男爵という称号を連想させ、ホーマーはすなわちホメロス、ギリシャの偉大な詩人の名前です。そのような高貴な名前を持つ、道路工事の現場監督。この名前には彼の持つ矛盾が象徴的に表れています。

家に縛られて、南部的時間軸(最終章でこの南部的時間軸についての説明がでてきます。

the very old men--some in their brushed Confederate uniforms--on the porch and the lawn, talking of Miss Emily as if she had been a contemporary of theirs, believing that they had danced with her and courted her perhaps, confusing time with its mathematical progression, as the old do, to whom all the past is not a diminishing road but, instead, a huge meadow which no winter ever quite touches, divided from them now by the narrow bottleneck of the most recent decade of years.

ここでふれられているのは、エミリーの葬儀に集まった老人の時間概念ですが、同時にエミリーのそれでもあった。この物語の進行のように、あっちへいきこっちへいき、エピソードが複雑に絡み合う、そのような時間軸を南部人は生きている、とフォークナーは考えていたわけです)を生きるエミリーとは、どう考えても一緒になれるはずがなかったのです。

エミリーとホーマーの関係をどう見るか、というのも、一致した見解はありません。
・#1の方のおっしゃるようにもてあそんだ、という解釈。
・ゲイであった、あるいは性的不能者であったために、恋愛関係でさえななかった、という説。

エミリーが彼を愛していたのかどうかさえ、よくわからない。
というのも、ホーマーはエミリーの前に表れた、父親以外の唯一の男性だからです。
愛していようがいまいが、とにかくエミリーにはホーマーしかいなかったのです。

そうした唯一の男性が、自らの下を去ろうとするのを妨げようと、エミリーはヒ素で彼を毒殺します。
死体となった彼は、永遠に彼女から離れることはありません。
その死体は、ぬいぐるみのクマなのか、父親代わりなのか、恋人なのか。
これもさまざまに解釈することができると思いますが、ともかく、永遠に彼女のものとなった彼を抱いて、エミリーは寝ていた。
この結末が、発表された1930年代当時の人々にとってどれほど衝撃的なものであったか想像にかたくありません。

最後にタイトルの由来なのですが、新潮文庫のあとがきに、訳者の龍口直太郎がフォークナー来日時に直接聞いてみたことが書いてあります。
「バラの花ぐらい贈ってやらないと、エミリーがあまりにもかわいそうではないか、という返事がかえってきた」(p.279)
原題は"A Rose for Emily"(直訳すると“エミリーへのバラ”)なのですが、そうしたフォークナーの意を汲んで、かわいそうなエミリーにバラの花を捧げよう、という意味で『エミリーにバラを』とした、とあります。

もちろんこのタイトルをめぐっても、さまざまな解釈があります。

作品の解読に「正解」はない、と翻訳者の柴田元幸は書いています(『アメリカ文学のレッスン』講談社現代新書)。
「世界を解読するたび、我々は自分というファイルを更新している。(…)世界というファイル、自分というファイルの両方をどう豊かに更新するかが問題なのだ」

ここで紹介したいくつかの解釈が質問者さんの理解の助けになれば幸いに思うし、それだけでなく、作品を繰り返しお読みになって、質問者さんなりの解釈を深めていってほしいと思います。

幸い、ファイルの中に以前書いたレポートが残っていましたので、それを見ながら書いていきます。
といっても、フォークナーの専門家ではありませんので、解釈をそのまま鵜呑みにしないでくださいね。

まず、ミス・エミリーが死んだ時から物語はスタートするのですが、その時期(物語時間の現在)はしばらく経つまであきらかにされていません。
具体的に数字が出るのは1894年、父親が死んだ年です。
このことから、この1894年がこの物語の中心、起点であると考えてよいと思います。
ここから以下年譜を作っ...続きを読む


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