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こんにちは
歴史を勉強してます
太平洋戦争で日本海軍の誇る戦艦大和ですが
この戦艦は主砲はすごい世界最大ですが
速力がたった27ノット
例えば敵空母を発見して砲撃しようと思っても逃げられちゃうし
駆逐艦や巡洋艦も相手が速いので逃げられちゃう
天敵飛行機にはめっぽう弱い
この戦艦当時としてはどう使うつもりだったのでしょうか?
それとこれはおまけで皆さんが司令官ならどう使います?

A 回答 (20件中1~10件)

使うならもっと機銃や高角砲を今の二倍ぐらいしてから特攻作戦に出るな。

あ~あもったいねぇー。この時代にイージスシステムとガスタービンと対空ミサイルがあったら負けんかったのに
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戦艦の衰退については、No.9の方の書かれている通りですね。



>航空機の急速な進歩と、その後の戦争の形は予測できなかったっと思われます。

toro321さんは航空機の進歩について、ALL金属・単葉低翼機の登場を挙げています。加えてエンジンの進歩があります。

大和計画段階で存在した機体のエンジンは500馬力。当然大した爆弾搭載量はありません。はたして戦艦の装甲を撃ち抜ける爆弾を搭載できたのか。そんな爆撃機が低速でヨタヨタ飛んできても怖くはないですよね。加えて急降下爆撃などの戦術も太平洋戦争開戦前に確立したものです。

でもそんな空母でも、他の艦種に搭載されている水上機より空母搭載機の方が足が長いし機数もあるから索敵能力に優れます。対戦前の空母に期待されたのは、まず索敵でしょう。

次に海戦突入前に敵艦隊の守備を砕くこと。戦艦は強力な砲を持っていますが、とどめを刺す能力は魚雷を持つ駆逐艦に劣ります。敵駆逐艦の突入を防ぐのが、戦艦を取巻く巡洋艦や駆逐艦。敵艦隊のど真ん中にいる戦艦に到達するだけの運動性はなくとも、その外縁で戦艦を守っている駆逐艦などへは、当時の爆撃機でも取り付けたはずですし、ショボい爆弾でも十分な破壊力を発揮できたはず。

でダメージを受けた敵守備陣を突破して、敵戦艦に魚雷をぶち込むことが出来たら、敵戦艦をより早く沈めることができる。最初から最後まで戦艦対戦艦のガチンコ勝負をしていたら、よしんば勝っても、味方戦艦もただでは済まないですから。

というくらいの使い道が当時の空母の使い方。

そしたら急速な航空機の進歩で、空母艦載機が直接戦艦を狙えるまでに成長していたと次第です。
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そのとおり!


だから戦艦は二次大戦以降なくなってしまいました。

戦艦一隻は6千万円
今でいえば数兆円します。

そして主砲の命中率は射程に入ったとしても数パーセントに過ぎません。



一方、零戦一機は5500円
今で言えば6000万程度。

そして、これに爆弾を積み戦艦まで運び、落とせば80~85パーセントもの確立で当たったのです。


ゼロ戦で百機で大和を落とそうとすれば間違いなく勝つのは零戦です。
それほど飛行機のコストパフォーマンスは高かったのです。

大和は丁度この時期に登場しています。

ですが、これは戦争上で大和が弱かったのであって戦艦として大和は弱ったという証明にはなりません。そもそも近代的な戦艦と言う概念が登場したころ飛行機など存在しなかったのです。


戦艦の相手は戦艦であり戦艦は戦艦を倒す事のみに特化しているためです。



もし飛行機もミサイルもレーダーも開発されずにいれば
間違いなく大和は戦艦の中では強いといえましょう。



因みに戦後登場したミサイルは更に戦艦の地位を失墜させました。
無人で爆弾が飛んでいき、しかもほぼ100%当たるのですから鈍重な装甲は無意味になりました。


今の艦船では如何に見つからないかと言うのが最大の防御であり、
如何に早く見つけるかが最大の攻撃となっています。

その根本の思想には
見つかれば100%撃沈されるのであり
見つければ100%撃沈できるという
技術的裏打ちがあるからです。

今、各国が装備している巡洋艦が
紙のような装甲しか持っていないのはそのためです。
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単純な考え方で


菊水作戦時にアメリカの正規空母と同数の大和級戦艦があったらどうなったと思いますか?

もちろんこの考え方はIFの話で戦略的には全く意味を成しません
しかし兵器としての性能を考えるなら大丈夫だと思うのですが
もちろん20隻の大和級は建造する予算も資源もドッグもありませんが

それが出来たとして
20隻の大和級が沖縄に突入したら何隻かは沈めらるでしょうが大半の数は沖縄まで辿り着くと思います

アメリカのエセックス級空母でも100機の航空機 
その内対艦能力ある航空機は約半数
ということは空母とのタイマンだったら決して敗れることはないと思います
(現に大和は300機以上に反復攻撃を受けた後に沈んでます)
速力の差で捕捉出来るかは分かりませんが

沖縄で護衛空母を含めて500隻保有していたアメリカに1隻の大和級が敗れたということが大和は弱いにはなりえないと思うのですが

またもしアメリカ軍が大和級に匹敵するモンタナ級戦艦を大量に建造していたら
日本航空隊は一隻も沈められなかったかもしれませんよね?

あと自分がもし司令官だったら殴りこみ作戦専用に使いますね
開戦当初は太平洋で行動できるアメリカ空母は2隻 戦艦は無し なので
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速力が27ノット「しか」ない、とするならアメリカやイギリスの戦艦の大部分は足が遅いことこの上ない戦艦たちになってしまいます(米英の戦艦たちは条約開けの新戦艦まで20ノット台前半のものが殆どです)。


戦艦の任務は敵戦艦を倒すことですから、そう言う意味で大和は実に手堅くまとまった、強力な艦ですよ。
45口径46センチ砲9門の大火力。
それに耐えうる装甲。
27ノットの速度。
最大で10000海里にも達する航続距離。
どれをとっても非常に優秀な数値です。
これらの数値を完全に優越する戦艦は、ついぞ現れてはいません。
アイオワ級は速度こそ有利ですが、火力と装甲で劣ります。
ヴァンガードも同様です。
対抗できる可能性があったのは、砲撃戦を意識して建造されたサウスダコタ級ぐらいではないかと思います。
27ノットの速度を遅く感じられるかもしれませんが、これは決して低い数値ではありません。
アメリカの新型戦艦であるノースカロライナ級やサウスダコタ級とほぼ同速度です。
また、試験時の過負荷出力時には29.3ノットを記録した、という証言もありますから、もしかしたならもっと高速を発揮していた可能性もあります。
大和は、日本の機動艦隊では第2航空戦隊と第5航空戦隊以外の空母部隊になら、十分追随できる速度を持っているのです。
駆逐艦や巡洋艦、空母を相手にする場合、速度が不足する、と考えてらっしゃるようですが、本来これらの艦の相手は同クラスの艦艇が行うものです。
航空機に弱い、と言うか、航空攻撃を完全には防ぎきれないといういのは、当時の艦艇全てに共通する弱点です。
レーダ等電子機器の不備は大和固有の問題ではなく、日本海軍全体(と言うか当時の日本産業界)の問題です。
よく言われる副砲塔の弱点説ですが、大和の副砲塔は実際的な装甲厚は薄いですが、敵弾がバイタルパート内に飛び込まないような装甲配置ですとか、火災が弾薬庫に突入しないような防炎シャッターの装備など、かなり考えられた設計になっています。
これを弱点と言うのは酷と言うものです。
個人的に大和の弱点は、被雷時にバイタルパート内に浸水を起こしてしまうその装甲配置にあると思います。
ただ、これは水中弾防御との引き換えですから、一概に欠点呼ばわりも出来ないと思いますが。
強いて大和の欠点をあげるなら、それは戦艦として建造されてしまったことに尽きます。
完全な後知恵で言ってしまうなら、大和のリソースを他の部分、空母や船団護衛用の艦艇、レーダーや無線機などに突っ込んだ方が良かったと考えれれます。
しかし、これは当時、航空機の能力が完全には証明されていなかったという事実を考えるのならある程度は仕方ないことではないかと。

大和の使用方法ですが、大和の主交戦距離は2万~3万メートルと考えられていましたからアウトレンジ戦法は基本的に否定されていたことになります。
大和は純粋に強力な戦艦だったと考えられます。
つまり、3万メートル以内に踏み込んで敵戦艦との殴り合いを行う艦です。

私が海軍の人だったら、大和よりも松型駆逐艦の量産を提言すると思いますよ。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C% …
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米国人軍艦オタクの評価では


戦艦大和の欠点
対空砲火が弱い、レーダー性能が低いでした
日本人が評価を出すなら、欠点は速力が低い
これが3大欠点かな

日本の空母が早いのは、カタパルトが無いからです
米週間空母が活躍したのはカタパルトが有ったからかな
ミッドウェイ海戦では日本の鈍足空母「加賀」が
出撃していたので、この横で護衛してもよかった

戦艦大和は副砲に小型爆弾1発で沈むかもね
魚雷なら4発で速力低下、自沈処分かな

使い道はガダルカナル砲撃くらいかな
大和には充分な三式弾が無いと思われるので
徹甲弾で飛行場に穴を開ける(午前中は使用不能になるかな)
米軍は半日で穴を埋め戻す
いやいや
大和の煙突に小型砲弾命中
速力低下、自沈処分があるかもしれない
第三次ソロモン海戦の戦艦比叡のように


現代で言えば静岡空港、第2東名のような
当時の無駄遣いだったのです。
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 あくまで皆さんの追加という形です。



・航空機ではないのですが、大和は昭和18年航行中に潜水艦による魚雷を右舷に受けています。しかし、殆どの乗員が気付かなかった。

・大和の防御区画は約300に分けられていた(はず。前出の長門は1000以上)。大和の舷側を思い出してください。何か膨らんだ部分がありますよね。あれは、傾いた時に元に戻るようにするための構造です(名前は忘れました。ちなみに、大きさだけで言えば駆逐艦か軽巡並)。

・艦内には、注排水装置(注排水システムか?)なるものがあります。例えば右舷に被弾して水が入ってきた時、左舷に同量の水を入れて、水平を保つ装置なのですが、これには弱点があります。それはこの注水できる量に限度がある事です。そして、それを越えて片方の舷に水が入ると水平を保てなくなる。もしそれを越えて水を入れようものなら、水平にはなるものの、あとは沈むだけ。結果としては、この限度を越えれば沈むわけです。ちなみに先に沈んだ武蔵は両舷に同等の魚雷を受けたため、沈むまでに、時間がかかりました。そこで米軍は大和攻撃時には魚雷を左舷に集中させました。

・大和がめっぽう弱いとの事ですが、この艦が被弾した爆薬の量は、他の戦艦を3,4隻は沈められるだけの量があります。自分が攻撃隊に参加した搭乗員なら、これに恐怖さえ覚えるであろう話です。あなたはどうですか。

・「この戦艦当時としてはどう使うつもりだったのでしょうか?」無論、アウトレンジ戦法(自分の射程が相手より長い事を利用して、相手の射程外で自分が攻撃する戦法)です。大艦巨砲主義の代物です。

・自分ならどのように使うか。対空兵器を充実させ、護衛戦艦として使います。但し、軍中枢の大艦巨砲主義者が納得すれば、ですが。

・忘れていました。速力27ktですが、この艦の公式排水量は69100t、後続距離7200浬、馬力は80000を越えています。全長263mつまり、東京駅並です。東京駅が49Km/hで走る姿を想像してください。これだけの艦にしては充分です。

何年か前にNHKの「その時歴史が動いた」で、戦艦大和がありました。
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こんにちは皆さん。



長くなりますがいいでしょうか?
えーとですね。まず、戦艦大和型は当時の運用思想を反映させたものです。日本海軍は、艦隊決戦を大前提としたものでその中でも第一艦隊の第一戦隊はその為の主力でした。戦時中、これを変える動きが出ましたが徹底的に空母護衛に回されたのは結局マリアナ沖海戦まで行かなくてはなりません。

まず、速度について。27ノット、これははっきりいって十分です。公試で29ノットを過負荷の時に出したそうです。(さらに航続力18ノットで10000海里以上!!)しかも、大和は空母随伴ではなく第一艦隊の中核戦力となるべくしたものです。扶桑型、伊勢型は25ノット台、長門型は26ノット行くかどうかなのに30ノットなぞ必要ありません。世界から見ると25ノットで走る戦艦部隊は日本海軍ありません。それ以上速くしてどうするのですか?空母加賀、祥鳳型、隼鷹型はどうなるのでしょう?30ノット全然到達していません。しかも、マリアナで機動部隊と組んだとき特に文句も出ておりません。機関の信頼性高いです。戦術レベルでも戦略レベルでも十分に高機動です。大和型のライバルであり米海軍最後の純粋で最強の戦艦サウスダゴタ型はどうでしょうか?27ノットですよ彼女らも。しかも、6隻建造されてますし、機動部隊の護衛もしてます。

次に、対空戦。
海軍の大方(一部を除く)考え方として、航空機は強大になってきたけれどそう簡単に戦艦は沈まんと思っておりました。(ただし、マレー沖海戦の後ショックを受けます)全ての海軍艦艇にいえることは、対空射撃とは狙って撃つというのが基本概念です。秋月型駆逐艦ですら一門に付き300発程度しか対空砲弾を積んでおりません。欧米は、弾幕をはって撃退する。(米戦艦、重巡は対空砲弾500~900発積んでました)しかも、優秀な射撃管制装置、電探、情報管理らがそろっているからです。決して、砲が悪い、艦が弱いなど関係ありません。運用思想から反映された兵器によるのです。表面だけ見てあーだこーだ言ってはいけません。それは、単なる偏見としかいえません。

大和型は、攻撃力、防御力において最強の部類です。例えば、150mm程度の甲板装甲ならば22kmぐらいから貫通可能です。舷側装甲も25kmでほとんどの戦艦に有効です。しかも、23km前後という、日本海軍が想定した決戦距離近辺では、何処にヒットしても敵艦は耐えることはできません。当たれば確実に大事なところに致命的な被害を与えます。

最後に防御力。傾斜した410mmの装甲を持っていまして、50サンチ以上でないと貫通できないです。米海軍のSHS(Super Heavy Shell)で15km、並みの40サンチや38サンチで12kmぐらいで貫通します。艦隊決戦時20km近辺を維持していればまず、砲撃では沈みません。

つまり、大和型はボカスカ撃ちあいしながら自分の望む距離に突っ込んでそこで敵の息の根を止めるつもりの軍艦です。さらには、味方の水雷襲撃のための囮ともなります。
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どうも、#7のUDUKI4です。


まず私の手に入れた資料によるとなんですが、
>燃料は往復分あった。
と言うことですが、これは、最後の航海になるのはこの出撃のときすでに分かっていました。(艦に乗る人たちも、整備員たちも・・)
で、最後の手向けにと言うことで、往復分入れたそうです。
で、前の人とも言っていましたが、実際かなり航空機には強かったのです。
意外と知られていない話かもしれませんが、設計をするときここだけは譲れないと言うことで対航空機用の装備がありましたが、残念ながら、作るときにそれは時間がかかるため、また、時間を早めるため(このときすでに第2次世界大戦が始まっていたために少しでも早く完成する必要があった。)に、この装備は省いてしまったのです。
で、装備はその後も何回も改修されています。
出番があるたびに変更があったといっても過言ではありません。
当然、どんどん航空機のための装備が多くなっていったのは間違いありません。
最初は、戦艦戦がメインと考えていられた為に艦橋塔横の副砲として別の戦艦の主砲を持ってきたようです。
それに最大の特徴と言えば現在でもなかなかお目にかからないという、艦が傾いたとしても、約45度以上傾いても持ち直すことが可能と言うものすごい技術が使われていました。
ただ、欠陥があります。
それは、この当時日本は板金の製法がよくなかったと言うこと、後板と板をつなぐさいの溶接技術の未発達ということでしょう。
大和はほとんどがリベット打ちだったと言います。
溶接さえしてればかなりよかったと思いますが、こればっかりはしょうがありませんからねぇ。
それに日本はレーダー技術では世界最新の機器を持っていましたが、残念ながら、それが生かされたこともなかったと言うことで、実際に活躍したのは双眼鏡を持った観測員たちだったと言うことです。
その前の戦争に何故勝ったのかを良く考えればよく分かっただろうに。
その前の戦争はロシア戦で、レーダーを使った奇襲作戦で勝利をしている事などからも伺える。
と言うことです。
まだまだ色々と情報がありますが、これはまた今度と言うことで。
では。失礼いたします。
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皆さんがさまざまに回答なさっていますが、基本的な認識を共有したいと思います。

その上でどのように考えるかはご自由です。

まず、#6の方のいう通り、第二次大戦が始まるまでは「作戦行動中の軍艦、特に戦艦は航空機による攻撃では沈められない」とされていました。これを日本軍がマレー沖海戦によりプリンスオブウェールズとレパルスを沈めたことで認識が変わり始めます。ただ、日本海軍はその基本戦略が「艦隊決戦」であり、その相手の主力艦隊の勢力削減策として航空機攻撃を考えていたために結局アメリカによる大胆な戦略変換についていけなかったわけです。

また、大和型の設計・竣工の日時および武蔵・大和の奮闘から考えて大和型は決して「航空機にめっぽう弱い」とは言えません。当時は魚雷は命中すれば一発で相手艦を沈める兵器とされていましたが、大和にしろ武蔵にしろ航空機攻撃による爆弾の直撃や雷撃機による魚雷を複数発受けても沈んでいませんし、唯一無傷で残った長門が戦後アメリカによる原爆実験の対象にされての結果(原爆の空中破裂に対して長門はほぼ無傷、二度目は原爆を水中爆発させた為に浸水、数日後に沈んだ・・乗組員がいればおそらく沈まなかった)を考えればやはり優秀な軍艦であったと言えるでしょう。ついでながら、現代戦においてもミサイル一発の被弾で軍艦は沈んでしまうことがあります。(例としてフォークランド紛争時の英軍駆逐艦シェフィールドはエグゾゼ一発で沈みました。)しかし、今はイージス艦の存在などにより、簡単に被弾することはなくなっています。

つまり、何人かの皆様がお答えになっていますが、「軍艦は航空機に弱い」というのは無条件に言えることではなく第二次大戦での結果論にすぎません。また、逆の意味で日本軍のカミカゼ攻撃に対しても対空火力を充実させたアメリカ海軍に対しては決定的と言えるような戦果はあがっていないことからもそれは言えると思います。

また、大和型の27ノットという速力は大戦前の戦艦としては充分なものであったことも確かです。ただ、結果として空母と共同作戦をとるだけのスピードでは無かった為に空母の護衛として使えなかったのですね。つまり、空母にとって積載機の離発着時が一番防御力が弱いのですが、その時空母は風上に向かって全速力で走ります。このスピードに大和型がついて行けなかったことが結局空母との共同作戦に支障をきたしたわけで、これが結局は最大の弱点となりました。

結論を申し述べれば、結果論や常識論でなく、もう少しつっこんだ側面からいろいろと議論をしていただきたいということになります。
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