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自宅から車で15分くらいの所にある菅原神社に鐘突き堂があり、年越しの時だけ
除夜の鐘を打っています。鐘はお寺にあるものだと思っていました。神社なのに
鐘がある理由を知っている方がおられましたら、教えてください。

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A 回答 (5件)

明治政府になるまでは、仏教と神道をいっしょに祀る、


神仏習合・神仏混淆はあたりまえで、普通の習慣でした。
大きな神社には、神宮寺が付属していましたし、
お寺には、鎮守様が祀られていました。

ところが、明治政府になり、天皇の宗教=神道を国教としようとし、
神社から仏教色を払拭する、廃仏毀釈がおこなわれました。

そのおかげで、たくさんの貴重な仏教文化財を失う結果にもなったのです。
しかし、地域によっては、激しい運動になった所もありますし、
反対に、古い文化を何とか残そうとした人たちもいました。

建物を神社建築に偽装したり、うその申告をして取り壊しを免れた
神社内の仏教建築は各地に残っています。

多分、その鐘突き堂も、そのような建物ではないかと推測できます。

先人が苦労をして(時には命をかけて)残した遺物であれば、
大切に守っていかねばなりませんね。
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アフガンで、仏像が、破壊されましたね。


あれと同じようなことが、明治に時代に
おきていたのです。

よかったですね。鐘楼が残っていて
フェロノサに感謝してください。日本のお寺を、救った人です。
お寺を、文化財にして、外国に売られるの食い止めたのです。
つまり、文化財保護法 国宝ともいいます。

京都は、今はすばらしいが、明治になったとき
すべて、荒れ寺になったのです。
生活のために、仏像 建物が売りに出されたのです。

天皇が、神様なので神社だけが、崇拝されたのです。
神仏分離になったのです。
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神仏混合のお寺には鐘突き堂があり、神社の境内に仏像を安置して、神仏混合時代の形式を残しているところも有ります。


神仏混合については、参考urlをご覧ください。
  

参考URL:http://www.mirai.ne.jp/~makotom/report1.htm
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済みません、神仏混淆でお寺を合祀した物のようです。



参考URL:http://www.aso.ne.jp/~asotown/hakubutukan/hakubu …
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明治時代に廃仏毀釈があり、仏教のお寺が神社に変わった事があります。


おそらくそのときに神社に変わったのではないでしょうか?
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