痔になりやすい生活習慣とは?

本当の優しさ、本当の思いやりとは、どういったものなのでしょうか?
みなさんの考える、思う「本当の優しさ」、「本当の思いやり」を教えて下さい。
わかりやすく定義してもらえるととても嬉しいですが、実体験などから、確かに本当の優しさだったと感じたことなどでも全く構いません。また以下に私の考えを書いていますが、これと異なるものも全く構いません。みなさんの思う本当の優しさについて教えて下さい。


―私の考える本当の優しさ―
『相手の幸せを第一に考え、なおかつ自分の想像と影響の限界を常に認識しながら、それでいてなお、その限界を超えようとし続けること』

ポイント
1.相手の幸せを第一とすること
2.想像には必ず限界があると正しく認識していること
3.影響についても同じ
4.限界を認めつつ、諦めないこと

私が漠然と考えていたことをはっきり定義できるきっかけとなった質問がここにあったので、参考に載せておきます。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2956032.html
ここのNo.9へのお礼にあるのを見て、現在の考えに至りました。また内容自体も非常に考えさせられるもので、なかなか興味深いです。よろしければご覧ください。

よろしくお願いします。

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A 回答 (20件中1~10件)

どんなときも温かい目でみることかなあ。

あとは他人の領域にずかずか

ふみこむようなことをしない。黙ってみていて、助の必要な時助けてくれ

たひとは優しいと感じました。

あとは共感力かと思います。
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こんにちは。


 優しさとは「相手の認めるべきところを認めたうえで、生物の一種に過ぎない存在としての限界を支え、個人的な事情に土足で踏み込まないようにしながら、多様でいいことに干渉しない。」ということだと、私は思います。その前段階として話す態度のある対話からわかり合おうとすることが大切です。まずはそういう対話ができるようになるための修行的な位置づけとなる時期が成長の途中の段階として不可欠です。自分本位の押し付けではなく同時にアクションとして相手に実質的に機能しているような善意が理想です。その理想を目指して試行錯誤をする過程そのものが自分を成長させていくものだと思います。その道のりは人生の重要なファクターの一つとして死ぬまで続くものなのかもしれません。
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本当の、と言った瞬間、それは本当ではなくなります。



相手の幸せを第一に考える、と言った瞬間に、それは
迷惑な干渉になり得るのです。
何故って、相手の幸せは相手が考えることで、しかも
揺れ動き、流れて変化して行くものだからです。

そんなことはない!と反論することは、その時点で
相手の考えや感じ方を否定することになります。
それは相手を幸せにすることとは正反対の行動です。

例えば、あなたが既婚で子供もいるとしましょう。
あなたは妻子を愛しており、この先もずっと家族の為に
貴女が考える方法で幸せにし続けたいと願っていると
します。

でも、いつしか妻も子もあなたの一方的な決めつけや
一旦は理解してみせる態度を取りながら最後は必ず
自分の価値観を理解させようとするあなたの態度や
性格がずっと嫌で我慢していた、でももう嫌なので離婚
したい、と突然言い出したとします。

仮定で話しているのではなくて、現実にこういう話は
後を絶ちません。

「え?僕は今まで君たちのことを考えて尽くして来たのに、
何故?どうしてそんな僕を嫌いになるの?」と、呆然とする
人が沢山います。

妻子の幸せを第一に望むならば、別れて下さい、そして
慰謝料と養育費を払ってください、と詰め寄られたり、
見知らぬ弁護士が代理として冷酷に離婚を要求したり
する。

妻も子も、会うことさえ拒んでしまい、あなたは何が悪かったのか、
どうすれば良かったのかと頭で考えるばかりで堂々巡り。
何の答えも出せずに途方に暮れる。

そんなことは本当に世間によくあることです。

相手の幸せを第一に考える、という考え自体が、そんな自分は
正しく揺るぎない、と思いたいがためのシュプレヒコールでしか
なかったことに気づいた時には、究極の善人である筈のあなたが
嫌われ、避けられ、拒まれる。

これも、当然のことです。 相手のことを第一に考えるのは相手の
専任事項なんですから、相手を理解していることに自信がある、
などと言った瞬間に相手に取っては人格を否定されたのと同じ
抵抗感を感じるのですから。

二つ目に、想像には必ず限界があると正しく認識していること、と
言うのも、あくまで自分の頭の中で考えるだけの姿勢から離れる
ことが出来ていない気がします。

相手が幸せを感じるのに、考えであれ想像であれ、あなたが
主役である必然性は全くありません。

これまた例えば、あなたと然程親しくない、或いは好きではない
知人が暴漢に絡まれてあなたと視線があったとします。
関われば、まずただでは済まない暴力団員や、或いは刃物を
振り回す狂人でも構いません。

その知人を庇って闘うなり逃がすなりするのに思考も想像力も
邪魔なだけです。
警察に電話をかけて助けを呼ぶにしても、暴漢にそれを聴かれたら
こちらも酷い目に合わされる恐怖に震えあがる。
そんな状態で相手の幸せを第一も第二もありません。

刺される覚悟、言い換えれば思考や想像を完全凍結して
猪突猛進、無我夢中、遮二無二、即行動に移せるか。
それだけです。

知略は無我夢中で行動できる者にしか扱えない武器です。
思考や想像力それ自体が代わりに闘ってくれる訳ではありません。

第三の影響も必ず限界が、というのも単なるエクスキューズ、言い訳に
過ぎません。
先ほどのような極端な状況は日常的にはそうそう無いかも知れませんが、
要は、考えたって想像したって、所詮頭の中の連想ゲームに過ぎない。
影響、つまり自分の行動の結果が大したことなくても仕方がないと
やる前に言ってるようなものです。

行動する前に効果を云々するということは、自分の行いが良い結果を
生むことを期待して、でも責任は負いたくないという、なんとも引きこもった
考えです。

何故って、そんなことグルグル考えてる間にとっとと行動し、行動しながら
臨機応変に対応して行く人間に追いつけるはずもないからです。
そして、往々にして、世の中は下手な考え休むに似たり、案ずるより
産むが易しのことの方がはるかに良い結果を齎すことが多いのです。

現実的に考えれば、本当の優しさだとかそのポイント四項目だとか
考えること自体が、良い結果をもたらすやり方から、もっとも遠いものに
なる。 

良い結果とは何か、ということは、考えることではなく予想する
ことでもなく、行動した結果、或いは上手く行かなかった中から愚直に
失点を挽回しようと足掻いて僥倖を得るようなものです。

四つ目の、限界を認めつつ諦めない事、というのもメディアで喧伝される
耳触りのいい煽り文句やセリフを継ぎはぎにした感が否めません。

世の中には限界なんてものを考えてもどうにもならないこと、諦めた方が良い、
更に言えば、諦めるべきことの方が実は遥かに多いのです。

本当の優しさ、とか本当の正義、などと「本当の」という表現は、自分が
それを決めるのだという傲慢さを言い換えているのです。

優しさが欲しいと願う人に、本当の優しさを持った人ですねと評価されたい。
それは、本当の優しさどころか、優しさでさえありません。
それは下心、というものです。

相手が自分に対してこうして欲しいというなら叶えて上げたいと思うもよし。
嫌だと思えば断ればよし。

人間は所詮、僅か100年足らずの束の間の生を、誰になり替わることも
出来ずに、自分、と言う固定されたキャラクターで過ごすしかない存在です。

他人を幸せにする前に、自分一人の人生さえ、満足した充実したものに
出来る者さえ、数少ないのです。

本当の、とか 究極の、とかの「絶対的」という考えや価値観に取りつかれるのは
真実など実は存在しない、どんどん変貌していくこの世界に対峙していくのが
不安だと思っていることに他なりません。

動いて流れて変化して行くものを、こうだと決めつけこうあるべきと決めつけるのは
元々無理なものです。

凍らせるとか箱に閉じ込めてしまうとか、あるがままの姿ではなくすることでしか
停止させることは出来ないし、本当の、という意味は侵されぬ不変の、という
意味と同義語ですから、相手からしてみたらしばしば暴力になるものです。

自分の中の弱さや不安や、願望や欲望を、理性的な行動原理の様な言葉に
置き換えるのは、翻訳ではなくて、差し替えです。

勇気と言うものの代わりに蛮勇や冷静な戦略、或いは冷酷さを差し替えることは
その結果を大きく損なうことはありません。

それらもまた、勇気と同様に矛であり盾であるからです。

でも、下心やへ理屈は、これに差し替えることは出来ません。

ちっぽけな一人の弱い人間でしかないことを弁えても、欲望が淘汰される訳では
ありません。

海図ばかり眺めて船乗りを気取ろうとしても、船乗りにはなれない。

帆を上げる事、漕ぎ出すこと、こぎ続ける事。

それを「ただひたすら」行動している人間が、海図を読むことでより高いレベルに
至ることが出来る。

海図とは、そのためにあるものです。 

結果を導き出さんとする思考も想像も、同じ。

船出をしない者の為に海図があるのではないのです。

誠実であろうとすることは、誠実であろうと考える事ではありません。

何かをやるにせよ踏みとどまるにせよ、悪い結果が出てお前のせいだと
指弾されても、謝罪し孤独になり心が痛んでも、どこかで取り返したいなと
足掻き続ける事。

そうして、結局空回りで何もできないまま人生が終わったとしても。

それでいいではないか、十分だよと、肩を落しても良いのだと思います。

小さな小さなゴマ粒のような一人の人間として、失敗も、不本意も、欠点も
全て含んでやれることだけを真剣に積み上げていく。
小さな小さな、取りに足りない事をチマチマと愚直に続けて行く。

何者かになろうと足掻くのは若者の特権だし、頭でっかちで独りよがりで
自分しか見えなかったり、思い込みが激しくて独善的になったりしがちだけど、
それがあるから生きていくうちに自信を失い、擦り切れ、夢破れ想いは壊れ、
だからこそ、本当の意味で人間の小ささも偉大さも儚さも、寄り添う意味も
腑に落ちるようになっていくものです。

若い頃十分にトンガることをせずにモヤモヤと煩悶を抱えてロクデナシの
中高年や老人になってしまう人は世間に沢山いますが、彼らは若い時に
考えるばかりで無我夢中で行動できなかった者達が多いのです。

あなたがこれからより人間として胸を張れる生き方がしたいならば、
言葉だけの理想論ではなくて、それらをすべて逆にした価値観もまた、
ひとつの真実だと言うことを併せて受け入れられるように行動して、
失敗して、誤解されたり悪者にされたりを重ねて行かれることを
お勧めします。

自分の幸せを第一に考える。
独りよがりに考えず、全く異なる他人の価値観も呑んでみる。
グチャグチャ考えずに体を動かす。
諦めることも事も時には正しいことだと割り切る。
ダメならゴメン、バレなきゃバックレ。時には嘘も方便。
適当にやる方が上手く行くことも少なくない。

あなたの四つのポイントからは大分違う考え方だけど、それが正しいと
言ってるのではなく、あなたの中にもこれらがたっぷりつまってることを
あるがままに否定しない方がいいですよ、と申したいのです。

ぐたぐだと長い駄文にお付き合い頂きありがとうございました。

一言で言えば、言葉や理屈に支配されずに頭を空にして、
肩の力を抜きましょう、ということです。

思いやりや優しさは定義や意図するものではなく、相手が感じるとるものです。
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「本当の」をつけると本当ではなくなる。



本当のこととは、本人がそれを語らぬこと。

ありふれて、そこらじゅうに咲いている雑草の花のように。



人は、唯一の真実を得ようとして足元さえ見えなくなっていく。

本当の、と口にした瞬間、金は石ころに変わる。

色んな混じり物があるからと言って、金を含む鉱物が

金を騙る偽物になるわけじゃないのに。



全てが金で出来ていないと赦せないと感じるのは、

自らが純粋な金で出来ていない者の、哀しい叫びだ。

決してそのようにはなれない、若者の血の叫びだ。


詩のようなもので答えてみました。
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ポイントが一つ抜けています。


5、自分が幸せになること。

但し御存知のように幸せはお金では買えませんよね!・・・念の為

人間は悲しいことに自分が幸せであると感じないと、すぐにろくでもないことを考えだします。
嫉妬、妬み、恨み、辛み、羨望、数え上げたらきりがありません。

あとは、優しさや思いやりと、同情、憐れみとを同じに考えないようにすればいいだけです。
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いっぱい考えたと思います。



上手く言えないし、伝わらないかもしれないけれど。。。

あなたの出来る範囲で構わない、良心に、魂に恥じない行い。

私は、こう考えています。
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はじめまして



これも人それぞれです、感じ方皆違いますので、答えは決められません。

あえて言うなら、他人の幸せ第一にする?っておこがましいです。

自分を幸せに出来ない奴が、知らない奴がどうやって相手を幸せにできるのですか?そんな簡単に他人を幸せにできるものなのですか?

自分が恥ずかしい、自分が憎いなんて論外です。
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そこまで考えがまとまってるなら


とりあえずやってみんさい。

自分がどれだけデキネェ奴かが
ハッキリするから。
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人の優しさ、ってどこまでが本当なのでしょう。



人の真心は紙一重で欲に変わりやすいものです。

それでも、或いは形だけであっても、ありがたく受けとる姿勢は美しいものです。

ほんの少しの優しさでも大切にする気持ちから生まれた優しさに濁りは無いと思います。

もし、濁りを感じたとしても、それが人の優しさなのだと、ありがたく頂くことにしましょう。
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相手のとって良い選択を感じ取る【賢さ】と【主体性】を持ち、


【【 相手にとっても自分にとっても良いこと 】】
をすることだと思います。そういう選択ができることかな。

自分のことばかりなのは『わがまま』だし
相手にとってだけならば、『自己犠牲』なのではないかと。

自己犠牲=優しい  
となりがちですが、
自分を大切にできなければ、本当の意味での優しさにはならないと思います。
自分を助ける為に相手が犠牲になっても嬉しくは思いません。
また、それを喜ぶようではどうかと・・・。
無理されても困りますから。困らない人を『自己中』というのでは。

だからこそ、相手の喜びを自分の喜びに変えられる主体性を持つことだと思います。
『やってあげているではなく、自分がやりたくてやっている』
という気持ち。
人の喜びを自分の喜びに思える気持ち。

そうすれば無理なく、見返りを求めることなく相手の為に何かができると思います。

そして賢さが必要だと思います。
人によって求めるもの、相手にとって良い選択が違いますから。
これはいいから。と自分の価値観で相手に何かをしてもそれは
『お節介』ですよね。
受け入れたほうがいい時。突き放したほうがいい時。
厳しくする時。見守る時。褒める時。
様々な選択肢の中から最良の選択ができる賢さです。

うーん。
難しいですね~本当の優しさって(;´▽`A``
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Q「本当の優しさ」と「偽物の優しさ」の違い

「本当の優しさ」と「偽物の優しさ」の違いってなんですか?

本当の優しさは、損得勘定なしに相手の為に優しくする事ですか?
だとしたら、損得勘定を考えて優しくするのは優しさではないですか?

Aベストアンサー

色々な回答が有りそうですね・・・。
自分くらいの年齢(50代)になると、「奸智」に長けて来たりしますから・・・。
(苦笑)

結論から言って、明確に「本物」か「偽者」か見分ける方法なんて、無いような気がします。

>本当の優しさは、損得勘定なしに相手の為に優しくする事ですか?
>だとしたら、損得勘定を考えて優しくするのは、本当の優しさではないですか?

「人を騙そう」、「信じ込まそう」と考える「ワル」がいれば、損得勘定なしに相手に優しくするのでは?。

また、自分が食べて行けない状態なのに、「ボランティア」や「奉仕活動」を続ける人も、そんなに「いない」のでは?。

つまり、「損得勘定」を考えてるから、それが必ず「偽者の優しさ」とも言い切れないワケですよ。

少なくとも、「本物の優しさ」とは、『相手に恩を売らないモノ』だとは思いますね。

「幸福の王子」や「タイガーマスク」の優しさが、『本物の優しさ』だろうと思います。

Q甘やかされて育った子供と厳しく育てられた子供の性格は?

甘やかされて育った子供はわがままになると言われますが、本当のところどうなんでしょうかね?
逆に厳しく育てられた子供は、どうなるんでしょう。
単純にわがままの反対はがまんだとおもうので、がまんのできる子に育つと考えていいでしょうか?

みなさんの意見を聞かせてください。
よろしく御願いします。

Aベストアンサー

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対する達成感がなく(実際には分からない)、どこまでやっても『やり遂げた』という気持ちがあまり具体的にわいてこず、そのうちに『出来ていないんじゃないか』『不十分なんじゃないか』といった不安感に襲われ、やる前から諦めてしまう、さらに悪い状態なら欝になる。

厳しく育てられてきた場合は逆に、厳しい事を聞かなければならないというプレッシャーから、人の顔色を見て育つようになりがちです。求められている事をきちんとこなしているか、これで叱られないだろうか。
なので叱られる事がないようにするために褒められる事もなくなり、結果愛情を求めるようになってしまい傾向があります。

そう考えると、kiccaさんのおっしゃるとおり、やはり叱るべきところはきちんと叱り、その上で甘やかす部分も作ってあげ、そのメリハリをきちんとしてあげるというのが理想だといえますね。

叱る事によって社会のルールをきちんと理解させてあげ、褒める事によってその子のもつ才能を伸ばしてあげる。時には自分の行いを子供の前で反省する事もあってもいいですし、あえて子供を褒めるように料理のお手伝いを頼んでみたり(きれいに切れたね、上手に盛り付けられたね、など)。

それによって、自分自身の『気付き』も生まれてくるものですよ。

子供を育てるのではなく、子供の人生を育てる事が本当の意味での『育児』なんですよ。
自分の経験を見直して、『反面教師』として受け取った事に対しては『私は○○をされて嫌だったから子供にはしない』と考えて、楽しく人生を送る事が出来るように導いてあげてくださいね。

甘やかされて育つ。皆さんが書かれているように、叱られずに育つということですよね。
甘やかされた子はわがまま、厳しく育った子供は我慢が出来る、でも実際にはそれほど単純ではないんです。

まず、叱ると褒めるが表裏であると言う事をよく考えてみてください。
甘やかされて育つということは、実は叱られずに育つということになり、叱るがないから褒められるがない、つまり本当の意味で褒められた事がないと言えます。

よくあるパタンですが、甘やかされて育った人は、褒められていないので物事に対す...続きを読む

Qあなたにとって優しさとは何でしょうか?

優しさについて考えていますが、答えに行き付きません(最後の答えはないのですが…)

優しいのが優しさ…冷たいのも優しさ…怒るのも優しさ、いろいろな優しさがあるのはわかっていますが
その芯的なものが今だにわかりません。

何も考えなくてもやれるのは優しさとはよく言われます。

人によっては、愛情を持って接することが優しさだと言います。

僕が最近気がついたのは、今までは、"気持ち"を分かってあげて接することが優しさだと思っていましたが、本当は相手の"心"を知ってあげることが優しさじゃないかと気がつきました。

でも、何かがピンとこないのです。まだ自分が求めている優しさに何か足りないのですが、何なのかわかりません。
そこで質問なのが、
「あなたにとって"優しさ"とはなんなのでしょうか?」
 よろしくお願いします

Aベストアンサー

優しさとは、その人に対して耳に心地いい言葉ばかりでもない。
その人を思って、冷たいキツイ言葉を告げるのも時には優しさとなる。
昔から「わが気に入らぬことが、我がためになるものなり」と言います。
行動が遅く自分がすれば素早く終わる。だけど、何もしないで見守ること。
結果的にその人に良く働くから、これも優しさとなり得る。

ダメなものはダメ、とはっきり答えを出してあげる。
曖昧ではどっちつかずになってしまうので、きっぱり断るのも優しさ。
その人が求めている言葉を与えることではないのです。
そして、相手に応えてあげることも優しさ。

難しいですが、状況に対し真面目に対応することと思います。
例えそれで人間関係が、ぎこちなくなろうと。相手も同じように大事に思ってくれるなら、喧嘩しようと仲直りが出来るはず。
あとは匙加減です。そう思います。

Q自分の話ばかりする人の心理

私は自分の話ばかりをする人がとっても苦手です。

例えば、どこに飲みに行った、誰と行ってどんな話をしてどんな食べ物を食べて、それでどうしたこうした、何時まで飲んでていくらお金を払ってそして次の日は・・・といちいち教えてくれる人がいます。ポイントを抑えて面白おかしく話してくれるなら、いいのですが、そうでなくて話が長いんです!

こうやって自分の話ばかりする人って、相手の反応なんてお構いなしなのか?と思い、それなら、聞かないでいいやと考えました。

けれども、そういう雰囲気は読み取れるようで、何か怒っているの?と聞いてきます。

自分の話ばかりする人って、どういう心理状況なのでしょうか。

人との交流が、本当は嫌いなのでしょうか。

どうぞ、宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

居ます 居ます そーゆーひと w
私は、時間とか細かい事を覚えるのが苦手なので感心しますよ。ははは  しかも、そーゆーのって決まって自慢話が多い w

-----------------------------------
心理状態は、『人を引き付ける魅力が自分には無い』と自覚し、言うなれば、自分に自身がないんです。
言葉で表すと、「もっと私を見てぇ」「私のことを知ってぇ」「私はすごいんだよぉ」です。特別 話のオチを付ける事は考えてないです。自分の存在をアピールするのが下手なんです。
そうすると、聞いてる人は嫌悪感を抱きつつも失礼の無いように、(この時点で顔に出ちゃう)聞き手にひたすらまわる。
そして「何か気に障った」? と思いつつも「じゃぁ、こんな話は どうだろうか。俺のすごい所を教えてあげるよ」 → そして ふりだし へ・・・
-------------------------------
世間一般往々にして、こーゆー人は大したこと無いので、「あぁそぉ」 「それで?」 「ふーん・・・前聞いたけど」 「別に興味ないし」等を適当に言って、劣等感を植え付けてあげましょう。そうすると、相手はアナタに苦手意識を覚えて連絡の数が減っていきます。

そーゆー人種には、きっと悪意がないです。しかーし!コチラは悪意に満ち溢れています。 Ψ(`∀´)Ψケケケ
言っても解らないので、あくまで最終手段として使ってください。
-------------------------------
ちなみに、そーゆー人種は基本的に寂しがり屋が多いようです。

私の覚えてる範囲では、最終的に誰からも相手にされず、「俺は 浜崎あゆみ の親戚だ」と大墓穴を掘った人がいます。さすがに誰もが閉口し、その後の消息は誰も知りません。(実話)

居ます 居ます そーゆーひと w
私は、時間とか細かい事を覚えるのが苦手なので感心しますよ。ははは  しかも、そーゆーのって決まって自慢話が多い w

-----------------------------------
心理状態は、『人を引き付ける魅力が自分には無い』と自覚し、言うなれば、自分に自身がないんです。
言葉で表すと、「もっと私を見てぇ」「私のことを知ってぇ」「私はすごいんだよぉ」です。特別 話のオチを付ける事は考えてないです。自分の存在をアピールするのが下手なんです。
そうすると、聞いてる人...続きを読む

Q真のやさしさとは

困っている人(障害をもつ人など)がいて、その人をかわいそうとか、気の毒という同情心だけで片付けてしまうのは真のやさしさとはいえませんよね。

同じ社会に生きる一員としてそういう人たちにどうしてあげることが真のやさしさだといえると思いますか?

気持ちはあってもそういう人たちにどうしても気を使ったりしてしまうのです。普通以上にというか・・・

ご意見聞かせてください。

Aベストアンサー

こんばんは。障害者です。
まず、単刀直入にひと言。
待ってあげること
これだけで我々どれだけ助かるか。
待ってあげる、という行為で助かるのは障害者だけではありません。幼い子どもにも、お年寄りにも有効にして基本的なやさしさです。
いま日本中で子どもや、お年寄りに対して虐待事件が頻発しているのも、それができにくいほど余裕のない社会状況になっているということの一つの現れでしょう。

実は私、赤ちゃんの頃の治療薬の副作用で難聴の障害を負ったのですが自分が障害者だと分かったのは最近のことなんです。というのも、全く聞こえないのであれば状況は大幅に変わったはずなんですが、うちの親は私が苦しんでいるのを知りながら中途半端な障害程度であることに付け込んで我が子の障害を頑として認めようとせず無視し続けたんです。確かに御陰様で人様の何倍かは苦労しましたから、その分、精神的に鍛えられたと思います。けど自殺を図っても死に切れなかったので強くならざるを得なかっただけで親に感謝する気はサラサラないです。年齢を重ねるたびに親の不手際のツケが膨らんできて取り返しのつかないくらい大変な人生になってしまいましたから。

だから、いっそ全く聞こえないか片足がないとか、イヤでも認めざるを得ないくらい重度の障害だったほうがよかった、なんて罰当たりなことを考えたこともありました。

他人とは、もちろん誤解を招くようなきっかけには枚挙にいとまがなくて日々是トラブル、ストレスたっぷりの修行の毎日でした。そのために体調を崩しやすくなりますし。そんななかでも、たま~に親切な人もいて私が誰かと話してると心配そうに「いま、この人が言ったこと、ちゃんと分かった?こうこう言ってたんだよ」って教えてくれたりする人もいました。そういうとき、たとえ必要のない親切だったとしても私は、その人の優しい気持そのものが、とても嬉しかったです。

障害にも、いろいろあって、まず外部障害、内部障害(これは内臓の障害も含まれますね、心臓とか)に分けられますし両方重複していることもあります。内部障害は、どんなケースでも、とかく理解を得るのが難しく、なかでも聴力障害は精神疾患に負けないくらい健常者に説明するのに骨が折れます。実際、聴力に問題がある状態で長年生きておりますと、この障害特有の性格みたいなものが出現したりして私も聴力じゃなくて性格とか精神に問題があるんじゃないかなどと言われたことがあります。親にさえ、です。それだけ理解されにくい障害なんですね。そこを何とか理解してもらおうとしたら、甘えるな!とも言われました。

いま現在も、このことで問題に直面しておりますが、昔みたいに自分を責めたって仕方がないことですし、かと言って周囲を恨んだところで解決するわけでもないので何とか一人で、うまく乗り切っていけるコツを身に付け、場合によっては身近の人間に対しては一切、心底から気を許すことを自分に禁じなければならないなと考えています。

実は全く聞こえない人は、むしろ少数派で少しは聞こえる難聴の人って皆、度合いがバラバラなんです。同一個人においても、その日の体調とか周りの環境に大きく左右されますし、そこが誤解されやすい原因でもあるんですね。しかし、この辺の事情を説明しようとしても自分には関係ないし、そんなツマンナイ話しないで!っていう態度の人が多いです。たまに熱心に聞いてくれるなと思ったら単に好奇心で聞いてるだけだったり。まして健常者と同じ速さで反応できないということに対しては非常に風当たりが厳しいです。こういう人たちも年をとったら自然と聴力が落ちてくるわけですし、そうならないうちは分かってくれろと言っても、しょうがないですよね。

貴方様が御気を使われるという心情は私にも理解できます。私も自分とは別種の障害を背負っている人には変に気を使います。それは自分が同じ経験をしてないから手助けしようにも勝手が分からないからなんです。ですから真のやさしさを実行したいと思ったら想像力を精一杯働かせて、それでも補えない部分は相手に聞いてみることです。障害者は健常者と同じ条件で生活できませんから、やはり配慮してもらわないと限界があるのは確かです。重度になると命にも係ります。でも甘やかすのとは違いますよ。それは我々の望んでいることとは違います。

私自身はNo.2のかたの御考えが一番お願いしたい態度だと思います。こういう御考えは実際的で有効で、障害の問題以外についても、あらまほしき態度ではないでしょうか。

障害にせよ年齢的なことにせよ差別や災害や不幸な事件にせよ自分には縁のないことと思っている人が多いかも知れませんが、明日は我が身と思うことですね。そこから始めるしかないと思います。

貴方様が「真のやさしさとは?」と御考えになることは尊いことだと思います。私は、まず、そのことが嬉しいです。

こんばんは。障害者です。
まず、単刀直入にひと言。
待ってあげること
これだけで我々どれだけ助かるか。
待ってあげる、という行為で助かるのは障害者だけではありません。幼い子どもにも、お年寄りにも有効にして基本的なやさしさです。
いま日本中で子どもや、お年寄りに対して虐待事件が頻発しているのも、それができにくいほど余裕のない社会状況になっているということの一つの現れでしょう。

実は私、赤ちゃんの頃の治療薬の副作用で難聴の障害を負ったのですが自分が障害者だと分かったのは最近...続きを読む

Q男性は本気で好きな女性にはすぐ体を求めない?

女性です。(恋愛経験浅め)
男性の心理で実際にきいてみたいことがあります。

質問、「男性は本気で好意をもった女性には、すぐにセックスを求めない」とよくきくんですが、
これって実際どうなんですか?

好きならHしたいと思うのは自然なこと、
ただ、本当に好きな女性だから大切にしたい。(本気で好き=相手を思いやる気持ちがある)
とか、
すぐに求めるのは嫌われそう(それが目的と思われそう、ガツガツしてそう)だから…
つまり本当に好きだからこそ嫌われたくない、などの考えは確かに納得できます。

でも、

では逆に、互いに意識するようになって日は浅いけれど、もしくは正式に付き合う前に、抑えきれずにHになだれ込んでしまった(温度差はあったとしても、もちろん相手の女性の合意のもと)
というようなケースは、その相手の女性は男性にとって少なくとも「本当に好きな」相手ではない、
と理解したほうがいいということですか? 

例えば、男性がずっとその女性にずっと想いを寄せていたとしていて、
最近その女性と運よく近づけて……、さらに運よくいいムードになって…(強引な展開は大目にみてください)などといった場合でも、
それでも、チャンスに乗じてすぐ手を出してしまうような男性ならば、
その男性の「好意」は本物ではない。単なる遊びの延長、体目当てと思われてもしょうがない、
ということになるのでしょうか?(許してしまう女性への意見もあるでしょうが、今は置いといて)

男性と女性の気持ちにまだ温度差があるものの、男性が盛り上がってしまい、
女性が拒否しきれず、しかたなく(?)、という場合はとくに、
あまり相手の女性のことを考えていないかもしれないという点で、
確かに自己中心的で、その男性の想いには相手への思いやりがない=愛ではない
とスッパリ言ってしまえばそれまでですが、、それだけで割り切れるものなのか…

「本気」とは「愛」とはなんぞや、とか「好意」に本物、偽物があるのかと言い出すと、議論が違う方向にいきそうですが、そのあたりはおおらかに考えてくだされば…

なにはともあれ、実際に男性の意見、経験談、きいてみたいのです。
もちろん女性の方も、お願いします!!

女性です。(恋愛経験浅め)
男性の心理で実際にきいてみたいことがあります。

質問、「男性は本気で好意をもった女性には、すぐにセックスを求めない」とよくきくんですが、
これって実際どうなんですか?

好きならHしたいと思うのは自然なこと、
ただ、本当に好きな女性だから大切にしたい。(本気で好き=相手を思いやる気持ちがある)
とか、
すぐに求めるのは嫌われそう(それが目的と思われそう、ガツガツしてそう)だから…
つまり本当に好きだからこそ嫌われたくない、などの考えは確かに納得できます。...続きを読む

Aベストアンサー

30代後半既婚です。

まず、男は基本的にHをしたがり、体が目的です。好き嫌いは関係ありません。相手が素敵な女性ならなおさらです。
ただし、相手が大切に想う女性の場合、
”関係を壊したくない”、”大切にしたい”という理由で、すぐにはHを求めません。
なぜなら、早期にHを求めることは、関係を壊すリスク、と”体が目的で大切に思っていない”という誤解を招くリスクがあるからです。

バカな男はこのリスクに気がつかず、すぐHを求めます。

また、バカでない男も、相手が大切に想わない女性の場合であれば、”だめもと”でリスクを負って勝負(Hを求める)に出ます。

Hを求めるのは、
 バカな男+相手が大切
 バカな男+相手がどうでもいい
 賢い男+相手がどうでもいい
の場合です。なので、賢い男性かつ、大切に想われたい人と付き合いたいなら早期にHを求める男性は避けるのが正しい選択です。

賢い男性が女性を好きになると、Hをするためにその女性に尽くします。
⇒Hをするまでに尽くしてくれればその男性は賢い人、ということになります。

ご質問にありますが、賢い男性や、誠実な男性でも「過ち」はあります。
誠実な男性は、成り行きでHしてしまうと、つじつまあわせに尽くすようになります(根が誠実ですから)。過ちか作戦かの見極めは難しいかもしれません。

男の「好き」は「Hが好き」と聞いたほうがいいです。
(男性諸氏、暴露ご容赦)。

誠実か否かは、相手が好きか否かとは無関係な人間性の評価です。
ただし、「恋は盲目」なので、「恋」をすると評価を誤ることがあります。
正しい評価をしようとすると「恋」はできません。

「恋」は、評価を抜きにして相手に飛び込むことが醍醐味です。
損得ではなく、「好きになったもの勝ち」でしょう。

質問者様に良い出会いがありますように。

30代後半既婚です。

まず、男は基本的にHをしたがり、体が目的です。好き嫌いは関係ありません。相手が素敵な女性ならなおさらです。
ただし、相手が大切に想う女性の場合、
”関係を壊したくない”、”大切にしたい”という理由で、すぐにはHを求めません。
なぜなら、早期にHを求めることは、関係を壊すリスク、と”体が目的で大切に思っていない”という誤解を招くリスクがあるからです。

バカな男はこのリスクに気がつかず、すぐHを求めます。

また、バカでない男も、相手が大切に想わない女性の場合であれ...続きを読む

Q「すいません」と「すみません」どちらが正しい?

 タイトルにあるとおり、素朴な疑問になりますが、「すいません」と「すみません」ではどちらが日本語として正しいのでしょうか。分かる方ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。
話す時はどちらでもいいですよ。

ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。「すいません」はちょっとくだけた感じかな。でも、これはあくまで私個人の語感。人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。

書くときはもちろん「すみません」にしましょう。

発音しやすく変化した発音の他の例としては
手術(しゅじゅつ→しじつ)
洗濯機(せんたくき→せんたっき)
などがあります。これも、話す時にはどちらでもいいです。「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。

Q優しい人のほうが損?美輪さんの教え?

周りの人間関係をみていて
ふと思ったのですが、
優しくて人格者で性格の良い人は
損をする事が多いように思います。

他人が嫌な思いをしていないか、
気づかってめんどう役も引き受けたり、
相手に親切にして、逆になめられたり。。。

そして、反対に
他人をばかにし自分が優位に立ちたいと
いつも思っている、
あまり優しくない人達のほうは
他人の感情等気にせず
自己中心的な考えで、自分の意見をまかり通してしまう。。。

私は、美輪明宏さんや、江原さんの本が大好きで
いつも読み返すたびに
「やっぱり他人に優しくて愛情豊かな人間のほうが
上質なんだな~」と思い返してますが、
それにしてもやはり
現在社会では
ある程度、自己中心的で図々しいひとのほうが
社会を要領良く飛び回っているように思うのです。

やっぱり優しくて
他人に気遣いする人間の方が損でしょうか?
皆さんはどう思われますでしょうか??

Aベストアンサー

こんにちは☆

私も美輪明宏さんや江原さんが大好きで、たくさん本を読んでいます。

あなたがおっしゃっている優しい人格者とは、人の気を汲みすぎてしまい、自分よりも相手を優先してしまう人、のように感じました。そういう人をあなたははたからみていて、その人が我慢して自分の思い通りにできずに、損しているんじゃないかなと思っていらっしゃっるのでは?
私が思うに、優しい人格者の方は、自分が相手を優先したり譲ったりするという選択をしたならば、その選択について後悔したり損したとは感じないと思います。「ああ、できてよかったなぁ!」って自分の選択に満足できます。
それと、自分を押し殺して人を優先することとは優しさとは違うと思います。人格者であっても、これはこの人のためにはならないと思うことははっきり断ると思いますし、自分の思いや気持ちを押し殺し相手の言うがままにするのは優しさとは違うように思います。

優しさとは行為にその人に対しての愛があるかないかだと私は思っています。
結局、人にした愛は自分の方に必ず返ってくるし、そういうふうにできる人はみんなから愛され幸せになれますよ♪
お互いそういう人になりたいですね♪♪

こんにちは☆

私も美輪明宏さんや江原さんが大好きで、たくさん本を読んでいます。

あなたがおっしゃっている優しい人格者とは、人の気を汲みすぎてしまい、自分よりも相手を優先してしまう人、のように感じました。そういう人をあなたははたからみていて、その人が我慢して自分の思い通りにできずに、損しているんじゃないかなと思っていらっしゃっるのでは?
私が思うに、優しい人格者の方は、自分が相手を優先したり譲ったりするという選択をしたならば、その選択について後悔したり損したとは感じないと...続きを読む

Q長年付き合った人と別れたあと、それ以上に好きな人は現れましたか?

24歳の女です。
4年間付き合った彼氏がいて結婚を考えていましたが、事情がありお互い好きなまま別れました。

別れた時のそんな事情もあり、ダメージがひどく引きずりまくりでした。というか今でも引きずっています。

その後、他の人とお付き合いしましたがどうしても元彼を忘れられず、これ以上付き合っていくのが苦しくなり別れました。

大変申し訳ないことをしたと思うのと同時に、自分には今後、元彼以上に思える人は、現れない気がしました。

恋愛に対して、何となく落ち込んでいる状態です。
質問ですが、これ以上はない相性の人・自分にとって運命だった(と思えるような)人と別れた後に、もっと素敵な出会いをした方はいますか?

変な質問ですが、経験談を聞いて、また人を好きになれるような気持ちになりたいんです!前向きになりたいので、そんな経験のある方は教えて下さい。

Aベストアンサー

現れましたよ(´ー` )←男性ですが。

大恋愛が終わった後、何人かの方とおつきあいしましたが、
質問者さんと同じように、どうしても元カノを忘れられず、
お相手にも悪いという事で別れたりしましたがね。
また元カノ以上に好きな人が現れました。今の彼女です。

今の彼女と付き合う少し前、元カノと電話で話す機会がありました。
実に9年ぶりでした。(笑)その間、全く接触なし。
元カノは、もうすでに自分が知ってる人じゃなかったです。
あっけらかんとしてて、ひきずってきた自分がバカみたい。
笑えましたわ。や、いやな感じじゃなく、ほんとにおかしくて。
当たり前ですが、あっちはあっちの時間が流れてんですよね。
それなのに、こっちはいつまでもあの頃の印象を引きずったまま。
変な言い方かもしれませんが元カノと電話で話した事により、
僕の中で元カノの存在が更新されたのです。
もう別の世界の人っていうか、なんというか。
それでスッキリしました。前向きになれたというか。

で、今の彼女ですが、ちょっと前、
どちらともなくこないだこんな話をしました。

運命の人っているんだろうか。
今、こうして僕らは付き合っているけど、
世界には60億もの人がいるんだから、
出会ってないだけで僕より(君より)ふさわしい人が、
きっとたくさんいるのだろうと思う。
例えば『ふさわしランキング』みたいなもんが仮にあったとして、
現時点で、僕なんか世界ランキング1万位とかかもしんない。
でも、このランキングは永遠に不動ってものじゃないと思う。
僕らは今つきあっているからね。
つきあっている以上、二人がお互いがお互いにとって
ふさわしい相手になれるよう努力することは無限にできる。
どんどんランキングをあげる事ができる。
「運命は自分で切り開くもんだ」とか言うけど、
それなら運命の人も同じ事がいえるのかも。

何の答えにもなってないならゴメンナサイ。
長くなってゴメンナサイ。

現れましたよ(´ー` )←男性ですが。

大恋愛が終わった後、何人かの方とおつきあいしましたが、
質問者さんと同じように、どうしても元カノを忘れられず、
お相手にも悪いという事で別れたりしましたがね。
また元カノ以上に好きな人が現れました。今の彼女です。

今の彼女と付き合う少し前、元カノと電話で話す機会がありました。
実に9年ぶりでした。(笑)その間、全く接触なし。
元カノは、もうすでに自分が知ってる人じゃなかったです。
あっけらかんとしてて、ひきずってきた自分がバカみたい。...続きを読む

Q既婚者を好きになっても絶対不倫しなかった方

数年ぶりに恋らしい恋をしましたが、
せっかく好きになった人は既婚者でした。

久しく味わっていなかった気持ちなので、
舞い上がっていますが、
既婚者なので進展することは出来ません。
しかし、相手にとって都合のいい人間になれば、
手を出してくれる可能性はありそうだな、などと、
姑息な考えが嫌と言うほど浮かびます。

そこで、表題の質問なのですが、
既婚者と分かっていても好きになった後、
都合のいいヒトにならず頑張れた方、
具体的にどのように頑張ったかを伺いたいです。

以前は「相手の家族のことを考えれば醒める」
と思っていましたが、ほんとに好きになると、
そのあたりがちゃんと考えられなくなってる自分がいます。
とても嫌ですが…。

ですので、出来れば「相手の事を考える」ではなく、
自分優先の考え方で、
こう乗り切ったという体験談を伺いたいです。

わがままですみません。

Aベストアンサー

・健全な結婚をして、幸せになりたい。
・先のない恋愛はしたくない。
・親や兄弟、親友や尊敬している先輩・恩師等々、自分にとって大切な人たちに後ろめたい恋愛はしたくない。

上記のような理由で、自分にブレーキをかけました。
その当時はとってもつらかったのですが、今振り返ると、
自分の選択は間違ってなかったと、自分で自分に感謝しています。

周囲の不倫経験者を見ても、絶対に不倫に良いことはないですよ。
がんばって踏みとどまられてください。


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