『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

大バッハは言うまでもなく「音楽の父」。これは分かります。
(ちなみに外国でも、The Father of Musicと言われています。ヘンデルにはそういう表現はありません)

では、何故にヘンデルは「音楽の母」なのでしょうか?(男なのに・・・)
ちなみにいろいろ考えてみました・・・

・バッハと並ぶバロック最大の作曲家であるのは間違いないところなので、父は二人もいなくていいのであえて片方を母にした?

・バッハとヘンデルは偶然同じ年に生まれており、共に偉大な作曲家なので敬意を込めて二人を仲良く父と母にした。

・バッハの作風は保守的であり、ヘンデルは新しいもの好き。前者が宗教音楽がその要であるのに対し、後者はオペラ等、当時としては(移り住んだイギリスの影響もある)新しいものを特に好んだので、それぞれ厳格な父、ファッショナブル・流行好きの母、という意味でつけた。(こじつけるのにひと苦労!汗)
また、それぞれの作風もバッハがどちらかというと男性的で、ヘンデルが女性的だから?

・実は、ヘンデルは女性だった!(えッ!ウッソー、本当?)

皆さん、どう思われますか? 忌憚のない楽しいご意見を聞かせてください!

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

こんにちは。



ヘンデル。実は、はるな愛の先祖だった!バッハの複雑な器楽曲を実際には演奏できず『エアバッハ』で一躍人気者に・・・(^^;これは削除ですねぇ~。

ほとんど質問者さまが正解でしょう!って感じのコメントを書かれているので コメントしようにも出来ないって感じですが(笑)

私はホントに単純に 近代音楽の端を開いた2人の活躍の時期を『バッハ・ヘンデル時代』と呼ぶように この2人の偉大な創作活動によって今日の音楽に直結する近代音楽が築き上げられたと思ってます。で、人間の創作による物造り?の根本が『父』と『母』であり バッハとヘンデルの作品(作風?)と性格(は 皆さま周知の通りなので割愛しますが)が 見事に対照的だった為に『母』=女性という観念ではなくバッハとセットで?敬意を込めて呼ぶ為につけられたのかなぁ…と。

もしもシリーズになってしまいますが バッハとヘンデルが同じような作風で似たような性格だったら また違ったネーミングだったかもしれませんが 神様がわざわざ今日の音楽の為に 対照的な2人をこの世に派遣?したのかなぁ…なんて想像しちゃいました。

私は鍵盤もの?を少し弾くので バッハの偉大さは言葉にはできないほど感じていますが バッハだけで前古典派時代が築けたかな…と逆説的に考えると???です。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>実は、はるな愛の先祖だった!

ヘンデルは生涯独身だったというし。そうか、やっぱり!?笑

いえいえ、皆様どしどし新しい視点でのウイットとユーモアに富んだコメントをお願いします!

『バッハ・ヘンデル時代』この2人の偉大な創作活動によって今日の音楽に直結する近代音楽が築き上げられた・・・そう思います。

>見事に対照的だった為に『母』=女性という観念ではなくバッハとセットで?

そうか、そのあたりにいる?単にお父さん、お母さんという意味ではなくて、「父なる・・・」「母なる・・・」といった音楽史上に於ける大きな意味を含んでいると云えますね。

>バッハだけで前古典派時代が築けたかな

確かに。 あと、バッハは膨大な作品を残しましたが、当時の他国、例えばイタリア、フランスなどの有名な作曲家の作品を片っ端から徹底的に分析したり編曲したり、自身の作品創作の参考にしたりもしています。
よくドイツ人(ドイツ人のみならず我々も!)はバッハを祖としたドイツ音楽絶対主義を何より第一にしてそれ以前のバロック音楽(イタリア、フランス等)を軽視するようなところが無きにしも非ず?かと。
当然、当の国は必ずしもいい気持ちではないようですし。
イギリスに渡って後に帰化したヘンデルも元はバッハ同様ドイツ人ですのでこの二人を(元祖ドイツ人の)それぞれ音楽の父・母とアピールしたかったのかなぁ?なんて・・・

お礼日時:2009/03/01 11:06

バッハが「音楽の父」と呼ばれるのは、やはり宗教的な作品が目立つからではないでしょうか.


キリスト教で、神を「父」と呼ぶように、音楽での神という意味で…という.
ヘンデルは、色々な意味でバッハと対照的な作曲家なので、父に対して「母」と呼ばれるようになったのでは….
すべて憶測でスイマセン.
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

バッハは仰せの様に敬けんなクリスチャンでしたし、宗教上の言葉・意味あいがそのまま使われたのかもしれませんね。対し、ヘンデルは単純に比較しても明らかに対照的ですよね。

お礼日時:2009/02/28 14:54

男なのに「母」,誰が考えたのか奇妙な呼び方です。


この呼び方は日本独自のものではないかという疑問があります。
(実は,そう思っています。)

別の観点で,もうひとつ疑問があります。
father を創始者と訳せば,日本語でも「父」を創始者の意味で使うこともあります。
バッハは「近代音楽の父」と呼ばれます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F% …
>「近代音楽の父」と称される巨匠であり、「音楽の父」とも称される。
いきなり「音楽の父」という言い方よりは,上記,wikipediaのような書き方の方が正しいと思います。

20世紀以降の近代音楽と混乱しますが,ここでの近代音楽とは,
ポリフォニー音楽を「古い時代の音楽」とすると,バッハ以降のホモフォニー音楽を
「近代音楽」として区分されます。
http://2style.net/misa/kogaku/polyphony.html

「バッハの音符たち」(池辺晋一郎著)だったように思いますが,(別の本かも?)
対位法の中にもスコアを縦にみれば和声が成立しているというようなことを
楽譜で示したものを読んだことがあります。
この新しい音楽(近代音楽)の創始者がバッハだとすれば,バッハに関しては
疑問はないのですが,ヘンデルは何の創始者なのかが疑問です。
「音楽の母」,
性別だけではなく,意味が分かりにくい不適切な呼び方ではないかと思っています。
無理やりにでも意味を付けるなら「優れた音楽をたくさん産んだ」ので母?
バッハに先に「父」を取られたので「母」?
私には,こんなふうにしか思えません。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

先の回答の中にもありましたが、近代音楽の創始者・橋渡し的な意味でバッハをあえて父と呼び、やはり同時代に主に他国で音楽の裾野を広げるべく活躍したヘンデルを母とみなすのが最も自然かな?なんて思えたり・・・

お礼日時:2009/02/28 14:41

こんにちは。

先日はつたない私の質問にご丁寧にお答えいただき,ありがとうございました。

以下,学術的な根拠のまったくない単なる想像の遊びですが。

バッハのイメージはやっぱり「お父さん」ですよね。実際子だくさんでしたし(笑)。
聖俗合わせて音楽が表現しうることのほとんどすべてをたった一人で生み出し得た作曲家,という意味では,音楽史的な位置づけは別として,「父なる存在」と呼んでもよいんではないかな,と個人的には思います。

一方のヘンデル。
以下,指揮者アーノンクールのヘンデルについての発言を引用したサイトからの再引用ですが。
---
「彼が大成功した大きな理由は、彼がその時々の聴衆が理解できる音塞言語を用いて音楽を書いたことである。言い換えれば、彼は達者な演説家のように聴衆のレベルに合わせたのだった。ヘンデルの作品は作曲家と聴衆の問の交流を映し出した鏡像であり、彼自身、芸術家の道徳的課題-彼の音楽を聴くことによってより善なる人間となる-を完全に意識していた。」
---

生涯ほとんど(全部?)ドイツ国内に留まっていたバッハとコスモポリタンとして活躍したヘンデル,と生き様の上でも好対照と思います。バッハが自分に深く向き合うことで高みに到達したのに対して,ヘンデルは外の世界に向かって拡がりを得たのかもしれませんね。
そういえばヘンデルは生涯独身だったような。これも好対照?(笑)

頑固者だけれども奥には限りない愛と優しさを秘めた父と社交的で気配りのきく母。
そう呼ばれるようになった背景や音楽史的な事実関係は私にはよく分からないのでこの際おいときまして(笑),その後の実り多きクラシック音楽をささえる子供たちがこんな愛すべき夫婦から生まれてきた,なんて想像するのは楽しいですね♪
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそお世話になりまして・・・

バッハの子沢山は有名ですよね。(家のみならず、実はあちこちでも父?だったりして!笑)
確かに仰せの様に彼は一人であらゆる音楽的なことを成し得ましたからそういった意味では確かに父なる存在ですね。

一方のヘンデルとそしてバッハ。

>頑固者だけれども奥には限りない愛と優しさを秘めた父と社交的で気配りのきく母。

>その後の実り多きクラシック音楽をささえる子供たちがこんな愛すべき夫婦から生まれてきた

なるほど、この偉大な両親のおかげで後々沢山の素晴らしい子供達が生まれてきたという解釈ですか。確かに納得です!

お礼日時:2009/02/27 18:07

>大バッハは言うまでもなく「音楽の父」。

これは分かります。

実のところ、これもよくわからなかったりします。
バッハの音楽はバロック音楽の代表のように思われていますが、
じつのところバロック史の流れからすると、バッハというのは孤高の存在で、
その流れとは完全に外れたところにあるようです。
実際、バッハの生前から古典派音楽の胎動ははじまってており、
バッハの音楽は複雑過ぎて古臭いという批判を受けています。

バッハの音楽は、ルネッサンスからバロック時代の音楽をバッハ一人で集大成したものであり、その音楽的な価値についてはいささかの揺るぎもありませんが、
音楽史の流れとしてはバッハの音楽は明らかにそこで断絶しており後には続きません。

こういう意味で、バッハを音楽の父(あるいは母)というのはいかがなものかと思います。
バッハは過去の音楽を集大成しましたが、新しい音楽は産み出していません。

これに対して、時代に敏感だったヘンデルの音楽の単純明快さはそのまま古典派時代の音楽へとつながります。直接的に古典派時代の作曲家に与えた影響の大きさも、ヘンデルのほうがはるかに上まわっているようです。

この意味ではバッハよりはヘンデルのほうが父、または、母と呼ぶにまだふさわしいのですが、じゃあ、父や母と呼ばれるような新しい音楽を産み出したのかと言われるとちょっと考えてしまいます。バロックから古典派への橋渡しをする上で重要な役割を果たしたことは間違いないのでしょうけど。

ということで、突き詰めて考えるとヘンデルもバッハも、
音楽の父でも母でもないということになるのではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

なかなか興味深いご意見で面白く拝見しました。
確かにバッハ以前にも音楽はありましたし、バッハは当時の国を超えていろいろな作曲家の作品を実に熱心に研究しており、特に対位法とフーガにおけるその洗練さと圧倒的規模は誰にも真似の出来ない独特の音楽的空間・宇宙というか、普遍的なものであり、まさに孤高の音楽家だと思います。また、後期バロック~古典派への橋渡しの時期にあって、しかし彼の音楽は彼独自のものであり安易に継承されたり派生される類のものでないことは明白ですね。

さて、音楽の父と母。いずれにも該当しませんか・・・
というか、クラシック音楽が好きで結構聴いた人ならば、例えば学校の音楽室にあるバッハやヘンデルの肖像画を何よりも崇拝するが如く?そして音楽の教科書に書いてある一連の音楽家を賞賛した褒め言葉をその肝心な音楽よりも声高に言うように?(本末転倒!)何だか昔のいかにも音楽の先生が教育的に強引に(汗)教え伝えてきた次元の類のものでしかなかったのかな?なんて、今更ながらちょっと高いところから微笑ましく見てるような気分もしたりで。同様に楽聖(これは文句なしに納得!)やピアノの詩人や魔術師、音の色彩画家、なんてのもありましたね。笑

お礼日時:2009/02/27 16:46

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qバッハとヘンデルの作風について

とかくバッハとヘンデルは二大バロック作曲家とされていますが作風はかなり違いますね。二人とも大好きですがバッハの作風はなんとなく暗く技巧的であり、一方ヘンデルは明るく豪快かつ簡潔であるような気がします。
二人とも強く訴えかけるものがあり巨匠にふさわしいのですがなぜこうまで作風が異なるのでしょうか?

Aベストアンサー

基本的には人間的キャラクターの問題でしょう。そのことをふまえた上で、こうも言えると思います。
 バッハもヘンデルも生粋のドイツ人(ゲルマン人)ですが、バッハが一生、生誕地のチューリンゲン地方にとどまったのに対して、ヘンデルは後半生イギリスで過ごすなど、当時としては破格の国際人でした。とくに彼の場合、若い頃にイタリアで修行し、オペラと深く関わったことが、作風に大きく影響していると思います。

Q曲名が分からない時どうするか

タイトルも歌手も分からないとき、携帯に向かって歌うだけで教えてくれるアプリはいくつかあると思いますが、自分の場合、うまく行った試しがありません。何故かと言うと、ほとんどの場合、クラシックをハミングして聞かせるからです。歌詞もないし、メロディの一部だけを歌ってもなかなか認識せず、万一出て来たとしても原曲ではなく、誰かが歌詞を付けたアレンジバージョンです。当然タイトルも勝手に変えられているので結局原曲のタイトルは不明のままです。

例:エルガーの威風堂々が思い出したい。
検索結果1:sweetboxのI Miss You
検索結果2:アニメあたしんちの主題歌 きてきてあたしんち

さらに自分で【検索結果のタイトル 原曲】などと検索すればやっとたどりつくこともありますが、非常に手間です。見つからないこともあります。また、クラシックは1つの曲にしても、良く耳にする一部分のメロディが出てくるまで15分くらい聞き続けないといけないものも珍しくないので、とても大変です。

皆さんはクラシックの曲でタイトルが思い出せない時、どうしていますか?
今私の頭の中に鳴っている曲は何なのか・・・
禿げ山の一夜でもなかった、ホルストの火星でもなかった、マーラーの巨人の最終部分でもなかった・・・アプリは認識してくれない・・・気持ち悪いです(´ へ`)

クラシックを特に良く認識してくれるアプリってないんでしょうか。
たびたびこういうことがあるのですが、どうしたら良いと思いますか?
周りにはクラシックファンが他にいないので口ずさんでも「?」です・・・。
色々聴いているうちに何を探しているのか分からなくなってきて毎回終わりです。残念。

タイトルも歌手も分からないとき、携帯に向かって歌うだけで教えてくれるアプリはいくつかあると思いますが、自分の場合、うまく行った試しがありません。何故かと言うと、ほとんどの場合、クラシックをハミングして聞かせるからです。歌詞もないし、メロディの一部だけを歌ってもなかなか認識せず、万一出て来たとしても原曲ではなく、誰かが歌詞を付けたアレンジバージョンです。当然タイトルも勝手に変えられているので結局原曲のタイトルは不明のままです。

例:エルガーの威風堂々が思い出したい。
検索結果...続きを読む

Aベストアンサー

弾いちゃお検索
http://gigazine.net/news/20140228-perform-and-search/
あとは片っ端から聞いて確認するしか無いです。
有名な曲なら、何とかのシーンとか関連図けられる物が無いとGoogle検索でもヒットしないと思います。

Q前株 後ろ株の違い

「株式会社××」という表記を前株、
「××株式会社」という表記を後ろ株、
と言いますよね。

法的に根拠はないらしいのですが、
営業の人がよく「前株ですか?後ろ株ですか?」
というやり取りを商談でしていたり、
「就職の場合、前株の方が良い」などと(噂ですが)
聞いたりします。

やはり何か違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

1商法・有限会社法に「株式会社・合資会社・合名会社・有限会社」といった法人種別を必ず登記上使用しなければならないと定められていますが、社名のどこにつけるという定めはありません。
2従って、法人設立時や社名変更時に経営者の「語感」で決めるようです。勿論時代の流れもあるようで、戦前には「後株」に比して「前株」会社は少数派でした。
3言語心理学から「ぼーっと聞いている人に、顔を見せることなく急に話し掛けた場合、最初の言葉の頭部は「反応開始の刺激信号」になるだけで、大脳中の言語中枢の記憶との照合までには至らないことが多い」「また、これが聴き慣れない言葉だと、意味は勿論のこと語音の弁別さえもできない。つまり初めの部分を聞き漏らしてしまう」いきなり言われても最初の部分は聞いてないということですね。だから誰でも知っている「株式会社」という言葉を先に出して「反応開始の刺激信号」として利用できるという見解もあるようです。
4上場会社の正式名称を並べてみると1部上場に比してマザーズ等新規上場会社には前株、カタカナが多いがそうでない場合もある。「ご勝手に!どうぞ」状態です。
5なお、職務上関連会社を十数社設立登記しましたが、オーナーの鶴の一声で全て「前」です。

1商法・有限会社法に「株式会社・合資会社・合名会社・有限会社」といった法人種別を必ず登記上使用しなければならないと定められていますが、社名のどこにつけるという定めはありません。
2従って、法人設立時や社名変更時に経営者の「語感」で決めるようです。勿論時代の流れもあるようで、戦前には「後株」に比して「前株」会社は少数派でした。
3言語心理学から「ぼーっと聞いている人に、顔を見せることなく急に話し掛けた場合、最初の言葉の頭部は「反応開始の刺激信号」になるだけで、大脳中の言語中枢の...続きを読む

Qコラールとカンタータの違い

コラールとカンタータは教会でそれぞれどのような時に歌うのですか?
バッハは毎週教会でカンタータを演奏していたそうです。
彼はカンタータを200曲あまり作曲したそうです。
コラールは新教の賛美歌という意味だそうです。
でもある本によればバッハの「コラール・カンタータ」というカンタータもあるそうです。

カンタータとコラールの違いがわかりません!

Aベストアンサー

引き続きこんにちは。
(mariosec様も)

まず,こちらは先ほどと同じサイトからの説明です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BF

以下,多くは上記サイトやmariosec様の回答と重複しますが,私なりに。

【コラール(復習ですが,念のため)】
簡単な単旋律によるルター派の賛美歌のことです。

【カンタータ】
本来は,単に「歌われるもの」という意味ですが,一般的には,管弦楽を伴う比較的大規模な声楽曲という意味で用いられます。独唱,重唱,合唱,管弦楽だけの部分,などのいくつかの小曲が組み合わされて,大きなひとつの作品となっています。
宗教的なものかどうかは関係ありません。

詳しくはあとで述べますが,キリスト教的なカンタータの中にコラールを含む場合が多い,というのがコラールとカンタータのおおざっぱな関係です。

【教会カンタータ】
カンタータのうち,キリスト教的なものを教会カンタータと呼びます。そうでないものは,世俗カンタータと呼びます(キリスト教でない宗教的なものについてはよく分かりません)。
質問者さまがおっしゃるとおり,バッハは200曲の教会カンタータ(といくつかの世俗カンタータ)を作曲しており,教会カンタータは,それぞれ教会暦のいつ演奏されるか決まっています。
私はキリスト教徒ではありませんので,詳細はよく分かりませんが,下記サイトが参考になるかと思います。
http://homepage2.nifty.com/bachhaus/musik/kirchenjahr/kirchenjahr_idx.html

多くの教会カンタータでは,合唱の部分の旋律と歌詞が賛美歌そのまま(狭い意味でのコラール)になっており,この部分もコラールと呼ばれます。(この意味が拡大解釈されて,曲の中の合唱部分や合唱的・宗教的な響きの部分がコラールと呼ばれるようになったのだと思います)

【コラールカンタータ】
カンタータのうち,あるひとつの賛美歌の歌詞,旋律をもとにして全曲が構成された教会カンタータをコラールカンタータといいます。コラールを含んでいても,賛美歌以外の自由な言葉や旋律を用いたものは,コラールカンタータとは呼ばれません。
バッハの場合,200曲あるカンタータのうち,10曲ほどがコラールカンタータに相当するようです。
また,バッハ以外にもコラールカンタータを作曲した人はいるようです。

引き続きこんにちは。
(mariosec様も)

まず,こちらは先ほどと同じサイトからの説明です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BF

以下,多くは上記サイトやmariosec様の回答と重複しますが,私なりに。

【コラール(復習ですが,念のため)】
簡単な単旋律によるルター派の賛美歌のことです。

【カンタータ】
本来は,単に「歌われるもの」という意味ですが,一般的には,管弦楽を伴う比較的大規模な声楽曲という意味で用いられます。独唱,重唱,合唱...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q東京芸術大学ってそんなに凄いんですか?

中学校の美術の教師が東京芸術大学芸術学部美術学科卒業でした。授業中「俺は東大よりも難しい大学を出てる」とよく自慢していました。中学生の時はその意味が分かりませんでしたが、大学受験の時、その意味は分かりました。ただその先生のことは本当に嫌いでした。そんな凄い大学出てても所詮は中学校教師。何が凄いのか分かりません。東京芸術大学でた人はどんなところで働くんでしょう?官僚になるわけでもなく、大手企業に行くわけでもなく・・・。いったい何をしてるんでしょうか?

Aベストアンサー

あてにならないウィキペディア情報ですが、出た人はだいたい以下のような仕事をしているようです。職業によっては、成功すれば、はぶりがよくなるでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E5.8D.92.E6.A5.AD.E7.94.9F

ただし、東京芸大の、それも大学院卒の俳優である伊勢谷友介さんがテレビでおっしゃっていたと記憶していますが、東京芸大は貧乏人を算出する大学だそうです。つまり、極めて優秀な芸術家を輩出する大学なわけですが、そもそも芸術家は芸術を生み出す人なわけで、お金を生み出す人ではないので、お金儲けにはつながらないのです。

「難しい大学を出る=安定した生活を送る」という理論に基づいて考えれば、芸大は「難しい大学」ということには確かにならないかもしれません。でも大学は本来、学問をするところです。そして東京芸大が、人の心や感覚をゆさぶるような優れた芸術を生み出すための優秀な教育を施してくれるのは事実です。東京大学法学部を出ても優秀な芸術家にはなれませんが、東京芸大を出れば優秀な芸術家になれる可能性が極めて高いのです。そして、あくまでも芸術家として優秀なだけであって、優秀な教師を育てる大学ではありませんので、中学教師として劣っていたとしても、まったく不思議ではありません。

ちなみに、私の中学時代の美術の先生は、当時、現役の東京芸大院生でしたが、実践的なことと芸術的なことの両方を楽しく学べる工夫をしてくださった、人としてもすばらしい愉快な先生で私は大好きでした。今は東京芸大以外の芸術系の大学などで教えながら、たまに展覧会を開いておられるようで、作風は変わりましたが、当時と同じジャンルの芸術を生み続けておられるようです。

あてにならないウィキペディア情報ですが、出た人はだいたい以下のような仕事をしているようです。職業によっては、成功すれば、はぶりがよくなるでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E5.8D.92.E6.A5.AD.E7.94.9F

ただし、東京芸大の、それも大学院卒の俳優である伊勢谷友介さんがテレビでおっしゃっていたと記憶していますが、東京芸大は貧乏人を算出する大学だそうです。つまり...続きを読む

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Qピアノは『打楽器』?『弦楽器』??

傍らの娘に突然尋ねられました。

んで、実はこの件に関しては、
かなり以前に調べた事がありました。

自分的には、内部にハープのような、
弦楽器が内蔵されているので、
弦楽器だと思っていたのですが、
ハンマーで、弦をたたく事から、
『打楽器』だと言うのがその時の結果でした。

という事を文字で見せてやろうと、
検索したところ、
『ピアノは打楽器だと言う人がいる!』
と言う記述をいくつも見付け、
「え゛? 汗;」と思った次第です。 

長くなりましたが、
ピアノは、『弦楽器』『打楽器』、
どちらに区分されるのでしょうか?


納得行くように娘に説明したいと思いますので、
きちんとした理由とともに回答お願い致します。
m(_ _)m

Aベストアンサー

音楽之友社の音楽大事典によると、ピアノの楽器分類は、正しくは、「有鍵弦打楽器」というそうです。

でも、私たちの中では、昔からずっとピアノを弦楽器だとか、打楽器だとか、そういう意識で見ていないですよね?
ピアノは他の楽器に比べると、非常に個性的で、独特な音色、固有な形をしています。
なので、ピアノはピアノ、と思っているのが、一番いいのではないかと思います。ただ、学術的に楽器の分類をするなら「有鍵弦打楽器」です。

古典派・ロマン派の多くの作曲家(ベートーヴェン、シューマン、ブラームス、ショパン)も、ピアノを弦楽器とか打楽器とかそういう意識で捉えて作曲した人はいないです。ピアノはピアノです。
ところが、そのうちに、ピアノを打楽器的な扱いで演奏して、今までに誰もやったことのないような音色で新たな音楽を書いてみようと、という試みが、20世紀初頭にバルトークによって行われました。
ピアノを初めて「打楽器」として扱ったのはバルトークが最初です。その理由は、新たな音色、新たな音楽を求めて、です。

その後、ピアノを打楽器的に扱うことで、今までにない急進的な試みができる、ということに多くの作曲家が気がついて、ピアノの鍵盤を腕を使って押しつぶしたり、ピアノの横を太い棒を使って叩いたり、ピアノの弦の部分を指でひっぱたり(弦楽器的な扱い)、様々な音楽が生まれたことは確かです。

でも、それは特殊な音楽であって、通常は、ピアノは、私たちの一般的な視覚・聴覚の認識では、打楽器でもなく、弦楽器でもなくピアノはピアノだと思います。

音楽之友社の音楽大事典によると、ピアノの楽器分類は、正しくは、「有鍵弦打楽器」というそうです。

でも、私たちの中では、昔からずっとピアノを弦楽器だとか、打楽器だとか、そういう意識で見ていないですよね?
ピアノは他の楽器に比べると、非常に個性的で、独特な音色、固有な形をしています。
なので、ピアノはピアノ、と思っているのが、一番いいのではないかと思います。ただ、学術的に楽器の分類をするなら「有鍵弦打楽器」です。

古典派・ロマン派の多くの作曲家(ベートーヴェン、シューマン...続きを読む

Qピアノの発表会で弾く舞台栄えする曲を教えてください。

小学4年生の娘が来春のピアノの発表会で弾く曲を探しています。
クラシックは全くの無知で、先生に「希望の曲は?」と聞かれても全然わかりません。
お詳しい方、オススメの曲があったら教えてください。
娘のピアノ暦は4年です。
私の希望としては「聞いた事がある有名な曲」がいいです。
娘の希望は「優しいメロディーの曲」だそうです。
ちなみに先生いわく、「メヌエットだとちょっともったいないかな」くらいのレベルのようです。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 こんにちは。専門家ではありませんが、ダラダラとピアノを10年ぐらい習っていましたので良かったら参考にして下さい。
 お嬢様のピアノ暦が4年という事ですが、現在は大体どれぐらいの曲を弾いているのでしょうか?私の時はバイエル(赤&黄)→ブルグミューラーと進んでいったのですが。ヤマハとかはまた独自の教則本だと思うのでちょっと分かりませんが、4年でもものすごく上達する人と私みたいに黄バイエルをウロウロしたりする人もいますので(^_^;)。
 またメヌエットも沢山の作曲家(ベートーベンやビゼーなど)が書いてますのであまり参考にならないのですが、ソナチネの中にあるメヌエットでしょうか??
 一応バイエル終了している位で、発表会に向く有名な曲といえば
エリーゼのために→王道ですので、ライバルがいるかもしれません。
乙女の祈り→最初がなかなかカッコいいです。
ト調のメヌエット→もしかしてこのメヌエットでしょうか。
http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20052467
↑この中に入っている「楽しき農夫」や「水の精」「ユーモレスク」も優しい感じです。「ユーモレスク」は某胃腸薬のCMで使われていますので良く知られています。
他の試聴はこちらで聴けます。「すみれ」や「人形の夢と目覚め」「スケーターワルツ」「アベ・マリア」なんかも優しい可愛らしい感じです。
http://classic-midi.com/classictop.htm

 最終的にお嬢様が決めると思いますが、先生に何曲か弾いてもらうとか、比較的平易な曲が入っているCDを貸してもらって聴いてみるともっと具体的なイメージがつかめると思います。全音ピアノピースとかだったらAレベルでしょうか?発表会は少し上のレベルを狙いますので、実力がもっとあってどうしてもこの曲!というのでしたらBでもいけるような感じです(ちなみにユーモレスクやト調のメヌエット、エリーゼは全音ではBクラスです)。好きな曲はやる気で練習しますので、好きでもない優しい曲をするより上達は早いと思います。
 素敵な曲に出会えると良いですね。ご参考までに。

 こんにちは。専門家ではありませんが、ダラダラとピアノを10年ぐらい習っていましたので良かったら参考にして下さい。
 お嬢様のピアノ暦が4年という事ですが、現在は大体どれぐらいの曲を弾いているのでしょうか?私の時はバイエル(赤&黄)→ブルグミューラーと進んでいったのですが。ヤマハとかはまた独自の教則本だと思うのでちょっと分かりませんが、4年でもものすごく上達する人と私みたいに黄バイエルをウロウロしたりする人もいますので(^_^;)。
 またメヌエットも沢山の作曲家(ベートーベンや...続きを読む

Qモーツァルトとバッハ

一見、関係ないように思える二人ですが実はあの大バッハ(ヨハン・セバスティアン)の末子、ヨハン・クリスティアンはロンドン時代に少年モーツァルトに会い、作曲を教えているのです。

このことは以前から知ってはいましたが、先日、FMのバロックの番組でたまたまこのことを言ってて、ヨハン・クリスティアンの作品(フォルテピアノとオーケストラのための曲)を始めて聴きました。
まさに、モーツァルトのギャラントな作風にそっくり!で驚きました。
(実際はモーツァルトが影響受けたのですが)
バッハの息子といえばカール・フィリップ・エマヌエルが有名で今迄彼の作品しか聴いたことがなかったのですね。
でも、ヨハン・クリスティアンを聴いてあらためてその才能の高さに敬服した次第です。
もともと、オペラ作曲家として名を成しており、またチェンバロよりもフォルテピアノ(後のピアノ)の音色を好んだということ・・・
そのあたりもモーツァルトに通じるところがあります。

後にウィーンに出てきたモーツァルトはハイドンに師事しますが(勿論、偉大な作曲家です)、彼の音楽の根底にあるのは実は幼い頃に影響を受けたヨハン・クリスティアン・バッハなんだということを確信しました。彼との出会いが無ければモーツァルトの音楽に粋(いき)や歌心は存在しなかったと思います。

このあたりのこと、如何思われますか?皆様のご意見等を伺えればと。

一見、関係ないように思える二人ですが実はあの大バッハ(ヨハン・セバスティアン)の末子、ヨハン・クリスティアンはロンドン時代に少年モーツァルトに会い、作曲を教えているのです。

このことは以前から知ってはいましたが、先日、FMのバロックの番組でたまたまこのことを言ってて、ヨハン・クリスティアンの作品(フォルテピアノとオーケストラのための曲)を始めて聴きました。
まさに、モーツァルトのギャラントな作風にそっくり!で驚きました。
(実際はモーツァルトが影響受けたのですが)
バッ...続きを読む

Aベストアンサー

これについて、私もこのごく最近、
石井宏著『反音楽史 さらば、ベートーヴェン』新潮社2004年刊
http://www.shinchosha.co.jp/book/390303/
同著『西洋音楽から見たニッポン 俳句は四・四・四』PHP研究所2007年刊
を読んでビックリしているところです。
(ただし最新刊の『レオポルト・モーツァルト』はまだ手に取っていません)
(http://www.shinchosha.co.jp/book/390304/)

とくに『反音楽史』のほうは、
ドイツ音楽中心の史観であるというスタンスから従来のクラシック史をなで斬りにした、
多少ともクラシック史を知っている者からすれば劇薬のような内容の本で、
このなかで、ヨハン・クリスティアン・バッハについても多くが語られていました。

著者によれば、彼はバッハ家のなかで(大バッハを含め)、生前一番よく知られ、一番成功した音楽家であったにもかかわらず、活躍の場がロンドンであったためドイツ中心主義の音楽家(音楽史家)から不当に無視されたのである、といった内容のものでした。

このほかにもイタリアオペラで成功したハッセの黙殺につても語られ、
例外はハンデル(英語読み)で、彼はイギリスに帰化したにもかかわらず、どういうわけかヘンデルとしてドイツ系に組み込まれている、うんぬん。
にわかには、どう信じてよいかわからない、戸惑いを覚えた本です。
私としては、当たらずとも遠からず、確かにそうしたことはあるだろう、という判断でした。

さて、モーツァルトは1763年、7才時から3年半にわたってパリ、ロンドン、オランダなどに大旅行しますが、ロンドンには一年余り滞在し、かなり多くの作品を書き上げている模様です。(このあたり、属啓成著『モーツァルト3 器楽編』音楽之友社1975年刊を参照しています。ただしこの本、誤植が非常に多いので)

交響曲第一番となっているK.16もそのころのもので、
これはまさに「クリスティアン・バッハの影響を示す三楽章の交響曲で、イタリアのシンフォニア形式ではありながら、コントラストをもった二つの主題の対立や発展的な旋律法などにクリスティアン・バッハのドイツ的な色合いを示すものである」(同書より)
これの第二楽章は、その後くりかえし用いられるモティーフ、あの最後の交響曲「ジュピター」の第四楽章のフーガでも使われるモティーフが生涯最初に現れるという意味でも記念すべき作品です(ホルンによって奏されます)ので、とりわけ印象深いですね。
http://jp.youtube.com/watch?v=U8zgIzZ3G10

石井宏氏によれば、モーツァルトはロンドンでクリスティアン・バッハに手ずから(膝の上に乗りながら)教えてもらったほどで、その人柄を含め、終生敬愛してやまなかったようです。
確かにお書きのように、モーツァルトは後年大バッハを「発見」し、ここにもまだ学ぶべきものがあったと嘆じたと報告されていますが、書簡などを読むときに、おやっとつまづくのは、彼がバッハと呼ぶときに、このバッハはヨハン・セバスティアンではなく、たいていヨハン・クリスティアンであることは私も前々から気がついていたことではありましたが。(そういう意味ではミヒャエル・ハイドンも要注意かもしれません、今とっさの思いつきですが)

やはり「古い」先入観は見直すべき時かもしれません。モーツァルト像もこの数十年の間にずいぶん変わってきていますものね。
(たとえば海老沢敏『変貌するモーツァルト』岩波現代文庫2001年刊や、池内紀『モーツァルト考』講談社学術文庫1996年刊は私には興味深いものでした)

ついでに、モーツァルトの初期のシンフォニーに言及されるときに、よくマンハイム楽派というのが出てきますが、これも石井氏によると、マンハイムには個々の音楽家はいたけれども楽派はなかった、ということになるそうです。これも私には驚きだったことを付記しておきます。

これについて、私もこのごく最近、
石井宏著『反音楽史 さらば、ベートーヴェン』新潮社2004年刊
http://www.shinchosha.co.jp/book/390303/
同著『西洋音楽から見たニッポン 俳句は四・四・四』PHP研究所2007年刊
を読んでビックリしているところです。
(ただし最新刊の『レオポルト・モーツァルト』はまだ手に取っていません)
(http://www.shinchosha.co.jp/book/390304/)

とくに『反音楽史』のほうは、
ドイツ音楽中心の史観であるというスタンスから従来のクラシック史をなで斬りにした、
多...続きを読む


人気Q&Aランキング