1つだけ過去を変えられるとしたら?

教えてください・・・嫁いだ娘の家(義父と同居しています)で、先日仏壇を見つけたそうです。
義父は離婚し、昨年新居を建て替えて娘夫婦と孫が同居するようになりました。偶然、洗車のため電源が必要になり引っ越し後、義父の荷物部屋になっている部屋で、仏壇らしきような物(ふっと、視界に入ってなんだろうと思ったそうです・・)を見たそうです。その晩に、ダンナさんとこれからの事を話しているうちに、義父は養子で土地を受け継いだとのこと。
その時、昼間に見たのはその方の仏壇ではないかと、ダンナに聞いたそうです。ダンナも小さい頃に、そのおばあさんに会ったのを憶えていただけだったようで、義父に確認したところ、やはりその方だったそうです。娘は気になり、部屋を片付け仏壇を2階の義父の部屋に今は置いてあるそうです。ただ、供養などたぶんしてないと思うと娘が話すもので・・ちゃんとみんなが集まる所に、仏壇を移動したら?!と話しをしましたが、急にするのも(数年は、扉も開けず、建て直し時は、貸倉庫のような所においてあったそうです)よくないと言う意見も聞き、どうしたらよいのかと・・・
教えてください。

A 回答 (3件)

回答番号No.1で教示しているように、仏壇とは位牌を収納する場所ではありませんし、祖先崇拝の道具箱でもありません。

本来、本尊を飾る場所です。
仏教徒にとって本尊とはフェッテシズム(偶像崇拝)の道具に過ぎません。仏弟子になることもなく、仏教信仰を持つこともないならば、仏壇は仏壇という名のただの木の箱に過ぎません。
邪魔なら捨てておしまいなさい。
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この回答へのお礼

有難うございます。

お礼日時:2009/05/27 15:33

真言宗徒です。



要約すれば、「今まで、粗末に扱っていたものを急に移動して、供養の仕方もわからないのに大丈夫でしょうか?」
と言うことでしょうか。

まず、いままで粗末にしていたのも、「縁」のものです。
おそらく、中心部においていてももっと粗末にされていたでしょう。
汚れ、カビ、手入れ代の高さから手放していたかもしれません。

それ故、倉庫にあったのは、必然と考えます。

いま、お嬢さんが仏壇を見つけたのも「縁」のものです。
「仏壇を大切にしよう」という気持ちの持ったものが見つけたので、それは、それで知らせてくれたと解釈すれば良いです。

移動に関しても、「心」が篭っているなら、現在の生活動線を潰す必要はありません。
常に清潔に、常に大切に。

宗派により、経文も違いますが、要は「敬う心」があれば良いのです。

古いものを捨てるのではなく、キレイに清掃摺れば問題ありません。仏壇クリーニングなどの高額出費は抑えて、気持ちを傾けた方が効果的です。

仏壇は怖いものでも何でもありません。
方法や手入れの方法については、参考サイトがあるので、ご確認ください。 中心の仏像がどなたかで、宗派がわかります。 阿弥陀如来・釈迦如来・大日如来・・・・・・ 開祖の僧侶の掛け軸があるかもしれませんし。
画像があればアップロードすればより詳しい、アドバイスが得られると思います。

この回答への補足

よければ、もう少し教えていただけますか?
仏壇の中に位牌がある場合でも、そのままでもいいのでしょうか?
娘の話ですと、扉を開けてみていないそうです。

補足日時:2009/05/27 15:34
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
本当に縁ですね。
参考にさせていただきます。
後は、娘夫婦が考える事ですので・・・

お礼日時:2009/05/25 15:04

僕は勝手な浄土真宗の信者ですので、話半分で聞いて下さい。



まず皆さんが勘違いをするのは、仏壇は先祖を祀る場所とかひどい場合には亡くなった親族の新しい家だとか言う仏壇屋さんがおりますが、これは全部間違いです。
その家の宗教宗派の御本尊を祀るミニ寺社です。イエス像がお社みたいなものになったと思えばいいでしょうね。
ただ、日本の仏教は、中国を経由していますから儒教や道教を取り入れて、その地方の習俗・習慣も入れています。
御位牌を仏壇に置くのもその影響です。
どうしても、お位牌を置くと御先祖様がここに祀られていると感じますから、また、仏壇の引き出しには遺骨を入れるようにもなっていたと聞きますから、その考えは当然です。

ですから、仏壇を買った時や仏壇を廃棄するときに魂入れだの魂抜きだのと勧められますが、これも御本尊を祭るためで、御先祖さまとは違うのです。

日本人がもつすべてのものに精霊が宿るとか万物には神が宿ると考える思考は、素敵なものですが、亡くなった方はその人を思う人の心に現れます。
娘さんたちが昔の亡くなった親族を考えるきっかけになったのですから、むしろ喜ぶべきご縁だと思います。
手を合わせても合わせなくても、念仏を唱えても唱えなくても、仏壇をきれいにして床の間に置かれても、廃棄しても、そのことで何か変わることはありません。

この世で起きるさまざまな出来事は、「鳥の羽根に付く塵までも」前世の因縁によらないものはないと「歎異抄」で書かれています。
娘さんたちが心落ち着くようにすればよいと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
娘に回答を話させていただきます。
後は、娘夫婦が考える事ですね。

お礼日時:2009/05/25 14:58

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