No.2ベストアンサー
- 回答日時:
garconさん、こんばんは。
以前、他の方とも同じ問題を話題にしたことがありますが、結論から先に申し上げると、聡子から返ってきた言葉に戸惑う本多の対応は、「この期に及んで、取って付けたようでわざとらしい、白々しいものでしかない」としか私には感じられません。
「…その清顕といふ方には、本多さん、あなたはほんまにこの世でお会ひにならしやつたのですか? 又、私とあなたも、以前たしかにこの世でお目にかかつたのかどうか、今はつきりと仰言れますか?」
堕胎した聡子が月修寺で剃髪・出家した後、最初に諳んじたのが『唯識三十頌』、『般若心経』だったことを想起しますと、今や門跡とまでなった聡子には、清顕との逢瀬をも含めた本多の回想する出来事など、もはや夢幻でしかなくなっていたはずです。
門跡が本多に語った言葉は、『唯識三十頌』の第一頌「由仮説我法 有種々相転 ……」(人は実体でないものに操られて、自己及び世界があると信じ込んでいるが、実はただ識の諸相が転じて人にそう妄想させているにすぎない……」をほとんどそのまま反復しただけとさえ言えるでしょうね。
でも、よく考えてみれば、本多自身、だれよりも熱心に唯識関連の仏典や仏教書を渉猟し、唯識の教理に通暁していたと書かれていましたから、聡子から「それも心々ですさかい」と言われたからといって、この時点で慌てふためいたり、戸惑ったりするなんて、ずいぶんと芝居がかっているとは思われませんか。
一貫して小説での《まことらしさ》を重視し、緻密な小説展開を心掛けてきたはずの三島の小説手法に照らしても、この性急な結末の付け方は「あまりにも粗雑すぎる!」との批判は免れないでしょうね。
さらに、ギャルソンさんも『豊饒の海』全篇をお読みなってお気づきかと思いますが、「暁の寺」結末時の本多には、もはや自分が《転生》の目撃者であるとの確信が崩壊しかかっていたことは、もしかしてこれは作者の計算外だったかもしれませんが、随所に、しかしはっきりと露呈していますよね。
それが証拠に、最終巻「天人五衰」では、本多はまるで自らを破滅に導くことにしか興味・関心がないと言わんばかりに自嘲的、自虐的になっているではないですか。
ということで、『豊饒の海』の結末について、私には「大どんでんがえし」とはとても思えませんでした。
プロットに沿って考える限り、本多は、聡子の言葉に対して「やはりそうでしたか。私はそれを確認するためにこうして訪ねて参りました。」とでも答えるべきだったのではないかと思われてならないからです。
さらに、最終巻「天人五衰」だけが当初の構想に反し、異例の短さで雑誌連載が終わっていること等をも併せ考えますと、当時の三島がプロット展開の《まことらしさ》を犠牲にしてまでも死に急いでいたということが、結果的にこうした不自然な結末の付け方を敢行させてしまったのではないか、と結論せざるをえないのです。
大変深い読みをしていらっしゃいますね。とても興味深いご感想です。
思うに、宗教的教義と現実生活の板ばさみで、もし、前者が本当に現実感を凌駕するならば、それは一種の悟りなのでしょうし、聡子がその境地に達したという彼岸的な状況が呈されているという示唆なのでしょう。もちろん、本多はあくまで理性での理解にとどまっている。もし、ご回答者さんのいうような
>「やはりそうでしたか。私はそれを確認するためにこうして訪ねて参りました。」とでも答えるべきだったのではないかと思われてならないからです。
という境地に達した本多ならばそれは傍観者ではない、本当の主人公になりえたのではないしょうか。
この4部作は、なにか週末に向かって堕落への加速度を増すという印象ですね。そこがまたすごい話しだなぁと感慨もひとしおです。これが、>自虐的、自嘲的
ということでもあります。
この話し、例えば出だしの日露戦争弔そうの図の提示など、最終場面とどのような関係にあるのか、あまりにも難解な構図があるような気がします。これ符合してますよね。虚無に対する弔そうということなのでしょうかね。
No.3
- 回答日時:
garcon様、こんばんは。
仏教教義にも疎く、全くの私的な読書感想ですみません。
わたくしも自身が敬愛してやまない方にこの件についてお尋ねしたことがあります。
つまり「当時三島の抱えていた問題」と4部作のあらすじの「変質」、そして聡子のラストの発言の意図との関係性においてです。
わたくしもgarcon様同様に、彼女の言葉には意図を汲みし難いものを感じておりました。
彼女の発言が大どんでんがえしというよりも、何故「あらためてこじつけを装う、念を押す」ような不自然さを演出するのだろうか、と。
そこに何か別の新たな意味合いでもあるのかな、と思ったからです。
第一巻『春の雪』の王朝雅な鷹揚さ、夢物語的な色彩といったものは巻を追うごとに色褪せていき、むしろ第三巻以降は、本多の「ある種執拗な突き出た我」が覗き見などによって徐々に浮き彫りになっていきます。
そしてより一層、勲、ジャン・ジャン姫、透が松枝清顕の輪廻転生に他ならないという夢追い人となっていくのですが、
それにつれてどこか「結論付け」を急ぎ粛々と迫っていく感覚に襲われてしまうのは、やはり「三島という作家の最期」を知っているからなのでしょうか。
一見荒唐無稽な夢物語に読者が、そして三島本人自らが心地良さをおぼえたとして。
そして現実世界は充たされないものであり、そのような時代に世知辛く生きながらえているという証拠にすぎない、と確信していたとするならば。
無残にかつ強引に幕を下ろすことにより、本多のみならず読者の夢を砕くとともに、三島本人も「現実の幕引きに自らも臨んだ」とも言えるのではないでしょうか。
garcon様のおっしゃる「三島という作家の狂気」と「大どんでんがえし」は、作中の聡子の言葉ではなく、むしろ「三島の最期」の方にこそ相当するのではないでしょうか。
仏教教義は本当に難しくて、さわりだけなぞるくらいしかできません。本当に巨大で難解な読み物です。それほど仏教にかぶれなくてもいいじゃないかとも思ってしまいます。
おっしゃるように、作家の最後と符合させて考えるといいのかもしれません。そうするといやに現実感を帯びる気がします。なにか、作品自体はもっと幻想と格調を保っている気がしています。
透、百子の挿話とか、冒頭の日露戦争弔そう図などのさまざまなエピソードがどこかと符合する、なにかしら深遠な意味合いを持っていると思わざるをえない、それに対して、疑問を自分なりに果たしていくしかない。というすばらしい読み物だと思いますね。物語純粋的にこの最後の台詞で恐ろしい価値観の大逆転を示唆するという、非常にエネルギーの横溢した小説ではないでしょうか。
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