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女流と云う言葉
言葉の解釈と云うよりみなさんの意識が知りたかったので、こちらで質問させていただきます。

女流と云う言葉の意味は、もともとは女性、女と云う意味だそうですが、
男流と云う言葉がないので、女性に対する差別用語の様な気がします。

もともとは男性の分野であった分野に男性に伍して頭角を現し活躍する女性を区別するため、
女流棋士 女流作家 女流歌人などと呼ばれていたのだと思います。

絵画の世界では女流画家は使われていると思いますが、音楽の世界では聞きません。
その人が女性であるか男性であるかを判断するだけであれば、女性で十分で、それもあえて
付ける必要はないと思います。

みなさんは今後女流と云う言葉は不要になると思われますか。
私は不要になると思います。ご意見ご回答よろしくお願いいたします。

A 回答 (4件)

昔は意味があったと思います。


たとえば男性である紀貫之は女流文学のやわらかな表現を出すためにあえて女流として「土佐日記」を書いており、名作になっています。
この時代は男性はカチッとした漢文調、女性は仮名で書く和文が主流で、紫式部なども漢詩のスキルがありながらあえて女性と言うことを前面にした文学を書いており、この時代は女流文学と言うジャンルがあり、書き手が男性であっても女流文学とくくってよいと思う。
今ですと漫画家が、男性作家でも女性誌で書いている人は女流漫画家とくくれるようなものと思います。
ただ今の時代はモノというか、性差がなくなってきている分野も有り、その分野では「女流」という言葉はなくなり、差がある分野では残っていくのではないでしょうか。
「男性看護師」とか「男性保育士」という言葉があるように、男性女性と付けるのは区別であって、性差に関係なくジャンルとして確立されれば「女流」も生きる。

質問とは関係ないですけど、私の友人に「男性女医」がいます、早い話が女装癖のある医者なんですが、当人はあくまで男性医師のつもりですけど、周囲はカマっ気がある先生とか、変な女医さんとして見ています。
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この回答へのお礼

有難うございました。女性男性の特質があらわになるジャンルでは残るかもしれませんね。
女装男医?世の中何でもありですね。

お礼日時:2010/09/23 00:22

こんにちは。



囲碁・将棋についてのみお答えします。
結論から申しまして、プロの囲碁界・将棋界では、「女流」という用語は、今後も必要と考えます。
これらは、いわゆる頭脳スポーツですが、ご存知と思いますが、男女の実力差は大差となっています。

囲碁は男性と横並びで初段に上がればプロ。(正確に言えば、ちょっとだけ女性に対して優遇措置あり)
しかし、女性棋士はタイトル戦の番碁に登場したことは一度もありません。
それだとつまらないので、女性だけが参加できる「女流」を冠したタイトル戦があります。
果たして、これを差別と言うでしょうか。
むしろ、その逆ではないでしょうか。

将棋に至っては、四段に上がって「女性棋士」となった例はまだなく、たぶん、岩根さん、甲斐さんの奨励会1級が歴代最高位ではないかと思います。
女流のタイトル戦があるから将棋界が盛り上がり、女流棋士が普及活動をするから将棋ファンが増えます。
これを差別というでしょうか。
むしろ、合理的なことではないでしょうか。

ところで、文学のことは詳しくないですが、「閨秀作家」は差別ですか?
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この回答へのお礼

有難うございました。なるほど女性に対する優遇措置ですか。
閨秀は学問に優れた婦人のことだそうですが、この言葉は事実上使われなくなると思います。

お礼日時:2010/09/23 00:15

たぶん、その「人」(女性)への差別というよりは、その専門分野の特質が顕現した用語、とお考えになったほうが納得が行くだろうと思います。



音楽でも、女流声楽家、とあまり言わないのは、声楽という分野ではソプラノなど女性が古来大活躍してきたからです。
女流作曲家や女流指揮者なら、言うかもしれませんね。
これは、作曲とか指揮とかの分野に女性が相対的に少数しかいないから。

ですから、女流という言葉を聞いたら、その「人」が問題なんじゃなく、その分野が問題なのだ、と考えるべきです。

将来的にはどうでしょう?
遠い将来、どの分野も男女がほぼ同数に落ちつけば、女流などという用語はもちろん不要になるでしょうね。
でも、もし何らかの分野で男性多数の状態が続けば、そこで活躍する少数の女性が女流と称され、その分野の特質を表す用語として残るでしょうね。

例えば、ですが、多くのスポーツ競技では、男女種目が分かれている場合、男性選手が女子種目に出場する資格は明示的に否定されていますが、逆には明示的な規程はありません。
つまり女性選手がもしそう希望すれば、男子種目に出ても違反にはなりません。
通常は、体格や筋肉量などに性差があるため、女性が男子種目に出ても不利だから敢えて出ようとしないだけです。
でも、格闘技など重量級制の試合なら体格差は初めから調整されていますし、その他の競技でも筋力に頼らないものはたくさんあります。
ですから女性選手の中に男子種目への出場を希望する者が少数現れても、不思議はありません。
こういう人たちはもしかすると、かなり長い将来に亘って「女流」と呼ばれ続ける可能性がありそう。
これはもう差別云々ではなく、ある意味必然ですね。

PS: 誤解の無いように付け加えておきますと、将棋や囲碁などの棋士に女性が少ないのは、「頭脳スポーツだから」ではありません。
同じような競技でも、チェスには女性棋士が相当割合います。
それでもこの手の競技に女性棋士が少ないことは、古今東西共通です。
なぜ?
これを「女は頭が悪くて数学が出来ないから」と言い放って大問題になりハーバード大学長の地位を追われたサマーズという経済学者がいましたね。
本当の理由は、人間の認知パターンに性差があるから。
男性は図形的ないし空間的な認識に優れ、女性は言語的な認識に秀でる。
女児は男児より約1歳ほど早く言葉を話すようになります。
かるた遊びなどは、女の子のほうが概して強いですよね。
碁や将棋など図形的な遊びだと逆に、男の子が強い。

街の端から端まで男女を車で連れて行き、道を覚えるように言います。
後で、同じ道を自分で運転して行ってみなさい、と言うと、
昼間だと男性のほうが正確に道を覚えているが、日が暮れると女性のほうが正確に行ける。
男性は「風景」で覚えています。暗いと道に迷う。
女性は通りの名前を覚えているので、暗くても迷わない。
…という行動心理学の実験結果があるそうです。
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この回答へのお礼

確かに女性 男性の脳の働きには特質がありますね。地図に弱い女性
同時にいろいろなことが出来ない男性だったかしら
有難うございました。

お礼日時:2010/09/23 00:03

http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa979722.html
似たような記事がありました。

女流という言葉ですが、自分は全てはなくならないと思います。
スポーツのように男子と女子が分かれて行う競技である将棋や囲碁などからはなくならないでしょう。
なくなってしまったら女子ゴルフとか男子ゴルフとかも全部ゴルフになっちゃいます。

女性作家とか女流歌人とかはなくなるかもしれませんね。

差別化が全て悪というわけではないと思いますよ。
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この回答へのお礼

有難うございました。差別と云うより女性の特質をいかしたものについては、
残るかもしれませんね。

お礼日時:2010/09/22 23:53

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