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あと10日あまりで阪神淡路大震災が起こって16年になりますね

さてそのときの地震の最大震度は7というのはご存知ですよね。
しかし起こった当初最大震度6と報道されていました
いつどのようにして最大震度が7とわかったんでしょうか?
2004年に起きた中越地震では当初は震度5強と報道されていましたが平常どおりの生活ができるようになってのちのちある所では震度計をみると7だったという話を聞いたことがあります
そのように阪神淡路大震災も震度が変更が行われたのでしょうか?それともなにか計算など別の方法で7とわかったんでしょうか?

A 回答 (2件)

当時、震度7は建物の倒壊率などで決めていました。

このため、震度6まではすぐに出せますが震度7は後で出すことになります。この頃は震度は地震計の振幅などではなくて人の感覚で決めていたそうです。
その後、震度の基準が加速度などで決められるようになったので震度7も短時間で出るようになっているそうです。
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震度自体が適当な尺度だから。


何所の数字がどうだからとかの指数じゃないです。
こんなモンかなぁ・・・というのが「震度」です。

ですから、当時は震度6といわれ、 後ほど被害がこれだけあったんだから7でいいんじゃね?というわけで震度7になりました。
当時までの地震では6が最大だったから。
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