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子供に絵本を読んでいる時に思ったんですが足柄山の金太郎の頭のてっぺんは
なぜはげているのでしょうか?その当時の子供はあんな頭だったのでしょうか?
金太郎以外であんなヘアースタイル見た事ないんですが・・・
つまらない事ですが子供に質問されて答えられなかったので詳しい方よろしくお願い致します。

A 回答 (3件)

こんばんは。



月代(頭の頭頂部をそる)に関しては下記の方と同じ
意見ですが、大童(おおわらわ)ってヘアスタイルですね
あれは。
要は、ちゃんと髷(まげ)を結っていれば、ふつうの
稚児髷(ちごまげ)だったのでしょうが、やつ(きんたろくん)
があまりの野生児であったため、髷を結わせなかったのでは?
ないかと思われます。

ちなみに、戦国時代の合戦では、元取り(髷をまとめる
ひも状の物)が切れたために「おおわらわ」になり、もちろ
ん、状況的にも「おおわらわ」になるということは多かった
ようなので、「おおわらわ」はきんたろくんに限ったこと
では無かったようですよ。

やつのばあい、「月代はそるぐらい良いとこのの坊ちゃん」
であるにも関わらず、毎日元取りを結う事を嫌った「元気な子」
を象徴したのでは無いでしょうか?

全く想像の範疇を越えません。
ご参考になれば幸い出です。
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平安時代の頃より、男女とも、子供は生まれて7日目に頭の産毛をそり、3歳になるまで、頭頂部を剃っていました。

そうすることにより、大人になってから、黒々とした髪が生えると信じられていました。3歳になって、髪をのばし始める式を「髪置き」と呼んでいました。この「髪置き」も七五三の行事のもとになりました。
「髪置き」については、下のURL以外に七五三の起源について書かれたものに多く、散見されます。

参考URL:http://www.kyoto1.co.jp/shimazu/girei/753.html
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金太郎は千年ぐらい昔の物語だと思いますが、本当にあのような髪型だったのでしょうか?教科書にのるようになって挿絵として誰かがあのように描いたのかもしれません。



武士が兜を被るようになって蒸れないように髪の中央部を剃る習慣が生まれました。(月代=さかやき)元気な男の子(寝冷え予防の腹巻ひとつで走り回る)を強調するため、兜が被れるように剃った可能性(後世の人がそのように描いた)があります。なお、子供の病気予防策として中央部を剃ってしまう習慣もあったようです。いずれにしても、頭の中央部は幼時には骨が固まっておらずデリケートな部分だといわれます。また人間の魂は頭の頂上から出入りすると信じていた時代(地域)もあるのでそれと関係するかもしれません。

子供さんにはお侍さんの真似をしているとでも説明されては如何ですか。金太郎は大人になって源頼光に仕えた有名な武将になったと言われます。
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