忙しい現代人の腰&肩のお悩み対策!

違いというか・・使い分けみたいなものはあるのでしょうか?

gooの辞書を読んでもあまり使い分けについてかかれてなかったようなので、ご存知の方は教えて下さいm(__)m

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A 回答 (2件)

蘇る:死んだものが蘇る。


甦る:衰えたものが甦る。

なお、どちらも常用漢字表外の漢字なので、現代表記としては「よみがえる」とします。
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この回答へのお礼

うーん・・・

「蘇る」が「死んだもの」ということなので、命のないものは全て「甦る」でいいんでしょうかね…

ありがとうございましたm(__)m

お礼日時:2003/12/27 21:23

「死んだ」という表現がよくなかったかもしれませんが、私の言う「もの」とは、命ある人間や動物に限らず、いわゆる「物」も含んでの意味です。



「蘇る」か「甦る」か、同じように悩んだ方もいるようです。
参考URLもご覧ください。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~yi9e-mzn/dh-yomigaer …
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この回答へのお礼

うーん・・・むずかしい問題だったようですね。
ありがとうございましたm(__)m

お礼日時:2004/01/04 18:37

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Q即効で効く、頭の回転・記憶力が蘇るトレーニング

即効で効く、頭の回転をよくしたり、記憶力が蘇るトレーニングってないでしょうか
明日、久しぶりの面接に行きます。

新聞やテレビニュースは欠かさず見ていますが、それ以外は読書も勉強もせずに
仕事、生活をしてきた数年です。
テストらしきものもこの数年はなかったことと、度忘れも少し増えてきた今日この頃です。。。

転職しようと機会を見ていたんですが、双方の条件に合いそうな会社があったので
応募したところ、明日に面接にきてほしいと言われました。

昔より頭を良くしたいってわけじゃないですが、これまでのピークの知識や頭の回転に
ちょっとでも近づけたいんです。

何か、即効で効くトレーニングってないでしょうか。

Aベストアンサー

>今ある力を出せやすい簡単なトレーニングと、記憶の傍らに昼寝してる知識を呼びやすくするトレーニングです。

今ある力を出すためにも大切な事をお伝えしたつもりでございましたよ。

僕がお伝えした事をもう一度、書き記します。

>>故に、面接に万全で臨まれるのでしたら、自分以外の事を身に付けるよりも、自分自身を掘り下げて自らの在り方がにじみ出る準備をされる事をおススメいたします。何が来ても、落ち着いて、堂々と対応できる自分作りこそが最高の面接対策となるのではないでしょうか?

今の自分と関係のない付け焼刃的な何かでは、自分自身は現れてきません。

例えば、何かを食べたり、何かの問題に取り組むというのは、自分とは関係のない食べ物であったり、自分とは関係のない問題でございます。僕がお伝えしたかったのは、『自分自身』との向き合いであり、自分とは何か?などの様なテーマに取り組む事でございます。

ですから例えば、自分自身の過去を振り返り、いったい何を築き上げてきたのか?とか、どんな悔しさ・苦痛を経験してきたのか?といった事に心の底から向き合うという事でございます。

自分自身の歴史を振り返るという事ですね。

自分自身を深めていく事が、今ある知識や身に着けているものが最も外に出せる最良の事であろうと思っております。短時間でありましたら、それが宜しいかと思います。

もし、長期的な事でしたら、自分という領域をさらに広げてみます。

自分という領域を更に広げたら自分自身を形作っているのは、全てでございますから、時間・空間・存在についての理解であったり、エネルギー・力・光・物質についての理解であったり、自分と自分以外が何によって作られるのか?を追及したり・・・などですね。

僕は、それをもっともおススメしたいですが、短時間での事でしたらここまでは出来ないであろうかと思い、上の様な提案をいたしました。

面接では、在り方勝負、エネルギー勝負、自信感バリバリのtakemasaさんで臨まれる事をお祈り申し上げております。

>今ある力を出せやすい簡単なトレーニングと、記憶の傍らに昼寝してる知識を呼びやすくするトレーニングです。

今ある力を出すためにも大切な事をお伝えしたつもりでございましたよ。

僕がお伝えした事をもう一度、書き記します。

>>故に、面接に万全で臨まれるのでしたら、自分以外の事を身に付けるよりも、自分自身を掘り下げて自らの在り方がにじみ出る準備をされる事をおススメいたします。何が来ても、落ち着いて、堂々と対応できる自分作りこそが最高の面接対策となるのではないでしょうか?

今の自...続きを読む

Q「こんばんは」「こんばんわ」どちらが正しいですか

今さら聞きにくいことですが、「こんばんは」の「は」と「こんばんわ」の「わ」のどちらが正しいですか。語源は「今晩は寒いですが如何お過ごしですか」等から来ているため「こんばんは」でも間違いでないと思っていますが如何でしょうか。小学生の教科書ではどちらを使っていますでしょうか。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんばんは です。
わざとこんばんわと書く人も多いみたいですが・・・
ちゃんと書いたほうが日本語として凛としていて綺麗ですよね。
というかいくらなんでも「こんばんは」と書けない大人がいると子どもとして情けなく思います。

語源がわかっていらっしゃるのなら
疑うこともないのでは・・・?

参考URL:http://gogen-allguide.com/ko/konbanwa.html

Q宮澤賢治の注文の多い料理店で死んだ猟犬が蘇るのは?

宮澤賢治の注文の多い料理店で死んだ猟犬がよみがえって,2人の紳士を助けにくるのは,宮澤賢治にしては珍しい矛盾で,単なるミスとする解説がありますが,そうなんでしょうか。そうでないとするとどのような効果があるのでしょうか。

Aベストアンサー

この作品には「1921・11・10」と脱稿日が記されています。
だから序文で「十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと」との箇所はこの作品のことを指しており、「どうしてもこんなことがあるようでしかたがない」のであり、それが「なんのことだか」は「わたしにもまた、わけがわからないのです」とも。

この作品は、最初の二人の会話に始まり、終盤の「二人は泣いて泣いて泣いて泣きました」までは、すべて二人の若い紳士の意識構造から見た描写を取っています。
専門の鉄砲打ちにちゃんと従っていない思い上がった態度だからこそ、彼らからすればその山の案内役は「ちょっとまごついてどこかへ行ってしまったくらゐ」の「山奥」であり、「あんまり山が物凄いので」犬たちも「めまいを起こして」「泡を吐いて死ん」だのだ、だって「その犬の眼ぶた」を「ちよつとかへしてみて」そう考えたのであり、そして何千円も損したと悔しがったのです。
ところが、案内役が<まごついた>り、犬たちが<死んだ>りした時点で、急に「顔色をわるくして」「寒くなったし腹は空いてきたし」で、実際には心細くなり迷子になったことにようやく気付き、歩きたくないよう、おなかが空いたようとぐずり出したからこそ、そんな大人子供の本性が露わになったがゆえに、とうとう自分たちの前に懐かしい都会の象徴であり、金さえ出せば主人で居られる、その金銭文化の代表でもある西洋料理店を出現させてしまったものでしょう。

でも本当はたんなる山の中での迷子でしかなかったとそれとなく告げるために「風がどうと吹いてきて…木はごとんごとんと鳴りました」という実際の情景描写が2か所に挟んでありますが、二人にはもはやそれさえ耳に入らないのです。札びらででひたすら自分の横柄な都合やわがまま勝手に振る舞ってきた、そんな贅沢に肥満した彼らへの「バチ」だったのでしょう。

第一次大戦での軍需景気で一山あてた「にわか成金」が、見せ掛けだけでも大都会に住み暮らす貴族並みに肩を並べたい、その象徴が英国風装備であり、ハンティングゲームであり、そのゲーム(獲物)を調理させるRESTAURANTだったのでしょう。

もっともヘビーな大型獣ハンターの服装を「イギリスの兵隊のかたち」といい(「なり」でさえなく「かたち」ですね)、大物撃ち用英国エンフィールドライフルの携行を「ぴかぴかする鉄砲をかついで」といい、ヨーロッパ貴族階級オオカミ狩り用の代名詞であり、一頭数千円もするハウンド犬(ボルゾイ)を「白熊のやうな犬」とする、これらの簡単な描写からして、敏感な幼い童話の読み手なら、いかに胡散臭い奴らかが一発でわかるというものです。

案の定、そのあとに続く二人の会話の「お下劣」振りには辟易させられます。
大型獣狩猟用の装備(服装・銃器・猟犬)で、なのに会話からすると狙いは山鳥や、せいぜい野兎狙いで、でも口では鹿のどてっぱらだとか、タンタターンとぶっ放せれば何でも構わないとか、いやはやとてもハンターとは思えない、お粗末にして軽薄嫌味な有様ではないですか。

ちょうどこの執筆直前に、日本国中を震撼させた現職首相である原敬暗殺事件が発生しています。平民宰相の死や暗殺者が19歳の青年だったことなど、漠然と日本の今後の行く末、平均的日本人の心象において、それこそが「扉の向ふのまっくらやみのなか」であったのかもしれません。

なお、賢治自身の広告文は次の通りです。
「二人の青年紳士が猟に出て路を迷ひ「注文の多い料理店」に入りその途方もない経営者から却つて注文されてゐたはなし。糧に乏しい村のこどもらが都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない反感です。」

この作品には「1921・11・10」と脱稿日が記されています。
だから序文で「十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと」との箇所はこの作品のことを指しており、「どうしてもこんなことがあるようでしかたがない」のであり、それが「なんのことだか」は「わたしにもまた、わけがわからないのです」とも。

この作品は、最初の二人の会話に始まり、終盤の「二人は泣いて泣いて泣いて泣きました」までは、すべて二人の若い紳士の意識構造から見た描写を取っています。
専門の鉄砲打ちにちゃんと従ってい...続きを読む

Q「わかりづらい」  と  「わかりずらい」

「わかりづらい」  と  「わかりずらい」
漢字にすると(判り辛い、解り辛い)なのかと思います。

「わかりづらい」が正しいとおもって使っていたのですが、
最近「わかりずらい」もよく目にします。

二者択一だったら皆様はどちらを使うべきですか?

アドバイスを頂きたいと思います。

Aベストアンサー

goo 辞書より

づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

ずらい
検索結果に該当するものが見当たりません。
キーワードを変更して再度検索をしてみてください。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BA%A4%E9%A4%A4&jn.x=29&jn.y=11&kind=jn&mode=0

私は辛い(つらい)→づらい、と考えて「づらい」を使っています。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

goo 辞書より

づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

ずらい
検索結果に該当するものが見当たりません。
キーワードを変更して再度検索をしてみてください。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BA%A4%E9%A4%A4&jn...続きを読む

Q差すか、射すか。

日(陽)がさすの"さす"はどちらを使えばよいのでしょうか。「陽が射す」か、「陽が差す」か、「日が差す」か、「日が射す」か…教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは。
用法としては、どれも正しいかと思います。
ただ、私の感覚では、「陽」は明るく暖かい感じがしますが、「日」はただの光で「陽」と比較するとやや冷たい感じがします。
また、「射す」は強烈な印象を受けますが、「差す」は弱い感じがします。
文章とは、読む人に書き手の考えやイメージを伝えるものだと思いますので、文脈やシチュエーションによって使い分ければよろしいのではないでしょうか。

Q穴が開く? 空く? 明く?

どれが正しいのでしょうか?
あき方によって区別するようならそれも教えてください。
こういう使い方の区別がわかる良い本もあったら教えてください。

Aベストアンサー

#3です。追加します。

どのような穴の空き方であっても、「空く」です。空き方による区別はありません。

Q「仕舞う」という漢字表記について

「仕舞う」という漢字について、質問があります。

「しまう」は「終う」と「仕舞う」と2つの表記がありますが、なぜ「仕舞う」とい
う漢字表記なのか、何かもともと別の意味があるのか、を教えていただきたいのです。

「仕舞」という能楽用語があるようですが、それと何か関係があるのでしょうか。
「終う」と「仕舞う」2つの表記の使い分けなども、教えていただければ幸いです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「しまう」には「了う」という表記もあります。
「仕舞う」だけは常用漢字表の音訓で書き表せますが、「了う」「終う」は表外音訓になります。
公用文や新聞では仮名書きの「しまう」を使うことになっています。

いくつかの辞書を見た限りでは、「しまう・しまい」の見出しの漢字はまちまちで、使い分けには触れていません。
また、能楽の「仕舞」との関連などに触れた辞書も見当たりません。能楽の「仕舞」を見出しに立てている辞書も、「しまう・しまい」との関連は全く触れていません。

ということで、「しまう・しまい」を「仕舞う・仕舞い」と書くのは、おそらく当て字であろうと思われます。

『広辞苑』
 |し‐ま・う【仕舞う・了う・終う】
 |し‐まい【仕舞】 …終りの
 |し‐まい【仕舞】 …能楽の
 |終 〔漢音〕シュウ 〔訓〕おわる・おえる・ついに
 |了 〔呉音〕〔漢音〕リョウ 〔訓〕おわる・しまう・さとる
『大辞林』
 |しま・う【仕舞う/▽終う/▽了う/▽蔵う】
 |しまい【仕舞(い)/▽終い】 …終りの
 |しまい【仕舞】 …能楽の
『大辞泉』
 |し‐ま・う【仕舞う・▽終う・▽了う】
 |し‐まい【仕舞(い)・▽終い・▽了い】 …終りの
『明鏡』
 |し‐ま・う【仕舞う・▽終う・▽了う】
 |し‐まい【仕舞う・▽終う・▽了う】 …終りの
 |し‐まい【仕舞】 …能楽の
『新明解』
 |しまう【《終う】(「仕舞う」とも書く)
 |しまい【仕舞(い)】 …終りの
 |しまい【仕舞】 …能楽の
『岩波』
 |しま‐う【仕舞う】
 |しまい【仕舞(い)】 …終りの
------------------------------------------

堀井令以知編『日常語の意味変化辞典』(東京堂出版)には、
 | しまう 仕舞う
 | 終りにする。片付ける。シはスル(為る)の連用形で「仕」は当て字。
とあります。

室町時代には「成し遂げる」の意味で使用。「終りにする」の意味は江戸時代からの用法。さらには「入れ収める」「片付ける」「殺して始末をつける」の意味も。補助動詞としての「シマウ」は江戸時代からで、「~し終える」の意味や強調としても用いられたとのことです。

能楽の「仕舞」は、これらの「しまう・しまい」とは意味のつながりが全くありません。たんなる憶測ですが、音が同じ「仕舞」の表記を借りて「しまい」に当てたのかもしれません。

「しまう」には「了う」という表記もあります。
「仕舞う」だけは常用漢字表の音訓で書き表せますが、「了う」「終う」は表外音訓になります。
公用文や新聞では仮名書きの「しまう」を使うことになっています。

いくつかの辞書を見た限りでは、「しまう・しまい」の見出しの漢字はまちまちで、使い分けには触れていません。
また、能楽の「仕舞」との関連などに触れた辞書も見当たりません。能楽の「仕舞」を見出しに立てている辞書も、「しまう・しまい」との関連は全く触れていません。

ということで...続きを読む

Q間隔は「開く」?「空く」?

今日の新聞の夕刊に「間隔は開かない方がいい」という文章がありました。
この場合、「開かない」は「ひらかない」であって「あかない」ではないですよね?

間隔を「あける」時は「空ける」で、間隔を「ひらく」時は「開く」という漢字の使い分けでいいのでしょうか。
また、そもそも「間隔を開く(ひらく)」という表現はありますか?
間隔が主語ならいいのかな……

考えれば考えるほど混乱してきました……普段使っているような使っていないような……

Aベストアンサー

「開かない」の読み方ですね。

「あく」に使う漢字は、
空(あ)く=からになる。席が空く。間が空く。手が空く。
開(あ)く=ひらく。穴が開く。戸が開く。幕が開く。店が開く。
明(あ)く=ひらいて見える。目が明く。埒(らち)が明かない。

よって、意味から考えると「空(あ)く」を使うべきでしたよね。

開(ひら)くと使う場合は、扉(を)開く。大会(を)開く。本(を)開く。店(を)開く。
となります。反対語が「閉じる」である事から、
閉じないものをひらく様な使い方には使わないと思います。
「間隔」は、詰める事はあっても閉じるとは言わないので、
「あかない」と読む事例ではないですね。

Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Q「渾身の」という言葉の使い方

「渾身」を辞書で引くと、「からだ全体。満身」とあり、用例として「渾身の力をふりしぼって」などと出ています。「からだ全体」の「力」を振り絞るのですから、意味は通じますね。

しかし、現在使われている用法のほとんどが「渾身」=「全ての○○を振り絞った」というニュアンスで使われていると思います。

例「渾身の一作」「渾身の問題作」

これだと「全身の一作」……意味がまるで通じません。誤用なのは明白です。

これはまあ、「コンシン」という音から来る「コン」→「込める」「入魂」のようなイメージから来る「誤用の通用」(←という言い回しもなんかヘン)だとは理解できます。

それではいつごろから「渾身」が今のような使われ方をするのが多数派になったのでしょうか。

ちなみに青空文庫を検索しても、現在のような誤用をしているものはありませんでした。
また、私の小学生時代(約35~40年前)にも、ほとんど見かけなかったと思います。

やはり、ワープロの普及や、ネットの普及によって素人の言葉遣いが世に蔓延するようになり、言葉を知らないマスコミ業界人が増えた……という時代に沿っての現象なのでしょうか。

いろいろな視点からのご意見をご教示願いたく思います。よろしくお願いいたします。

「渾身」を辞書で引くと、「からだ全体。満身」とあり、用例として「渾身の力をふりしぼって」などと出ています。「からだ全体」の「力」を振り絞るのですから、意味は通じますね。

しかし、現在使われている用法のほとんどが「渾身」=「全ての○○を振り絞った」というニュアンスで使われていると思います。

例「渾身の一作」「渾身の問題作」

これだと「全身の一作」……意味がまるで通じません。誤用なのは明白です。

これはまあ、「コンシン」という音から来る「コン」→「込める」「入魂」のようなイメージか...続きを読む

Aベストアンサー

例「渾身の一作」「渾身の問題作」・・・はじめて見ました。


私は「渾身の力を揮う(ふるう)」の「渾」と「揮」が字が似ているので、両者を混同して「渾身」を「身を揮う」⇒「全身の力を振り絞る」と誤解釈し、「渾身の一作」となったのではないかと思います。
すなわち「渾」に「力を揮う」と言う言意味があると誤解している。


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