太宰治の人間失格ってどういう内容なんですか?。
 TBSドラマで同名のドラマがありましたが、野島伸二は太宰を意識した点ってあるんですかね~?。探せば、いろんな同名の映像・文芸作品ってあるんでしょうか、「人間失格」の作品のタイトル名の著作権利って発生するんでしょうか?。もし権利が発生するようだったら、表現の妨げになるので無いんでしょうか?。
 

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A 回答 (2件)

題名そのものには「著作権」が発生することはありませんし、内容は


太宰とは全く関係ありません。クレームをつけられる根拠はないんで
すが、トラブってる印象を世間に与えないために妥協したんでしょう。
そもそも太宰って1948年に死んでますから、作品の著作権はすべて消
滅しています。「人間失格」も青空文庫に収録されていますので無料
で読めますよ。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card301.html
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この回答へのお礼

 そうですか~。
 でも友人曰く、「長い」とのことなので、ちょっと活字アレルギーな私には抵抗があるかも・・・(--;)
 気が向いたら手を出してみます。ありがとうございました。
 
 あと、著作権利って消滅期限があるんですね。
 ありがとうございました。

お礼日時:2004/01/13 05:21

小説の方の「人間失格」の内容は、ぜひご自身でお読みになられて確認してください。


一度くらい読んでおいても損はありません。

さてドラマの方の「人間失格」ですが、これについては確か放映途中で太宰の身内(奥さん?)からクレームが入って途中から「人間・失格」と区切りが入ることになりました。
上記のことからタイトルにも権利は発生しているものと推測されます。
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この回答へのお礼

 そういえば「・」が入ってましたね。
 
 あれだけの名作となると、著作権の問題以外の点で太宰好きな人からも、丸かぶりなタイトルには文句が出るかもしれません。
 
 ありがとうございました。

お礼日時:2004/01/13 05:24

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Q太宰治 人間失格について

先日、太宰治の人間失格を読んでなんとも言えぬ感情を味わいました。
しかし巻末の年表を見て本編以上の衝撃を受けました。
予備知識まったく無く読んだもので太宰作品も教科書で走れメロス、富岳百景の二作しか読んだ事がありませんでした。
議員の父、人妻との自殺未遂、麻薬中毒。この小説は太宰治の自伝なのだと始めてわかりました。
そしてこの小説を書いた直後に太宰治は人妻と心中しています。
そこで質問があります。もちろん皆様自身の考えで結構です。
なぜ太宰治は人生の最後に自分の自伝的な小説を書いたのでしょうか?
また人間失格で主人公は幸せとはいかなくても人生に絶望したり未来が見えないと言った終わり方ではありませんでした。
ではなぜ太宰治は死を選んだのでしょうか?
それとこれも心中の直前に書いた桜桃という小説についても意見をお願いします。
自分は太宰治を数作しか読んでなく、こんな質問をする資格はないかもしれないですがどうか教えてください。

Aベストアンサー

ANo.5様、御立腹ですね。。。でも私個人的に、こういう人も大好きですね、分かりやすいし、御気持ちには親しみ感じるんです。(笑)
まあ私自身もし男性だったら、「なんで、こういう鼻に付くヤツがセンセイセンセイって呼ばれて、そのうえ女にモテんだよ、こんちくしょう!」って思ったかも。(笑)
私個人も元々この作家に対しては好悪両面の印象を持っていました。私の父親が、ちょっとこんな感じの自堕落さを片面に持っていて、子どもの頃から嫌悪していましたし、自分自身に引き付けて共感を感じるところもありましたし。
でも、ずい分前に新聞でだったと思います、太田治子さんだったでしょうか彼女の生前の母上の思い出話のなかで、太宰先生のことを或る関係者に向かって語られたおりのことを述べておられたんですが、やはり相当の勉強家、努力家でいらっしゃったとの由。
そこで考えてみたんです。
「境界性ナントヤラ」か何か知らないが、もしも彼が、こうした屈折した内面を抱えていなかったら、彼の美質として数えられるところの「勉強家」「努力家」という面は、どのようなかたちで結実したのであろうかと。おそらく、こうした独特の作品世界には結び付かなかったであろう。
「勉強家」「努力家」という美質を備えている人は世のなかに、いくらもいる。同様に「屈折した」人も「境界性ナントカ」とやらいう人も、たくさんいる。
しかし、それぞれの質を持っているというだけでは彼独自の作品を産み出す契機とはならなかったに違いない。やはり彼なりの美質と、それとは逆と見做され得る質とが合わさってこその「太宰の世界」なのです。或る意味、彼は自分の「憎むべき」面をも上手に利用し得た人であると言うことができるでしょう。

さて私たちのいかほどが彼のように、自分の相反する両面から成り立った、時を越えて残る作品なり業績を残すことができるでしょうか。
彼は或る意味「やり手」なのです。「『走れメロス』のネタ元エピソード」に見られるように「自堕落さ」さえ武器にした(笑)そして本当に「自堕落」なだけのニンゲンは作品など残すこともできません。

なお「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね。」というあたり、やはり「パーソナル ディスオーダー」特有の感覚が窺えるように思います。 自分に対する憐憫の情が強いのでしょう。
ところで私個人は「待たせる身」のほうが或る意味、辛いのじゃないかと思います(笑)
私は太宰作品を読み始めた学生の頃から彼に対しては非常に「演技性の強い人」という印象を持っていました。まさに『道化の華』といったところでしょうか。
たとえば音楽のように突如、旋律が閃いて、それを写しとるといった正統的な?芸術活動とは違って、自らネタを拵え練り上げて作品に仕上げているというやりかたなわけですね。
ですから彼を取り巻いた女性たちは彼に作品の材料を提供した、命を懸けてモデルを務めた、とも言えるわけで(笑)だから彼の作品には死のにおいがプンプンする。死の魅惑にとり付かれていた若い日の私が引き寄せられた大きな理由の一つでしょうか。
もちろん、たいした才能もない者が才子ぶって実際に周囲の者を傷つけてまで何かの作品を作り上げようとしたなら、それは反発必至です。作品としての価値が低いのであるなら、傷を負わされた者にとって何の意義もない負でしかないからです。それは人道的な面においては特にそうなりますが、非難を招くのみでしょう。そこは詰まるところ、その「作品」に対する個々人の評価如何にもよるわけですが、尚且つ評価する側の力量も問われてくるわけですね。

でも、それだけじゃない、彼の作品には、やはりどうしようもなく滑稽味があるんですよ。そこが自分を憐憫してやまぬ、ただのナルシシズムに、どっぷり浸っているだけの凡庸なニンゲンと違うところだとも思うんです。ただ自己憐憫に浸っているだけのナルシストの言い訳だったら、それはタイクツでヘドが出るだけですけれど。
太宰先生の場合は芸術の奴隷にして商売上手、ってとこかな?

参考Urlは、このカテゴリで或るかたからの御紹介により知りましたが、芸術家の浅ましさ執念深さ、どうしようもなさが、よく描きだされていると思います。そして、これは作家の力量が問われるところですが、やはり、この作家の人間観察の辛辣なまでの鋭さ、性格描写の厚みと巧みさとを感じさせると思います。結局この力量がない者が無理くりつくった作品だと底が浅くて滑稽なだけのものしか出来上がらないと思います。

そんなに長い作品ではありませんので一度読んでみてください。

画家のモネが最初の婦人を亡くしたとき、その死の床で、刻々と変容していく彼女の相貌を憑かれたように描き続けたというエピソードを思い起こしました。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/304_15063.html

ANo.5様、御立腹ですね。。。でも私個人的に、こういう人も大好きですね、分かりやすいし、御気持ちには親しみ感じるんです。(笑)
まあ私自身もし男性だったら、「なんで、こういう鼻に付くヤツがセンセイセンセイって呼ばれて、そのうえ女にモテんだよ、こんちくしょう!」って思ったかも。(笑)
私個人も元々この作家に対しては好悪両面の印象を持っていました。私の父親が、ちょっとこんな感じの自堕落さを片面に持っていて、子どもの頃から嫌悪していましたし、自分自身に引き付けて共感を感じるところも...続きを読む

Q太宰治氏の人間失格の言葉遊びについて

最後らへんで主人公が堀木と共に考える悲劇名詞と喜劇名詞について質問します。
なぜ悲劇名詞が汽車と汽船で喜劇名詞が市電とバスなのか何度考えても意味が分かりません。
医者と薬はコメといっている意味も分からん。
またアントニウムの黒のあんとは白 白のアントは赤 赤のアントは黒の意味が分かりません。

Aベストアンサー

僕は「人間失格」のこの部分が好きなので書きます。

小説中にも書いてありますが、これは、ある単語の持つ印象が、悲劇的か、喜劇的かということをやっています。

汽車と汽船は悲劇名詞で合っていると思います。
それは単純に、汽車を舞台に悲劇を書くと具合がいいからです。汽車の、黒々と煙を吐き猛進するイメージや音などは悲劇的だと思います。
それに反して、市電やバスを題材に、本気で悲劇を書くのは難しいと思います。軽妙で滑稽なイメージをぬぐい切れません。
注射も出てきますね。注射は、病気や麻薬などの消極的で悲しい印象もあれば、お笑いコントの小道具のような可笑しさもあり、分類が難しいようです。
そういう意味で、医者と薬はコメ(喜劇的)にされてしまっています。

しかし結局は、人によって、その単語から感じ取る印象には違いがあるので、こうはっきり分けるのは難しい、分からん、ということになるのかもしれませんね。
太宰治は悲劇を悲劇として大げさに、涙を誘うようなわざとらしさで装うのを嫌うようです。そういうことが良く現れている部分だと思います。

黒の対象は白、と多くの人がすぐに思うと思います。
そして状況によっては白の対象に赤を置くと面白い。赤は女や血の印象も含んでいますから。
赤と黒となると、なにやらただごとでない関係が想像できます。と言う感じにふざけているのだと思います。

ちなみに「人間失格」は、作者はあたかも喜劇を装って書いている節がありますが、読む側にとっては全くの悲劇の印象ですね。

僕は「人間失格」のこの部分が好きなので書きます。

小説中にも書いてありますが、これは、ある単語の持つ印象が、悲劇的か、喜劇的かということをやっています。

汽車と汽船は悲劇名詞で合っていると思います。
それは単純に、汽車を舞台に悲劇を書くと具合がいいからです。汽車の、黒々と煙を吐き猛進するイメージや音などは悲劇的だと思います。
それに反して、市電やバスを題材に、本気で悲劇を書くのは難しいと思います。軽妙で滑稽なイメージをぬぐい切れません。
注射も出てきますね。注射は、病...続きを読む

Q若い時には読まない方が良い本とは、何でしょうか? やはり、太宰治の「人間失格」とか、ニーチェの「ツァ

若い時には読まない方が良い本とは、何でしょうか?
やはり、太宰治の「人間失格」とか、ニーチェの「ツァラツストラ」とかでしょうか?他にありますか?

Aベストアンサー

若いときに限らず、興味があるもの(興味なくても)は、読んでいいかも。本は、誰かが何かの思いを持って、ある程度の時間をかけて書いたもの。なんでも読んでみて。ページが進まなければ、途中でやめればいいし…
年齢によって、感じ方は違うとも思う。

Q文芸作品を書きたいなと思ったとき

最近、自分の可能性を試してみたくなって、短いものでもいいから文芸作品を書いて
応募してみようかと考えています。
たいして大きな目的もないのですが、小説を書く人というのはその想像力と表現力を
日頃から尊敬しており、自分もそれをマネしてみたいと思っているだけかもしれません。

ということで、文芸作品を書くにあたっての準備、ポイント、ツールについて書かれて
いるHPや本をご存知の方はいませんでしょうか?

又、同じような事をやってみようと考えている方、実際どのように行動をおこしていますか?

Aベストアンサー

三田誠広「書く前に読もう超明解文学史」「深くておいしい小説の書き方」↓などは参考になるのではないでしょうか。

参考URL:http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=30662268

Q太宰治「人間失格」

太宰治「人間失格」

はじめて読みました。
あまり本など読んだことがないのですが、文章の持つ雰囲気、特徴的な言い回しなど、
うまく表現できませんが、はまってしまいました。
何度でも読みかえしたい衝動に駆られています。
こんな雰囲気を感じられる他の本も読んでみたいです。
皆さんのお勧めを教えて下さい。
太宰治でなくても結構です。
ちなみに太宰治の他の作品も読んだことがありません。

Aベストアンサー

 
 0.さらば、文学 ~ わたしの読書歴 ~
 
 太宰作品で、あわせ読むべきは《櫻桃 194805‥ 世界》です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card308.html
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19480619 応答忌 ~ 桜桃忌と白百合忌 ~
 
 1.つぎの人たちについても、すこし知っておきましょう。
 
♀山崎 富栄 戦争未亡人 19190924 東京   19480613 28 /玉川情死~《愛は死とともに》
 太宰 治  作家    19090619 青森 東京 19480613 38 /玉川情死/籍=津島 修治~《桜桃》
 田中 英光 作家/漕艇 19130110 東京   19491103 36 /太宰治の墓前で自殺/光二の父
 
 2.わたしは、中学二年のとき、友人の母上と姉上に教わりました。
 
── 「もう日本文学など森 鴎外をすこし読むだけでいいんですよ。
外国の文学をたくさん読んで、ご勉強なさい」
「まずは、フロベール、ね」 かたわらの百合子嬢も言う。
── 《客太郎 ~ サロン・ド・ボヴァリー ~ 20001224 虚々日々》
 
 3.そして、青年期・壮年期・塾年期に、つぎの大作を読みました。
 
 ロマン・ロラン《ジャン・クリストフ 1903-1912 France》
 メルヴィル《白鯨 1851 America》
 エッカーマン《ゲーテとの対話 1836-1848 Germany》
 
 4.さらに、晩年にいたって、ようやく文学に対峙したのです。
 
── そこで利根川教授は、すこぶる興味ある事実を述べた。
「わたしの研究室では、来年の課題を“文学”と決めることもできます」
 これには、作家とノンフィクション作家も、黙りこんでしまった。
 利根川教授は、ノーベル文学賞作家が“化学”というテーマでは小説
を書けないことを、ずばり指摘してしまったのです。
​http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4149869.html​ (No.3)
 理系文学待望論 ~ さらば、余りに文系的な文学談義 ~
 
 5.書を捨てて、作家になろう。
 
── 「本を読む人と書く人がいる。私は書くほうだ」
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/B000JABZ7I
── コールドウェル/田中 融二・訳《作家となる法 1965 至誠堂新書》
 
 Caldwell, Erskine  19031217 America  19870411 83 /~《Tobacco Road,1941》
 沼田 茂 作家・翻訳 1926‥‥ 東京 小樽 19980512 76 /自殺/籍=田中 融二
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3358924.html (No.3)
 
 6.あなたはなぜ本を読むのか?
 
──「人は、それぞれ《人生》という題名の長編を書いている」あるいは
「誰もが人生という題名の長編を書いている。── シェーファー万年筆」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4992129.html (No.2)
 

 
 0.さらば、文学 ~ わたしの読書歴 ~
 
 太宰作品で、あわせ読むべきは《櫻桃 194805‥ 世界》です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card308.html
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19480619 応答忌 ~ 桜桃忌と白百合忌 ~
 
 1.つぎの人たちについても、すこし知っておきましょう。
 
♀山崎 富栄 戦争未亡人 19190924 東京   19480613 28 /玉川情死~《愛は死とともに》
 太宰 治  作家    19090619 青森 東京 19480613 38 /玉川情死/籍=津島 修治~《桜桃》
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Q文芸社さんの、新人発掘の作品募集について。

文芸社さんの、新人発掘の作品募集について。
実は今、少し困っています。

以前に文芸社さんのコンテストに出品した所、ある部署から電話がありました。
話は、作品を送ってくれたら無料でアドバイスをするという内容です。
ちょっと、怪しかったので、放っておきました。

そして、最近また、文化出版部の別の女性から電話があり、
優しげな物言いで、新人発掘をしているので、是非とも作品を送ってほしいという内容です。
「文芸社さん、自費出版で評判悪いですよね。」と言ったのですが、
「そちらとは、また別の所です。とにかく、あなたの作品を是非とも読みたいです。」
という返答でした。
私が、ややブッキラボウな言い方をしても、全然めげません(笑)

送ろうか止めようか悩むのは、電話では2回とも、出版を薦める話は、一切無かったことです。
作品を送ったが最後、やや修正された自分の作品が、別作者の名前で、本屋に並ぶのでしょうか??
この話を、果たして本気にして良いのか、悩む所ですね。

どなたか、経験者さんか、詳しい方がいらしたら、どうかお答え下さい。
宜しくお願い致します。。。

文芸社さんの、新人発掘の作品募集について。
実は今、少し困っています。

以前に文芸社さんのコンテストに出品した所、ある部署から電話がありました。
話は、作品を送ってくれたら無料でアドバイスをするという内容です。
ちょっと、怪しかったので、放っておきました。

そして、最近また、文化出版部の別の女性から電話があり、
優しげな物言いで、新人発掘をしているので、是非とも作品を送ってほしいという内容です。
「文芸社さん、自費出版で評判悪いですよね。」と言ったのですが、
「そちらとは、また...続きを読む

Aベストアンサー

文芸社さんの本は「文芸社の本」みたいなくくりで書店に置いてあることがあります。
他にも「たちばな本」とか「○○出版社の本」みたいなくくりでなっているところがあります。
ジャンル問わず、素人さんで自費に近いものはその出版社のくくりになってるんですよね~。
でもなんだかんだ、その中から売れていったりしてるんですよね~。
ただ、【山田悠介】や【●型説明書】のように以上に売れる本はほとんどないと思います。
まぁ、「記念に♪」程度ですよね。
でも聞いたこともない出版社で作るより、文芸社でつくったほうが店頭に置いてもらえる可能性は高いですよ。
コンテストに参加して連絡がくるぐらいですから、文芸社さん的には興味がわいたんだと思います。
結果的には自費で出す。ということになると思いますが
「本を出す気がある」のなら、文芸社から。というのも手だと思います。


※私は大手の無名の作家さんよりも、文芸社さんの無名の作家さんを仕掛けることのほうが多いです。
 何故なら大手は営業さんなんかきやしませんが、文芸社さんは営業にくるからです。
 大手はやはり有名作家さんの本だけが棚に残っていきますが、文芸社さんは営業担当さんがチェックしていくので返品しずらいのです・・・

文芸社さんの本は「文芸社の本」みたいなくくりで書店に置いてあることがあります。
他にも「たちばな本」とか「○○出版社の本」みたいなくくりでなっているところがあります。
ジャンル問わず、素人さんで自費に近いものはその出版社のくくりになってるんですよね~。
でもなんだかんだ、その中から売れていったりしてるんですよね~。
ただ、【山田悠介】や【●型説明書】のように以上に売れる本はほとんどないと思います。
まぁ、「記念に♪」程度ですよね。
でも聞いたこともない出版社で作るより、文芸社でつくっ...続きを読む

Q太宰治の「人間失格」の内容は?そして、TBSドラマ「人間失格」との権利関係は?

 太宰治の人間失格ってどういう内容なんですか?。
 TBSドラマで同名のドラマがありましたが、野島伸二は太宰を意識した点ってあるんですかね~?。探せば、いろんな同名の映像・文芸作品ってあるんでしょうか、「人間失格」の作品のタイトル名の著作権利って発生するんでしょうか?。もし権利が発生するようだったら、表現の妨げになるので無いんでしょうか?。
 

Aベストアンサー

題名そのものには「著作権」が発生することはありませんし、内容は
太宰とは全く関係ありません。クレームをつけられる根拠はないんで
すが、トラブってる印象を世間に与えないために妥協したんでしょう。
そもそも太宰って1948年に死んでますから、作品の著作権はすべて消
滅しています。「人間失格」も青空文庫に収録されていますので無料
で読めますよ。

参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card301.html

Q文芸以外の読書は何と言うべきでしょうか? 

個人的にかなりわがままで面倒な質問内容なのですが、暇で死にそうな方がいらっしゃいましたらタイトルの件について質問させて下さい。

自分の趣味を聞かれた時に「本を読むのが好きなんですよ」と答えると、大抵の人は「ああ、小説とかですね。村上春樹とか伊坂幸太郎ですか? 」と文芸を想像するのですが、自分はストーリー性のあるフィクション文芸作品はあまり読みません。

どちらかというと文芸以外の傾向が強いのです。「学問のすすめ」「世論」「国家」「ファウスト」などの古典的スタンダードに属する書籍が好きなのです。
「いや、小説とかではなく○○とかを読むんですよ」と簡単に言いたいのですが上手い言い方が見つかりません。
現在は「新書」が一番感覚が近く、言われた人も納得しやすいので「新書を読んでます」と言って逃げています。
ですが、もっと適切な言い方があればそれを言いたいのです。

「学問のすすめは面白いですよ」というのは、著者がお札の肖像にもなっているので比較的話題に出しやすいのですが、しかしここでこれを指して「古典が好きです」というのも何か違うように思えますし、一般的には古典というと古典文芸作品(枕草子)などを思い浮かべるのではないでしょうか。

それと、古典好きとおおっぴらに言うのは、一般とは一線を画したある種のマニア趣味とも捉えられる事も無いのかと心配しています。「あの人は古典が好きなんだってさー。ちょっと変人だよね。」などと言われるのも想像に難くありません。

マキャベリの君主論を引き合いに出すと、

・「君主論を読みました。」
 →ええっ、王様になりたいんかこいつは、どっかおかしいんじゃないか。
  ※上記のように勘違いされるので、タイトルを直接言いたくない

・「岩波文庫とかが好きなんですよ」
 →出版社指定とか気取ってんじゃねえぞコラと。
  ※通じる人には通じると思うのですが、書籍を読まない一般的な人はこんな感じかと。
 →左の方ですか。
  ※政治色は前面に押し出したくありませんし、古典読んでりゃ自動的に左になるのかと。

新書でも無し、歴史書でも無し、説明文だとやや遠い、哲学書・思想書・・・でも難解ではないので一般的なイメージとは違うので会話に出すのは適切ではないように思われますし、啓蒙書でもなし
・・・。
啓蒙書の場合でも「啓蒙」という言葉は宗教が絡んでいるようなイメージを語感から受け勘違いされそうなのであまり使いたくはないです。

また、手元にあるもので呼称に困っているものは下記の通りです。

・現代組織学説の偉人達
 (○○論という本は好きなのですが、これを何と呼べば良いのか困っています)
・イノベーションと企業家精神
 (ドラッカーというと何か気取ってしまっているように思えるので別の呼び方を探しています)
・隷属への道
・繁栄
 (科学啓蒙書だと思うのですが、啓蒙とはあまり言いたくない。)
・ネットワーク・ヘゲモニー ―「帝国」の情報戦略
 (スーパーの本屋で購入。社会学なのかな・・・現在読み途中です)
・戦後世界経済史
 (戦後史なので歴史書でもないような・・・あっ、これは新書だ。)

これらを総じて何と呼べば良いのか分からないので、どなたか何か良い呼び方をご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。

個人的にかなりわがままで面倒な質問内容なのですが、暇で死にそうな方がいらっしゃいましたらタイトルの件について質問させて下さい。

自分の趣味を聞かれた時に「本を読むのが好きなんですよ」と答えると、大抵の人は「ああ、小説とかですね。村上春樹とか伊坂幸太郎ですか? 」と文芸を想像するのですが、自分はストーリー性のあるフィクション文芸作品はあまり読みません。

どちらかというと文芸以外の傾向が強いのです。「学問のすすめ」「世論」「国家」「ファウスト」などの古典的スタンダードに属する...続きを読む

Aベストアンサー

「硬めの本」でどうでしょう。
話し相手が読書しない人ならこのくらいの表現がちょうど良いかと。

Q太宰治『人間失格』の擬人法

太宰治『人間失格』に「おい! とんだ、そら豆だ。来い!」という箇所があります。ここで換喩が使われているのはどうしてなんでしょうか?また、どうしてソラマメに擬人法を使っているのでしょうか?

Aベストアンサー

おそらくこういうことを聞いておられるのではないのだろうと思いながら、回答します。
ご質問が典拠があるものでしたら、それを明示してください。

手元にある佐藤信夫『レトリック感覚』を見てみると、換喩に関しては、アンリ・モリエの『詩学とレトリックの辞典』から引用されています。

---p.144からの引用---

換喩とは、「あるひとつの現実Xをあらわす語のかわりに、別の現実Yをあらわす語で代用することばのあやであり、その代用法は、事実上または思考内でYとXを結びつけている近隣性、共存性、相互依存性のきずなにもとづくものである」

-----

つまりものごとのあいだに類似関係を認めたものが「隠喩」であるのに対し、隣接関係を認めたものに対して働く比喩が「換喩」ということです。

この『人間失格』の場合、脈絡は

「腹がへったなあ」という堀木に対し、主人公は「いま、したでヨシ子がそら豆を煮ている」と答えます。ふたりは議論し、やがて腹がへった堀木がそら豆を取りに行く。
そこから堀木の「おい! とんだ、そら豆だ。来い!」という表現が生まれてくる。
つまり「そら豆を煮ているかと思ったら、とんでもないことになっていたぞ」という意味がこの言葉にあらわれているわけです。

ここにおける換喩は、まず「そら豆」という一語で「そら豆を煮ている」という行為全体を現わしている、というものがあるでしょう。

さらにここではもうひとつ、換喩には「原因と結果の隣接性」という関係を見て取ることができるでしょう。
「そら豆を取りに行った」→「とんでもない光景を見てしまった」
これは「そら豆」と「とんでもない光景」の類似による隠喩的な関係ではなく、原因と結果という隣接的関係である換喩のはたらきと見ることができます。


また「擬人法」(活喩)というのは、換喩の系列に属するものではなく、隠喩の系列に属するものとされます。

・「村は寝静まっていた」

という表現は、換喩ですが、ここでは「村」を擬人化しているわけではなく、その村の家々とそこに住む人々を指しているわけです。それを「村」という一語で示すことによって、村全体がしずまりかえった様をあらわしている。その表現と
・「ラジオが語りかけた」
のように、「ラジオ」を擬人化している表現のちがいがおわかりでしょうか。

ここでの「そら豆」は、「そら豆」を人間に喩えているわけではないと思うのですが。
もし回答がずれていたら、補足要求で。
その際、この箇所が擬人法であるというなら、その典拠をお願いします。

おそらくこういうことを聞いておられるのではないのだろうと思いながら、回答します。
ご質問が典拠があるものでしたら、それを明示してください。

手元にある佐藤信夫『レトリック感覚』を見てみると、換喩に関しては、アンリ・モリエの『詩学とレトリックの辞典』から引用されています。

---p.144からの引用---

換喩とは、「あるひとつの現実Xをあらわす語のかわりに、別の現実Yをあらわす語で代用することばのあやであり、その代用法は、事実上または思考内でYとXを結びつけている近隣性、共存...続きを読む

Q横溝正史作品で電子文庫化に漏れた作品とは?

かつて、角川文庫から90冊近く発行されていた横溝正史の作品ですが、大半が絶版になっています。
そうした作品でも「角川e文庫」で電子書籍化されていて、今でも読む事ができるのですが、その電子化に3本だけ、漏れた作品があると聞きました。
その作品名がお分かりの方、教えて下さい。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 いずれも短編ですが、

『恐ろしき四月馬鹿』収録の
「赤屋敷の記録」

『山名耕作の不思議な生活』収録の
「二人の未亡人」「片腕」

『人形佐七捕物帳三』収録の
「遠眼鏡の殿様」

『ペルシャ猫を抱く女』収録の
「消すな蝋燭」「生ける人形」

の6作が収められていません。いずれも身体障害者などの差別的な扱いがネックになっているものと思われます。
 ただし、「二人の未亡人」「片腕」は昨年徳間文庫で刊行された『山名耕作の不思議な生活』には収録されているので、普通に読めますけど。


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