重要なお知らせ

「教えて! goo」は2025年9月17日(水)をもちまして、サービスを終了いたします。詳細はこちら>

電子書籍の厳選無料作品が豊富!

(元世界銀行副総裁の西水美恵子さんがfacebookで意見を募集しています)

コラム「時代の風」で、バージン諸島の長老たちの言葉を引用しました:
「死刑は正気の沙汰ではない。人を殺すことが罪だからこそ、その罪の償いとはいえ、同じく人の命を奪うことは許されない。」

人の命をうばうことは、罪。
死刑は、人の命をうばう罰則。

このふたつが同居することに、矛盾はありますか?ありませんか?

http://www.facebook.com/SimplyMieko.Official/pos …

A 回答 (18件中11~18件)

最近思っていることですが、「命をもって命を贖う」ことが可能になったときどうするか?


人を殺した、亡くなった方のDNAを保存し再生医学で助かる可能性がある、たとえば脳幹細胞を再生し記憶を甦らせ、それを誰かの体に移植すれば亡くなった方を復元することが出来る・・、というところまで医学が進歩したとき、この誰かは当然ながら殺した人間となりませんか。
犯人である生きている人間を消去し、その肉体を再生に回して死者を蘇らせる、現在ではSFの世界ですが、荒唐無稽とまでは言えないレベルに達してきています。
自分が殺した人間を救うために死ぬ、帳尻は合いますけど、人道的にどうなんだろう。
もっと現実的に、殺された方のご家族が難病で苦しんでいたら、犯人の臓器を提供する、心臓移植などはすでに一般的なことになっている、ご家族でなくても、赤の他人であっても、極悪人を殺してその体を何の罪もなく病気で死ななくてはいけない人の役に立たせれば、社会全体としては帳尻は合う。

「死刑は帳尻合わせである。人を殺すことが罪だからこそ、その罪の償いのために、同じく人の命を助けることで罪は許される。」

最近ほとほと考えることがあります。

死刑制度に関しては賛成です、確かに人が人を裁くことが許されるかどうかですが、罪状がはっきりしており事実関係も間違いないなら、もうそれは仕方がないこと、よく言われるように限りある税金を極悪人の生存のために使うことはない、死ぬことによりご遺族の気持ちも晴れ、社会正義が実現されますから、意味はあると思う。

この回答への補足

>「命をもって命を贖う」ことが可能になったときどうするか?

いやー、考えもしていませんでした。なるほど斬新な考えだと思います。

現在行われている再生医療でも倫理的議論が続けられています。罪の償いのために再生医療が活用されるとなると、さて・・・

補足日時:2012/07/11 10:33
    • good
    • 0

>車社会を許容しておきながら、人の命を奪うことは許されないなんて屁理屈が通るわけがない。


>この論証にはちょっと無理があると思うのですが・・・

えっと・・・どこが?
質問返しで申し訳ないのですが、何が無理か解説して頂けると助かります。
まさか、交通事故は"人の命を奪う"に入らないとか?

正当防衛や人質救出のための狙撃でもいいですが、人の命を奪うことは許されないって理屈はおかしいと思うんですが。

人の自由を奪うことは罪、禁固刑は人の自由を奪う罰則w

この回答への補足

「車社会を許容している」ことと、「人の命を奪う」ことを同列に(同じ土俵で)考えることに無理があるということです。そういうふうに考えることは、確かに「屁理屈」以外のなにものでもありません。ですので、その「屁理屈」が通るわけはないと思います。

ここで問題なのは、その「屁理屈」だからということの論証として交通事故を持ち出していることです。交通事故は、運転手本人の意図するものでは必ずしもありません。車の不都合や道路事情にもよるところが大です。ですので、交通事故で人命が失われるのと、殺意を持った者によって人命が失われるのとでは、事情は大きく異なります。それを同列に考えること自体がおかしいと言いたいのです。

補足日時:2012/07/11 10:08
    • good
    • 0

100人騙して100億詐取して世界を豪遊して無一文になったから日本に帰って来た。



被害者100人から「金返せ」と言われたから、100人とも殺した。

逮捕、送検後、裁判に。
判決:主文、被告人を終身刑に処す。

なんて極悪人に優しい社会なんだろう。

この回答への補足

「人の命に貴賤の別はない」だから「命は平等に大切にしなければならない」というのが、死刑反対論者の主張です。だから、どんな極悪人であってもその命は守られなければならないのです。死刑という刑罰はあってはならないのです。死刑は、人の道を踏み外した野蛮な行為なのです。

補足日時:2012/07/10 23:27
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
極めて明快な回答だと思います。
ちなみに私も、死刑反対論者の主張には賛同できません。
死刑は絶対に必要だと思っています。

お礼日時:2012/07/11 22:15

死刑となるほどの人道を外れた処置に人道をまた持ってくるのが間違い。

殺されれば産めばいいではない。

この回答への補足

どんな極悪人であってもその命は保護されるというのでは刑務所は満員になってしまいます。人道上から死刑に反対するというのは、きわめて空虚な理想論だと思います。

補足日時:2012/07/10 23:21
    • good
    • 0
この回答へのお礼

貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2012/07/12 13:30

 


猶予のない終身刑・・・・結構なことだ
しかし、私はこんな人間に税金を払いたくない
終身刑も結構だが生活費は自分で稼げ!!
 

この回答への補足

まさに、「終身刑で生かすも税金の無駄遣い」という意見は正論だと思います。

補足日時:2012/07/10 23:17
    • good
    • 0

毎年、数万人の命を奪っている車社会を許容しておきながら、人の命を奪うことは許されないなんて屁理屈が通るわけがない。



人道なんてあやふやもので死刑の是非は決まられない!

この回答への補足

>毎年、数万人の命を奪っている車社会を許容しておきながら、

この論証にはちょっと無理があると思うのですが・・・

西水美恵子さんは、「死刑が人の道に外れている」だから「死刑は廃止すべき」と考えています。

その論点からすれば、国家転覆を狙って大量の無差別殺人を計画し実行したオウム真理教みたいな集団のリーダーであっても、その命は保護されなければならないことになります。

補足日時:2012/07/10 23:14
    • good
    • 0

人を殺しても、一生安泰に過ごせるというのはおかしくないか??



人としての道を踏み外した者は、人として扱わなくて良いのです。

この回答への補足

西水美恵子さんは、「猶予のない終身刑」を提唱しています。死刑の代わりになるのは当然それ以外にはありえません。しかし、「終身刑で生かすも税金の無駄遣い」という意見もあります。もっともな意見だと思います。

かけがえのない人命を奪い、社会に損害を与えた者を、どうして国家がその一生を面倒見なければいけないのでしょうか。善良な路上生活者よりも、極悪な犯罪者がより良い生活ができるということ。こんなバカげた話があっていいのでしょうか。  

ただでさえ困難な刑務所や拘置所の運営が、そういう極悪な犯罪者を一生面倒をみなければならないという事になれば、現場の刑務官の職務環境はさらに厳しくなります。仮釈放の可能性のある受刑者は、少しでも早くそれを実現することを目指して仮の姿ながらも刑務官に対して印象を良くしようと努めます。しかし、どんなに努力しても仮釈放が望めない者は好き勝手な行動に走る可能性もあるのです。  

死刑反対論者は、「どんな犯罪者であってもその命を保護することが何よりも優先する」と言っているとしか思えません。この点についての反論をぜひとも聞きたいものです。
 

補足日時:2012/07/10 22:39
    • good
    • 0

 


100万円を奪ったら100万円を差し出せ判決が出る・・・何か疑問が有りますか?


命を奪ったら命を差し出せと判決が出る・・・何か疑問が有りますか?

 

この回答への補足

100万円を差し出せという判決では不十分です。プラスアルファー(利息とか損害金)が必要です。

命を奪った場合は取り返しは利きません。取り返しの利かない不法行為の責任を取るには死刑以外はあり得ません。

補足日時:2012/07/10 22:46
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!