LASMIというものがありますが、具体的にはどのようなものですか?精神障害者とかかわっていくなかに出てきたものなのですが…今ひとつ理解できず分かりません。よろしくお願いします。

A 回答 (1件)

「社会生活評価尺度」というものらしいです。

多分、尺度にはいくつか種類があって
そのうちのひとつではないかと。

ん? そんなことは、もう知ってる?
では、参考URLのところで、分類KEY1で「社会生活尺度」を選んで、引っかかった
論文を読んでみる、というのはどうでしょう?

参考URL:http://www.jpna.or.jp/library/CDsarch.asp
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Aベストアンサー

現在の精神疾患がわからないと、お答えに困ります。
情報が少ないので安易に答えられません。

Aベストアンサー

・ 自分の判断に自信がもてない。
・ 自己感情の認識、表現、統制が下手。
・ 常に他人の賛同と称賛を必要と感じる。
・ 自分にはどうにもできないことに過剰反応する。
・ 自分は他人と違っていると感じる。      
・ 傷つきやすく、ひきこもりがち。
・ 世話やきに熱中しやすい。
・ 孤独感。自己疎外感。
・ 必要以上に自己犠牲的。
・ 感情の波が激しい。
・ 物事にのめり込みやすく、方向転換が困難。
・ 物事を最後までやり遂げることが困難。
・ 衝動的、行動的。そのためのトラブルが多い。
・ 習慣的に嘘をついてしまう。
・ 他人に依存的。
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よろしくお願いします!

Aベストアンサー

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子どもができたら…、人生に冷めてると思ってた俺が、子どもの受験のために、抗癌剤しながら休職しなかったことに驚き。休職したら稼ぎが減って進路に影響が出るし、まぁ死ねば保険金でなんとかなるかと思えたもんな。もっと怖いかと思ったが、意外と考えなかった。けっこう満足してる人生であることも悟ったな。愛を与えるってのは、見てわかりやすいものではないのだと思ったね。

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統合失調症の患者が、誇張表現などを文字通り理解してしまう、「具象化傾向」を有すことがあるというのはしっています。

お分かりになる方がいらっしゃいましたらご教示下さい。

Aベストアンサー

お返事遅くなってすみません。4です。
横レスをいただきましたね。
5でおっしゃった文章の内容の記憶は、独立した研究で扱われています。"現実"モニタリングの範疇ではないように思います。
というのもまず言語の理解自体が、分析可能な命題連結のほかに推測という大問題をはらんでおり、読みの作業とは、短期記憶を使いながら表象を獲得することの連続で、いうなればシステムを創出しながら修正をほどこしていくようなものです。しかもまだ明らかでない何らかの制御的な枠組みの中でです。メンタルモデルという言葉を使うことがありますが、われわれは類似や照応を取っては転移させて推測をたてるというシミュレート機能をフル稼働させています。それゆえ、単語の記憶でなく文章の記憶や談話の記憶となると、とても知覚のはたらきによる記憶だとはいえません。
(そしてこのことは、質問者さんが問うている精神障害にはかぎらない問題圏にあります。)

念のために確認しますが、この質問にとって重要なのはスキーマのほうです。上記のような言語理解においても、メンタルモデルにスキーマが具備されていなければ表象にはなりません。想起や推測にあたって記憶を検索するのが、概念知識の体系であるスキーマの仕事だからです。そして、現実モニタリングが外界の手触りを立ち上げなければ、社会の共通認識や合意形成された知識の体系は得られません。また構造的にこの体系を支えるためには、スクリプト(類型的で隠れた言わずもがなの脈絡)の知識が形成されている必要もあります。しかし、さらに逆のことも言わねばなりません。外的記憶の確信は、一貫性や是認可能性への照らし合わせと外界の知識に合致するかどうかに依存して成り立つのです。

言語理解や談話の認知研究では、ツリー構造に表しうる命題が短期記憶でまず処理され、連結できないときは長期記憶を検索するという説が支持を受けています。その検索を推測が導くところまでは定説化されていますが(Kintsch, van Dijk, Sanford, Garrod,)、推測は認知プロセスの広範にまたがって膨大なテーマを従えており、類推においては社会的な要因から生得的な要因にいたるまで、その統御のありかが問われています。
精神障害と比喩理解の関係といったところで、明白なのは不安と鬱が上述のサイクルにおいてシミュレーションに失敗する過程でしょう。発達障害であれば別の理由から失敗することがお分かりいただけるのではないかと思います。

補足質問への返答に入ります。

・内的記憶と外的記憶 
記憶は、記憶情報がどこから来たものかを覚えていることが重要であることがわかっています。(Schachter, Harbluk, MacLachlan,1984) 現実モニタリングはその特殊な様態で、内的な情報源と外的な情報源の区別の能力です。記憶は健常な若い成人でもスキーマにもとづく再構成を経るため、文字通り「外的」「内的」と捉えると齟齬があります。
日常的な失敗例をあげると、「鍵を閉め忘れた。(だが実際は掛っていた)」、「有色人種が白人の車のピッキングをおこなっていた。(だが実際は白人の車ではなく本人の車を開けた)」、「まだ薬を飲んでいない。(実際はすでに飲んだ後だった)」、「まだこの話をしていない。(もう何度もその話をしたことがある)」などです。
しかし2つめの例では、他の目撃証言者が数名いたとしても同車種の車かよく似た車を白人の車だと思うかもしれず、見たという知覚情報からずれたところに問題のあるまま記憶の確信にいたることがありえますから、外的記憶の欠如を慎重に探らねばならない例といえます。(目撃証人の心理学の領域)
内的記憶と外的記憶の実験は、たとえば被験者にYellow-Fruits-Bと提示する回数とバナナの絵を提示する回数をチェックしておき、その後、何回バナナを見たかを答えてもらうといった形式です。
Bの付く黄色い果物がどんな言語圏でもバナナ以外あり得ないのかどうかわたしは知らないのですがたぶん誰でもふつうは知らないのではないでしょうか。
回数を間違えるのはかまいません。肝心なのは統制群はどれくらい混同するかということであり、全回数についてバナナを見たと言う人があれば、バナナにまつわる強迫的な不安か、精神錯乱か、中毒か、何らかの障害を疑わなければならないでしょう。

・5でいただいた質問について
(い)からでよろしいでしょう。たとえば新聞でパレスチナの報道を読み写真も見たとします。
新聞で読んだという情報源を忘れ、日本の家のドアから一歩も出ずにカーテンを閉ざして震えている、というのが現実モニタリングの失敗であり、内的記憶と区別されない状態です。火薬と油の臭いはなく、耳を塞ぐような轟音もなく、誰の家が壊滅し、誰の子どもが亡くなって、どこの道にイスラエルの装甲車が駐車しており、これからどこに避難しようと計画しているのか、晴れているのか雨が降っているのか朝なのか夜なのか、ご飯を食べたのはいつなのか、何も知らないというわけです。といってもこのような羅列もまた図式的です。推測に導かれた命題の連結が隠れ、イメージ化にも牽引があります。現実の経験のほうは痙攣的にこまやかに刺激的で不規則です。
>《外からのたとえば或る文章を知覚し読んだ結果得られた情報といった起源を持つ記憶》と遠くではつながっている。
読書のイメージについてはそういうご理解でよいと思います。

(う)についてですが、有意であるといってよいと思います。1976年にさかのぼりますが、A.T.Beckが鬱の認知スキーマを発表して以来検討は多く行われましたが、鬱の特徴的な認知スキーマを支持しない方向の研究が注目されたことはありません。
あいまい情報については認知的バイアス検査Cognitive Bias Questionnaire 、現実モニタリングについては記憶特性検査Memory Characteristic Questionnaireが支持されていますが、しょせん検査は自己報告に成り立つものです。これらは、設問と選択肢からなっていて、統制群とはみ出す領域の偏差を見るのに役立ちます。念を押しますがうつが判明するのではありません。うつでない人が、極端な否定的解釈を連ねるということは性格や生い立ち上からありえても、うつ患者が、統制群と同じ結果を出すことはほぼないと言えます。ほぼというのは、うつでなく見えるようにつとめて反応したなら、うつの結果は出ないからです。
うつよりもやや遅れて認知研究が始まりましたが不安症についても同じです。ただし不安症では認知の初期にある注意に気を付けるべきで、刺激を提示して選択させると、中性刺激よりも脅威刺激だと解釈することがわかっています。同音異義語を聴取して書かせると、不穏な語のほうを選択的に書くという結果も出ています。(Eysenck, “Anxiety, the cognitive perspective” 1992) こうした実験結果は一度おこなわれてデータを使いまわすものではなくて、予測としての理論について、それを支持する結果ががでるかでないかを検討するという歩みで、続いてきているものです。

お返事遅くなってすみません。4です。
横レスをいただきましたね。
5でおっしゃった文章の内容の記憶は、独立した研究で扱われています。"現実"モニタリングの範疇ではないように思います。
というのもまず言語の理解自体が、分析可能な命題連結のほかに推測という大問題をはらんでおり、読みの作業とは、短期記憶を使いながら表象を獲得することの連続で、いうなればシステムを創出しながら修正をほどこしていくようなものです。しかもまだ明らかでない何らかの制御的な枠組みの中でです。メンタルモデルという言...続きを読む

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感情の障害などから起こる、その人の発言や行動が、社会生活に適さないもの

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発言や行動が、社会生活に適したものでないというところがポイントではないかと思っています

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Aベストアンサー

そうですね、社会生活をしていくうえで、本人が苦痛を感じたり社会生活を送る上で周囲の方と問題が生じたり、ということが大きなポイントになってくるかと思いますよ。


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