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「ボランティア」って言うと なんとなく「無償での奉仕活動」って感じがするのですが、辞書で ボランティア、volunteer
小学館のは、
(英volunteer「志願者」「有志の」の意)社会事業などの篤志活動家。
研究社のだと、
志願者、志願兵、自発的に申し出る とかでてて、例文では He volunteered for military service. もあります。

辞書が古くて 意味が違ってきているのかも知れませんが、軍人になるのはいくらなんでも 福祉活動ではないような気がします。
また この間 ニュースで「飛行機の座席がダブルブッキングした時に キャンセルを申し出るボランティアに渡すお金の額を 航空会社が引き上げる」と報道してました。(CNNだったかな??)

言いたいことは ボランティア=無償の奉仕活動 って 世間的にはとらえられるんでしょうか??
「ボランティアなんだから お金いらないんでしょ」とか言われたこと無いですか?
(昼飯とか交通費とか実費が掛かるじゃん)

みなさんの情報を教えて下さい。(質問になっていないですね)

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A 回答 (5件)

こんにちは。

大学時代にボランティアサークルで活動していた者です。ボランティアの語源は、英語以前のラテン語で、自由意志などもありますが、「自主性」だったと思います。そこから志願兵などの意味もでてきたと思いますけれど、自分が自主性を持って行動を起こすことだと思います。
 ボランティアでやっていること自体は、大したことではないと思います。大抵の活動よりは、普通のお母さんが子ども育てる方がよっぽど大変です。でも、人と人が至るところで疎遠になって離れて、助け合いが特別なことになってしまった現在においては、ボランティアという概念をあえて使って自主的に周りの人や社会に関わって行動を起こすことは、必要なんだと思います。
 私のやっていたことは子どもと遊んだり、高齢の人と話したり、国際協力、海岸清掃でしたが、本来普通に触れあったり学びあったり、地域の掃除をしたりするのは当たり前のことだったと思います。ただ、それは奮起しないと、今ではやるのが恥ずかしくなってしまっただけで。現在は仕事っていうのが自分の能力や労働力をお金やモノに換算するだけになってしまいましたけど、本当は仕事そのものが面白かったり、学べたり、喜びなんだと思います。趣味と同じで。
 それで、「こっちが時間と労力を損してるから、代わりにお金やモノをくれ」という原則が関係なくなるというのがボランティアかなあとも思います。ですから、交通費や必要経費などがある程度必要になっても、それはそれでお互いの納得次第で別に良いかなと思います。

この回答への補足

ありがとうございます。

みなさんの言われるとおりと思います。

私も「こんなにやってんだぞ」「ボランティアってなんだろう」なんて いつもは考えません。
ただ 障壁にあたり煮詰まると そう考えたりします。が、(特に自分がリーダー役の場合)一緒にやっている人たちの顔みたら 「楽しいなっ」「気持ち良いな」って感じちゃいます。

答えてくださる方は、みなさん ボランティアを自分なりに考えてキチンと(納得して)やられている方々ですね。
私は、「ボランティアに参加したことがない」「ボランティアってそんなもの」とかの方の意見が出てこないかなぁって思ったのです。
やってない人、否定的なひとから 意見をもらうのって難しいですね。
(marketingと同じですね。買わない人、興味ない人に買わせるってのと)

「代価(お金)が出てこないと動かない」人って多いと思います。
煮詰まったとき そう考えちゃいます。
だから 「代価よりも少ない金額でボランティアを募集したら」とも思っちゃうときもあります。(代価と受け取る金額の差額がボランティアになる)
でも、この考えは 「労働力の叩き売り」になって企業に悪用されちゃいます。
(労働基準法で禁止されているカモ)

みなさん りょーかいです。
自分が楽しめて 気持ちの良い ボランティア-になるよう心がけます。

ありがとうございました。

ああ あと やったことに対して「気持ち良いな」「たのしいな」って言うと「なんだ自己満足ジャン」って言われますね。それで いいんですよね。(批判になってないってこと)人間(動物) その個体がやろうと脳みそで考えたことしか 意識的には行動できないんだから。
自分で考えて判断するのが 民主主義の根源ですが、やはり それは 個々人の意識の高さによるわけで、ああっ また 拡散している。

点数つけるのイヤですが ルールなので。

補足日時:2001/05/24 08:40
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こんにちは~ 



ボランティアって「見かえりを求めない」ってことじゃないでしょうか?
労働の対価で金銭をもらうというのが「仕事」ですが、この金銭が自分が
思っているものとかけはなれていたらやっぱボランティアになってしまう
と思います。
だからきっつい仕事やってて「あ~ぁ見合わないなぁ~」って思ったら
それは社会にボランティアしているって考えるのも良いと思います。

だから今の風潮の「実費の負担」というのはされても行為そのものは
タダですからやはりボランティアでしょうね。

寄付のことを言われていましたが、日本人ってやっかみが好きだから
おおきな寄付ってあまり評価されにくいんです。それが阻害要因に
なっているのかな。って感じます。アメリカみたいに「俺はこれだけ儲け
たんだ、すごいだろう。でもいっぱい寄付するぞ~」っていう国家だと
上手に成立するんですけどねぇ~

この回答への補足

ありがとうございます。

ん~ でも 自分の子どもを育てるのは ボランティアじゃないですよね。
(子どもを育てるのに 見返りを求める人もいるけど 多くはそれほど期待していないと思うのですが・・。)
あっ でも 次世代に貢献している と考えれば ボランティアかぁ・・・。
(なんか ボランティアって わかんなくなってきた)

やっぱり「志願すること」が 第一義なのかなぁ と思います。(自信ナシ)

寄付については「やっかみ」もありますが、「寄付したんだから その見返りを」ってなっちゃうのは経験してます。(これじゃ 寄付でなくて 購入だよね)

「みんなが できる範囲で 自分じゃない人に、積極的に貢献すれ」ば ボランティアなんて言葉の意味を考える必要もないのかなぁ・・・。

『情けは 人のためならず』 ってね。

(明日にでも この質問〆ます)

補足日時:2001/05/23 18:22
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こんにちは!


わたくし、以前、某・英語圏の国に行き、英語学校に通いました。
ある日、授業中にいつも明るい先生が、何か英語で答えるのに難しい質問をし、クラスのみんなが黙りこんでモジモジしていた時、「はーい!誰か、ボランティアの人はいないのー?」(もちろん英語で)と誰かの積極性に問い掛けました。
その時、ああ、ボランティアってこういう時にも使うんだなぁ・・・と思った訳です。決して語学的な意味ではなく、むしろ感覚的な意味で妙に納得してしまいました。
sinjiroさんのご質問の内容から推測するに、現在何かボランティア活動をしていて、活動にかかる実費等の費用について、あーだこーだと色々なご意見に取り囲まれているのではないでしょうか?
せめて実費ぐらいもらえないとボランティアはお金に余裕のある人しかできないことみたいだとありましたが、その辺のこだわりから考えると、ボランティアはその通りなんですね。お金に余裕のある人しかできないんです。
ただし、その「余裕」というのがくせもので、具体的には書きませんが人並みの生活をしている人と、食べるのにも困っている人が言うのとでは、おのずと意味合いが違ってきますよね?
ボランティアは無私の精神で行うものだと思います。
だから、実費がどーのこーのと言っている段階で、もうそれはボランティアではなくなっているんですね。

わたしもtotoro196さんのおっしゃる「心意気」がぴったりだと思います。
(感動!)

精神性の面から考えると、大変失礼な表現かもしれませんが、「趣味」でボランティアをやっている人と、「心意気」でボランティアをやっている人とでは、その活動そのものだけでなく、生活全般が異なってくるのではないでしょうか?
道に落ちている石ころを、お年寄りや子供がつまづいたら危ないから・・・とどけるようなことも、わたしにはボランティアだと思えます。

この回答への補足

ありがとうございます。

精神面では そのとおりと思います。私も同じ気持ちです。
やはり キチンと計画を立てて 費用発生まで算段して取り組む ということですね。

確かに 私は「お金」に 固執しておりますが、「時間」にも余裕がないとできないですよね。そう考えると「お金」も余裕がないと ダメですね。(うまく表現できない)

ただ 世間的なボランティアに対する意識の低さ(自分だけがよければよい)に意見したくて この質問をしているのは わかっていただきたいです。
(って 唐突か・・・)スイマセン

補足日時:2001/05/23 11:56
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英語圏での正確な意味はわかりませんが、日本語になっている「ボランティア」のことでよろしいでしょうか。



私の勝手な解釈ですが、

『金銭(物質?)をもらうことを前提に契約し、遂行するのがビジネス。それ以外をボランティア』だと思っています。

もともと、理由を考えてやっているものじゃないと思うし、義務付けることもないし、実費かかっても、「やりたい」のなら構わないじゃないですか。
どこにいたって昼飯は食べる訳だし…。

結果として「心づけ」をいただくことも(無理に断わることもないので頂いてしまうことも…)ありますが、始めからそれをあてにしていないのなら「ボランティア」なのだと思いますよ。

『ボランティア=無償の奉仕活動』ではなく『=報酬をあてにしない自発的活動』
てなところでいかがでしょうか?

…なんか思っていることを言い切れていない気もしますが、とりあえずこんなところで…、他の皆さんの回答も楽しみにしております。

この回答への補足

ありがとう ございます。

「やりたい」のなら構わないじゃないですか。
って みなさん思っていると思うんですよ。(まさに)

でも 以前 日本海で重油が流出して、それのボランティアの人が亡くなられたときなんか 国が補償しましたよね。
単に「やりたくてやっている」の論理だと 保証なんかいらないですよね。

『=報酬をあてにしない自発的活動』も つっかかる訳ではありませんが
「報酬」=やったことに対する報い ですよね??
そうなると、「実費」などは どう考えたらよいでしょうか??

私の思いは、実費が必要になった時に キチンと理由を説明して 自分達では 支弁できないので それを 企画した人に要求すると「なんで ボランティアなのに」と言われるのがやりきれないのです。
途中で止めるわけにも行かないし。
でも「お金が掛かるのを予測できなかった」と言われれば それは 私の予測が甘かった(間違っていた)わけですが。

補足日時:2001/05/23 11:47
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永六輔氏の本の中で


誰の言葉だったかは忘れましたが
「ボランティア」を「心意気」と訳すと
日本語としてしっくりくる、というような
ことが書かれていました。
それ以来、私は、ボランティアは「心意気」なのだ
と自分で納得しています。

この回答への補足

うわっ 早速 ありがとうございます。

「心意気」ですよね。それ 適訳すぎます。
(一肌脱ぐ って ことですよね。てやんでぇ)

でも「給料が支払われる仕事」でも「心意気」は必要です。
いったい ボランティアって なんなんだろうって??
(あっ 質問が拡散している・・)

たまに言われるのは、
「ボランティアなのに なんで お金が必要なの?」
実費分は もらわないと、「お金に余裕のある人しか活動できない」じゃないですか
お金にとても余裕のある人が 「お布施」みたいに 寄付してくれると良いのですが。

補足日時:2001/05/23 08:53
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