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太平洋戦争は昭和20年8月15日に日本の完敗で終戦となりましたが、もし富嶽と原爆が完成していたら戦局はどうなっていたでしょうか、日本はドイツと同盟をむすんでいたのにもかかわらず、杉原千畒、樋口陸軍少将、犬塚惟重海軍大佐達が大勢のユダヤ人を保護しました。もしこのユダヤ人の科学者、技術者が日本に協力して、原爆と富嶽を完成していたら、太平洋戦争はどのようになっていたでしょうか架空戦記のような質問ですか゛みなさんはどう思われますか。

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A 回答 (13件中1~10件)

富嶽と原爆を完成させてから、太平洋戦争を始めれば楽勝でしたね。

 今度やるときは事前の準備を十分してからにして欲しいですね。 
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この回答へのお礼

私もそう思います。

お礼日時:2013/07/19 22:56

6基のエンジンを搭載した超大型戦略爆撃機「富嶽」はめでたくロールアウトした、


極秘裏に開発を急いでいた原爆も完成した。
さて…と。

困ったことは燃料消費の大きな富嶽の燃料タンクを満杯にするだけの良質のガソリンが入手
困難なこと。

しかも、これだけの大型機を遠距離飛ばすに当たって欠かせない小型機による直衛が不可能
ということになった。小型機では航続距離に限りがあるからである。

それでも単機なんとか発進可能となった頃、ハワイ・オアフ島のココヘッドに新設した電探
サイトと、アリューシャン海域に常駐していた米海軍艦艇にひとつの指令が出た。

6基のエンジンを搭載した日本の超大型戦略爆撃機が隠密裏に単機で米本土を直撃する可能
性がある。発見し次第通報せよ…と。

そのころ、川西航空の試験飛行場であった兵庫県の鶉野飛行場から密かに発進した富嶽、首都
東京の上空を過ぎ、水沢飛行場に一旦着陸して再給油をしたのちふたたび離陸。

それを最後に、富嶽の機影は消えてしまった。アリューシャン海域に常駐していた米海軍艦艇
の一隻が6基のエンジンのうち2基だけを稼働させて北へ飛ぶ大型機の機影を確認したという
が、それ以外の情報は得られていない。

当時の精製揮発油、つまりガソリンは、精製度が低く、亜北極圏を長時間飛行した富嶽にとっ
ては気化器、つまりキャブレーターに残滓が固着し、それによって出力低下をきたしたものと
推測されるが、その論理とて証明すべき根拠を持たない。

かくして、富額もまた、ただ戦艦大和と同様なウドの大木にしか過ぎなかったひとつの歴史と
なった。
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日本の国力が全体としては変わらないものとすれば、原爆の開発と富嶽の生産に成功した分だけ、ほかがしわ寄せを受けてしまいます。

ウランの分離・精製には膨大な電力が必要ですし、富嶽の生産には多数の戦闘機分の金属資源が必要です。この2つの新兵器以外の生産は大きく落ち込むため、全体としての戦力の向上につながるかは疑問で、新兵器を使用する以前に敗戦を迎えるおそれもあります。

また富嶽についていけるような航続距離の護衛の戦闘機はありませんから、1942年に東京などを初爆撃したアメリカのB25のように、制空権のない中での爆撃機単独の片道飛行となります。太平洋を横断中から発見されて攻撃を受けるおそれがあり、米本土爆撃に成功して北米大陸と大西洋を横断し、構想の通りにヨーロッパの飛行場に着陸できる可能性は極めて低いのではないかと考えます。

仮にその僥倖に恵まれたとしても、日本に帰還するのはさらに困難で、他のすべてを犠牲にして生産した、なけなしの新兵器を成功確率が低い作戦のために使い捨てにする、極めて効率の悪いことになるでしょう。結論としては、戦局を一挙に逆転できるようなものではなく、どのみち敗戦は必至だと考えます。
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投下日や終戦日が変わったでしょうが物量に勝るアメリカに勝つことはありませんので、変わらないでしょう

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 そもそも制空権を確保できないのに どうやって飛ばすの?


って思う
 
 富嶽と原爆の前に制空権を確保する為の空母と艦載機がいる
 だが、空母と艦載機を作るための工業力と資源がない

どっちみち手詰まり
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「戦争」てのは多分に「政治的」なものだからなぁ・・・


どんな新兵器があったとしても、それだけで決定づけられるものでもないんだよね。
もちろん、新兵器が実用化されていれば、それだけ政治的な選択の幅は広がる訳だけどね。
いい方にも悪い方にも広がるから始末が悪い。



「戦闘」レベルで考えれば、一応「富嶽」は「B29」と戦える戦力として見ることもできる。
つまり、個々の戦闘として考えれば「富嶽」があれば「B29]と制空権の奪い合いを演ずることが可能だ。
米本土強襲なんて作戦も「戦闘」レベルなら立案できるだろうね。

ただし、「戦闘」よりももう少し大局的な「戦略」的に考えれば、話は全然違う
兵器の数を揃えるのも、それを運用可能にする補給や乗員確保も戦略の内だ。
仮に富嶽を実用化し、原爆を開発していたところで、物量に勝る連合国(特にアメリカ)相手には勝負にならない。
もう、戦争を始める前からわかっていて然るべきなんだけれどね。

政治的にまず判断を誤った。
真珠湾から短期決戦で有利な条件での講和を取り付けるつもりが、そうならなかった。
各地の補給線を寸断され、拠点を各個撃破されていったのは戦略的な致命傷だった。


将棋で例えると、高高度爆撃機と原爆という「飛車」「角」をどっちが先に張るか?という問題だろうなぁ。
その前に、後手(アメリカ)は元々の駒の数が多かった。
仮に駒数が同じ、飛車角も両方初めから持ってたとしても、おそらく相手の差し手の方が上手かった。
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No2、訂正です。


伊500じゃなく、伊400でした。500番台は鹵獲した潜水艦に付ける番号ですね。「ローレライ」の見過ぎ!
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機体はともかく、まずエンジンが予定通り開発できなかったでしょうから、上昇高度、速度、航続距離全てが米本土爆撃をするには不十分だったと思います(日本に限らず、エンジン開発が目論見通り行かずに消えた名機候補はたくさんありますから)。


むしろ、伊四○○潜で米本土近くから特攻かけるという方法くらいでしょう。ただ、これだと攻撃できるのは西海岸だけですから、戦局を動かすような戦果は上がらないと思います。むしろ、アメリカを激昂させて、原爆投下が広島と長崎だけでは済まなくなっていたでしょうし、より悲惨な配線を迎えたと思います。また、戦後の処分なども違って、高度成長が出来なかったかも知れません。
アメリカにしても、真珠湾と同じく日本が先に原爆戦を仕掛けてきたわけですから、心置きなく使えます。

原爆戦においても、結局、物量戦で勝てないと思います。
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『原爆を使用した敗戦国』として歴史に悪名を刻んでいたように思います。

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失礼しました。


(誤)原発、(正)原爆
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Q第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか

第二次世界大戦で日本は絶対勝てなかったのでしょうか
もし日本がミッドウェーで勝利しアメリカ空母艦隊が崩壊したうちに
ハワイ・パナマを占領しアメリカ西海岸を爆撃、細菌兵器をアメリカ本土にばら撒き、
結果アメリカ国民の世論を反戦に動かし、日本が有利な形で講和できなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送・補給船団が潜水艦に攻撃されたとしても大した損害はないだろう」、「護衛は旧式駆逐艦でもつけとけばいいだろう」と考えた結果もともと少ない輸送船及び護衛艦は大損害を出し、次第に作戦遂行に影響を与え始めます。

昭和18年11月になってようやく「海上護衛総司令部」を設置し12月には護衛空母4隻を編入するなど、それなりの体裁を整えますが、主力となるはずの駆逐艦は「峯風型」や「神風型」といった旧式艦ばかりでした。

帝国海軍の駆逐艦は対潜戦闘よりも上記の艦隊決戦構想のため対艦戦闘と主眼とした装備で対潜性能が低く、狩るはずの潜水艦に逆に沈められるケースも多く、もっとも米潜水艦による駆逐艦の損害が多かった昭和19年だけでも30隻の駆逐艦が撃沈されています。

長々と書いてまいりましたが、
(1)日本海軍は開戦初頭に占領したウェーク島の補給が限界地点だといわれており、ウェークよりもさらに遠いハワイやパナマを占領し維持し続けるための輸送能力及び護衛戦力があるのか?

(2)ガトー級だけでも200隻あまりを計画し大戦中にほとんどを整備した米国の造船能力・潜水艦戦力に対抗できるのか?

(3)北方(ソ連)を重視し、泥沼の中国戦線を抱え、南方に戦力を割かなければならない状況を苦々しく思っていた陸軍からハワイ・パナマを占領し維持するために必要な戦力を抽出することが可能か?

等々、ハワイ・パナマを占領し維持するだけでも「日本軍には不可能」と言わざるを得ません。


西海岸の爆撃ともなると防弾性能の貧弱な日本軍機が、管制された雲霞のような米軍迎撃機群、対空砲火網を突破し、爆撃し、帰還出来る機体が何パーセントあるのか、など考えるだけでも恐ろしい損害を出すことが予想されます。

細菌兵器の使用に関しては昭和19年から実行された米本土爆撃作戦(ふ号作戦)で計画されたものの作戦内容を知った天皇陛下によって細菌兵器の使用が禁止されたことがあるため、今回のケースでも実行されることはないと思います。

長文失礼しました。

当時の帝国海軍及び陸軍の致命的な欠点の一つとしてあげられるのが「補給の軽視」です。
そもそも海軍の対米戦略は「艦隊決戦による早期講和」でそのために艦隊の整備を行って来ました。

長大な航続距離と偵察機を装備した「イ号潜水艦」はその典型で「艦隊決戦を行う前に敵艦隊の戦力をすり減らすため」といった通商破壊を主とするWW2での各国の潜水艦戦略とは大きく異なった運用法からも見てわかるとおり、「潜水艦はあくまで補助戦力」といった考え方から抜け出せず、米軍の魚雷の劣悪な性能も相まって「輸送...続きを読む

Qなぜハワイを占領しなかったのか(真珠湾攻撃)

真珠湾攻撃で大成功をおさめた日本。その勢いでハワイを占領してしまえば、その後の戦いはかなり有利に進められたのではないかと思うのですが、何故それをしなかったのでしょうか。

単純に戦力不足で不可能だったということでしょうか。ハワイを占領することさえ出来ないのであれば、太平洋戦争を勝ち抜くことなど不可能だということになると思います。

Aベストアンサー

ご回答ありがとうございます。他人任せで教えてくれと言ってるのではありません。なぜ戦争を始めたかの答がアメリカのせいと聞いてとても情けない気持ちになります。
● アメリカのせいと言うより日本全体・世界全体が対日戦争に向かっていました
日本は当時暴走というかやりたい放題でしたから朝鮮併合や中国侵略など・・
もし本気で戦争を回避するなら中国撤退なら戦争回避可能だったでしょうが、当時の日本にそんな気さらさらないですから・・日中戦争も日本がこじつけて開戦しつたのです 正直いって日中戦争に関しての開戦理由は日本汚いです

1.なぜ占領を予定しなかったのか
>精神的ダメージと 敵艦隊撃破により太平洋作戦行動のラクにするためです
そうではなくて、それで本当に求めている成果が得られると考えますかということを聞いています。
■ 精神的ダメージを与えられると本当に思っていたと思います
それが逆の目に出たのは当時の分析不足といえるかも知れませんが
歴史上の出来事であとで あの時とかタラ、レバを言っていればきりがありません
当時の作戦の表向きの目標も主力艦(空母)撃破でしたから

2.なぜ空母を撃沈することを考えなかったのか
>当時はまだ戦艦が重要だと思われてたからです
本当にそうでしょうか。またそれが正しい答でしょうか。
■開戦当時は戦艦主力がまだ多くを占めていました山本・南雲など一部を除いて・・本当に空母・航空機の重要性が世界的に認知されたのはマレー沖開戦で当時 不沈艦といわれたプリンスオブウェールズとキングジョージが日本の航空機によってあっさり撃沈されたことからです

3.なぜ空母撃沈が実行できなかったのか
>●空母は港に出向中でタマタマいなかったからですしもともと攻撃目標は戦艦でした(以下略)
確かにうまい具合に事は運びませんし、あの1回の攻撃で危険を冒してそこまで行動していれば全く違った結果になった可能性もあります。私が聞きたいのは、実行の責任者南雲さんが、それを実行しない方がよいと考えた真の理由は何だと思いますか?ということです。
■ この作戦は軍本部からリスクが高くかなり反対もありましたし
もし、真珠湾空襲時で航空機の出払っているときに逆にアメリカ空母や艦隊と遭遇しなかったことやアメリカ戦艦隊がほとんど港にいたのは逆にラッキーだと考えられます
たしか当時  空母は3隻いてバラバラに行動していたはずです
当時空母を攻撃しなかったのでなく出来なかったが正しいです 南雲も空母の重要性は理解していましたが空母を発見できなかったからです
それと反対を押し切っての作戦だっただけに損害をだしたくなかった
もしあの状況で敵艦隊と遭遇していたら帰りの燃料もぎりぎりですし もし補給艦をやられていたら全滅の可能性もあります

4.なぜ真珠湾で決定的なダメージを与えることなく相手に精神的打撃を与えられ
ると考えたのか
>戦艦4隻撃沈したら 十分なダメージですよ
そうでしょうか?これからアメリカ相手に戦争を始めるのですよ。まともに考えてみてください。
■ 当時をそう考えられていたとしか考えられません 前述しましたがあとからではなんとでもいえます

あなたは大変勉強なさっていると思います。しかし勉強された結果、あなたは何を学びとられたでしょうか。私はあなたに比べれば全然不勉強です。それでも少しばかり本を読むと、本当に日本はなぜあんな戦争を始めてしまったのかと、考えてしまうのです。当時の戦争指導者の無責任な体質ばかり浮かび上がってきます。犠牲になった若くて尊い命を思うと、無念でなりません。(以下略)
■失礼いたしました無礼なこといいました。すいません 質問者サンの真意がわかりました
当時は日本には変な不敗神話があり(元寇以来不敗 神の国だからピンチになったら神風が吹くなど元寇が台風で撤退したのも神風扱いです)
ロシアの世界最強といわれたバルチック艦隊の撃破などから・・・
日中戦争から太平洋戦争までの経緯をみると日本は戦争がしたくてしたくてしょうがないように私個人は思えます 国民感情も対米戦争大賛成 日本は神の国だから負けないなど変に洗脳されていましたから 悲しい歴史だと思いますが
敗戦により 結果的に軍国主義が崩壊したことは良かったことだと思います

ご回答ありがとうございます。他人任せで教えてくれと言ってるのではありません。なぜ戦争を始めたかの答がアメリカのせいと聞いてとても情けない気持ちになります。
● アメリカのせいと言うより日本全体・世界全体が対日戦争に向かっていました
日本は当時暴走というかやりたい放題でしたから朝鮮併合や中国侵略など・・
もし本気で戦争を回避するなら中国撤退なら戦争回避可能だったでしょうが、当時の日本にそんな気さらさらないですから・・日中戦争も日本がこじつけて開戦しつたのです 正直いって日中戦...続きを読む

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む

Qもし、日本が核兵器を保有していたら

もし、1945年8月の時点で日本が実戦で使用できる戦術核を複数保有しており、その他の兵備、兵力、物資は史実どおりだったとして、

(1)アメリカによる広島長崎の原爆投下はあったでしょうか。
(2)ソ連の参戦はあったでしょうか。
(3)ソ連を仲介とした和平工作は成功していたでしょうか。

Aベストアンサー

1945年初頭まで、アメリカは日本には無条件降伏しか認めない方針でした。これは「日本を戦後にどうするかは戦勝国の胸先三寸。日本という国を消滅させることもあり」という意味です。歴史上、プロイセン・ロシア・オーストリアの3国によるポーランド分割・消滅といった前例もあります。無条件降伏しか認められない日本は「奴隷にされるか、最後まで戦うか」と戦い続けるしかありませんでした。

ところが、日本本土に近づくに従い、アメリカ軍と日本軍の損害比率が接近してきました。特に硫黄島の戦いでは、日本兵2万を殺すために米軍兵3万近くが死傷するという予想を超えた損害を受けました。(戦争での「負傷」とは、手足4本のうちの1本を失うくらいの程度以上のものを言います。戦傷者は、「身体障害者」として余生を送ることになります)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

日本を無条件降伏させるためにアメリカの青年の血をムダに流すのも良くない、ということで、アメリカは「日本に対して降伏条件を示し、天皇制の維持に理解を示す」方向に転換しました。これは、日本の無条件降伏に拘っていたルーズベルト大統領が1945年4月に没し、トルーマンが後任になったこともあります。硫黄島の戦いは1945年3月末に概ね完了しましたので、トルーマン大統領の就任と時期を同じくして「日本に降伏条件を与える」ことの研究が始まりました。

その結果が、1945年7月のポツダム宣言
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19450726.D1J.html
です。これは「日本に対する無条件降伏の要求」と誤解する向きが非常に多いのですが、実際に読めば分かるとおり「日本への降伏条件提示」です。

「日本国を潰さないこと」
「日本国民を奴隷として扱わないこと」
「海外にいる日本兵を速やかに復員させること」
「日本が民主化されたら、日本に再度独立を与えること」

など、日本に対する「最大限の譲歩」が盛り込まれております。ただ、「天皇制の維持を認める」という文言がないのが日本にとっては大問題でした。

それが
「鈴木貫太郎首相は同日、記者会見し「共同聲明はカイロ會談の焼直しと思ふ、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し、斷固戰争完遂に邁進する」(毎日新聞、昭和20年(1945年)7月29日)と述べ、翌日朝日新聞で「政府は黙殺」などと報道された。この「黙殺」は日本の国家代表通信社である同盟通信社では「ignore it entirely(全面的に無視)」と翻訳され、またロイターとAP通信では「Reject(拒否)」と訳され報道された」
につながり
「日本がそれでも降伏しないのなら、ポツダム宣言の通りに『十三 吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス』とするしかない」
とアメリカに判断させ、広島・長崎への原爆投下につながりました。私は原爆投下を正当化する意図はありませんが、日本政府がポツダム宣言を直ちに受諾する旨返答していれば原爆投下もソ連の対日参戦も回避できたと考えています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%84%E3%83%80%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80

ご質問の答ですが、

(1) 原爆を沖縄の米軍根拠地まで運んで炸裂させれば、多数のアメリカ人の生命が奪われます。日本には潜水艦が残っていましたので、沖縄まで原爆を運ぶことは不可能ではありませんでした。ただ、これをやった場合「いかなる日本人を最後の一人まで殺せ」と米国の世論が硬化し、日本本土決戦につながり、北からソ連が侵攻して日本は今の朝鮮半島と同様の状態になったでしょう。史実より悪い結果になったと思われます。

(2)(3)は関係ありません。ソ連は兵士の生命など無視する国ですので、日本が数発の核兵器を持っていたとしても「だから何?」です。スターリンの意思を変えさせることは出来ません。

ご質問を
「もし1941年夏の時点で日本が実戦で使用できる戦術核を複数保有しており、その他の兵備、兵力、物資は史実どおりだったとして、日米開戦は回避できたでしょうか」
と変えれば、答は
「日米開戦を回避できたでしょう」
となります。

1941年時点で、世界で唯一日本が原爆を持っていると公表し、原爆の公開実験を日本が支配していた南洋諸島のどこかで行えば、米国を大きく譲歩させる力になったでしょう。

1945年初頭まで、アメリカは日本には無条件降伏しか認めない方針でした。これは「日本を戦後にどうするかは戦勝国の胸先三寸。日本という国を消滅させることもあり」という意味です。歴史上、プロイセン・ロシア・オーストリアの3国によるポーランド分割・消滅といった前例もあります。無条件降伏しか認められない日本は「奴隷にされるか、最後まで戦うか」と戦い続けるしかありませんでした。

ところが、日本本土に近づくに従い、アメリカ軍と日本軍の損害比率が接近してきました。特に硫黄島の戦いでは、日...続きを読む

Q昔は運動中に水を飲んではいけないと言われていたのは?

今では運動中にやその後には脱水症状を避けるためにスポーツドリンクなどで水分補給をすることは当たり前になっていますが、
私が子供の頃(30~40年前)は、運動中はのどが渇いても絶対に水は飲むな。運動後も30分以上過ぎてから水を飲むようにと指導されていました。

今とは全く正反対なことを言われていたわけですが、それはなぜでしょうか?

またそれと同様に、現在、他にも何か間違えたことが信じられていないか心配です。

Aベストアンサー

大多数が精神論からだと思われますが
運動中に過度の水分補給を行うと低ナトリウム血症を起こしてしまい最悪の場合死亡する可能性もあるのであながち間違いでも無いようです。

参考URL:http://www.supplenews.com/MT/archives/2005/05/post_326.html

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Qもしハルノートを受諾し、大日本帝国が続いていたら?

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのままで今日この21世紀のIT社会に至ったらどうなったことでしょう?

若者が茶髪でスマホに熱中し前を見ずに道歩き、少女がローライズでパンツ半分見せながら道歩いて、それでも大日本帝国存続中だとしたら。

いったいどんな日本社会になっていることでしょうね?

テクノロジーは今の現実そのままの社会で、国体は大日本帝国。

つまり往時(1941時点で)、あと数年を待たずして、台頭する巨大な軍事大国ソ連、蒋介石を追い出し中国の覇権を握った中国共産党。米国はこれらと対峙するために、日本を利用せざるを得なくなるのです。良い悪いはこのさい別として。

尚、連合国による対独・対伊 の戦争はあり、歴史通り連合国の勝利に終わったとします。日本だけがそのまま。


今どんな日本社会になってますか?あくまで IF です。

今日の夜9:00~NHK真珠湾スペシャルを見ましたが・・・

ハルノート原案では、日本軍全面撤退と引き換えに20億ドルの対日借款が盛り込まれていた。
それが国務省内で練り直され、対日強硬派の言い分が通り、借款の項目は削られた・・云々


なかなか興味深い番組でしたね。


でも

当時の日本政府・軍部の主流派から見て、ハルノートは受け入れられない。それどころか対英米戦は既定路線・・・・かな。


さて、今回、あくまで IF ですが

日米戦争を回避でき、大日本帝国も明治憲法もそっくりそのまま...続きを読む

Aベストアンサー

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本でも。

勿論、戦中の相手であったアメリカと比べては凄く物足りなかったような気がしますが、戦前日本の産業基盤がそんなに貧弱な訳じゃありませんでしたよ。

もしかして此れが「確固とした産業を持たない」とされている戦前日本の姿(?)でしょうか。
これは戦中の敵国であった日本を出来るだけ嘲笑する為に日本を今の朝鮮、中共みたいにポンコツしか作れない産業未開国のように酷く描写している連合国側のプロパガンダアニメです。

第二次世界大戦中のポパイのアニメ(反大日本帝国)
jp.youtube.com/watch?v=NzRgvt_0Trg

Tokyo Jokyo
jp.youtube.com/watch?v=QGbQjyrHjF8

しかし実際はどうだったんですか。
ご存知の通り戦中には歴史上最大の戦艦である大和級戦艦を、しかも3隻も建造したのですよ。(大和、武蔵、信濃。ただし、信濃は途中で空母改装)

それ以前に有色人種が白人国家の技術力に頼らずに独自設計で独自に建造した世界最初の近代艦船の「薩摩」もあったし、戦後連合軍側は鹵獲した旧日本軍の航空機に適用された技術力を高く評価しました。

(軍事兵器しか評価しなかったような気がしますが、そもそも軍事技術というものはその国の工業技術力の尺度を表すのですからね。)

既に戦前からそれなりの技術力と工業力を持っていた日本を 確固とした産業を持たないと評価するには無理があると思います。

>>… 国内での国民の不平不満はかなりの高さで暴動や革命思想へと容易に誘導される不安定な不穏な状態が続くでしょう。

>>ちょうど南米の共産主義国家が歩んだ道筋に似た感じになるのではないかと想像されますが、日本はアメリカから遠いので、より共産主義国家の影響力が高くなる可能性は強く、共産主義革命が成功してしまう可能性もありえます。

戦争を回避した帝国より、寧ろ実際の戦後のドサクサの中の暫くの間に未だ自衛隊も編成出来ずになんの軍事力も無かった時、そして60~70年代の高度成長期に団塊世代の青年(今はジジババですけどね…)どもが火炎瓶と石投げたり竹槍振るったりする暴力的な共産主義闘争を繰り広げた時代のほうがもっと共産主義革命が成功しやすかった環境だと思いませんか。
スパイを丸腰に容認してしまってた実際の戦後の方がもっとやばかったんじゃないですかね。

そして南米の国家は、土着文明を破壊して占領してきたスペイン、ポルトガルの植民地だった地域が独立したばかり、国家としての基盤が非常に軟弱な地域でした。
当然、この隙が共産主義勢力を安易に許してしまう結果となり、これが直ぐに南米社会主義政権の誕生に直結したのです。

それに対して日本は王家が途中で断絶するなどインディオ民族としてのアイデンティティを相当失ってしまった南米地域とは違い、長い時皇室を断切なく継続的に維持しながら昔から地道にソフト、ハード的なものを積み上げる等、長い時にかけて大和民族とその国家としての基盤とアイデンティティを確立することが出来ました。

国家としての基盤とアイデンティティの丈夫さがガン並みに違うのに、南米と同じく呆気なく共産化する、というのは無いじゃないんですか。

物理的にソ連からの距離は日本が南米より近いからソ連からの風当たりそのものは南米へのより遥かに強いかもしれません。
しかし、民族としてのアイデンティティと国家としての基盤が既に確立した日本がそんなに共産主義の波に安易に巻き込まれるはずがないんでしょう。

更に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」中華秩序からの離脱を告げるこの文章が書かれた以来、日本は決して中華勢力の侵入を許した事が無かったんです。依然として中国からの文物は受け続けながらですね。
中華大陸とシルクロードを全て制覇して更には東ヨーロッパにまで飲み込もうとしたモンゴル帝国の侵略も食い止めたんじゃないんですか。

大陸からの侵略にずっと立ち向かってた歴史、経験があるから日本が又大陸勢力であるソ連の侵略を簡単に許す訳にはいかないと思います。

(実際にはハルノートを日本が拒否したのも、ある意味ではそれまで大陸からの侵略に屈服してなかった伝統の続きでないのか、と私はそう思っています。ただ、その時は日本としては始めての海洋勢力からの脅威で、その始めての海洋勢力との全面衝突には負けて今に至る…んじゃないんですかね。)

>> この惨状の日本をソ連が黙ってみているとは思えず、何らかの形で冷戦時代初期に良くあったように、武装革命を影で援助し、武器を供給したりされる可能性は高いと思えます。

しかし実際の戦後日本でもないのに、此れをただ見ているわけでもないですね。日本の方もソ連のやり方を黙ってみているだけじゃ居られませんよ。

こんな共産主義勢力が余計な真似をしないようにした法律がありました。「治安維持法」。
勿論、この法律が真っ当な国民まで些細な理由で無闇に捕まってしまうなど、立憲主義に違背し国民の権利を一部侵害した負の側面もありましたが、
共産主義勢力、無政府主義勢力等の国家の治安に害悪を及ぼす諸勢力が帝国内外部からの混乱を煽るのを食い止める事には相当に役が立ちました。

そもそも帝国がずっと存続していたならこの治安維持法を国民の権利を侵害しない、ながらももっと有効に国家の安全を脅かす勢力を食い止めれる方向へ何回も改正されてる筈でしたね。

(もしかして、実際今の日本に一番必要なのはこの治安維持法かも知れません。ただ、前述のように立憲主義に違背されるように要素は改正する必要はあるんですけど…)

今更やっと日本版NSCだね、特定秘密保護法だ、スパイ防止法だ、と急いで対内外諜報対策が用意されてるのが救いなんだけど、とにかく戦後日本が敵性国家のスパイを丸腰で許して来たたのはご存知の通りですね。
しかし、戦後GHQによって旧帝国の各機関が解体される前は日本にも一応諜報機関が存在して、その能力はかなり優秀だったと要られます。

もしソ連が密かに武器を配るなど日本内部から革命を煽ろうとしても、それが日本側の諜報機関によって食い止められるのは間違いないでしょう。



…取り敢えずハルノートを受け入れるのはとにかくアメリカをはじめとする連合国側の下に入るというのだから、この点では史実の敗戦後の日本がアメリカの同盟国になったのとあんまり差が無いと思います。
大陸共産勢力の中蘇からの脅威に対応するために日米が連合するのは…

多分、こうなったら南米のようになるのではなく、他ならぬ実際の今の日本と似ている情勢になったんじゃないのかと思います。
はい、今の「第二次安倍政権の日本」みたいにですよ。
今年2013年度の安倍政権は憲法9条を解釈改憲して集団的自衛権を容認しようとしたり、日本版NSC,秘密保護法などの安保対策を用意する等、アメリカとの連帯を強めて中共からの脅威を含む様々な安全保障的なリスクに対応しようとしていましたね。

ハルノートを受け入れた大日本帝国はデブ将軍が率いる独裁国家北鮮でも、社会主義革命が成功してしまった南米のようにでもなるわけは無いです。
多分今の安倍率いる自民党政権が目指す国家の姿に似ているではないかと思います。(安倍晋三が敢えて始めてからハルノートを受け入れて戦争を回避した帝国を想像してあんな政策を推進するわけではないですけどね。)

ただ、旧帝国なら朝日、毎日新聞はあるけど9条も日教組も共産党もないから一部偏向報道するマスコミは処分して立憲主義、国民の権利を侵害し得る憲法、法律の「穴」を適切に改正してアメリカとの関係を改善しただけで良いでしょう。

又の長文、駄文申し訳ございません。

afv2012さんの回答に対する意見です。

>>そして、軍事以外でも20世紀の主要な産業において、エネルギーや資源の問題は深刻です。
>> けっきょく、何らかの形で海外から資源やエネルギーを得るすべがなければ、資源の乏しい日本は衰退せざる得ません。

>>もし、こうして資源もなく、確固とした産業を持たないままでは…

日本が資源を海外に頼らざるを得ない状況はメタンハイドレートや核融合発電を実用化してみせない限りどこに転んでも変わりませんよ。戦争を回避した仮想の大日本帝国でも、実際の戦後日本で...続きを読む

Q真珠湾攻撃で空母を大破していたら?

真珠湾攻撃の日に空母3隻は湾にはおらず打ち漏らした事は良く聞きますが、この3隻を大破していたら歴史は変わったのでしょうか? 3年8ヶ月の太平洋戦争が4年になったのでしょうか?? 大勢には影響しなかったと思いますが、実際はどうでしょうか? 歴史にたら、ればで論じても仕方のないことですが、こうなった事には変わりないくらいのコメントでも頂けると参考になります。

Aベストアンサー

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられますが)、それと空母に所属する飛行隊も壊滅したと仮定しますが・・・
まず、最初の日本軍の真珠湾攻撃において空母を大破させたなら、日本軍は史実では行われなかった第二撃を行う可能性もあるかと。第二次攻撃を行わなかった理由の一つが敵空母の所在不明です。それが真珠湾で大破し、ましてや史実での戦果予測ではハワイの敵航空部隊も壊滅に追い込んでいる状況です。特に日本側の水平爆撃隊は損失機0でもありました。第二次攻撃を行いさらなる戦果を得たかもしれません。
それはともかく、当然、米国としては空母を大西洋から回すと考えます。

当時、大西洋には就役したばかりで訓練中のホーネット(1942年2月より任務開始)、レンジャー、ワスプ、ヨークタウンの4隻の大型空母がいました。
ただし、レンジャーは防御に問題のある艦であり、史実でも太平洋での戦闘は無理だと判断され主に大西洋で輸送、護衛、訓練、上陸支援などの任務につきました。1942年10月の南太平洋海戦で米国は無傷の大型空母が0隻となる「アメリカ史上最悪の海軍記念日」と米国側が言うほどの最悪の状況だったにも関わらず、レンジャーが太平洋に投入される事はなかった事から、真珠湾で空母3隻が大破してもレンジャーだけは大西洋で任務につくかと考えます。
なお、ワスプは史実では1942年に太平洋艦隊に編入されるまでは、マルタ島への戦闘機輸送任務を数回従事するなどしており、日本との開戦後、すぐに太平洋に投入するとすれば、その分、マルタ島の航空戦力が低下し、地中海を通る北アフリカ戦線のドイツ軍への補給路への攻撃がその分、和らぎ、ドイツ軍に多少有利な状況になるかもしれません。

そんなわけで、おそらくワスプ、ホーネット、ヨークタウンが太平洋に回されると考えます。
そして、ミッドウェー海戦までは史実と同じような展開になるのではないかと考えます。
そして珊瑚海海戦でも史実と同じように米国空母1隻が撃沈され、1隻が中破となり、ミッドウェー海戦になるかと思いますが、ここで仮定の上に推測でしかありませんが、真珠湾で大破した空母が修理を完了し戦線復帰。
米国は無傷の空母1隻に復帰した3隻の計4隻の空母で日本艦隊を迎え撃ちますが、問題は空母の航空部隊です。
史実では、ミッドウェー海戦での米空母部隊は訓練が完了していないパイロットまで作戦に参加させるほど切迫した状況でした。
今回はハワイ攻撃時に3隻の空母の航空部隊は打撃を受けているので、なおさら酷い状況かと思います。空母は戦線復帰しても技量の未熟なパイロットを多数使う事になり、この点において、日本側は非常に有利になるかと思います。

ただし戦争に絶対はありませんから、日本が史実通りミッドウェーで敗北する可能性も充分あります。
その場合は、やはり史実通りの展開となり敗戦の道を辿っていくかもしれません。

しかし、ミッドウェー海戦で勝利した場合は戦局が大きく動くかもしれません。
まず、ミッドウェーで米国側がパイロットの低い技量が災いして敗北し、空母が全滅したとして、日本軍が次に狙うのはハワイです。
これは史実でもミッドウェー海戦前に、9月以降を目処にしてハワイ攻略戦の準備命令が陸軍では既に出されています。
ですが、その前にインド洋が焦点になります。
史実では6月に北アフリカ要衝のトブルク要塞を陥落させたドイツ軍が勢いに乗っており、ドイツとイタリアからインド洋での通商破壊強化と有力な艦隊派遣の要請が来ていました。
この状況に日本もインド洋で潜水艦隊や水上艦部隊を派遣する命令を出し準備していましたが、ガダルカナルの戦いが生じ、インド洋での作戦は極少数の部隊に任される事になりました。
しかし、ミッドウェーで勝利すれば米国はハワイの防備強化と航空部隊、艦隊再建に忙しく、ガダルカナルへの反攻は行わないでしょうから、日本は史実で予定されていた通りか、それ以上の戦力をインド洋に投入して通商破壊戦を行うかと思います。

インド洋は連合軍にとって、北アフリカ戦線、ソ連へのレンドリース(ソ連への軍事援助で全体の約3割がインド洋を通りました)、ビルマ戦線、中国戦線への補給路であるばかりか、インドからイギリスへ戦略物資を運ぶ海上交通路でもありました。
もし、この海上交通路が阻害されれば、各戦線は崩れるかもしれませんし、イギリスは戦争遂行に大きく響くでしょう。
特にイギリスは1942年にはドイツのUボートの通商破壊戦により、穀物などの輸入量が低下し消費量が輸入量を上回り備蓄で何とか凌いでいました。また貯蔵していた商船の燃料も3ヶ月分を切っている危険な状況でした。これにインド洋でさらに大きな被害を被ればイギリスは持ち堪える事ができないかもしれません。
元々日本には政府上層部の言う「通商破壊戦により英国の死命を制し米国の態度を変える」「英米連合軍の弱点は英国にあると考えられる。海上交通を断ち英国を餓死せしめて英国を屈服せしむること最も捷径なり」「英国の屈服に際し之と直ちに講和する事なく英国をして米国を誘導せしめる」という、まず英国を叩き、それにより米国との講和へ持ち込もうと言う戦略がありました。これが実際に成功するかどうかはともかく、英国の死命は海上交通路にあり、もしインド洋を日本が制すれば、前述した各戦線に致命的であり、英国にも大打撃だった事でしょう。

また、日本の潜水艦隊は開戦時に南方とハワイ方面に大きく二分され作戦しており、ミッドウェーで勝利した場合も当然、インド洋だけでなくハワイ~米本土、オーストラリア~米本土間で通商破壊戦に全力をあげる事になるかと思います。
史実では大戦初期は日本の潜水艦も遠く米本土沿岸で暴れ周りましたが、戦局の推移とともにそれもできなくなりました。しかし、ミッドウェーで勝利し米国の大型戦闘艦艇も多くを沈めたとなれば太平洋で通商破壊戦に力を入れる事も可能になるかと思います。
そうなれば、米軍も大西洋にばかり護衛艦を投入するわけにもいかず、その分、大西洋のUボートが楽になり戦果を拡大し英国を一層苦しめる事になるかもしれません。

そして、太平洋ではハワイ攻略戦となりますが、日本の潜水艦の通商破壊戦がうまくいけば、ハワイの防備も思うようには進まないかもしれません。
攻略自体は制海権、制空権をとれれば可能かと思います。あまり陸軍の大兵力を投入できないでしょうが制海権、制空権を握れば圧倒的有利になります。フィリピン攻略戦やマレー攻略戦、ジャワ攻略戦でも日本軍は連合軍より兵力が少ないにも関わらず勝利したのは、そうした要素において勝っていたからです。

ハワイの失陥は米国にとり大きな衝撃となるでしょう。
そもそも開戦前の米国の新聞には「日本は我々を攻撃する事はできない。軍事的にも不可能な事だ。ハワイの基地にしろ日本艦隊の有効攻撃圏の外にある」と載っていたくらいです。
おそらく、ここで活気付くのが米国内の黒人などの有色人種です。
開戦時、米国は一つに纏まっていたかのように言われますが、実はそうでもありません。
第一次世界大戦で黒人は待遇改善、地位向上を目指し、戦争に積極的に協力しましたが終わってみれば何も実りはなく失望だけが残りました。その経験から第二次世界大戦に米国が参戦した時も、有色人種の間では冷ややかに戦争を見ている部分がありました。
また、大戦を勝ち抜くため軍の増強と軍需産業での人員確保に黒人も組み込まれますが、黒人のこれまでの不満を和らげ、また人手不足を解消するために、これまで働けなかった職場や地位に黒人が就きました。
それに反発したのが白人労働者で職場放棄や暴動を起こしています。黒人側も歴史的に差別されている事から当然不満と反発がありました。1943年だけでも全米47都市で100以上もの人種暴動が発生しています。これにより、軍需産業の生産にも影響が出ています。デトロイトの暴動では黒人が軍の武器庫に突入しようとしました。軍内部でも黒人対白人の暴動が発生しています。
暴動で逮捕された黒人指導者の中には「黒人は米国内の日本軍だ」「東条首相に日本の勝利を祈る」と言い放った人もいました。
日本の勝利がこうした米国内の不満分子である有色人種を刺激し、より一層、反政府運動を大きくするかもしれません。
もしそれが広がれば米国内は酷い紛争状態となり兵器や物資の生産は遅れ、生活用品の流通にも影響を及ぼし、市民の不満を更に募らせるかもしれません。ただでさえ戦争で食肉やバター、ガソリンや暖房用燃料等色々な物が配給で不足気味なのです。それが更に悪化したら・・・
そうなれば、米国は日本と戦うより先に国内問題を解決しなければならず、日本に有利な状況で講和という事になるかもしれません。

史実では、前述した1942年10月の「アメリカ史上最悪の海軍記念日」の後に、米国では上下両院議員選挙が行われましたがルーズベルトの民主党は51議席も減らしました。ミッドウェーで負け、ハワイも攻略されたら民主党はもっと大敗し、ルーズベルト政権ももたないかもしれません。

>歴史は変わったのでしょうか?

その可能性はあります。
日本の勝算は上がったでしょう。

真珠湾攻撃の時、太平洋にはアメリカの大型空母3隻がいました。
エンタープライズはオアフ島西約200浬に位置し、レキシントンはミッドウェー島南東約420浬に位置し、サラトガは本土のサンディエゴで整備中でした。
これが全て真珠湾で大破し(大破の状況にもよりますが・・・複数の魚雷を受け大きな損傷負って修理に手間取り戦線復帰に半年もかかるとか、そこまでの損傷ではなく2~3カ月で復帰するとか、色々考えられます...続きを読む


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