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ご存知と思いますが、石川啄木の短歌です。
この短歌を知ったのは私がまだ小学生の低学年だったと思います。
生前父がこの短歌を教えてくれて、その時の父の心情でもあったと感じました。
私も一人の子の父親となり改めてこの短歌をかみしめています。


みなさんの心に訴えかけてくれたと感じる短歌はありますか ?


はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る



>啄木の名前は知らなくても、この歌を憶えている人は多いに違いない。
この作品を書いた当時の啄木は、家族4人(妻、娘、父、母)を養うために、病弱な体に鞭打って、働きに働いた。こうした無理もたたって啄木は、わずか26歳でこの世を去った。

http://d.hatena.ne.jp/kenshiro55/20110905/131516 …

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A 回答 (15件中1~10件)

---みなさんの心に訴えかけてくれたと感じる短歌---


明治天皇の御製・・!

# おもひ入る 道は千すぢにかはれども 誠のほかに ふむ道はなし
# 目に見えぬ 神にむかひてはぢざるは 人の心の 誠なりけり

・・辺り!
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この回答へのお礼

こんにちは。

http://messia.com/reiki/gyosei/106_jingi.php
最初の内容を色々と検索してみたのですが、それらしくいい解説が見つけられなくて。
2番目のほうは解説がありましたので、じっくりと読ませていただきました。
回答者様も博学ですね ! 良くこういうのがすぐ浮ぶとは、凄いものです。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/08 17:09

Stayin-Aliveさん、ふたたびこんにちは。



 短歌、俳句でなくていいんですね。では、最近一番心に響いた文章を

『思うに夫(そ)れ 日月は上に照りて私せず 神(くす)しき井(せい)は下に出でて給わずということなし
 万幾(まつりごと)は所以(そえ)に妙(うるわ)しく応(かな)ひ 百姓(おおみたから)も所以に潜(ふか)く扇(あふ)けり
 乃ち照と給とに偏(かたぶき)も私もなきが若く 何そ寿国に異ならむ
 花の台(うてな)の随(まにま)に開きては合(と)じ 神しき井に沐(ゆあみ)して病を癒す』
                                          風土記 逸文

 どこかの地方議員や総理大臣に聞かせてやりたいと思いませんか。
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この回答へのお礼

こんにちは。

http://homepage1.nifty.com/kisetunokaze/s_histor …
これですね ? 良くご存知ですね ! 私こういのは疎くて(笑)
何か難しい言葉だし・・・。後でもう一度ゆっくり見てみますね。
という事は、そういう事だったんですね。
大体最後の内容で意味は理解出来ました、送りましょうか ?(笑)

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/08 16:55

石川啄木の有名な短歌ですね~。


初めて目にしたのはいつくらいの時だったか忘れてしまったけど、
ずっっと記憶に残っていました。
私にとっては不安を掻き立てる歌でもあります。
はたらいて、お金を貯めて、貯めに貯めてもまだ不十分で不安・・・
独身の頃はこんな気持ちで暮していました。
ちょっとくらい貯金してたって、親が病気になるとか、私が退職するとか、
何かあったらあっという間に無一文になってしまう
という不安をいつも抱えていました。
私はそういうトラウマを持つような経験はなかったはずなんですが、
何となくそういう暗くて漠然とした不安は今もなくなりません。
なんなんでしょう。

さて、現在の私が身に染みているのは、これもまた有名なこの短歌
「花の色は移りにけりないたづらに わが身よにふるながめせしまに」
人生の先達から見ると失笑物かもしれませんが、
私ももう若いという歳ではないのね~と思うことがしきりにあり。。。
同じ歳の人たちが地に足をつけて、手堅く歳を重ねているのを見るにつけ
私は歳の割には、頼りないというか持ち物が少ないというか、
生きてきた成果がないというか。
歳を取るというのはいいこともあるけど、ちょっぴり寂しいです。
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この回答へのお礼

こんにちは。

確かに誰もが知っていると思います。
捉え方というのは人それぞれですし、回答者様の率直な感想でもありますし。
でも良く考えたらそうしう気持ちにもなりますよね・・・。
http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/009.h …
これ誰が詠んだのか忘れていて(笑) 調べてみました。
この方だったのですね、久しくこういう短歌というのを見る機会が無くて
いい短歌も現実は多いものですよね。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/08 16:48

No.4 です。

補足があります。

公田 耕一 氏の短歌「美しき星座の下~」が初めて朝日新聞に載ったのは、投稿欄ではなく、天声人語、あるいは他の記事だったかもしれません(朝日新聞紙上だったことは間違いありません)。どちらにしても、私は、氏の一番の傑作だと思います。


ついでに、一首追加します ^^。

東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて啄木とたはむる (作者:蟹)
 
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この回答へのお礼

こんにちは。

あっ、そうでしたか。
それだけいい短歌を投稿しておられたんでしょうね。
その短歌を見逃さず読んでいるというのも、これもまた回答者様らしいです。
私ならまず番組に目が(笑)
東海のって、これは文字を入れ替えただけなのでしょうか ?
元が有名ですし、私でも何とか知っていましたから。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/08 16:44

>当時の啄木は、家族4人(妻、娘、父、母)を養うために、病弱な体に鞭打って、働きに働いた。

こうした無理もたたって啄木は、わずか26歳でこの世を去った。

それは大嘘、ちゃんとした企業に勤めていたが、乱費、浪費、金銭感覚無し、借金してでも遊び回る。
身体を壊したのは当たり前大酒飲みだ。

この歌が有名になりすぎて、伝説ができただけ。真実を知ると全員激怒する。
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この回答へのお礼

こんにちは。

そうなんですか、実態は当然私は知らないので。
何か意外な感じもしたのですが、こういうことでしたか。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/07 18:55

こんにちは



既に出ていますが「願わくば 花の下にて 春死なむ~」の歌は私も大好きです。
その上その通りの最期だったそうですから、私もそうありたいな、と…

他は高杉晋作と野村望東尼の合作(?)と言われている歌で(異説もあり)
「おもしろき こともなき世を おもしろく 住みなすものは 心なりけり」

百人一首の中から
「長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今はこひしき」(藤原清輔朝臣)
「心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな」(三条院)

詠み人しらず
「うつせみの 世にも似たるか 花桜 咲くと見しまに かつ散りにけり」

このあたりがすごく心に響きます
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この回答へのお礼

こんにちは、お久しぶりですね。

http://www10.ocn.ne.jp/~awjuno/sub4103.html
いい短歌ですよね~ 私は今回の質問していてみなさん詳しいなあと。

「面白きこともなき世を面白く 住みなすものは心なりけり」
http://www.2nd-stage.jp/backnumber/tsubuyaki/201 …
本当に良くこういうのをご存知ですね~ 私は初めて見たのでは・・・。

「長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今はこひしき」
https://www.shigureden.or.jp/about/database_03.h …
良く知っていますね、私はこういうのを殆ど覚えないので(笑)
意味も検索してわかりましたが、これいいですね。

「心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな」
https://www.shigureden.or.jp/about/database_03.h …
>自分の本心に反して、この思うままにならないつらい世の中に生き永らえていたならば、その時はきっと恋しく思い出すに違いない。今夜のこの美しい月のことを。
これもいいですね、でもかなり勉強していてご存知なんでしょうね。

心に響く短歌・俳句って意外と多いものですね。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/07 18:50

(o`・ω・)ゞデシ!!



うちの死んだ祖母に言わせると、この人は働いていないと、いいそうです。

「働く」これ人偏ですよね。 人偏の漢字はほとんどが、自分自身を指しません。

 自分を指すのは、「ノギ偏」ですかね。私・利・稼ぐ
 もともとは穀物だそうで、秋もノギ偏ですが。

周りの人 のことを 「はた」 と呼ぶそうです。
 #はた迷惑 というと、わかりやすいかと??

「はた」を楽にするから 「働く」 と子供のころに聞きました。

死んだ祖母は、元漢文の教師です。

個人的ですが、この短歌、まったく共鳴できないです><

百人一首のなかで (ロリさんがあげてありますね)、

「おおえやま いくののみちの かたければ(とおければ?)
 まだふみもみず あまのはしだて」
 #あえて全部ひらがなです。

これは掛詞になっていて、うまくかかっていますね。
こういうクレバーでありたいと思うかな。 ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

アメニモマケズ にモデルがいたとは、初耳です。

勉強になりますなぁ~ (=^. .^=) m(_ _)m (=^. .^=)
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この回答へのお礼

こんばんは。

>個人的ですが、この短歌、まったく共鳴できないです><
はい、それは勿論かまいません、賛同意見を求めてもおりませんので。

http://www.caruta.net/number/karuta51-60/
これですか ? 良くこういうのを覚えていらっしゃいますね。
私は覚え切れなくて(笑) なので自然と勉強しなくなって。
こういう意味でしたか、初めて知りました(笑) 今更ですが、勉強になります。
皆さん本当に博学ですね !

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/06 21:03

スイマセン、私も俳句で。



「分け入って分け入っても青い山」
「まっすぐな道でさみしい」
種田山頭火

私にはやはり、放浪の俳人であった「山頭火」がしっくり来ます。
ことにバイクでのソロツーリングのとき、山頭火の句が頭に蘇るのを感じました。
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この回答へのお礼

こんにちは。

http://www.tokiwa-yakuhin.co.jp/santouka.htm
>行けども行けども手の届かぬ境地(青い山)に向かって、辿る、山頭火の思いを綴る代表作の一句です。
これは私も本で読んだことがありましたけど、深く意味を理解していなくて(笑)
こういう意味だったんですね、何か初めて知ったんじゃないかなと思います。
http://history.the-onomichi.com/archives/35
これは私初めて知りました。当時の尾道を思いこういう俳句を考えて ?
という印象を持ちましたけど。当時は賑わっていたんですね。
良くこうい俳句を覚えていますね、さすがです。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/05 16:35

再びこんばんは。


ようやっと、締め切り前に回答できそうです…。

※願わくば 花の下にて 春死なむ 
            その如月の 望月の頃    西行

放浪の歌人が自らの最期を予見したかのような
この歌は、何とも悟り切っているようで、好きな短歌です。


※玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
      忍ぶることの よわりもぞする   式子内親王

内に秘めた激しい恋情を詠んだこの歌は、
様々なイメージをかき立ててくれます…。
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この回答へのお礼

こんにちは。

http://www10.ocn.ne.jp/~awjuno/sub4103.html
良くこういう短歌をご存知ですね~ 能ある鷹が爪を(笑)
説明いただいた内容が載っていました。中々素晴らしい短歌ですね。
http://www1.ocn.ne.jp/~montaro/waka/koi.html
こういう意味なんですか、この短歌と意味も初めて知りました。
何か悲しい短歌のような気もしましたが。
いい短歌を知っていますね ! さすがです。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/05 16:24

以前、仕事関係で宮沢賢治の取材旅行に行った時に、初めて知ったことです・・・


短歌ではないですが、宮沢賢治に「雨ニモマケズ」があります。
最初の書き出しは“雨ニモマケズ、風ニモマケズ・・・”で、最後に“サウイフモノニワタシハナリタイ”となっています。
一般には、最後の“そういうもの”は、賢治が理想とする「デクノボー」と呼ばれるような存在になることと解されますが、これにはモデルがいます。
賢治の故郷である花巻にやってきた、宣教師の斉藤宗次郎です。

当時キリスト教は「ヤソ教」「国賊」と呼ばれていて、彼は迫害を受け教師の職を辞めさせられたり、娘は「ヤソの子供」と言われてお腹を蹴られ、腹膜炎を起こして亡くなってしまいました。
普通なら花巻を去るところですが、彼(宗次郎)は牛乳や新聞配達をしたり、子供に会うとアメ玉をやり、仕事の合間には病気の人のお見舞いをし、励まし、祈り続けました。
彼は雨の日も、風の日も、雪の日も休むことなく町の人達のために祈り、働き続けました。彼は「でくのぼう」と言われながらも、最後まで志を貫き通しました。

そして彼が花巻を去る日、誰も見送りには来てくれないだろうと思って駅に行くと、そこには、町長をはじめ、町の有力者、学校の教師や生徒、神主や僧侶、一般人や物乞いにいたるまで、身動きがとれないほど集まりましたが、その群衆の中に若き日の宮沢賢治もいたのです。
無心に人のために行うことは、たとえそれがデクノボウと言われても、決して諦めないという賢治の理想と希望を書き記した詩だと思います。
私もそうなりたいものです。
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この回答へのお礼

こんにちは。

http://www.cbl.or.jp/mailmag/info/080108.html
これはもう有名ですし、とてもいいと私も思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/daniel1996ny/34195019.h …
ここにも載っていました。
人間が出来ていないとこういうことは出来ないですよね。
>彼(宗次郎)は牛乳や新聞配達をしたり、子供に会うとアメ玉をやり、仕事の合間には病気の人のお見舞いをし、励まし、祈り続けました。
影響を与えた方がいたとは私も初めて知りました。
この「雨ニモマケズ」って人の心をうちますよね・・・。
>私もそうなりたいものです。
ここ読んでいて、回答者様らしいなあって感じました
このように思える回答者様はやはり素晴らしい方です。

ご回答、ありがとうございます。

お礼日時:2014/08/05 12:45

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