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私は30代の既婚男性です。1年前、2歳の息子を亡くしました。
同い年の妻とは共働きで、普段は妻のほうが在宅時間が長いのですが、その日は妻に避けられない出張が入りました。
私が息子の面倒をみていた間、家庭内事故により息子は亡くなってしまいました。

かわいい盛りの息子を失ったショックは計り知れず、私たちはまだ前進できずにいます。
私がきちんと見ていれば、と悔やんでも悔やみきれません。
妻に謝っても、「あの日仕事を選んだのは私。私にも責任がある。私が面倒をみていたら絶対に事故が起きなかったという保証はない」と繰り返すだけです。

妻は、昼間は息子と離れているかわりに、家にいる間じゅう息子の相手をしてやる優しい母親でした。
息子が「遊んで」と言ったときはいつでも遊んでやり、ほとんどの家事は息子が寝た後にしていました。

しかし、私は同じことはできず、家事をしながら息子から目を離し、事故は起きてしまいました。
妻が面倒をみていたら同じような事故は起きなかった。
妻は否定しますが、事実です。

私を責めなかった妻ですが、先日離婚したいと言われました。
私と一緒にいると、息子の死を穏やかに受け止められる日は来ない気がする、と。
おそらく、「加害者」である私と離れ、一人静かに息子を偲びたいということと理解しています。

しかし、当然のことながら私は妻を深く愛しており、彼女と離れることは耐え難い苦痛です。
息子のことについては、息子に対しても妻に対しても心から申し訳ないと思いますが、私としてはその痛みを妻とともに抱えながら生きていくしかないと思っていました。
離婚によって、息子との日々が余計に遠くなるのもつらいです。

妻が立ち直るために離婚が絶対必要で、妻のためにそれが最善だというなら、私には拒む権利はありません。
しかし、それは本当に正しいのか…
息子の死後、妻はどう見ても抑うつ状態です(精神科でうつ病と診断されたわけではありませんが)。
そんな状態で、一人で悲しい出来事に向き合うことは、今の彼女には諸刃の剣に感じられます。
誰かがそばにいないと、最悪の結果を招くのではと不安でなりません。

皆様はどう思われますか。
妻の立場に立った回答でも私の立場に立った回答でもかまいません。
ご意見をお聞かせください。

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A 回答 (16件中1~10件)

大事な人が亡くなって1年目ぐらいが一番辛い時期だと思います。


事故からようやく1年経って、色んな意味で奥さんも「ゆっくり悲しみを噛みしめられる時が」
来たんだと思います。

ただこれが他人が起こした交通事故などであれば他人を恨むことで悲しみや怒りの逃げ場を
作ることが出来ます。しかし今回は不慮の事故でしたが質問者様に不注意があったとなれば
そうは行きません。夫自身も苦しんでいる、と奥さんがきちんと理解すればするほど
どんどん辛くなっていきます。質問者様ご自身も逆に奥さんからどんどん責められた方が
ラクになれるのに、と思うときありませんか?

母親にとって子どもの死はとっても特別なものです。
奥さんはただただ静かに「今は子どもを偲ぶことだけに集中したい」と思われてるのでは
ないでしょうか。でも質問者様がそばにいることで「夫の気持ちも汲んであげなければ」
「夫を傷つけてはいけない」とものすごく気を遣っていらっしゃる。

もうそれが精神的にきついんだと思います。そのせいで静かに息子の死を悼むことが出来ない。

でも夫にはそばに居て欲しい、と思ってるはずですよ。

グリーフケアを得意とするカウンセラーを探してみては如何でしょう。
奥さんにとってもどろどろした感情をはき出す場所が絶対に必要です。でもそれは夫婦のことを
よく知っている身内や友達ではダメなんですね。専門知識を持ったまったくの他人の前で
何の気遣いも、遠慮もする必要なく、自分の気持ちの全てを吐き出す場所が必要です。奥さんも
質問者様の前でわんわん泣けば「夫が自分を責める」という気持ちが働くでしょう。それが
感情の吐露にブレーキを掛けてるんですね。それでは気持ちの整理が出来ません。

今回の事故は不幸な出来事でしたが、必ず乗り越えられる方法はあると思います。
そのためには何かきっかけが欲しいですね。まずは質問者様だけでもカウンセリングを
受けてみてはいかがでしょう。奥さんに話せないこともきっとたくさんあると思います。
それを誰かに聞いてもらえるだけで、ずいぶんと感情の整理が出来ます。今は決して夫婦が
離れるべきではありません。ただ奥さんの背負う荷物は軽くしてあげなければダメですね。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。
一字一句に大きくうなずきながら、かみしめて何度も拝見しました。

妻は、後先忘れて私を責めることのできない人です。
理性と自制が非常に強いため、相手も苦しんでいると知っていて、追い打ちをかけることができません。
そして、そのせいで余計に苦しんだ末の「離婚したい」ではないかと。

これは、私に都合のよい解釈かもしれないので書くのが憚られますが、本当に離婚したい、顔も見たくないほど離れたいと思っているようには感じられないのです。
もがいてもがいて、苦しくて離婚を口にしているという印象で。

妻にとって、第三者に話すことが助けになるのではないかと、私も感じています。
私相手では妻もブレーキがかかるでしょうし、友人などにも重すぎてそこまで話せませんし、妻の両親もすでに他界していますから。
ですが、他の方への御礼にも書きましたが、妻はカウンセリングに抵抗をもっており(過去に嫌な思い出があるためです)、同じ立場の集まりや、グリーフケアにも積極的になれません。
それは彼女のトラウマなので、無理強いすることはできないと考えています。
私だけでも、先にカウンセリングを受けたら、何か違うかもしれませんね。

離れたほうが楽に感じられる瞬間もあるでしょうが、大事なときに一緒に乗り越えなくてどうする、というのが私の基本的な思いです。
妻が本気で嫌がっているなら結婚生活は続行できませんが、可能な限りの努力はしたいと思っています。

お礼日時:2014/10/07 15:34

No.3です。

お礼をありがとうございます。
そして、誤解していた面が多々ございましたことを謝罪させてください。

お子さんを亡くしたご夫婦の痛みは計り知れないと思います。
私にも子供がおりますが、下の子は赤ん坊の頃から体が弱く、よく熱を出してミルクを吐いたり、お腹を壊したりしていました。赤ん坊の頃も入院し掛けましたが、入園間近のときには生死の境を彷徨う大病をしました。辛い思いをなさっている中、大変申し訳ないですが私たち家族の話をさせて下さい。
_____

髄膜脳炎を罹ったことで目もうつろにぐったりと動かなくなったときの息子は、数日前の元気な姿とはまるで違って、限りなく死に向かっているように見えました。けれども、お医者さんと看護師さんの尽力の御陰で息子は命に別状なく、手足に麻痺も残らず、入園式に出席することも出来ました。でも、後遺症が残りました。

退院直後の脳波検査の時に、落ち着きなく動き回りおしゃべりばかりしている息子の様子を見て、検査技師さんに申し訳なくて「すみません、この子、幼稚園に通うようになったからか、なんだか落ち着きがなくなってしまって…前は褒めていただきましたが、あの時とは随分違いますよね」と話すと、検査技師さんは「脳炎になると性格が変わる子がいます。先生に相談して」と。
胸がざわざわとして不安になり、主治医に訊くと「脳波の乱れは髄膜脳炎の後遺症と考えられます。てんかんになると多動症(ADHD)になる子がいます。息子さんの場合も同様に脳波の乱れから多動症を発症した可能性があります。多動症になると集中力が落ちますから学習障害(LD)になる子もいます」と…。

本当に先生の仰る通りで、最初は現実が受け止められませんでしたが、幼稚園の参観に行ったりすると、明らかに息子の発達は皆より遅れていて、小学校に上がる頃には心配していたLDの症状が顕わになりました。
息子が入院したときは、夫からはお前の所為だと言われ、反発心を覚えながらも、そうだ、やはり私の所為なんだという気持ちがぬぐえずにいました。

「自分の所為だ。自分が一番悪い。それはどうしたって変わりようのない事実だ。でも…一番辛いのは息子だけれど、私だって辛いのに、どうしてこの人はお前の所為だなんて心無いことが言えるのだろう。一人でだって辛いのに、どうして一緒にいることでもっと辛い思いをしなくてはならないんだろう。
一緒にいることで喜びは二倍に、悲しみは半分に、それが夫婦だと思っていたのに、現実は逆なんだ」とそんなことも考えたりしていました。

こんな二人ですから、もし息子が亡くなっていたら、罵り合い、憎み合いながら別れたかもしれません。私達には上に娘がいます。だからこそ、こんな醜い親の姿は見せたくないと別れたかもしれず。
一緒にいたら平穏な日々なんて決して訪れることはないんだと…。
___

けれども息子の病気が治り、無事退院できたことで、その時生じた二人の間の溝は埋められると私は信じました。
一日も早く退院しようと麻痺と闘いながら懸命に立ち上がろうとしている息子を見ていたので、退院時に主治医から「息子さんは発症前の5%の能力を失ったと考えてください。あとはそれを諦めきれるかです」と説明を受けても、「この子は前向きな子ですから、きっと乗り越えてくれます」だなんて、能天気なことを言っていました。
これから起こる現実のことなど何も知らずに。

障害というものは治るものではなく付き合うものだということが、その時の私にはまるで分っていなかったんです。ADHDはともかく、小学校に進学してLDの影がヒシヒシと感じられるようになってからは、夫とは衝突の日々でした。
私は息子は健常者として生まれて来たと思っているから、絶対に元通りにしなくてはいけない、それが母親の務めだと考えていたし、病気させたと夫に責められたことでムキになっていましたから、何度文字を教えても、全くと言いたくなるぐらい覚えず、同じ間違いばかり繰り返す息子に焦りを感じ、何度も何度も勉強を強いました。

「幼稚園ではお遊戯が全く覚えられず、小6になっても蝶々結びが出来なくて、漢字が苦手で、覚えるどころか正しく書き写すことも出来ない。アルファベットの順番も覚えられなければ正しい筆記も出来ない。ローマ字表記も覚えられない。自宅の住所も電話番号も、簡単な数詞も覚えられない息子。難しい歴史物番組が理解できて、映画やアニメのストーリーもよく覚えていて、ちゃんと説明も出来るし、図鑑が好きで速読も得意で、ゲームやパソコン、カメラの扱いならすぐ覚えるのに…。決して頭が悪いとは思えないし、気遣いも出来る優しい子。
でも、この口で上手く説明できない奇妙なアンバランスは、やはりLDでしか説明できないんじゃないだろうか? 以前の主治医はLDの疑いはもうないと言ってくれたけれど、そうは思えない。 また専門医に診てもらった方が良いんじゃないだろうか?」

そんなことを夫に真剣に相談したら、「大袈裟だ、神経質だ!」と。
私は親は不老不死ではなく先に亡くなってしまうから、息子にはちゃんと読み書きができるようになって欲しかったし、将来、訳の分からない詐欺にあって欲しくはなく、仕様書や契約書を一人で読みこなせるようになって欲しかったんです。
それを「大袈裟だ、神経質だとは何? 先に死んでしまうのに、あなたは一生あの子の面倒を看ることができるとでも言うのか?」と。あまりの温度差に言葉には出来なかったけれど。それでも、結局は夫は私の説得に折れてくれて、新たに専門病院で診てもらった結果、やはり息子はLDだということで、医師とセラピストから専門の指導を受けることになりました。


そんな風に幾度もすれ違って、息子が病気をしてからは喧嘩や口論が増えて、私は益々自分に自信がなくなって、息子が病気をしたのは私の所為だと言った夫の言葉がどうしても耳から離れず、学校生活について行くのがやっとの息子を見ていると、どうしても罪悪感が募って…。

息子のことはどうしても自分の所為のように思えて、夫と喧嘩したときには他の状況であっても「お前の所為だ」と言われる度に、息子が入院したときの夫の言葉が思い出されてしまうんです。
「もう嫌だ、もう疲れた、どうせ全部私の所為なんでしょう!! ○○(息子の名)が多動症になったのも、学習障害になったのも全部私の所為なんでしょう。そうやって何でも人の所為にしていれば良い!!」と、ある日、夫と喧嘩したときに泣き叫んでしまったんですが、息子は私に「そう言われるのが一番つらいんだ」と言いました。
「自分のことは誰の所為だとも思っていないんだ」って。

息子は私がいつまでも病気のことを気に病んだり、そのことで二人が喧嘩することが一番辛かったんです。息子は自分が障害があるだなんてことは自分では言いません。
そう思いたくないし、そのことで逃げようとも考えてないのだと思います。
「ずっと自分で来たから」と、そう言います。
息子は私よりもずっと早くから障害と付き合ってきたし、付き合うよりないと悟っていたんです。

なのに、辛い、苦しいと泣き叫んでしまった私。
元になんか戻せるわけないのに、息子が退院するときに先生が言っていたのは元に戻そうとすることではなくて、「過去とは違った新しい道を行くことになる」と、そういうことだったのに。そんなことも分からずにいたんです。
______

長くなりましたけれど、息子があのとき亡くなってしまったら、私達はおそらく、いがみ、罵り合って別れてしまったんじゃないかと思います。そして息子の魂は何も慰められず嘆き悲しんだんじゃないかと、息子を見ているとそう思えます。
子どもって、どんなに親が醜い姿をさらそうとも慕ってくれますよね。
子どもは親にとても優しいです。幼い子ならなおさら。
だから、奥さんは余計に息子さんの思い出を大切にしたいのでしょう。

私は子供たちの前で本当に醜い喧嘩をしてしまいましたけれども、奥さんは、そんな風にはならないで、いつまでも優しいお母さんのままでいたいと考えていらっしゃるのかもしれないですね。
母親は子どもが亡くなれば、どうしたって魂の存在を考えると思うんです。
亡くなった子供のことを想いながら修道女みたいにひっそりと暮らしたい、そう思うこともあると思います。


>かわいかった息子の話を、妻が出したときに同調することはできますが、自分から話題にのぼらせることはなかなかできずにおります。
ここから変えていくことができるのでしょうか。

旦那さんが自責の念をぬぐえないのはよく分ります。息子が真っ直ぐに生きていてくれるのに、障害を負わせてしまったという思いに未だ囚われてしまう私ですから、私のとは比べることなどできないぐらい、深く重いものだということも。ご自分から奥さんの前で話すのは不謹慎だと思う気持ちも分かります。

けれども、亡くなった家族の思い出を語り合うことで癒されることは確かにありますよ。私は父が早くに亡くなっていますが、父の思い出話を家族がするときの母の顔はいつも穏やかで時折笑顔がこぼれていましたので。

身寄りのない奥さんに息子さんの思い出を聞かせてあげられるのは旦那さんしかいないと思います。奥さんにとって息子さんのことを一番よく知っているのも一番愛しているのも旦那さんです。
人それぞれとしてしまうと何も言えませんが、母親というものは亡くなった子どものことを深く愛している人から思い出話を聞かせてもらうことで心が慰められます。
タイミングに悩むなら二人の思い出も今後のことも手紙にしたためては如何でしょうか。…恋文のように。
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この回答へのお礼

再度のコメント、またご自身の経験をお話しいただきありがとうございます。
うちの息子は亡くなってしまったので、そこで終わってしまっているのですが、actonis921様のお子さんのケースだと長い時間の経過があり、また違う苦しみがあると思いました。
ただ、子に対する思い、夫婦間でのすれ違いの苦しさは通底するものですね。

ご主人の言葉、それは大変に傷つかれたと思います。
私の妻も同じように、私のせいだと責めても仕方ないのですが、それをしない妻です。
そのぶんのひずみは、きっと彼女の中でつらいものとして溜まっているのではないかと想像しています。
思いを口にしても、しなくても、どちらもつらいことなのかもしれません。

ご指摘のとおり、我々夫婦にとって、息子の思い出を共有できるのはお互いだけです。
そのため、私は離婚にいっそうの抵抗があります。
タイミングを見て、妻と息子のことをもっと話したいと思いました。

お礼日時:2014/10/09 11:58

NO.7です。

お礼、どうもです。

>私はもっと対話したいです。

奥様の様子を見つつ、質問者さんの思いを、何度でもお伝えになるべきです。
「優等生」の方は、挫折体験が少ないと思います。また、なんでも頭で解決できると思いがちです。
でも、人間は、それほど単純明快ではありません(そんなことはとうにお解りでしょうが)。
奥様は頭では「人を責めるべきではない。そういう事は愚かなことだ」とお考えかと拝察します。
でも「責めてもいい」んです。大切なわが子を失ったのですから、当たり前の感情です。
頭の良い方は、苦手な事かもしれませんが、人間、思いっきり我儘になる時も必要です。
そうすることで、多少は霧が晴れます。

私は若い頃、辛くても平気なふりをしていました(事情を書くと脱線するので省略します)。
でも「私の心の中の子ども」な部分は、平気ではなかったんです。それすら、認められませんでした。
それで、心が迷宮に入り、起きた事象より、ある意味、辛い時期を何年も過ごしました。
挙句、離婚もしました。離婚したことで、また自分を責めました。仕事も手につきませんでした。
しかし自分を責め続けても、何一ついいことはありませんでした。
そう気づくまでに、何年もかかりました。

思い余った私は、カウンセリングを受け、自分を解放する訓練をしました。
費用は高かったのですが、お金に拘れないくらい、必死の思いでした。
(占い等ではなく、医療機関を経由したカウンセリングです)。
バカバカしく思えたり、納得出来たり、様々な経緯を経て、
私は人を許すことをすこしだけ覚えました。また私も人から許されると思いました。

心が少し軽くなったら、自然に人と接するようになりました。
私が自然体になったら、周りの人が優しく、いとおしく思えてきました。
もともと、周りの人は優しかったのですが、私の心はそれすら感知できないほどガチガチだったのです。
凝り固まった心を解きほぐすのには、時間が必要です。
私は、何十年もかかりました。でも乗り越えられないことではありませんでした。

奥様が一年程度で「離婚」を考えられるのは、早計すぎます。
それは「楽になりたい」のではなく、辛いことから「逃げたい」のです。
逃げる人を捕まえられる人は質問者さんしかいません。
奥様がそのことに気づいてくださるのを祈ります。
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この回答へのお礼

再度、ご自身のお話もまじえてありがとうございます。

>奥様が一年程度で「離婚」を考えられるのは、早計すぎます。
> それは「楽になりたい」のではなく、辛いことから「逃げたい」のです。

私自身はもともと、妻より適当な性格なのもあって「逃げて済むなら、たまには逃げていいじゃないか」と思うほうです。
全てに対して逃げることなく、全身全霊で対処するのはむしろ妻のほうでした。
そんな妻が、「もう逃げたい」というのなら、「逃げていいよ」といってあげたいという気持ちもあります。

しかし、事が結婚生活の継続にかかわることなので、今回は「逃げていいよ」とはなかなか言えません。
妻の心の重荷を軽くする手段はとりながら、最後の最後でまだ彼女の手をはなしたくないと思っています。

お礼日時:2014/10/09 11:51

お礼、ありがとうございました。




第二の人生という発想は、早まりました。

質問者様を傷つけたことをお詫びします。


亡くなった息子さんは、お二人の幸せを望んでいると思ったので・・・。
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。
お詫びなんて、とんでもないです。
まだ私の気持ちがついていかないだけで……

お礼日時:2014/10/09 11:47

こんにちは。


私も子供を亡くしたおばさんです。
もう18年も前の事なのに・・・辛くて。
昨日この質問を読みましたが、書き込みが出来ませんでした。
まだ、締めておられないので書かせてくださいね。

読んで・・・一番気になった言葉は<「加害者」である私と離れ>です。
貴方が「加害者」と思われている間は、奥様も「加害者」から抜けだせませんよね。。。

私の娘は病気で亡くなりました。
その日、私はパートの仕事に出ていましたので(様態が安定していましたから)、どれだけ「その日、仕事にさえ行っていなければ・・・」と後悔した事でしょう。
明確な加害者が居る場合なら(交通事故とか)、悲しさや怒りの矛先を加害者にぶつけられるのに・・・っと考えた事も有りますが、親ってそれでも自分がああしていたら・・・とかってきっと自分を責めるのでは無いかと思います。

子供を亡くした悲しみから立ち直れなかった頃、一番辛かった事は
夫婦の「思い」が違う・・・っと思った時です。
一ヶ月経ち二ヶ月経ち・・・立ち直れなく泣いてばかりで、半年経っても料理を作りながらこっそり泣いている私と、
何事も無かったかの様に仕事に出かけられる主人。
お笑い番組を見て、笑っている主人。

主人は何も悪くないのに「何事も無かった日常」に戻そうとする主人が憎かった。

でもね。
私が見ていなかっただけで、お風呂でこっそり泣いていたんですよね、主人。
生活の為に「何事も無かった日常」に戻す為に、主人は主人なりに悲しみを堪えていたんです。


子供を亡くして離婚されるご夫婦は多いです。
きっと私達の様に、男と女の感情の違いからだと思います。
私は貴方方ご夫婦に、離婚して欲しくない。
今を乗り越えられたら、今のお互いの思いを共有出来たら、きっと素晴らしい仲良し夫婦になれますもの!
亡くなったお子さんだって、その方が嬉しいに決まってる!

私は一年後に正社員をして働き始めました。
「仕事をしていたから」娘を見ていてあげられなかった。
ならば、とことん仕事ししてやろう!って事で。(笑)

長々と書いてしまいました。
最後に。
私は今でも母親や主人から言って欲しかった言葉があります。
亡くした子供の事は「可哀想に」と色々な方から言われました。確かにそうです。
でも、そのたびに「不甲斐ない親」だと言われていると思ってた。
私は・・・一番可哀想なのは貴女だよね・・・っと言って、抱きしめて欲しかった。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。
また、つらい記憶を呼び起こさせてしまって申し訳ありませんでした。

「加害者」とカギカッコをつけたのは、私がそう思っているというより、妻にとってはそうではないか?という意味でした。
もっとも、積極的に害を与える以外にも、「すべきことをしない」というのも、育児においては立派な「害」ですから、やはり加害者であることには変わりないのですが、より直接的に「加害者」だと妻が感じているのではないか・・・ということです。

>主人は何も悪くないのに「何事も無かった日常」に戻そうとする主人が憎かった。
妻もそう思っているのではないかと、私も危惧しています。
私も、妻の前でおおっぴらに泣くことはあまりないので(私の場合、自責の念から、妻の前で泣くことにブレーキがかかります)。
悲しみ方、悼み方、偲び方、立直り方など、すべて人それぞれなので難しいですね。
ときどきは、そういう話題を意識的にしたほうがいいのかもと思いました。

>亡くした子供の事は「可哀想に」と色々な方から言われました。確かにそうです。
>でも、そのたびに「不甲斐ない親」だと言われていると思ってた。
とても共感します。
言って下さる方々は、全くの善意からおっしゃっているのもよくわかるのですが、やはり「かわいそうに」といわれると、そのかわいそうな状況にしてしまった不甲斐ない親だと改めて痛感されてしまいますね。
うちの場合は私の不注意によるものところが大きいため、仕方ないのですが。

息子はもう、「かわいそうに」と言ってもらっても自分の耳で聞くこともできない、それはやはり絶対的にかわいそうなことに違いない・・・とも思います。
そして、子どもを亡くす悲しさを知らないままになったことだけが、息子にとって救いだったかな・・・なんて思ったり。
子どもを亡くすより、自分が死ぬ方がよほどいいですから。

長くなってしまいましたが、同じ立場の方からのご意見、嬉しかったです。ありがとうございました。

お礼日時:2014/10/07 15:21

医学的には現在はお二人とも著しい抑うつ状態にあるかと存じます。


その場合、最も大切なことは「重大な決断は先延ばしにする」ということです。
現在はお二人とも正常な判断ができない、病的な状態にあると理解した方がよいと思います。
お二人の距離を空けることが重要であるならば一時的に別居するなりの方法をとるほうがよいと思います。
医師の診察、あるいは、心理カウンセラーによるカウンセリングを受けることを強く推奨します。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

うつ病患者さんの場合は、重要な決断をしないように、とよく言われますよね。
(個人的には、そういった病状の方にとっては、病気のため会社を休職することさえ「重要な決断」レベルにあたるんじゃないかなんて思いますが・・・余談だったらすみません。)

今の妻は、抑うつ状態(反応性の)であることは間違いないと思いますが、私はどうでしょう。
自分ではわからないのかもしれませんが、今振り返ると、息子の死の直後は明らかに病的でした。
現在はまた違う状況にある気はしています。

医療の介入は、妻の意思がありすぐには困難ですが、(経験上、無理強いしてもうまくはいかないので)折にふれて必要なら勧めたいです。
今のところ、不眠などはないようです。

お礼日時:2014/10/07 15:09

話を聞いているとあなたお奥様もとても良識のある良い方、お似合いのご夫婦だと思います。


お子様を亡くされた方の離婚率というのはとても高いです。
今は自分の気持ちをなかなかプロセスできず本当に毎日が苦しい日々と察します。
奥様がそこまで言うのなら私は自由にさせてあげるのもありなのではないかと思いました。
もちろんあなたの奥様の今の状況を心配する気持ちもよくわかります。
一度離れてみてそれでもというのならまた一緒になればいい、。と言うのもアリなのではないかと、。

二人で話すのも堂々巡りだし、一度専門のカウンセラー機関とか訪ねられてはいかがでしょうか?
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

>お子様を亡くされた方の離婚率というのはとても高いです。

そうなのですか。
少しわかる気もします。
失業や病気など、家庭に訪れるトラブルにはいろいろありますが、子どもの死というのは相当に大きなものですから・・・。
その「取り返しのつかなさ」は、他の問題とは比べ物になりませんね。

一度離れてみるのは一つの手だと、こちらで相談して思うようになりました。
その間の妻のことが大変気がかりですので、何かあればすぐに手助けできるようにしたいです。
息子に続いて、妻までを失う(生命という意味で)のはとても耐えられません。
そんなことになるくらいなら、離婚してもなんでもいいから、彼女には生きていてもらいたいです。

カウンセリングには妻が抵抗を示していますが、今後の展開のなかで、また勧めたいと思います。

お礼日時:2014/10/07 15:02

亡くなった息子さんにとって、お二人が悲しみから立ち直り、弟か妹かが生まれ、仲の良い家族となっている姿を天国から見守ることが、一番の幸せだと思います。

自分がなくなったことで、お二人が仲たがいやすれ違いをしている姿を見たら、息子さんもきっと悲しむと思いますよ。

また、離婚されて、お二人が別々な家庭を作られたら、天国の息子さんを見る方は居なくなるのではないでしょうか。

あなたのお気持ちは解りますが、良く奥様とお話になって、詫びるところは詫びて、お二人で息子さんを弔うとともに、幸せな家庭を作られることが一番だと思います。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

>あなたのお気持ちは解りますが、良く奥様とお話になって、詫びるところは詫びて、お二人で息子さんを弔うとともに、幸せな家庭を作られることが一番だと思います。

私の書き方で誤解をまねいたのかもしれませんが、私は妻に詫びたくないと思っているわけではありません。
二人で息子を弔い、妻と夫婦として続けていきたいというのがまさに私の希望ですが、妻の希望が異なっているためのご相談でした。

仲違いをしている・・・というわけでもないのですが、表だって仲違いもできなかった、それが我々夫婦の弱いところだったと思います。

お礼日時:2014/10/07 14:58

49歳の既婚ジジイです!



まずは
お悔やみ申しあげます!

お気の毒でしたね~

奥さんも平静を装おっていても
心のどこかで
貴方を責めてしまう自分が
嫌になったのでしょう

お子様は、
一人だけですか?

出来る事なら
もう一人お子様をつくられたら

慰めの一つに
なるんですけどね~


息子さんが亡くなられたのは
誰のせいでもない
事故ですよ!

責任を感じるのは
わかりますけど
そこはしっかり切り替えないと

前に進めません

もう一人お子様がいらしたら
愛情を注ぐ事によって
慰めになるんですけどね~


これは個人的な意見ですが、
奥さんは離婚されても
立ち直れませんよ!

息子さんを亡くされた
ショックは癒えません

私はそれは奥さんの
現実逃避だと思いますよ~

無理して忘れたいだけじゃ
ないですか?

もちろん貴方へ責めの気持も
消えませんよ!

出来る事なら貴方のおっしゃるように
痛みを抱えながら
奥さんと共に生きていくのが
いいと思いますよ

そしてそれが
息子さんへの供養に
なるんです


貴方方が離婚して
お互いに苦しんだら、
亡くなられた息子さんは
喜ぶと思いますか?

両親はいつまでも
仲良い両親であって欲しいと
思ってますよ!


もう一度
考え直す方向にいける事を
願ってますよ!

もう一度あきらめないで、
奥さんを
支えてあげて下さいよ!
お願いします!


頑張って下さいね!
(^-^)/
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

我が家の子どもは、亡くなった息子だけです。
なかなか授からず、何年も待ってようやくできた子でした。

No.5さんへの御礼にも書かせていただきましたが、慰めのために第二子をつくることは考えられそうにありません(おそらく妻も拒否します)。
一方で、息子が亡くなった時点で、すでにもう一人子どもがいたら、事態は違っていたかもしれない、とは妻も思っているようです。

妻の中で、私を責める気持ちが消えなくても、それはそれで構いません。
しかし、おっしゃるように、離婚したところで彼女にとって本当に解決になるのか、私はそれを危ぶんでいます。
今は、他の方々にも勧められましたが、一度別居などで距離をとって、改めて夫婦として続けていけるよう努力したいという気持ちに傾いています。
私のほうから手を離すことはしたくありません。

お礼日時:2014/10/07 14:51

かわいい盛りのお子さんを亡くされて、質問者さんも奥様も、さぞお辛かったでしょう。


お気持ち、お察しいたします。

しかし起きてしまったことは、もとに戻りません。受け入れて生きて行くしかないのです。
一年くらいで、忘れたり、割り切ったりできるほど、問題は軽くありません。
奥様は辛さの余り、離婚を申し出られたのでしょうが、私にはそれが最善の解決法とは思えません。
それに、質問者さんは別れたくないと思っておられます。

私が思うに、お二人とも優等生過ぎるのではないでしょうか?
「私が見ていたらそんなこと起きなかった」「僕だって、慣れない育児を精一杯やった」
「私が出張さえしなければ」「辛い」「苦しい」などなど、ネガティブな感情が渦巻いているはずです。
それを「言葉」にして、ケンカになっても構わないので、本音で話しあってみることをお薦めします。

そして亡くされた息子さんの魂が、ご夫婦の傍らにあるとしたら、るお二人を見て何と思われるでしょうか?「ぼくのせいで、パパとママはお別れすることになった」と悲しまれるように、私には思えてなりません。

私にも亡くした身内はいますが、悲しくて辛くても、その人の魂は自分の傍にいてくれると
思って生きてきました。その人に恥ずかしくない人生を送り、亡くなった人の分も
精一杯生きることが、供養になると私は思っています。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

>受け入れて生きて行くしかないのです。
>一年くらいで、忘れたり、割り切ったりできるほど、問題は軽くありません。

そう思います。
妻が離婚したいと言う、私が夫婦でいたいと言う、そんなことも含む諸々を経て、時間をかけながら受け入れていくしかないのかもしれませんね。

私はともかく、妻はまぎれもなく「優等生」タイプですし、そのことに自覚もあると思います。
言葉は、一度出してしまうと戻せないから、慎重に・・・というタイプです。
どんなことでも、一生忘れられないようなことでもいいから、離婚になるくらいなら言ってほしいと思います。
彼女にその意思がなければ難しいでしょうが、私はもっと対話したいです。

お礼日時:2014/10/07 14:46

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